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第二十四話:祭の始まり
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祇宮祭前日、今年は運悪く昨日から梅雨入りしてしまったこともあり、京中の祈祷師たちが、雨が止むよう朝からずっと祈りをささげている。
竜胆によれば、祇宮祭は妖魔だけでなく、精霊種も非常に楽しみにしているため、祈祷などせずともその力で晴れが決まっているという。
「たしかに、毎年晴れるのはすごいなぁって思っていたんです」
「東の太門にいたときは、私も晴れるように頑張っていたもの。祇宮祭が放つ熱や生命力は精霊種の良いごはんになるのよね」
「その分、迷子や行方不明者もいっぱい出ますけど」
「それは全部妖魔や凶鬼たちのせいよ。私は誰も誘拐したことはないわ」
「わかってますよ。毎年退治に行ってましたから」
「あら、そうなの?」
「わたしは南の太門に行っていたので、竜胆とは会えませんでしたね」
「もっと早く知り合いたかったわぁ」
「わたしもです」
東の太門は比較的安全なので、陰陽術師になりたてのひよっこが派遣されやすい。
わたしは兄姉と一緒に南へ派遣されていた。
数年経ったら弟も修行の一環で行くことになるだろう。北東よりはましだが、心配だ。
「鉾を立てに行くのは日付が変わる少し前よね?」
「そうです。日付変更と同時に担当の太門の周りにぷすっと刺すので」
「私たちは北東よね……。禍ツ鬼の第二鬼皇子が住んでいる零度界に繋がっている門だわ」
竜胆は少し遠い目をしながらため息をついた。
十二人存在する禍ツ鬼のうち、親王に冊封されているのは第一鬼皇子、第二鬼皇子、第四鬼皇子、第六鬼皇子の四人だけ。
ほかは郡王が六人、公主が二人。
竜胆は末子で、その兄弟姉妹や凶鬼たちから『背教郡王』と呼ばれ、裏切り者として疎まれている。
母親が〈聖女〉ということも影響しているのかもしれない。
竜胆は聖女が禍ツ鬼の王を封印するためにこの世に産み落とした爆弾のような存在なのだ。
「出てきますかね。その、竜胆のお兄さん」
「出てくるかしらね……。兄弟姉妹の中でも、一番残酷なひとだから……」
竜胆の家族の話は今までちゃんと聞いたことが無い。聞いていいことなのかも、わからないからだ。
どう言葉を繋げばいいかと考えていると、竜胆が一瞬戸惑った後、口を開いた。
「第二鬼皇子は……、兄は、皇帝家ともつながりがあるの」
先ほどまで聞こえていた風の音や、草木が揺れる音が聞こえなくなった。
その代わり、鼓動がドクドクと耳に響く。
知ってもいい話なのだろうか。
話の続きを聞くのが、少し怖い。
「第二鬼皇子は、その……、禍ツ鬼の王と、廃后され怨霊となった元内親王との間に生まれた子なのよ」
ドクン、と、心臓が跳ねた。
『内親王』は皇帝の『娘』と言う意味だ。
つまり、どうあがいても、主上と血のつながりがあるということ。
「今はまだ何もしてこないかもしれない。でも、きっと見てる。今の皇帝家と、皇帝陛下の動向を」
皇帝陛下を形作るパズルのピースに、また一つ、負の側面が埋まっていく。
禍ツ鬼の中に皇位継承権を持つ者がいるとは、考えもしなかった。
「前に私に聞いたわよね。皇帝家を恨む者を教えてほしいって。その答えの一つが、兄よ」
形あるものは良いも悪いも時の流れの中で壊れていく。
でも、心情は違う。壊れることはない。
「最大限、警戒しましょう。最悪の事態が起こることの無いように」
「目を光らせておくわ。今の暮らしを失いたくないもの。もちろん、翼禮のことも」
「友達ですから」
「うふふ」
目の前に、背中に、右手に、左腕に、絡まるように心配事が増えていく。
それはやがて足元に広がり、身動きが取れないほどの沼になっていくかもしれない。
それでも今は一つずつ対応していくしかない。
「今日のお仕事始めましょうか」
