大江戸妖怪恋モノ帳

岡本梨紅

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 大江戸城おおえどじょうに帰って来た黎明は、誰にもみつからないように注意しながら、自室に向かう。すでに薬の効果は切れており、頭にはいつものように角があり、瞳も金色に戻っていた。
(文の相手は人間だから、すぐにどうにかできるが、問題は坊さんだよなぁ。まったくと言っていいほど、情報が手に入らねぇし)
 黎明は苛ついたように頭をかきむしりながら、自室の襖を開ける。
「おかえり。黎明」
「兄上?」
 黎明を出迎えたのは本来、いるはずのない兄の暁星ぎょうせいだった。彼は縁側に座り、一人で酒盛りをしている。
「なぜここに。義姉上のもとに行かなくても、良いのですか?」
「今日は不機嫌でな。行ったら追い返された。息子も寝ていて暇なんだ」
「だからって、俺のところに来ないでくださいよ」
 暁星の言葉に黎明は呆れながら、着ていた羽織を脱いで着物かけにかけた。
「いいから座れ。久々に、兄弟でゆっくり語り合おうじゃないか」
 兄に杯を差し出され、黎明は仕方なさそうに受け取る。
 弟が自分の隣に座ると、暁星は酒を注いでやった。黎明が酒に口をつけたのを見て、暁星はにぃっと意地悪そうに笑う。
「それで、おまえの逢引の相手は、いったいどこの誰だ?」
 ブゥーッと黎明は盛大に酒を吹き出した。あまりの大きな反応に、暁星は腹を抱える。
「あはははは! すまんすまん。そんな動揺するとは思わなかった。大丈夫か?」
「な、なんで、口をつけた瞬間に言うんですか! 嫌がらせですか!」
 黎明が怒って暁星に詰め寄るが、暁星はけらけらと笑いながら、弟の肩を叩いて宥める。
「いやぁ、つい出来心だ」
「まったく。だから義姉上に呆れられるのですよ」
「それは言うな。で?」
 暁星は続きを促す。黎明は布で口元を拭いながら、視線をさまよわせた。
「……逢引というか、女子に会っているのは事実ですが、彼女の兄も一緒で」
「ほう。兄公認か。それで逢う回数を重ねていくうちに、その娘に惚れたと」
「ち、違います!」
「なら、一目惚れか!? 俺と同じだな!」
「兄上!」
 一人ではしゃぐ暁星を、黎明が怒鳴る。
「だが気に入っているのは事実だろう? どんな娘なんだ?」
「……治癒の異能を持つ娘です」
 黎明は比奈のことを、暁星に聞かせた。暁星は時折、相槌を打ちながら酒を飲む。
「ーーというわけです」
「なるほど。おまえが前に言っていた知り合いが、というのはその娘のことか」
「はい」
「あれから、手は打ったのか?」
 黎明は頷いた。
「今日、俺の妖力を込めた翡翠の腕飾りを、渡してきました。俺以外の妖怪が悪意を持って触れれば、その身は焼けます。といっても、あまり威力はありませんけど」
「それで良いと思うぞ。あまり強い守護だと、その娘を狙っているモノに気づかれる。そうすると、向こうがどう出るかわからんからな」
「そう、ですよね」
 暁星はくいっと、酒を飲み干す。
「しかし、おまえがそこまで一人の女に、入れ込むとはな」
「……守りたいと、思ったんです」
 黎明はぽつりとこぼした。暁星は優しい笑みを浮かべ、聞く体制をとる。
「最初は昔、俺を助けてくれた友人の悩みが妹にあるということで、興味を持ったんです。それで、会ううちに、その娘と、比奈といると心が安らぐ感じがして」
「ほう。それで?」
「最近、比奈が悩んでいるというので、今日、気分転換に、外に連れ出したんです。蛍を見てはしゃぐ姿や、俺の笛を手放しで褒めてくれて。本当に楽しそうな笑顔を、見せてくれたんです。それがすごくかわいくて。それで、好きだなって。……好き?」
 ボンッと黎明は、一瞬で顔を真っ赤に染めた。それを見て、暁星は膝を叩いて笑う。
「あははははっ! なんだ、自覚が無かったのか!」
「っ~」
 黎明はあまりの恥ずかしさに、顔を覆い隠して丸くなる。
「そうか。おまえもようやく、恋をしたか」
 暁星は微笑ましそうに、弟の頭を撫でる。
「良いものだろう? 他人を信じるのも、恋をするのも」
 黎明は小さく頷く。しばらく無言でいたが、気持ちが落ち着いたのか、ゆっくりと身体を起こした。
「兄上は、いつ、義姉上に自分が鬼であると、言いましたか?」
「んー。玉藻たまもは上位の狐妖怪だからな。俺が鬼であることは、最初から知られていた」
「……」
 暁星の言葉に、黎明は黙り込む。
「黎明、その娘に伝えていないのか?」
「……はい。比奈は、妖怪に怯えていますので」
 暁星は首筋をさする。それは黎明が考える時と同じ癖だった。
「その娘が気付いているという可能性は?」
「たぶん、無いかと。薬で人間に化けて行っていますので」
 黎明の言葉に、暁星は呆れた顔をする。
「おまえ、そこまで気を使っていて、なんで自覚なかったんだ?」
「うっ」
 黎明は何も言えなくなり、黙り込んだ。
「まあ、いつ言うかは自分で決めろ。後悔のないようにな」
「はい」
 暁星は杯を置いて、黎明に目を向ける。兄から刺々しい雰囲気を感じ取り、彼に向き合うように姿勢を正した。
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