結んでほどいて縁の糸

ゆるくあい

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結んでほどいて縁の糸

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 ――ほどけない糸がある。

 咲峰隼人は産まれつき人には見えない糸が見える。

 咲峰隼人の性格は一言でいえば……傲慢、不遜などなど、まあ、あまりいい結果はかえってこないであろうことは想像にかたくない。
 しかしながら、舞台における実力は確かなものであり、幅広い層から注目を集めていた。
 いい意味でも、悪い意味でも。

 舞台の仕事をやり始めたのはいつの頃だったか。
 いつものように虐待から逃れるために、路地裏に身を寄せていたところを、スカウトにあったのだったのか。

「いやあ、いいねえ。君! すぐに舞台に行こう! 君なら世界に輝ける!」

 興味はなかった。
 しかし、男の……スカウトマンの勢いに押されてすることもなかった隼人は渋々と参加し、それからは軌道に乗り始めたのだ。

 咲峰隼人の外見は美しく、父親にも母親にも似ていないからか、苛烈な虐待にさらされていた。

 しかし、隼人が徐々に世界を知り始めた頃、もうすでに修正は不可能なくらい、歪みきっていたのだ。

 そんな中、隼人には人には言わない秘密があった。


 ――隼人は、糸をほどいていた。ときには切って、ときには燃やして。それを解き終えたら、もう一度、もういちど、もういちど……。


 何故、ほどき始めたのか、きっかけはよく覚えていなかった。
 自分に買い与えられるおもちゃなどないから慰めに、だったかもしれないし、あるいは父親に虐待された苦痛と恐怖や、母親からぶつけられる罵詈雑言を晴らしたくて、いかにもあやしそうな糸をほどいたのがきっかけだったかもしれない。

「隼人ってさ、全然喋らねえよなあ」
「見下してんのかよ。まあ、あの顔じゃ気持ちはわかるけど」
「世の中顔だよな~」
「こら、陰口禁止! もったいないよ。隼人、演技も真摯だし、なんでまた」

 どこをどういうふうに育ったらそうなるのかと舞台の仲間からはときに陰口、ときに苦言交じりに言われたが、本人はどこ吹く風である。

 だが罵られ、否定され続けていた隼人は、どこか自己評価が低く、そして他人からの評価を受け付けない、受け付けたくない意思があったのかもしれない。

 他人からの評価なんていらない、自分が満足すればいい、と隼人は口癖のように言っていた。

 そして、それを人とは全く違う視点で見ていた影があった。
 影は白く、薄く笑う。どこまでも白い姿をしていた。
 白い髪。白い瞳。白い服はふわりと舞う。
 しかし、隼人はそれに気づくことはなかった。

「はじめまして。俺は伊月或。咲峰隼人だっけ? 次期スーパースターってみんなが噂してるぜ。よろしくな?」

 隼人が一時期、糸をほどかなかった時があった。
 それが、とある日に出会った少年だった。
 その少年の名は、伊月或。
 黒髪黒目の少年で、どこにでもいるような平凡な少年だった。
 しかし、その少年と出会った日、隼人は上機嫌だった。
 
 思えば、それが運命の始まり。


 ――ほどいてほどいて、何があるのだろう。何が残るのだろう。いつもいつも、隼人は糸をほどいていた。まるで、それが使命だと言わんばかりに。

 だってそうだろ?
 俺だけに見えるんだから、理由があるんだ。
 全部全部こんな糸がなくなるまでほどきつづけよう。


「なんでこんな事になったんだ!」
「気づかなかったのはお前だろ!」

「もうあんたとはやってられない!」
「顔も見たくねえな!!」


 咲峰隼人本人曰く、非常にくだらないことながら、隼人の周囲には揉め事が多かった。
 小さなものでは口喧嘩、大きなものでは絶縁や離婚。
 その意味を、咲峰隼人は考えたことなどなかった。

 まさか、自分が糸をほどいてきた結果、人が揉め事を起こし、喧嘩や離婚などに至ったことは知る由もない。
 仮にそうだとしても、糸をほどくことが使命と思い込んでしまっている彼は、「俺の役目だ。その程度でほどけるなら、ほどけない糸をもってこい」とでも言い放つだろう。

 そしてある日。
 そんな考えを持つと傲慢な少年は、ほどけない糸と会うことになる。
 糸の色は黄色と菫色を捩って作られたような色。
 今までに見たことのない色だった。


 ――なんだ、これは。ほどけない糸……だと? この俺が?


 隼人は躍起になった。そのほどけない糸をなんとしてもほどこうと。
 ハサミ、カッター、ナイフ、炎。
 何でも道具を使った。
 でも、どうしてもほどけない。切れない。切られない糸。

「イタズラする子、だ~れだ?」
「あ……あ、る? お前っ……!!」

 あはっはは、ははは。
 伊月或は笑う。
 白い輪郭に、白い髪。白い瞳と、赤い爪。

 まるで、人間ではない姿に、隼人はひどく動揺する。
 咲峰隼人はずっと糸を切ってきたのだ。
 それを見咎められた。或に、或なんかに!!
 そして、自分が好意を寄せた男に見られてしまった!

 伊月或は舞台の脇役だが、徐々に頭角を現すと称されている実力派だ。
 いつの頃からか、隼人は或を見下すだけではなく、熱い眼差しで見ることが増えていった。

「俺は赤い糸の精霊。本当はイタズラばかりするからちょっとからかってやれって言われたんだけど……本当は罰則なんだけどなあ」
「罰則?」

 或は、人間ではないのか?
 そんな考えを読んだかのように、伊月は薄く笑う。

「ああ。咲峰隼人は生涯俺を、この伊月或を愛するように、と」

 ああ、そんなの。

「――最初から、だ。鈍いにもほどがあるぞ、或」
「え?」

 赤い糸の精霊は、この俺を番に……。

「或、それをお前が望むのなら、お前の思惑に乗ってやる。悪いが決して放してはやらないぞ? 俺は……今まで切ってきた縁など忘れたが、お前の縁だけは忘れたことはない」
「ははっ、いまさら。いいよ、隼人」

 そして、人外の伊月或は咲峰隼人にとらわれることになったとしても、罰し続けるのだ。

「さあ、愛し合おうか。旦那様?」
「望むところだ。抱きつぶしてやる」

 すべては、いとのために。
 あるいはーー真実の愛のために。

 たとえ、伊月或の人外の力が消え、只人となったとしても。
 伊月或は咲峰隼人を愛し、咲峰隼人もまた糸をほどくという特殊な力を失っても伊月或を愛し続けるのだ。

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