「そうしよそうしよ」
今日は後宮からお呼びがかかっている。
新築祝いに届いた献上品の中に、怪しいものがいくつかまぎれていたのだという。
いくら陰陽術師とはいえ、男子禁制の後宮に入ることは出来ない。
代わりに、わたしと竜胆が品物を引き取りに行くことになったのだ。
「後宮に届く品物は誰が検品してるの?」
「占星術師の方々です。彼女たちは磁魂の持ち主なので、霊感が強いのです」
「磁魂って何?」
「磁魂とは一つの身体に異なる魂が入っているひとのことです。後宮で働いているのは男性の身体に女性の魂を持った方々です」
「今の私みたいな?」
「少し違いますけど、彼女たちの中には身体も女性に生まれ変わった方もいますね」
「陰陽術師たちよりもずっと頼りになりそう」
「実際、霊感のある人間は貴重で強いですからね。後宮は京の中でも特に安全地帯ですよ」
大内裏のずっと奥、後宮に入るための白百合門が見えてきた。
内裏から後宮は結構離れているのだが、主上とその側近だけが通れる地下道で繋がっているため、主上はいつでもすぐに行くことが出来るようになっている。
わたしと竜胆は、一応は主上の側近だが、今回は地上の道順を覚えるために地下道は使わないで向かっている。
「迷路みたいね」
「物理的にも一番安全でないといけませんから。皇子様方も住んでいらっしゃいますし」
「なるほどね」
わたしと竜胆は主上からもらっている玉札を門番に見せ、白百合門を通った。
すると、来ることが見えていたのか、占星術師の一人が深く頭を下げて立っていた。
「ようこそおいでくださいました、翼禮様」
「お久しぶりです。凛星様。本日は同僚の竜胆を連れてまいりました」
「ちゃんとご挨拶するのは初めてです。竜胆と申します。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
三人でほぼ同時に頭を上げ、笑顔を交わした。
「お品物を持ってまいりました。これは内密なお話なのですが……、皇后陛下がご懐妊なさいまして。まだ安定期ではないので発表は控えております。そのため、呪物を後宮内に置いておくことが忍びなく……。お呼びたてすることになり、申し訳ありません」
「どのような事情でも、気軽にお声かけください。力になります」
「なんともったいなきお言葉……。皇后陛下もご安心なさることでしょう。では、こちらが呪物にございます」
そう言ってわたされたのは五つの袋。
「内側に封印の呪いを仕込んであります。道中で暴発することはありません。ですが、お気をつけてお持ちになってください」
「かしこまりました。では、皆さまによろしくお伝えください。これで失礼いたします」
「重ね重ね、感謝したします」
「では」
凛星はわたしと竜胆が見えなくなるまで深く頭を下げ続けていた。
「ものすごく腰の低い人ね」
「凛星様は下女として雇われてから地道な努力と才能で占星術師長という地位まで上り詰めた才女なのです。苦労をなさっているからその分優しいのでしょう」
「かっこいいわね」
「ええ。憧れます」
帰り道はなるべく早歩きで進み、二人で分担して袋を持って仕事場へと戻った。
内裏に着くと、ちょうど雨が降って来た。
「よかったぁ」
「雨に降られずに帰れてよかったですね」
「この水干って装束、濡れるとすごく重くなるんだもの。でも傘はさしたくないし」
「まったくです。では、雨音のなか、さっそく検品しましょうか」
「そうね」
五つの布をすべて開けると、中には漆塗りの立派な黒い箱が入っており、ふたを開けると、繊細な装飾が施された髪飾りが入っていた。
「ああ……。珊瑚に真珠、琥珀と……。生体起源の宝石ばかりですね」
「琥珀なんて虫入り……。しかも、蜂。これは強いわ」
「黒玉が無いだけ少しマシといったところでしょうか」
「あれはきついものねぇ。葬送の石だし」
「呪術の種類はなんでしょうね」
