願わくば──────

SAKURA

文字の大きさ
7 / 18

それだけは嫌だ

しおりを挟む
「ねえ、病院って暇じゃないの?」
「暇に決まってんじゃん」
 だからご飯が娯楽になるまでになったのだ。想像すればわかるだろうに。
 スマホを使うにも不器用なので使いこなせない。
 今までは勉強して暇を潰していた。でも、勉強道具はもうない。何もできない。
「近くに図書館があるからそこから借りて持ってこようか?」
 その言葉を聞いて感動する。なんて天才なのだろう。その発想は無かった。
 目をキラキラ輝かせながら「お願いします!」と言う。
 結愛は背を仰け反らせながら「お、おう…」と、引き気味で返事をした。
 その後、本を借りるついでにお昼ご飯を食べるため結愛は病院から出た。
 それから十分ほどすると、かすみちゃんが部屋に入ってきた。せめてノックはして欲しいものだ。でもそこもかすみちゃんらしくて許してしまう。
 目が合うと、「夢叶ちゃん!」と、花が咲いたような笑顔で手を振る。とても可愛らしい。
「調子はどう?」
「一日じゃそんなに変わらないよ。元気だよ」
「よかった!」
 私は自分を心配してくれているかすみを妹にしたいと思った。
 ちなみに、「妹にしたい」と思ったことも言ったことも一度ではない。
 笑顔も、声も、全てが可愛らしい。決して幸人の妹だからではない。決して。
「幸人の体調は?」
 挨拶の直後がこれとは、自分でも呆れてしまう。でも、かすみは嫌な顔一つせずに答える。
「変わりないよ。夢叶ちゃんのおかげで悪くはなってない。先生もこれから順調に回復していくだろうって」
 その言葉を聞いて夢叶はほっと息をつく。これでいい、と自分の心の中で自己完結させる。
「いつまで入院してるの?」
「一週間様子を見て、異常なかったら退院だってさ。大会には間に合いそう」
 大会というのは高校のテニス部の大会だ。
 幸人は小さい頃からテニスが好きだったらしい。いつか全国大会に行くことが夢だと言っていたことを思い出す。
 それが移植手術を決めた理由だ。私にとっても、幸人にとっても。
「幸人、病み上がりだって言うのに体力づくりを始めるって聞かなくてさ。これじゃ、別の理由で倒れちゃうよ」
 どうやらかすみは、幸人のパシリになってジャージを持ってこさせられたらしい。
 ただでさえ暑いのに、お疲れ様だ。
 渡した後に帰るふりをして私のところに来たのだとか。まめな子だ。
 気まぐれで少し外を見てみた。ここは三階で、見晴らしがいい。中庭に植えられている桜の木が、もう葉を茂らせている。
 下に顔を向けると、ジャージを着た男の子が歩いているのが見えた。幸人だ。
 さすが運動部に入ってるだけある。いきなり走り始めたら体に負担がかかる。そしたら余計に時間がかかる。
 少しづつ体をほぐしていって、本格的な筋トレを始める感じだろう。夢叶は心の中で幸人を応援した。
「じゃあもう帰るね」
 と言って、守と入れ違いに部屋から出て行った。
「てっきりもう帰ったのかと思ったよ」
 先生は幸人の担当もしているので、かすみとの接点は多い。ジャージを持ってきたかすみは渡した直後に帰った設定だった。
「私に会いにきてくれたんですよ」
「かすみちゃんは、本当に君に懐いているね。はい、お昼ご飯」
 そう言って先生は一時間ほど前に言ったお昼ご飯を置いた。
 とても美味しそうだが、正直言って昨日と今日の朝ごはんを食べて分かった。
 病院食は味が薄い。
 濃すぎると身体に悪影響が出ることから薄味なのも分かるが、私はどちらかと言えば濃い味が好きなのだ。
 でも不味いわけではないし、文句を言える立場ではないのできちんと食べる。
「おお、かぼちゃの煮物美味しい。卵焼きも美味しい!」
 昨日の夜と今日の朝ごはんを食べた中で一番美味しかった。
 お世辞じゃない。一番の好物になりそうだ。
「美味しそうに食べるね」
 その言葉を聞いて、我に帰る。料理に夢中になっていた。二食ぶりに口に合う美味しいご飯を食べられて嬉しかった。
「美味しいです、一番好きな病院食になりそうです」
「どっちが?」
 どっちというのは、かぼちゃと卵焼きのことだろう。
「かぼちゃが一位で、卵焼きが二位です」
「料理人に言っておくよ」
 そう言って先生はにっこりと先生は笑う。
 それにしても、いつまでいるのだろう。
 彼は医者だ。忙しくないのだろうか。
 他に担当している患者もいるだろうに。幸人とか。
 他にも資料整理とかもしそうなものだが。
「ここにいて大丈夫なんですか?」
 気が付けば私は口を開いていた。
「僕は医者としては長いけど、この病院に来てからは短いんだよ。だから担当してるのは君と幸人君しかいないよ」
 意外だ。まさかこの病院だけで見れば新人だとは。こんなこともあるのか。なら、整理する資料も少ないだろう。
「それにしても私、佐藤先生しかお医者様を見てないです」
 ずっと気になっていたことだ。この部屋には先生しか近づかない。
 看護師も来ない。ご飯を持ってくるのはいつも佐藤先生だ。
「そりゃ君のことを知ってるのは、僕くらいしかいないからね。勘付いている人も少なからずいるだろうけど、何も言わないだけだ。君が提案した手術は多分世界初だし、騒ぎになってもいいっていうなら言い回してもいいけど」
「あ、お心遣いありがとうございます。そのままお願いします」
 理由が自分を考えてのことに一息で感謝を伝える。
 もし言いふらされたら、幸人にバレるどころか、迷惑をかける。それだけは嫌だ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

私達、婚約破棄しましょう

アリス
恋愛
余命宣告を受けたエニシダは最後は自由に生きようと婚約破棄をすることを決意する。 婚約者には愛する人がいる。 彼女との幸せを願い、エニシダは残りの人生は旅をしようと家を出る。 婚約者からも家族からも愛されない彼女は最後くらい好きに生きたかった。 だが、なぜか婚約者は彼女を追いかけ……

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

『話さない王妃と冷たい王 ―すれ違いの宮廷愛

柴田はつみ
恋愛
王国随一の名門に生まれたリディア王妃と、若き国王アレクシス。 二人は幼なじみで、三年前の政略結婚から穏やかな日々を過ごしてきた。 だが王の帰還は途絶え、宮廷に「王が隣国の姫と夜を共にした」との噂が流れる。 信じたいのに、確信に変わる光景を見てしまった夜。 王妃の孤独が始まり、沈黙の愛がゆっくりと崩れていく――。 誤解と嫉妬の果てに、愛を取り戻せるのか。 王宮を舞台に描く、切なく美しい愛の再生物語。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

すれ違う心 解ける氷

柴田はつみ
恋愛
幼い頃の優しさを失い、無口で冷徹となった御曹司とその冷たい態度に心を閉ざした許嫁の複雑な関係の物語

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

なくなって気付く愛

戒月冷音
恋愛
生まれて死ぬまで…意味があるのかしら?

処理中です...