悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~

幸路ことは

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学園編 16歳

28 王子に立ち向かいましょう

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「で、殿下……お戯れはよしてください」

「冗談ではない。こちらの手続きが終われば、正式にローゼンディアナ家へ申し入れるつもりだ」

(何が起こってるの? どういうこと?)

 エリーナは今までの経験と今回の情報をかき集め、頭をフル回転させる。これがイベントならば、選択次第でストーリーが変わるのだ。

(もしかして、側室になってからベロニカ様とヒロインをいじめるパターン?)

 あまりないストーリーだ。後宮があるのなら、この結婚の申し込みも理解ができるのだが……。

(それともやっぱり、ベロニカ様がヒロイン?)

 正妃の座が欲しいエリーナがベロニカを追い落とそうとするが、最後は手痛いしっぺ返しをもらう……。だがそれは身分的にも現実的ではなく、噛ませ犬もいいところだ。

「ベロニカとの婚約を破棄したいところだが、政治上そうもいかなくてな。エリーナはベロニカと仲もよいから、問題ないだろう」

「婚約……破棄」

 その言葉はざわりと胸の奥を撫でる。苦々しい思い出が蘇った。悪役令嬢が攻略対象と婚約すれば、最後は婚約破棄を突き付けられ、ざまぁ見なさいと落とされていくのだ。権力でもぎとった婚約ならまだしも、幼少期から決められ王妃教育を受け続けていたなら、その心理的な傷は計り知れない。

(ベロニカ様の苦労も知らないで、そんなことはさせないわ)

 エリーナはよそ行きの笑みを作り、体をジークに向ける。このイベントの真意は分からないが、ここで手ひどくジークを振れば好感度を下げることはできる。それが無難な選択だろう。

「ベロニカ様という素晴らしい方がいらっしゃるのです。何も今から側妃を考えなくてもよろしいでしょう」

「どこが。ベロニカは事あるごとに口を出し、俺が気にいった子を排除する。独占欲の塊のような女だ。俺はエリーナのような、純粋な女の子を妃に迎えたい」

 苛立った表情で吐き捨てるジークに、エリーナは笑顔を引きつらせた。慌てて微笑みを作り直すが、内心は怒りが込み上げてきていた。

(ほんとに何も見えてないのね! ベロニカ様は婚約者の立場として仕方なくあなたがやらかした後始末をされているのよ! 捨てられていないことに感謝しなさい!)

 もちろん口には出せないため、心の中で罵る。心の声を出さないよう慎重に柔らかい声音を作って言葉を選ぶ。

「ベロニカ様も難しいお立場ですからね。気苦労も多いと心中お察しいたしますわ」

「まさか、あんな鉄のような女……まぁ、ベロニカのことはいい。俺は本気だ。俺の傍にいて欲しい。エリーナじゃなきゃ、だめなんだ」

 熱のこもった瞳に、ストレートに愛がこめられた言葉。普通の女の子、さらにヒロインならば簡単に落ちてもエリーナはプロの悪役令嬢である。その言葉が刺さるはずもなく、むしろ火に油を注いでいた。

「お断りいたしますわ。わたくし、ロマンス令嬢と呼ばれているとおり恋愛に関してはうるさいんですの。私を一番に愛してくださる方としか結婚いたしません」

「もちろんエリーナを一番に愛しているさ。それに、エリーナのためならベロニカとの婚約を解消してもいい」

「なおさら願い下げですわ!」

「……俺と結婚すれば、クリス殿にとっても利益があるんだぞ?」

 クリスの名を出され、その意味を理解したエリーナは不本意だが口を閉じた。
 王家に嫁ぐというのは側室であっても大変名誉なことであり、生家にもたらす恩恵は大きい。ローゼンディアナ家は伯爵の中でも格が上がるだけでなく、王家と人脈ができる。クリスが正式に家を継ぐことになれば、最大の武器になるだろう。

「まだ正式に伯爵位を継いでいないのは、エリーナの結婚があるからだろう? クリス殿だって、早く家を継ぎたいに決まっている。俺と婚約してしまえば問題は解決だ」

(…………は?)

 全てを知っているかのような口ぶりで、そうするのが最善のようにジークは話す。だが、その言葉は抑えていたエリーナの怒りを爆発させた。拳を握りすぎて、皺になっていたドレスを離す。

「ジーク殿下」

 その声は冬の夜よりも冷え冷えとしていて、ジークの肌をゾワリと撫でる。顔には笑みが張り付いているのに、瞳には怒りがはっきりと込められていた。ジークは失言に気づくがもう遅い。

「貴方にクリスの何がわかるんですか? 自意識過剰で、周りのことが何も見えていない貴方に、本当のクリスがわかるはずないでしょう!」

 なぜ養子であるクリスが当主代行なのか。それは、エリーナに選択肢を残してくれているからだ。オートモードだった時では、ありえなかった選択を。
 正式にローゼンディアナ家を継がないために、色々と憶測を呼び陰で心無いことを言われると分かっていても、エリーナに委ねる契約を結んだ。

(そんな優しく、寄り添ってくれるクリスの意思を勝手に決めるようなことは許さないわ!)