わたしは杖の先で宝石に触れ、伝わってくる振動――周波数で呪術を確かめた。
「……全部堕胎ですね」
「それって!」
「後宮関係者の仕業ってことです」
凛星は皇后陛下の懐妊はまだ内密なことだと言っていた。
でも、後宮内では口を完全に閉じさせることなど不可能だ。
「卑怯じゃない! 酷いわ!」
竜胆はいつも以上に憤っている。
「子供に罪はないのに……。なんでそんなことするの……」
「皇后陛下はすでに二人子供がいます。皇子と皇女。どちらも健康で、皇帝陛下にとってはどちらも長男長女です。今更皇后陛下を堕胎させたところで、皇位継承の順位に変化はないはず……」
竜胆は何かを思い出したように、唇を震わせながら話し始めた。
「精神的に苦しめるためなのかもしれないわよ」
「……そうか。そういう見方もありますね。皇后陛下が精神を病み、伏せがちになったら、寵愛は他の女御や更衣に向き、勢力図が塗り替わるかもしれない。そうすれば、産まれ順を覆し、皇位継承権を上書きすることだってできるかもしれない」
「そんなの、私の兄弟姉妹の母親たちと変わらないじゃない……」
竜胆も継承権を争う立場ではある。そのことで、多くの嫌な思いをしてきたのかもしれない。
「……どんな種族も、動機と機会と手段さえあれば、どこまででも残酷になれるんですよ」
「悲しいわ……」
わたしは数時間かけてすべての髪飾りから呪を取り除き、そのすべてを砕いた。
今回のことについてはどう主上に報告すればいいだろうかと、悩んでしまう。
犯人を捜せと言われるだろうか。
嫌な仕事だ。
「報告書、私に書かせてくれない?」
「え、いいですが……。辛くならないですか?」
「心配してくれてありがとう。大丈夫。むしろ、私には経験があるから、上手く書けると思う」
「では、お願いします」
「うん。任せて」
たまに思う。
竜胆が見ている景色を、わたしも一緒に見てあげられたらいいのに、と。
雨音がささやかなものに変化し、空からは太陽が明日の方向へと移動を終え、もう月の時間。
湿った冷たい風が何度か吹いたあと、雨があがり、静かな夜がやって来た。
「そろそろ北東の太門に行きましょうか。鉾を立てに」
「行く! 兄の気配は全く感じないから、大丈夫そう」
「よかったです」
わたしと竜胆は硝子戸を開けてそのまま空へと飛びあがった。
「気持ちのいい夜ね」
「そうですね。雨で空気が洗われたみたいです」
「あら、可愛い表現だこと」
「え、普通ですよ」
「うふふ。私は好きよ、そういう感じ方」
「ど、どうも」
他愛のない会話をしながら空を飛んでいると、山を登る陰陽術師たちや僧侶、神職の人々が見えた。
松明の光が夜空の天の川のように連なっている。
「綺麗ねぇ」
「京の人たちにとっては、この松明の光も楽しみの一つなんですよ」
「上に伸びて行く光ね……」
「山に囲まれていますからね」
「好きなひとと見たらロマンチックなんでしょうねぇ」
「そうなんですかね」
「……もう。恋バナ一つもないじゃない」
「す、すみません……」
今までもそういったことからは一歩引いた位置にいたけれど、あの連続殺人鬼、花折に執着されていることを知った日から余計に苦手意識を持つようになってしまった。
「まぁ……、いつかそのうち気が向けば」
「曖昧に曖昧をのせて言ってるわね」
「あはは」
下を見ると、光で造られた列がだんだんと少なくなってきた。
北東の太門は木々が生い茂る山の中。
昼間でも暗く、保持面にはほとんど光が届かないほど。
以前、仕事で近くまで行ったときに竜胆と出会い、太門自体には近づかなかった。
地上からではよく見えないが、上空からだとその異様な雰囲気がよくわかる。
「あ、もう他の方々は到着しているようですね」
「ああ、あの、なんとかっていう神社のひとたちね」
「ここ京の鬼門にある神社の方々ですよ。強大な怨霊だった大将軍を鎮め、神格化して祀っている神社のみなさんです。強いですよ」
「へぇ……。かっこいいひといるかしら」
