大江戸妖怪恋モノ帳

岡本梨紅

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 しばらくの間、三人は時間も忘れて語り合った。
 黎明が神流の仕事について嘘を話し出すと、神流が怒り、代わりに黎明のやらかし事案を、暴露するので、それに黎明が慌てたりと、非常に忙しない。
 普段は兄と二人きりで、その会話も比奈にとっては外の世界を知る唯一の手段とも言えたので、満足をしていた。しかし、黎明が加わっただけでなんとも賑やかなものとなり、彼女は声をだして笑った。
(比奈が、こんな声をあげて笑うのなんて、いつぶりだろううか……)
 自分では引き出すことのできなかった妹の笑顔を、いとも簡単に出させた黎明に、神流は嫉妬の気持ちを抱いたと同時に、感謝した。
 そのとき、ふいに黎明が空を見上げる。つられて兄妹も空を見上げた。
 月は黎明が来たときよりも、かなり高い位置で輝いていた。
「ずいぶんと、長居をしちまったな」
「まったくですな。こんな遅くまで」
 黎明の申し訳なさそうな言葉に、神流が即答する。
「兄様。そのようなこと、言ってはいけませんよ」
「いいって。神流の言う通りだし」
「……でも、わたしは楽しかったです」
 比奈の控えめながらもこぼした感想に、黎明は照れて頬を掻く。
「お世辞ですよ。お世辞」
「兄様!」
 兄の発言をとがめる妹。仲の良い兄妹のやり取りに、黎明は微笑えみ、立ち上がった。
「さて。さすがにそろそろ帰るわ」
「でしたら、お送りします」
 さんざん、主人である黎明に雑な扱いをしておきながらも、やはり立場上、一人で帰すわけにはいかないと、神流が刀を持って立ち上がる。
「別にいいって。たいした距離はねぇし。俺だって、こいつを持ってるしな」
 そう言って、黎明は手に持った童子切を軽く掲げ、腰に差す。童子切は源頼光が鬼の酒呑童子を斬った刀としての逸話がある。だが、なぜか同じ鬼である黎明と相性が良いようで、彼はとても大切に扱っていた。
 黎明の剣術の腕が良いのは、神流も知ってはいたが、それでも心配そうに顔を曇らせる。だが、比奈の安全が保証されていないと知った今、妹のそばを離れるのも不安だった。
「それより神流、ちょっとこっち来い」
「はい?」
 黎明に呼ばれ、比奈から少し離れると、急に彼に肩を組まれた。
「ちょっと、なんですか」
「いいか、比奈に俺の正体をばらすなよっ」
「はい?」
 神流は思わず、聞き返す。
「だから、俺が鬼であることを、教えるなって言ってんの!」
「なんでですか?」
「怖がられるかもしれないだろ!?」
「はあ」
 意味がわからないというような反応を示す神流に、黎明は頭を抱える。
「あのなぁ、俺は今、薬で人間に化けてんの。しかもここには妖怪は入ってこれないとも思ってる。なのに実は俺が妖怪でしたーなんて言ってみろ」
「黎明様のせいで、余計な心労を与えてしまいますね」
「なんで俺のせいって強調すんの」
 神流の言い分に、黎明は不服そうに口を尖らせた。
「まあいいや。そういうわけだから、比奈のためにもばらすなよ」
「……あの、黎明様」
「ん?」
 神流は半目で、黎明を見つめる。
「まさかとは思いますが、ここに通うおつもりですか?」
「そうだけど?」
「はあ!?」
 黎明の答えに、神流は思わず素頓狂すっとんきょうな声を上げた。
「兄様?」
「ああ! なんでもない。なんでもないから、もうちょっと神流を貸してくれ」
 比奈が不思議そうに問いかけるので、黎明が誤魔化す。
「黎明様! あなたいったい、何をお考えですか!」
「もうちょっと声を落とせって! 至近距離でそんな大声出さなくても、聞こえてるっての」
 黎明にとがめられ、神流は一瞬だけ声を詰まらせる。だが今度は声を抑えて、彼に苦言をこぼした。
「夜に出歩くなど、危険すぎます。人間だろうが、妖怪だろうが、危険な思考を持つモノは大勢いるんですよ。ましてや、あなた様は将軍家のお世継ぎなのですから」
「俺、継がないけど?」
「そういう輩は、本人の意思など関係ないのですよっ!」
 呆けた表情を見せる主人に、今度は神流が頭を抱えた。
「大丈夫だって。それに比奈のことが気になるんだよ」
「は?」
「いや、だって、な?」
「なってなんですか。なって」
 あはははと黎明は笑ってやりすごすと、真剣な眼差しを神流に向ける。
「俺は、結界を施した坊さんとやらの目的を知りたい。比奈が恐怖心を抱いたということは、無意識ではあるが危険を感じたということだ」
「ですが、もし本当に例のお坊様が比奈を監視しているのだとしたら、黎明様がここに通われるのも、よく思わないのでは?」
 神流は言外に、黎明の命までも狙われるかもしれないと言うが、当の本人は肩を竦めるだけ。そして神流を離し、比奈に向き直る。
「比奈。迷惑でなければ、これからも来ていいかな?」
「え?」
「今日、すげぇ楽しかったからさ。いつもいつも、仕事と家の往復だけでさ。あ、もちろん、大きな事件が無いのはいいことなんだが、ちょっと退屈しててな」
 黎明の言葉に、比奈はしばし思案する。
「嫌なら遠慮なく、嫌って言っていいんだぞ。比奈」
「神流。おまえはそんなに俺の邪魔をしたいか」
「い、嫌ではありません!」
 比奈は大きな声で、断言した。彼女の反応に、二人は目を瞬く。
 比奈も、思わず出てしまったのか、顔を赤くする。
「そ、その。嫌では、ありません。わたしも、とても楽しかったので」
「……かわいい」
 照れる少女を見て、黎明がぽつりとこぼす。その隣で、神流が鯉口を切る。
「ちょ!? おまえ、ほんと物騒だな!?」
「至極当然の反応でございます」
「どこら辺が?」
 神流の比奈に対する溺愛っぷりに、黎明は顔をひきつらせる。
「兄様!」
 妹に咎められ、神流は渋々と刀から手を離す。
 比奈は胸元で手を握りしめながら、黎明に笑いかける。
「あ、あの。なので、その……黎明様のお時間があるときに、また来て頂けると、嬉しいです」
「あぁ。必ず来るよ」
 黎明は、はにかむ比奈にそう語りかけ、神流に別れを告げるように彼の肩を叩いて、そのまま身の丈を越える塀を軽々と飛び越えて行った。
「黎明様、すごいですねぇ」
(あのお人は! 隠す気が本当にあるのか!!)
 見た目は人間でも、身体能力は妖怪のままなので、神流は頭を抱えた。唯一の救いは、比奈が世間知らずなため、黎明の動きに疑問を抱いていないことだ。
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