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学園編 16歳
31 庭園で選択をしましょう
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ジークには相変わらず話しかけられ、それをルドルフが渋い顔で引きはがして連れ帰ってくれるというのが、日常化したころ。エリーナが学園に入学して三か月が経った。少しずつ陽射しが強くなり、夏の到来を感じさせる。
エリーナはお気に入りの庭園に足を運び、木陰の下で読書をしていた。先生が体調を崩されたそうで、休講となったのだ。昼前のこの時間はじんわりと気温が上がってくるが、木陰は風が通り抜けて気持ちがいい。
本日のロマンス小説は図書室で見つけた年代物で、悪役の押しが弱いためどうすればヒロインを言い負かせるか頭の片隅で考えてしまう。
ざくっと土を踏む音が聞こえ、エリーナはゆっくり顔を上げた。ここに来る人は限られている。
「エリー様……そんなに難しい顔をして何を読まれているんですか」
ラウルは少しあきれ顔だ。もちろん、エリーナが何を読んでいるかぐらい想像はつくが、それを学問書のような顔で読んでいるのが悩みの種なのだ。
「この小説、ちょっと悪役が弱くて……いいセリフを考えているのよ」
「本当に、小さい時からぶれないですね……」
ラウルと話をするため、近くにある石造りの東屋に移る。陰のある場所でないと、サリーとクリスがうるさいからだ。
丸テーブルを挟んで向かい合って座り、恒例の言葉を口にする。
「それで、だれか良い人は見つかったの?」
ラウルはその容姿と親しみやすさから女子学生の間で人気が高まっていた。そのうち、どこかの家から婿養子の声がかかりそうだ。廊下ですれ違う時にさりげなくヒロインチェックをしているのだが、まだアンテナにはひっかからない。
「何度同じことを言わせるんですか。おりませんよ」
親切半分ヒロイン目的半分で聞いたのに、重い溜息を返された。
「エリー様こそ、結婚したいお相手は見つかりそうですか?」
特大のブーメランが帰ってきて、エリーナは言葉に詰まる。一つの可能性を潰したところだ。
「ゆっくり探してるところよ」
ぷいと顔を背けたエリーナを見て、ラウルはやれやれと眉尻を下げた。自分の前ではまだ子供っぽいしぐさを見せるエリーナが可愛くて微笑が漏れる。
「エリー様」
真面目な声音になったので、エリーナは顔をラウルに戻す。灰色の瞳がまっすぐと向けられていた。
「エリー様はローゼンディアナ家を出たいのですか。それとも、お残りになりたい?」
それは大きな選択だ。それしだいで、結婚する相手はずいぶん変わってしまう。
「理想は……結婚したい相手に合わせたいのだけど。正直に言えば、ローゼンディアナ家はクリスが継いで、私はどこかに嫁ぎたいわね。最悪、ローゼンディアナ家に居座ってもいいけど」
当主代行や投資家としてのクリスを見ていると、エリーナがふさわしい人を婿養子に迎えるよりもローゼンディアナ家をよくしてくれるように思えるのだ。
「居座らないでくださいよ……結婚したいとは思われないんですか?」
なんだかラウルには呆れられてばかりのような気がする。まるで物語の中の母親のようだ。いつも些細な事にまで気を回してくれている。
「まぁ、しないといけないとは思うけど」
世の女性たちのように積極的な態度を見せないエリーナに、ラウルはけど? と続きを促す。
(卒業式が終わったら、このゲームは終わって次の悪役令嬢が始まるだろうから……)
期限が決まっている人生で、結婚などという未来は考えられなかった。だがそれを口にすることはできないため、曖昧に笑ってごまかす。
「小説の中より素敵な殿方にはなかなか出会えませんの」
「それはハードルの高い……」
ラウルは少し考えてから、何かを言おうと口を開いたところに授業の終わりを告げる鐘がなった。
「あぁ、授業が終わってしまいましたね」
「ではラウル先生、また屋敷でお茶でもいたしま……」
椅子から立ち上がったエリーナは誰かの視線を感じて振り返った。だが草木があるだけで、人の姿はない。
