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それだけは嫌だ
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「ねえ、病院って暇じゃないの?」
「暇に決まってんじゃん」
だからご飯が娯楽になるまでになったのだ。想像すればわかるだろうに。
スマホを使うにも不器用なので使いこなせない。
今までは勉強して暇を潰していた。でも、勉強道具はもうない。何もできない。
「近くに図書館があるからそこから借りて持ってこようか?」
その言葉を聞いて感動する。なんて天才なのだろう。その発想は無かった。
目をキラキラ輝かせながら「お願いします!」と言う。
結愛は背を仰け反らせながら「お、おう…」と、引き気味で返事をした。
その後、本を借りるついでにお昼ご飯を食べるため結愛は病院から出た。
それから十分ほどすると、かすみちゃんが部屋に入ってきた。せめてノックはして欲しいものだ。でもそこもかすみちゃんらしくて許してしまう。
目が合うと、「夢叶ちゃん!」と、花が咲いたような笑顔で手を振る。とても可愛らしい。
「調子はどう?」
「一日じゃそんなに変わらないよ。元気だよ」
「よかった!」
私は自分を心配してくれているかすみを妹にしたいと思った。
ちなみに、「妹にしたい」と思ったことも言ったことも一度ではない。
笑顔も、声も、全てが可愛らしい。決して幸人の妹だからではない。決して。
「幸人の体調は?」
挨拶の直後がこれとは、自分でも呆れてしまう。でも、かすみは嫌な顔一つせずに答える。
「変わりないよ。夢叶ちゃんのおかげで悪くはなってない。先生もこれから順調に回復していくだろうって」
その言葉を聞いて夢叶はほっと息をつく。これでいい、と自分の心の中で自己完結させる。
「いつまで入院してるの?」
「一週間様子を見て、異常なかったら退院だってさ。大会には間に合いそう」
大会というのは高校のテニス部の大会だ。
幸人は小さい頃からテニスが好きだったらしい。いつか全国大会に行くことが夢だと言っていたことを思い出す。
それが移植手術を決めた理由だ。私にとっても、幸人にとっても。
「幸人、病み上がりだって言うのに体力づくりを始めるって聞かなくてさ。これじゃ、別の理由で倒れちゃうよ」
どうやらかすみは、幸人のパシリになってジャージを持ってこさせられたらしい。
ただでさえ暑いのに、お疲れ様だ。
渡した後に帰るふりをして私のところに来たのだとか。まめな子だ。
気まぐれで少し外を見てみた。ここは三階で、見晴らしがいい。中庭に植えられている桜の木が、もう葉を茂らせている。
下に顔を向けると、ジャージを着た男の子が歩いているのが見えた。幸人だ。
さすが運動部に入ってるだけある。いきなり走り始めたら体に負担がかかる。そしたら余計に時間がかかる。
少しづつ体をほぐしていって、本格的な筋トレを始める感じだろう。夢叶は心の中で幸人を応援した。
「じゃあもう帰るね」
と言って、守と入れ違いに部屋から出て行った。
「てっきりもう帰ったのかと思ったよ」
先生は幸人の担当もしているので、かすみとの接点は多い。ジャージを持ってきたかすみは渡した直後に帰った設定だった。
「私に会いにきてくれたんですよ」
「かすみちゃんは、本当に君に懐いているね。はい、お昼ご飯」
そう言って先生は一時間ほど前に言ったお昼ご飯を置いた。
とても美味しそうだが、正直言って昨日と今日の朝ごはんを食べて分かった。
病院食は味が薄い。
濃すぎると身体に悪影響が出ることから薄味なのも分かるが、私はどちらかと言えば濃い味が好きなのだ。
でも不味いわけではないし、文句を言える立場ではないのできちんと食べる。
「おお、かぼちゃの煮物美味しい。卵焼きも美味しい!」
昨日の夜と今日の朝ごはんを食べた中で一番美味しかった。
お世辞じゃない。一番の好物になりそうだ。
「美味しそうに食べるね」
その言葉を聞いて、我に帰る。料理に夢中になっていた。二食ぶりに口に合う美味しいご飯を食べられて嬉しかった。
「美味しいです、一番好きな病院食になりそうです」
「どっちが?」
どっちというのは、かぼちゃと卵焼きのことだろう。
「かぼちゃが一位で、卵焼きが二位です」
「料理人に言っておくよ」
そう言って先生はにっこりと先生は笑う。
それにしても、いつまでいるのだろう。
彼は医者だ。忙しくないのだろうか。
他に担当している患者もいるだろうに。幸人とか。
他にも資料整理とかもしそうなものだが。
「ここにいて大丈夫なんですか?」
気が付けば私は口を開いていた。
「僕は医者としては長いけど、この病院に来てからは短いんだよ。だから担当してるのは君と幸人君しかいないよ」
意外だ。まさかこの病院だけで見れば新人だとは。こんなこともあるのか。なら、整理する資料も少ないだろう。
「それにしても私、佐藤先生しかお医者様を見てないです」
ずっと気になっていたことだ。この部屋には先生しか近づかない。
看護師も来ない。ご飯を持ってくるのはいつも佐藤先生だ。
「そりゃ君のことを知ってるのは、僕くらいしかいないからね。勘付いている人も少なからずいるだろうけど、何も言わないだけだ。君が提案した手術は多分世界初だし、騒ぎになってもいいっていうなら言い回してもいいけど」
「あ、お心遣いありがとうございます。そのままお願いします」
