願わくば──────

SAKURA

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私、煮物が大好きなんです!

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 その日、結愛は面会時間ギリギリまで病室にいた。
 親に叱られないのか、と先生が心配していたが「夢叶の名前を出せば大丈夫です!」と、私は巻き込まれてしまった。
 私と結愛は仲が良いため、親同士も自然と仲良くなった。でも、私はすでに勘当された身。私を理由にしても、面倒なことになるかもしれない。
 と思ったが、別にそんなことはなかった。
 私の予想に反して、結愛の両親は私の親に何も聞かなかったらしい。
 その理由を次の日、日曜日で暇を持て余していた結愛が半分キレながら愚痴りに来た。
「『夢叶ちゃんなら心配ないわね~』だってよ!私のことは信頼してないのかっつーの!」
 院内では静かにするのがマナーだ。個室でなら多少声を出すのは問題ないが、結愛は今、その許容範囲を超えている。
 少し声を落とすように注意を呼びかけるも、直後に非情な言葉を煽り顔で投げかける。
「まぁ私の方が成績良かったしね」
 結愛は一秒後にでも殴りかかってきそうな右腕を抑えている。その姿を見て私はケラケラと笑った。
 そう、私はほとんど学年のトップと言っても過言ではなかった。親から半強制的に、医者になるための教育を受けていたからだ。
 一方結愛の成績は中の下といったところだろうか。赤点を取ったことはないが、褒められるほど素晴らしい成績も取ったことがなかった。
「別に成績が悪いわけじゃないからね!」
 別に何も悪いなんて言っていないのに、ムキになった結愛を見て私はまた笑った。
「じゃあ、ここで勉強したらいいよ」
 教えるから、と言いたかったが、言う前に結愛がとんでもない顔をしたので何も言わなかった。なんて情けない顔をしているのだろうか、高校三年生にもなって。
 しばらく話していると、部屋のドアをノックしてくる音が聞こえた。返事をしてドアが開くと、そこには先生がいた。
 結愛を見るなり、目を見開く。無理もない。現在時刻は午前十一時十分。面会時間が始まって十分しか経っていないため、面会者はとても少ないのだ。
「結愛ちゃん…だったっけ?ずいぶん早いね」
 穏やかな落ち着く声で結愛に話しかける。
「もちろん!ずっとここにいたいですよ!」
 だから何度言えばわかるのだろう。病院内では声量を落とせともう十回は言ったはずだ。
「ずっとここにいたら餓死するよ」
 病院食を食べられるのは入院患者だけ。私が死ぬよりも早く、結愛が死ぬことになるだろう。
 その言葉を聞いた結愛は、またもや情けない顔をする。
 ところで先生は何をしにきたのだろう。用もなく病室に来るほど暇ではないだろう。
 暇つぶしなら大歓迎だが、サボりなら流石に容赦しない。
「今日のお昼の献立だよ」
 その言葉を聞いて私は少し頬を染める。
 何しろ暇なのだ。個室だからこそ静かで過ごしやすいが、話し相手がいないため面会時間に誰も来なければ暇なのだ。
 それに私はスマホ以外に持ってきたものがなかった。
 元々私はスマホをいじり続けるタイプの人間ではないため、スマホで暇つぶしをできるほど器用ではなかった。
 幸人とばったり会ってしまうかもしれないので、安易に部屋から出るわけにもいかない。そのため、食べることが娯楽になってくる。
 病院食は味気ないが、食べてみれば不味くはない。食べ始めたのは昨日からだが、暇で暇でしょうがない私には病院食に興味を持つのに時間は必要なかった。
「今日の献立は、梅シラスごはん、卵焼きそぼろあんかけ、かぼちゃの煮物、白菜のおひたしだよ」
 その言葉を聞いた結愛は「なんだか給食のメニューみたいだね」と言う。一方私は目を輝かせていた。
 いきなり光を放つものだから、結愛も先生もビクッと体が跳ねる。
 私は日本食、主に煮物が大好物なのだ。かぼちゃの煮物なんて、もろにその煮物。
 目を輝かせているのは通常運転だ。だがその表情は、結愛ですら見たことがなかった。
「な、何か好きな料理があったの?」
 守が穏やかな声で問いかける。
「私、煮物が大好きなんです!醤油味そのものが好きで、日本ならではですよね!外国にはない味が日本食を生み出して、醤油味はとても美味しくているんな応用にも効くなんて最高の調味料ですよね!なかなか言葉にできないけど…」
 全てを言う前に結愛に口を塞がれてしまう。守は遠い目をしている。
 私は言いたいことが全て言えなかったので、口をとんがらせた。
「それじゃあ、十二時になったら持ってくるからね。待っててね」
 そう言って先生は部屋から出ていった。
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