「どうかしましたか?」
「いえ、気のせいみたいです」
エリーナは首を傾げ、ラウルともに校舎へと入っていく。そして、二人の足音が遠ざかると慌てて物陰から飛び出す人影があったのだった……。
その日の夜。本日のお嬢様報告を終えたサリーは、外部の情報屋からの報告書をおもしろくなさそうな顔で目を通すクリスを見ていた。先ほど届けられた新着情報だ。おそらく、報告したラウルとの一件が詳しく書かれているのだろう。
「やっぱりラウル先生は一手先を行くね。学園の庭園で堂々と逢引きするなんて、ばれても問題ないってことだ」
「逢引き……ですか?」
「ラウル先生はそういう気持ちだと思うよ。先生がエリーの家庭教師だったことは一部の教員たちは知ってるみたいだし、エリーは授業を取ってないから不正の疑いもかからないしね」
大人ってずるいよねと自分のことは棚に上げて、報告書を机の端に置いた。後で燃やして処分するつもりだ。
「……ラウル様にならエリー様を安心して任せられますが」
サリーはクリスの表情を伺いつつ、ラウルへの私見を口にする。3年ともに過ごせば、その人柄も分かる。どれぐらいエリーナを大事に思ってくれているかも。
「まぁ、僕も彼らの中では先生が一番だよ。この家を継いでも継がなくても、彼が最善だと思う。実際、ディバルト様は先生にエリーを託そうとしたし」
「そうなんですか!?」
初めて聞く話に、サリーは目を丸くする。クリスが不愉快そうに話すことからも、本当のことだと分かる。
「けど、濡れ衣とはいえ自分の悪評がエリーに影響するのを嫌って、先生は固辞したらしい。ディバルト様からもし先生が婚姻の許可を求めてきたら、後押ししてほしいと言い残されたよ」
クリスは眉尻を下げ、寂しいような悔しいような表情を浮かべている。
「では、ラウル様を応援していかれますか?」
サリーは後押しをしてエリーナをその気にさせ、外堀を埋める気満々だ。
「やだよ」
それを間髪入れずにクリスは否定する。その表情は鬼気迫っており、拒絶が色濃く出ている。
「なんで自分の死期を早めないといけないのさ」
「死期、ですか?」
「かわいいエリーがお嫁に行くんだよ? それすなわち僕の死だ」
おおげさに嘆くクリスに、いつもの調子に戻ったとサリーは生暖かい目を向けるのだった。そしてエリーナ礼賛が始まり、サリーは入眠効果のあるハーブティーを淹れつつ相槌を打つのである。
エリーナはお気に入りの庭園に足を運び、木陰の下で読書をしていた。先生が体調を崩されたそうで、休講となったのだ。昼前のこの時間はじんわりと気温が上がってくるが、木陰は風が通り抜けて気持ちがいい。
本日のロマンス小説は図書室で見つけた年代物で、悪役の押しが弱いためどうすればヒロインを言い負かせるか頭の片隅で考えてしまう。
ざくっと土を踏む音が聞こえ、エリーナはゆっくり顔を上げた。ここに来る人は限られている。
「エリー様……そんなに難しい顔をして何を読まれているんですか」
ラウルは少しあきれ顔だ。もちろん、エリーナが何を読んでいるかぐらい想像はつくが、それを学問書のような顔で読んでいるのが悩みの種なのだ。
「この小説、ちょっと悪役が弱くて……いいセリフを考えているのよ」
「本当に、小さい時からぶれないですね……」
ラウルと話をするため、近くにある石造りの東屋に移る。陰のある場所でないと、サリーとクリスがうるさいからだ。
丸テーブルを挟んで向かい合って座り、恒例の言葉を口にする。
「それで、だれか良い人は見つかったの?」
ラウルはその容姿と親しみやすさから女子学生の間で人気が高まっていた。そのうち、どこかの家から婿養子の声がかかりそうだ。廊下ですれ違う時にさりげなくヒロインチェックをしているのだが、まだアンテナにはひっかからない。
「何度同じことを言わせるんですか。おりませんよ」
親切半分ヒロイン目的半分で聞いたのに、重い溜息を返された。
「エリー様こそ、結婚したいお相手は見つかりそうですか?」
特大のブーメランが帰ってきて、エリーナは言葉に詰まる。一つの可能性を潰したところだ。
「ゆっくり探してるところよ」