理由が自分を考えてのことに一息で感謝を伝える。
もし言いふらされたら、幸人にバレるどころか、迷惑をかける。それだけは嫌だ。
「暇に決まってんじゃん」
だからご飯が娯楽になるまでになったのだ。想像すればわかるだろうに。
スマホを使うにも不器用なので使いこなせない。
今までは勉強して暇を潰していた。でも、勉強道具はもうない。何もできない。
「近くに図書館があるからそこから借りて持ってこようか?」
その言葉を聞いて感動する。なんて天才なのだろう。その発想は無かった。
目をキラキラ輝かせながら「お願いします!」と言う。
結愛は背を仰け反らせながら「お、おう…」と、引き気味で返事をした。
その後、本を借りるついでにお昼ご飯を食べるため結愛は病院から出た。
それから十分ほどすると、かすみちゃんが部屋に入ってきた。せめてノックはして欲しいものだ。でもそこもかすみちゃんらしくて許してしまう。
目が合うと、「夢叶ちゃん!」と、花が咲いたような笑顔で手を振る。とても可愛らしい。
「調子はどう?」
「一日じゃそんなに変わらないよ。元気だよ」
「よかった!」
私は自分を心配してくれているかすみを妹にしたいと思った。
ちなみに、「妹にしたい」と思ったことも言ったことも一度ではない。
笑顔も、声も、全てが可愛らしい。決して幸人の妹だからではない。決して。
「幸人の体調は?」
挨拶の直後がこれとは、自分でも呆れてしまう。でも、かすみは嫌な顔一つせずに答える。
「変わりないよ。夢叶ちゃんのおかげで悪くはなってない。先生もこれから順調に回復していくだろうって」
その言葉を聞いて夢叶はほっと息をつく。これでいい、と自分の心の中で自己完結させる。
「いつまで入院してるの?」
「一週間様子を見て、異常なかったら退院だってさ。大会には間に合いそう」
大会というのは高校のテニス部の大会だ。
幸人は小さい頃からテニスが好きだったらしい。いつか全国大会に行くことが夢だと言っていたことを思い出す。
それが移植手術を決めた理由だ。私にとっても、幸人にとっても。
「幸人、病み上がりだって言うのに体力づくりを始めるって聞かなくてさ。これじゃ、別の理由で倒れちゃうよ」
どうやらかすみは、幸人のパシリになってジャージを持ってこさせられたらしい。
ただでさえ暑いのに、お疲れ様だ。
渡した後に帰るふりをして私のところに来たのだとか。まめな子だ。
気まぐれで少し外を見てみた。ここは三階で、見晴らしがいい。中庭に植えられている桜の木が、もう葉を茂らせている。
下に顔を向けると、ジャージを着た男の子が歩いているのが見えた。幸人だ。
さすが運動部に入ってるだけある。いきなり走り始めたら体に負担がかかる。そしたら余計に時間がかかる。
少しづつ体をほぐしていって、本格的な筋トレを始める感じだろう。夢叶は心の中で幸人を応援した。
「じゃあもう帰るね」
と言って、守と入れ違いに部屋から出て行った。
「てっきりもう帰ったのかと思ったよ」
先生は幸人の担当もしているので、かすみとの接点は多い。ジャージを持ってきたかすみは渡した直後に帰った設定だった。
「私に会いにきてくれたんですよ」
「かすみちゃんは、本当に君に懐いているね。はい、お昼ご飯」
そう言って先生は一時間ほど前に言ったお昼ご飯を置いた。
とても美味しそうだが、正直言って昨日と今日の朝ごはんを食べて分かった。
病院食は味が薄い。
濃すぎると身体に悪影響が出ることから薄味なのも分かるが、私はどちらかと言えば濃い味が好きなのだ。
でも不味いわけではないし、文句を言える立場ではないのできちんと食べる。
「おお、かぼちゃの煮物美味しい。卵焼きも美味しい!」
昨日の夜と今日の朝ごはんを食べた中で一番美味しかった。
お世辞じゃない。一番の好物になりそうだ。
「美味しそうに食べるね」
その言葉を聞いて、我に帰る。料理に夢中になっていた。二食ぶりに口に合う美味しいご飯を食べられて嬉しかった。
「美味しいです、一番好きな病院食になりそうです」
「どっちが?」
どっちというのは、かぼちゃと卵焼きのことだろう。
「かぼちゃが一位で、卵焼きが二位です」
「料理人に言っておくよ」
そう言って先生はにっこりと先生は笑う。
それにしても、いつまでいるのだろう。
彼は医者だ。忙しくないのだろうか。
他に担当している患者もいるだろうに。幸人とか。
他にも資料整理とかもしそうなものだが。
「ここにいて大丈夫なんですか?」
気が付けば私は口を開いていた。
「僕は医者としては長いけど、この病院に来てからは短いんだよ。だから担当してるのは君と幸人君しかいないよ」
意外だ。まさかこの病院だけで見れば新人だとは。こんなこともあるのか。なら、整理する資料も少ないだろう。
「それにしても私、佐藤先生しかお医者様を見てないです」
ずっと気になっていたことだ。この部屋には先生しか近づかない。
看護師も来ない。ご飯を持ってくるのはいつも佐藤先生だ。
「そりゃ君のことを知ってるのは、僕くらいしかいないからね。勘付いている人も少なからずいるだろうけど、何も言わないだけだ。君が提案した手術は多分世界初だし、騒ぎになってもいいっていうなら言い回してもいいけど」
「あ、お心遣いありがとうございます。そのままお願いします」
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