「いるといいですね」
わたしたちは少し手前に降り立ち、太門へと向かった。
すでに何人もの人がいたが、そのなかでも一際強い力を漂わせている人物がいた。
「お久しぶりです、雅弘様」
「お久しぶりです、翼禮様。今年からはお兄様はご参加なさらないのですね」
「はい。わたしが引き継ぎ、同僚の竜胆と呪術をかけてまいりました」
「時代は移り変わっていくのですね。道理で私も歳をとるわけです」
須賀峰 雅弘は矍鑠とした立ち居振る舞いがかっこいい、朱烏神社の宮司だ。
「私もそろそろ息子に譲ろうと思っているんです。妻と旅行にもいきたいですし」
「素敵ですね。ご子息はすでに活躍なさっていますから、安心して任せられますね」
「杏守家の方にそう言っていただけると、私も自信が持てます」
「いつもお世話になっております」
「いえいえ。こちらこそ」
須賀峰家は、人間界でも数少ない、仙子族の存在を知り、理解してくれているひとたちだ。
杏守家とのかかわりは深い。
「お、そろそろですね。鉾を刺しましょうか」
「はい。よろしくお願いいたします」
朱烏神社からは三本、飛梅天神からも三本、花道姫神社から一本、杏守家から一本。
合計八本の鉾。三人の宮司と四人の禰宜、そして、わたし。
話し声がなくなり、ただ風が木々を揺らす音だけが山に囁く。
動物たちも何かを察したのだろう。動きを止め、じっと空を見上げている。
凶鬼や妖魔は恐れをなし、この日だけは毎年呼吸音すら聞こえないほど潜んでいる。
風が凪ぐ。耳に痛いほどの静けさが山を覆う。
時計の針が動く。一つ、弐つ、参つ。
「破っ!」
零時零分、一斉に鉾が突き立てられた。
夜空に黄色と青の光の柱が上がり、それらが繋がり円となる。
円は輝きを増しながら徐々に中心へと集まり、巨大な急になった瞬間、流星群のように弾けて京中に降り注いだ。
「おお、今年も成功ですな」
「ええ、とても美しいです」
「祇宮祭、頑張りましょう」
「はい!」
京では歓声が上がり、夜中だというのに街中に光が灯った。
今日から一か月間、京は眠らぬ都市へと変貌する。
人間界も、幽界も、そして、零度界も。
竜胆によれば、祇宮祭は妖魔だけでなく、精霊種も非常に楽しみにしているため、祈祷などせずともその力で晴れが決まっているという。
「たしかに、毎年晴れるのはすごいなぁって思っていたんです」
「東の太門にいたときは、私も晴れるように頑張っていたもの。祇宮祭が放つ熱や生命力は精霊種の良いごはんになるのよね」
「その分、迷子や行方不明者もいっぱい出ますけど」
「それは全部妖魔や凶鬼たちのせいよ。私は誰も誘拐したことはないわ」
「わかってますよ。毎年退治に行ってましたから」
「あら、そうなの?」
「わたしは南の太門に行っていたので、竜胆とは会えませんでしたね」
「もっと早く知り合いたかったわぁ」
「わたしもです」
東の太門は比較的安全なので、陰陽術師になりたてのひよっこが派遣されやすい。
わたしは兄姉と一緒に南へ派遣されていた。
数年経ったら弟も修行の一環で行くことになるだろう。北東よりはましだが、心配だ。
「鉾を立てに行くのは日付が変わる少し前よね?」
「そうです。日付変更と同時に担当の太門の周りにぷすっと刺すので」
「私たちは北東よね……。禍ツ鬼の第二鬼皇子が住んでいる零度界に繋がっている門だわ」
竜胆は少し遠い目をしながらため息をついた。
十二人存在する禍ツ鬼のうち、親王に冊封されているのは第一鬼皇子、第二鬼皇子、第四鬼皇子、第六鬼皇子の四人だけ。
ほかは郡王が六人、公主が二人。
竜胆は末子で、その兄弟姉妹や凶鬼たちから『背教郡王』と呼ばれ、裏切り者として疎まれている。
母親が〈聖女〉ということも影響しているのかもしれない。
竜胆は聖女が禍ツ鬼の王を封印するためにこの世に産み落とした爆弾のような存在なのだ。
「出てきますかね。その、竜胆のお兄さん」
「出てくるかしらね……。兄弟姉妹の中でも、一番残酷なひとだから……」
