棘薔薇呪骨鬼譚《イバラジュコツキタン》

智郷めぐる

文字の大きさ
6 / 56

第六話:呪術師

しおりを挟む
 夜明けを待つ黎明の中、ある美しい装飾が施された輿こしが始まりの儀式を終えた斎宮いつきのみやを乗せて内裏を出発した。
 何の色にも染まっていない、刺繍すらもない洗いざらしの斎服さいふくを着た神職の男性が四人、輿を担ぎゆっくりとまだ光のない道を行く。
 その先頭には漆黒の衣冠いかんを着た最高位の宮司が恭しく歩き、他にもその周囲を固めるように何人もの神職のひとびとが行列を作っている。
「思っていたよりも地味なのね」
「失礼ですよ、竜胆リンドウ
「敬語辞めてってば」
「ああ、つい」
 わたしと竜胆は陰陽術師たちに交じり、新しく斎宮いつきのみやとなる今上帝の妹、日奈子ひなこ長公主の護衛についている。
 光栄なのかはわからないが、わたしと竜胆の位置は輿のすぐ後ろ。
 先ほどから竜胆は人間と関われることへの好奇心で口数が増えている。
 声は限りなく小さいが、周囲に聞こえてはいないかと、わたしは少し困り気味だ。
「大丈夫だって。美しい雅楽の旋律が響き渡っているし、この人数に合わせてさらに見物人がひしめき合ってる。誰の声も聞こえてないわよ」
「それはそうかもしれないけど……」
「ねぇ、私たちも日奈子長公主の顔は見られないの?」
「輿を降りるときに少しだけお顔合わせできるかもしれない」
「それは楽しみ! だってさっきから輿の中からはとても爽やかな花の香りがするんだもの。きっと可愛い子よね」
「その発言は不敬」
「ありゃ、ごめんあそばせ」
「はぁ……」
 まるで世間知らずのお姫様の相手をしているような気分になる。
(でも、陰口を叩くような奴らよりはマシかな)
 わたしは自分につけられている渾名あだなをいくつか知っている。
 異質な者に対する恐怖心からつけられたものだとは理解はしているが、心は傷つくのだ。
「ねぇ、翼禮よくれい翼禮よくれいってば」
「あ、ああ、なんですか」
「もう。敬語直らないんだから。あっちの方角、嫌な気配がする」
 竜胆が指さした方向に、赤い靄が見えた。
「敵方の呪術師ですかね」
「多分。赤い靄は『人間』が血を使って外法を行使している証拠」
 敵、とは、主に皇位の簒奪を目論む一派のことである。
 現在ならば、本当は次期皇帝になるはずだった先帝の直系の一族とそれに従う公家たち。
「親族同士で争うなんて、人間も鬼もそう変わらないのね」
「そうですね」
 わたしは近くにいた陰陽術師の一向に目配せすると、その場から杖に乗って飛び立った。
 竜胆も、精霊種の牡鹿に乗ってついてくる。
「出てきなさい。皇帝家に弓引く者は許しません」
 藪に声をかけると、影のように黒いしのび装束を着た呪術師たちが三人現れた。
「簒奪者の一族を護るというのか」
「今上帝は皇帝家の正統な王。何人たりとも害することは許されません」
「この忘恩者が」
「わたしのことは好きに呼べばいい。さぁ、立ち去りなさい」
「殺す!」
 呪術師たちは親指を噛み切り、流れ出る血を太刀に擦り付け、血炎刀に変化させた。
 その刃は斬られた者の血を体内から沸騰させ、死に至らしめる。
「竜胆さんは視認外の者をお願いします!」
「あら、それは大役ね」
 気配は五つ。わたしからは見えない場所に、蒸気機関銃を持った奴がいる。
 火薬のにおいがそれを告げていた。
 わたしは杖を大鎌に変え、藪ごと切り裂いた。
「仙術師なのか!」
「裏切り者! お前たち仙術師はもともと先帝の一族に仕えていたはず!」
 わたしは大鎌を振り回しながら答えた。
「わたしが仕えているのは昔も今も、あくまでも皇帝家。本流も支流も関係ない」
「クソガキが!」
 視界の良くなった戦場で距離を保ちつつ、大鎌で太刀につけられた呪術をはぎ取っていく。
「くそ、近づけやしねぇ!」
「仙術師め!」
「お高くとまってんじゃぁねぇぞ!」
 呪術師の一人が飛び道具を手にしようとした瞬間、藪の向こうから二つの悲鳴が聞こえ、途中で切れた。
 そしてその方角から美しく可愛らしい、薄桃色の水干すいかんを着た女性が現れた。
「終わったよ。銃って、そんなに強くないのね」
「お帰りなさい。加勢、頼めますか?」
 竜胆は三人の呪術師を見回し、含み笑いをした。
「加勢って、あと一歩で翼禮よくれいが勝つのに?」
 護りのまじないも太刀についていた呪術もわたしにはがされ、すでにボロボロの呪術師たち。
 たしかに、加勢してもらっても意味はなさそうだ。
「じゃぁ、倒した呪術師を縛り上げておいてください」
「はあい」
 竜胆が微笑みながら向こうへスキップしていくのを見届けると、わたしは大鎌をもって跳びあがった。
「な!」
 それが呪術師の最後の言葉だった。
 わたしは大鎌を斜めに八の字を描くように振り下ろし、呪術師たちの腕を肩から折った。
「ぐはぁああ!」
 呪術師たちはただ垂直にぶら下がる両腕を抱くように地面へと倒れ、のたうちまわった。
斎宮いつきのみや様の護衛ですから、血は流せないんです。血と死は穢れケガレですからね」
「くそ! くそぉ……」
 わたしは三人の足を縛り、それをさらに近くにあった木に括り付けた。
 ついでに、のろいを口にできないよう、猿轡さるぐつわもかませた。
「ちゃんと縛って来たよ」
「ああ、ありがとうございます」
「さすが翼禮よくれい。人間じゃ、あなたには敵わないわね」
 気絶した三人の呪術師を見て、竜胆は嬉しそうに笑った。
「そんなことないですよ。人間でも優秀な人はいくらでもいますから」
「また、謙遜しちゃって。じゃぁ、列に戻る?」
「そうですね。長公主様の元へ戻りましょう」
 竜胆とわたしは再び玖藻神社へと向かう斎宮の列へと戻っていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

《完結》氷の侯爵令息 あなたが子供はいらないと言ったから

ヴァンドール
恋愛
氷の侯爵令息と言われたアラン。彼は結婚相手の伯爵令嬢にとにかく冷たい態度で接する。 彼女は義姉イライザから夫が子供はいらないと言ったと聞き、衝撃を受けるが気持ちを切り替え生きていく。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

古書館に眠る手記

猫戸針子
歴史・時代
革命前夜、帝室図書館の地下で、一人の官僚は“禁書”を守ろうとしていた。 十九世紀オーストリア、静寂を破ったのは一冊の古手記。 そこに記されたのは、遠い宮廷と一人の王女の物語。 寓話のように綴られたその記録は、やがて現実の思想へとつながってゆく。 “読む者の想像が物語を完成させる”記録文学。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない

二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。 ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。 当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。 だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。 ――君の××××、触らせてもらえないだろうか?

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...