ぷいと顔を背けたエリーナを見て、ラウルはやれやれと眉尻を下げた。自分の前ではまだ子供っぽいしぐさを見せるエリーナが可愛くて微笑が漏れる。
「エリー様」
真面目な声音になったので、エリーナは顔をラウルに戻す。灰色の瞳がまっすぐと向けられていた。
「エリー様はローゼンディアナ家を出たいのですか。それとも、お残りになりたい?」
それは大きな選択だ。それしだいで、結婚する相手はずいぶん変わってしまう。
「理想は……結婚したい相手に合わせたいのだけど。正直に言えば、ローゼンディアナ家はクリスが継いで、私はどこかに嫁ぎたいわね。最悪、ローゼンディアナ家に居座ってもいいけど」
当主代行や投資家としてのクリスを見ていると、エリーナがふさわしい人を婿養子に迎えるよりもローゼンディアナ家をよくしてくれるように思えるのだ。
「居座らないでくださいよ……結婚したいとは思われないんですか?」
なんだかラウルには呆れられてばかりのような気がする。まるで物語の中の母親のようだ。いつも些細な事にまで気を回してくれている。
「まぁ、しないといけないとは思うけど」
世の女性たちのように積極的な態度を見せないエリーナに、ラウルはけど? と続きを促す。
(卒業式が終わったら、このゲームは終わって次の悪役令嬢が始まるだろうから……)
期限が決まっている人生で、結婚などという未来は考えられなかった。だがそれを口にすることはできないため、曖昧に笑ってごまかす。
「小説の中より素敵な殿方にはなかなか出会えませんの」
「それはハードルの高い……」
ラウルは少し考えてから、何かを言おうと口を開いたところに授業の終わりを告げる鐘がなった。
「あぁ、授業が終わってしまいましたね」
「ではラウル先生、また屋敷でお茶でもいたしま……」
椅子から立ち上がったエリーナは誰かの視線を感じて振り返った。だが草木があるだけで、人の姿はない。
「どうかしましたか?」
「いえ、気のせいみたいです」
エリーナは首を傾げ、ラウルともに校舎へと入っていく。そして、二人の足音が遠ざかると慌てて物陰から飛び出す人影があったのだった……。
その日の夜。本日のお嬢様報告を終えたサリーは、外部の情報屋からの報告書をおもしろくなさそうな顔で目を通すクリスを見ていた。先ほど届けられた新着情報だ。おそらく、報告したラウルとの一件が詳しく書かれているのだろう。
「やっぱりラウル先生は一手先を行くね。学園の庭園で堂々と逢引きするなんて、ばれても問題ないってことだ」
「逢引き……ですか?」
「ラウル先生はそういう気持ちだと思うよ。先生がエリーの家庭教師だったことは一部の教員たちは知ってるみたいだし、エリーは授業を取ってないから不正の疑いもかからないしね」
大人ってずるいよねと自分のことは棚に上げて、報告書を机の端に置いた。後で燃やして処分するつもりだ。
「……ラウル様にならエリー様を安心して任せられますが」
サリーはクリスの表情を伺いつつ、ラウルへの私見を口にする。3年ともに過ごせば、その人柄も分かる。どれぐらいエリーナを大事に思ってくれているかも。
「まぁ、僕も彼らの中では先生が一番だよ。この家を継いでも継がなくても、彼が最善だと思う。実際、ディバルト様は先生にエリーを託そうとしたし」
「そうなんですか!?」
初めて聞く話に、サリーは目を丸くする。クリスが不愉快そうに話すことからも、本当のことだと分かる。
「けど、濡れ衣とはいえ自分の悪評がエリーに影響するのを嫌って、先生は固辞したらしい。ディバルト様からもし先生が婚姻の許可を求めてきたら、後押ししてほしいと言い残されたよ」
クリスは眉尻を下げ、寂しいような悔しいような表情を浮かべている。
「では、ラウル様を応援していかれますか?」
サリーは後押しをしてエリーナをその気にさせ、外堀を埋める気満々だ。
「やだよ」
それを間髪入れずにクリスは否定する。その表情は鬼気迫っており、拒絶が色濃く出ている。
「なんで自分の死期を早めないといけないのさ」
「死期、ですか?」
「かわいいエリーがお嫁に行くんだよ? それすなわち僕の死だ」
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