竜胆の家族の話は今までちゃんと聞いたことが無い。聞いていいことなのかも、わからないからだ。
どう言葉を繋げばいいかと考えていると、竜胆が一瞬戸惑った後、口を開いた。
「第二鬼皇子は……、兄は、皇帝家ともつながりがあるの」
先ほどまで聞こえていた風の音や、草木が揺れる音が聞こえなくなった。
その代わり、鼓動がドクドクと耳に響く。
知ってもいい話なのだろうか。
話の続きを聞くのが、少し怖い。
「第二鬼皇子は、その……、禍ツ鬼の王と、廃后され怨霊となった元内親王との間に生まれた子なのよ」
ドクン、と、心臓が跳ねた。
『内親王』は皇帝の『娘』と言う意味だ。
つまり、どうあがいても、主上と血のつながりがあるということ。
「今はまだ何もしてこないかもしれない。でも、きっと見てる。今の皇帝家と、皇帝陛下の動向を」
皇帝陛下を形作るパズルのピースに、また一つ、負の側面が埋まっていく。
禍ツ鬼の中に皇位継承権を持つ者がいるとは、考えもしなかった。
「前に私に聞いたわよね。皇帝家を恨む者を教えてほしいって。その答えの一つが、兄よ」
形あるものは良いも悪いも時の流れの中で壊れていく。
でも、心情は違う。壊れることはない。
「最大限、警戒しましょう。最悪の事態が起こることの無いように」
「目を光らせておくわ。今の暮らしを失いたくないもの。もちろん、翼禮のことも」
「友達ですから」
「うふふ」
目の前に、背中に、右手に、左腕に、絡まるように心配事が増えていく。
それはやがて足元に広がり、身動きが取れないほどの沼になっていくかもしれない。
それでも今は一つずつ対応していくしかない。
「今日のお仕事始めましょうか」
「そうしよそうしよ」
今日は後宮からお呼びがかかっている。
新築祝いに届いた献上品の中に、怪しいものがいくつかまぎれていたのだという。
いくら陰陽術師とはいえ、男子禁制の後宮に入ることは出来ない。
代わりに、わたしと竜胆が品物を引き取りに行くことになったのだ。
「後宮に届く品物は誰が検品してるの?」
「占星術師の方々です。彼女たちは磁魂の持ち主なので、霊感が強いのです」
「磁魂って何?」
「磁魂とは一つの身体に異なる魂が入っているひとのことです。後宮で働いているのは男性の身体に女性の魂を持った方々です」
「今の私みたいな?」
「少し違いますけど、彼女たちの中には身体も女性に生まれ変わった方もいますね」
「陰陽術師たちよりもずっと頼りになりそう」
「実際、霊感のある人間は貴重で強いですからね。後宮は京の中でも特に安全地帯ですよ」
大内裏のずっと奥、後宮に入るための白百合門が見えてきた。
内裏から後宮は結構離れているのだが、主上とその側近だけが通れる地下道で繋がっているため、主上はいつでもすぐに行くことが出来るようになっている。
わたしと竜胆は、一応は主上の側近だが、今回は地上の道順を覚えるために地下道は使わないで向かっている。
「迷路みたいね」
「物理的にも一番安全でないといけませんから。皇子様方も住んでいらっしゃいますし」
「なるほどね」
わたしと竜胆は主上からもらっている玉札を門番に見せ、白百合門を通った。
すると、来ることが見えていたのか、占星術師の一人が深く頭を下げて立っていた。
「ようこそおいでくださいました、翼禮様」
「お久しぶりです。凛星様。本日は同僚の竜胆を連れてまいりました」
「ちゃんとご挨拶するのは初めてです。竜胆と申します。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
三人でほぼ同時に頭を上げ、笑顔を交わした。
「お品物を持ってまいりました。これは内密なお話なのですが……、皇后陛下がご懐妊なさいまして。まだ安定期ではないので発表は控えております。そのため、呪物を後宮内に置いておくことが忍びなく……。お呼びたてすることになり、申し訳ありません」
