悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~

幸路ことは

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学園編 16歳

35 ゲームの設定をおさえましょう

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「ごめん。もう一度言ってくれる?」

「ですから、エリーナ・ローゼンディアナがこのゲームのヒロインです」

 次の瞬間、糸が切れたようにエリーナの体から力が抜け、ソファーの背に体が沈んだ。その表情は絶望というのにふさわしい。天井を見上げ、ぽつりと呟く。

「……うそ」

 愕然と足元が崩れ落ちていくような感覚に襲われる。

(よりによってヒロインだなんて……)

 谷底に落とされたようなエリーナに、リズはしばらく口にしようか悩んだようだが、その……と申し訳なさそうに真実を告げる。

「このゲームの悪役令嬢は……ベロニカです」

 赤みがかった金髪の縦ロールに、エメラルドグリーンのつり目。高飛車で傲慢な性格の公爵令嬢で、どのルートでもライバルポジションになる令嬢なのだ。

「……師匠」

 脳裏にベロニカの勇ましい姿を思い描く。心に負った傷は大きく、つい呼ぶなと言われている呼称を口にした。リズは師匠って何ですかと心の中でつっこんだが、この沈鬱な空気の中では声に出せない。落ち込むエリーナを励まそうと、笑顔で明るい声を出す。

「気づけてよかったじゃないですか。ヒロインとして生きていきましょうよ」

 ゲームファンのリズとしては、エリーナは可愛く純粋な女の子でいてほしい。

「……いやよ」

 弱弱しく呟くエリーナは、テーブルの一点を見据えていた。じくじくと傷が痛むように胸が苦しい。

「ルート攻略は私が力を貸しますし、どれもしっかりハッピーエンドです。悪役令嬢みたいに、婚約破棄も追放も処刑もないんですよ?」

 ね? と善意の笑顔を浮かべて提案したリズを、エリーナは睨みつける。その瞳には怒りがこもっていた。

「わたくしに……プロの悪役令嬢のわたくしに、ヒロインになって男を攻略しろっていうの?」

「プロの悪役令嬢って……悪役令嬢なんていいことないじゃないですか。ご褒美だと思って、ヒロインを楽しみましょうよ」

 何気ないその言葉が、エリーナの感情を逆なでる。怒りに目の前が真っ白になった。

「冗談じゃないわ!」

 強く握りしめられた拳はわなわなと震えている。

「これ以上にない屈辱よ……私は悪役令嬢に誇りを持っているの。ヒロインなんていう勝手な役をやりたくないわ!」

 ヒロインを馬鹿にされて、リズもカチンとくる。気づけばゲームファンのプレイヤー、さやかに戻って反論していた。

「なんで? 悪役令嬢よりヒロインのほうがいいじゃない!」

 リズはエリーナが駄々をこねているように思えて、苛立つ。悪役令嬢にこだわる理由がわからない。

「あなたがどう思おうが勝手よ。悪役令嬢はヒロインと攻略キャラの仲を盛り上げる当て馬ですものね。邪魔をして嫌われて、最後は断罪。いくらでも蔑むがいいわ。でも、悪役令嬢がいなければ、乙女ゲームに面白みがなくなるのも事実でなくって!?」

 エリーナは堂々と胸を張る。今までの19人の悪役令嬢に恥じぬよう、リズから目をそらさない。その言葉に、リズはハッとし言葉を詰まらせる。

「だから、わたくしはヒロインなんてしないわ。ヒロインに屈したら、今までの悪役令嬢を裏切ることになるの」

「でも……最初は嫌だったんでしょ? べつに、ヒロインやってもいい経験って思えばいいじゃない」

「えぇ。なんでわたくしがこんな目にって絶望したわ。でも、悪役令嬢は、皆一途に自分の信じるもののために突き進んだわ。たとえその先が破滅だとしても。誰を攻略しようか迷い、全てのキャラを手に入れようとするヒロインと違ってね!」

「エリーナ様……」

「わたくしは最期まで自分の意思を貫いた彼女たちを誇りに思うわ!」

 気高く凛とした表情で言い放ったエリーナに圧倒され、リズは言葉を失くした。じっと見つめている瞳はみるみる滲んでいき、頬を涙が伝った。これにはエリーナもぎょっとする。

「ちょ、ちょっと、別にあなたを責めたわけじゃないのよ?」

 慌ててフォローを入れようとするが、リズは黙ったまま首を激しく横に振る。

「ち、違うんです……そんな、思いで悪役令嬢をしてた、なんて。私、ひどいことを……」

 涙を手で拭い、鼻をすすりはじめた。

「あぁ、もう。感情の奔放な子ね」

 ポケットからハンカチを取り出してリズに渡す。驚いて怒って泣いてと忙しい子だ。

「だってぇ……ごめんなさいぃ。それと今までの悪役令嬢、ありがとうございましたぁ」

 ぐずぐずと泣きながら、喉の奥から振り絞るように声を出すリズに、エリーナの怒りも治まる。謝罪をされ、その上お礼まで言われればもう、何も言いたいことはなかった。

 そしてリズが泣き止むのを待ち、シナリオについて切り出そうとしたところで下校時間の鐘がなった。エリーナがハッと時計を見ると、授業が終わってから一時間半が経過している。青筋を浮かべるサリーが頭をよぎり、血の気が引く。

「リズ、ごめんなさい。もう帰らないといけないの。明日、また話せるかしら」

「は、はい! 私もお話ししたいです!」

 明日もこのサロンで会う約束をし、エリーナは足早に学園を出る。最近特に帰る時間が遅いとサリーとクリスに目くじらを立てられているのだ。これ以上二人の怒りを買ったら、サリーが教室まで押しかけてきそうである。

 優雅に、されど速足で門で待つサリーのところへ急ぐ。

「ごめんなさい、サリー!」

「お嬢様……放課後に何か用事があるのでしたら、前もって言ってください。そうすれば、その時間に迎えに来ますから」

 ベロニカと小説談義をする時は、予め下校時間に来てもらうよう伝えている。

「これからは気をつけるわ」

「それで、本日はどうでしたか?」

 肩を並べて歩きながら、エリーナは今日学んだことやあったことを話す。今日は学食にプリンがあったため、欲張って2つ食べた話もした。

「あとね……」

 リズのことを思い浮かべたが、その先は言葉にしなかった。侍女科の学生と知り合うことはほとんどなく、必ず理由を訊かれる。それに怪しまれない解答をする自信がなかった。

「放課後に刺繍同好会があるって知ったのよ。刺繍はあまり好きではないけど、ああやって見せ合うのもいいわよね」

 当たり障りのない会話にすりかえ、そのまま適当な話をしているとすぐに屋敷に着く。エリーナは疲れを感じ、湯あみを終えると夕食までの間少し仮眠を取ったのだった。
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