 激しい感情を見せるエリーナに気圧され、ジークは目を丸くして口を開けていた。

「まだ周りに甘えているなんて、4歳児でももっと立派ですわ。そのお花畑のかわいそうな頭では何も考えられないのでしょうけど。ベロニカ様との婚約にしても破棄されていないのは幸運と思いなさい!」

 一息で言い切る。悪役令嬢語録の中でも比較的優しいものを選んだつもりだ。腐っても王族、あまり過激なものは問題になると冷静に判断していた。

「エ、エリーナ?」

 ロマンス小説を愛読し、静かに笑っているエリーナとはかけ離れている姿にジークは動揺を隠せない。それを見たエリーナは鼻で笑い、口角を上げた。その表情にベロニカが重なる。

「わたくしが純粋ですって? その人の本質を捉えられないとは、次期王としての素質が危ぶまれますわ。純粋で大人しいエリーナはどこにもおりません。幻想でしてよ。お分かりになりましたら、そのお話はなかったことに。わたくしはロマンス令嬢らしく、運命の殿方を待っておりますので」

 言いたいことを全て言い切ると、エリーナは立ち上がりドレスをつまんで挨拶をする。一方的な言い逃げだが、これ以上顔を合わせていたら歯止めがきかなくなりそうだった。

「では、わたくしはこれでお暇しますわ。殿下、よい休日を」

 苛立ちを隠しもせず、ツカツカと貴賓室に向かってエリーナは歩く。衝撃から立ち直れないジークの耳にはやけに雨音が大きく聞こえていた。


 深呼吸してから貴賓室のドアを開けて入ると、護衛の兵士がにこりと笑いかけてきた。

「すばらしい絵画だったでしょう?」

 彼は絵を鑑賞するなら一人のほうがいいだろうと、気を利かせて貴賓室の中に入っていたのだ。先ほどの声は聞こえなかったようで、さすがは分厚い王宮のドア。すばらしい防音だ。エリーナはプロの演技力を駆使し、大人しく穏やかな笑顔と声を作る。

「えぇ。至福の時間でしたわ」

 部屋付きの侍女にお茶を淹れてもらい、昂っていた気を落ち着かせているとクリスが帰って来た。学園時代の同級生に捕まって話をしていたらしい。何もなかった? と心配そうなクリスに、エリーナは振り切った笑顔でえぇと頷いたのだった。



 そして約束通り王都のカフェに行き、好物のプリンを頼んで幸せそうに微笑むエリーナの向かいで、眉間に皺をよせ葛藤するクリス。

「エリー……。僕は、エリーの望みは全て叶えたいし、否定なんて絶対しない」

 沈痛な声で、この世の終わりかと思えるような表情をしている。

「それでも、あえて言わせてほしい」

 覚悟を決めたクリスは、真剣なまなざしをエリーナに注ぐ。だがエリーナはニコリと笑って小首を傾げた。

「プリン十個は、食べ過ぎだと思うんだ」

 カフェの丸テーブルを埋め尽くすようにプリンが置かれている。二つのティーカップは申し訳なさそうに隅に追いやられていた。
 クリスの悲痛な声を無視して、エリーナはバクバクとプリンを口に運び、次の器を持ち上げる。一つにつき三口で終了だ。

「食べるのがだめだとは言わないよ。でも、繊細なエリーが胸やけに苦しむのも、ドレスがきついと嘆くのを見るのも嫌なんだ。だから、半分は持ち帰ろ?」

 そう訴えかけるクリスに、エリーナは食べる手を止めてうすら寒い笑みを浮かべた。

「食べなきゃやってられないの」

 そして、何があったんだいと心配そうにしつこく聞いてくるクリスに答えることはなく、十個のプリンを完食した。お土産に五つ追加する。

「わかったよエリー……新しいドレスを作ってもらおう」

 それはつまり、新しいサイズのドレスということである。
 口直しに紅茶をすすっていたエリーナは、心外と言う顔でカタリとカップを置いた。

「クリス、さっきから失礼よ。これくらいで胸やけなんてしないし、帰ったら散歩するわ」

 そして、その言葉通り通常と変わらない量の夕食を完食し、デザートにプリンを二つ食べたエリーナに、クリスは何も言わず額に手を当てたのだった。
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