「どのような事情でも、気軽にお声かけください。力になります」
「なんともったいなきお言葉……。皇后陛下もご安心なさることでしょう。では、こちらが呪物にございます」
そう言ってわたされたのは五つの袋。
「内側に封印の呪いを仕込んであります。道中で暴発することはありません。ですが、お気をつけてお持ちになってください」
「かしこまりました。では、皆さまによろしくお伝えください。これで失礼いたします」
「重ね重ね、感謝したします」
「では」
凛星はわたしと竜胆が見えなくなるまで深く頭を下げ続けていた。
「ものすごく腰の低い人ね」
「凛星様は下女として雇われてから地道な努力と才能で占星術師長という地位まで上り詰めた才女なのです。苦労をなさっているからその分優しいのでしょう」
「かっこいいわね」
「ええ。憧れます」
帰り道はなるべく早歩きで進み、二人で分担して袋を持って仕事場へと戻った。
内裏に着くと、ちょうど雨が降って来た。
「よかったぁ」
「雨に降られずに帰れてよかったですね」
「この水干って装束、濡れるとすごく重くなるんだもの。でも傘はさしたくないし」
「まったくです。では、雨音のなか、さっそく検品しましょうか」
「そうね」
五つの布をすべて開けると、中には漆塗りの立派な黒い箱が入っており、ふたを開けると、繊細な装飾が施された髪飾りが入っていた。
「ああ……。珊瑚に真珠、琥珀と……。生体起源の宝石ばかりですね」
「琥珀なんて虫入り……。しかも、蜂。これは強いわ」
「黒玉が無いだけ少しマシといったところでしょうか」
「あれはきついものねぇ。葬送の石だし」
「呪術の種類はなんでしょうね」
わたしは杖の先で宝石に触れ、伝わってくる振動――周波数で呪術を確かめた。
「……全部堕胎ですね」
「それって!」
「後宮関係者の仕業ってことです」
凛星は皇后陛下の懐妊はまだ内密なことだと言っていた。
でも、後宮内では口を完全に閉じさせることなど不可能だ。
「卑怯じゃない! 酷いわ!」
竜胆はいつも以上に憤っている。
「子供に罪はないのに……。なんでそんなことするの……」
「皇后陛下はすでに二人子供がいます。皇子と皇女。どちらも健康で、皇帝陛下にとってはどちらも長男長女です。今更皇后陛下を堕胎させたところで、皇位継承の順位に変化はないはず……」
竜胆は何かを思い出したように、唇を震わせながら話し始めた。
「精神的に苦しめるためなのかもしれないわよ」
「……そうか。そういう見方もありますね。皇后陛下が精神を病み、伏せがちになったら、寵愛は他の女御や更衣に向き、勢力図が塗り替わるかもしれない。そうすれば、産まれ順を覆し、皇位継承権を上書きすることだってできるかもしれない」
「そんなの、私の兄弟姉妹の母親たちと変わらないじゃない……」
竜胆も継承権を争う立場ではある。そのことで、多くの嫌な思いをしてきたのかもしれない。
「……どんな種族も、動機と機会と手段さえあれば、どこまででも残酷になれるんですよ」
「悲しいわ……」
わたしは数時間かけてすべての髪飾りから呪を取り除き、そのすべてを砕いた。
今回のことについてはどう主上に報告すればいいだろうかと、悩んでしまう。
犯人を捜せと言われるだろうか。
嫌な仕事だ。
「報告書、私に書かせてくれない?」
「え、いいですが……。辛くならないですか?」
「心配してくれてありがとう。大丈夫。むしろ、私には経験があるから、上手く書けると思う」
「では、お願いします」
「うん。任せて」
たまに思う。
竜胆が見ている景色を、わたしも一緒に見てあげられたらいいのに、と。
雨音がささやかなものに変化し、空からは太陽が明日の方向へと移動を終え、もう月の時間。
湿った冷たい風が何度か吹いたあと、雨があがり、静かな夜がやって来た。
「そろそろ北東の太門に行きましょうか。鉾を立てに」
「行く! 兄の気配は全く感じないから、大丈夫そう」
「よかったです」
わたしと竜胆は硝子戸を開けてそのまま空へと飛びあがった。
「気持ちのいい夜ね」
「そうですね。雨で空気が洗われたみたいです」
「あら、可愛い表現だこと」
「え、普通ですよ」
「うふふ。私は好きよ、そういう感じ方」
「ど、どうも」
他愛のない会話をしながら空を飛んでいると、山を登る陰陽術師たちや僧侶、神職の人々が見えた。
松明の光が夜空の天の川のように連なっている。
「綺麗ねぇ」
「京の人たちにとっては、この松明の光も楽しみの一つなんですよ」
「上に伸びて行く光ね……」
「山に囲まれていますからね」
「好きなひとと見たらロマンチックなんでしょうねぇ」
「そうなんですかね」
「……もう。恋バナ一つもないじゃない」
「す、すみません……」
今までもそういったことからは一歩引いた位置にいたけれど、あの連続殺人鬼、花折に執着されていることを知った日から余計に苦手意識を持つようになってしまった。
「まぁ……、いつかそのうち気が向けば」
「曖昧に曖昧をのせて言ってるわね」
「あはは」
下を見ると、光で造られた列がだんだんと少なくなってきた。
北東の太門は木々が生い茂る山の中。
昼間でも暗く、保持面にはほとんど光が届かないほど。
以前、仕事で近くまで行ったときに竜胆と出会い、太門自体には近づかなかった。
地上からではよく見えないが、上空からだとその異様な雰囲気がよくわかる。
「あ、もう他の方々は到着しているようですね」
「ああ、あの、なんとかっていう神社のひとたちね」
「ここ京の鬼門にある神社の方々ですよ。強大な怨霊だった大将軍を鎮め、神格化して祀っている神社のみなさんです。強いですよ」
「へぇ……。かっこいいひといるかしら」
「いるといいですね」
わたしたちは少し手前に降り立ち、太門へと向かった。
すでに何人もの人がいたが、そのなかでも一際強い力を漂わせている人物がいた。
「お久しぶりです、雅弘様」
「お久しぶりです、翼禮様。今年からはお兄様はご参加なさらないのですね」
「はい。わたしが引き継ぎ、同僚の竜胆と呪術をかけてまいりました」
「時代は移り変わっていくのですね。道理で私も歳をとるわけです」
須賀峰 雅弘は矍鑠とした立ち居振る舞いがかっこいい、朱烏神社の宮司だ。
「私もそろそろ息子に譲ろうと思っているんです。妻と旅行にもいきたいですし」
「素敵ですね。ご子息はすでに活躍なさっていますから、安心して任せられますね」
「杏守家の方にそう言っていただけると、私も自信が持てます」
「いつもお世話になっております」
「いえいえ。こちらこそ」
須賀峰家は、人間界でも数少ない、仙子族の存在を知り、理解してくれているひとたちだ。
杏守家とのかかわりは深い。
「お、そろそろですね。鉾を刺しましょうか」
「はい。よろしくお願いいたします」
朱烏神社からは三本、飛梅天神からも三本、花道姫神社から一本、杏守家から一本。
合計八本の鉾。三人の宮司と四人の禰宜、そして、わたし。
話し声がなくなり、ただ風が木々を揺らす音だけが山に囁く。
動物たちも何かを察したのだろう。動きを止め、じっと空を見上げている。
凶鬼や妖魔は恐れをなし、この日だけは毎年呼吸音すら聞こえないほど潜んでいる。
風が凪ぐ。耳に痛いほどの静けさが山を覆う。
時計の針が動く。一つ、弐つ、参つ。
「破っ!」
零時零分、一斉に鉾が突き立てられた。
夜空に黄色と青の光の柱が上がり、それらが繋がり円となる。
円は輝きを増しながら徐々に中心へと集まり、巨大な急になった瞬間、流星群のように弾けて京中に降り注いだ。
「おお、今年も成功ですな」
「ええ、とても美しいです」
「祇宮祭、頑張りましょう」
「はい!」
京では歓声が上がり、夜中だというのに街中に光が灯った。
今日から一か月間、京は眠らぬ都市へと変貌する。
人間界も、幽界も、そして、零度界も。
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