悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~

幸路ことは

文字の大きさ
44 / 194
学園編 16歳

42 お友達を家に招待しましょう

しおりを挟む
 リズ・スヴェルは感動していた。図書室の壁一面を埋め尽くすロマンス小説を見て、目を輝かせている。本日は休日であり、リズはローゼンディアナ家を訪れていた。休日のため、制服ではなく簡素なドレスを身に纏っている。お嬢さんという雰囲気であり、服と髪型でずいぶん変わるのねとエリーナは感心したのだった。

 そんなリズもロマンス小説の愛読者であり、日本に比べて娯楽が少ないためロマンス小説で恋愛成分を補充しないと生きていけないと豪語していた。だが、残念ながら生家は貧乏な子爵家であり、余分な本を買う余裕はない。リズは色々とアルバイトをして小遣いを稼いでは小説を買っているのだが、読みたい本が多すぎて追いつかないのだ。

 そのため、

「なら、うちに来て借りていけばいいじゃない」

 というエリーナの言葉に甘え、ウキウキと心を躍らせてやって来たのである。

「エリーナ様! 素晴らしいです! 最新刊がこんなに!」

 きゃっきゃとはしゃぐリズを見て、エリーナは誇らしげに胸を張った。

「でしょう? ベロニカ様はもっとお持ちだけど、有名どころは全部押さえてあるわ」

「あぁぁ……ここは天国です」

 エリーナはお薦めの本を紹介し、リズは読みたい本を見繕っていく。二人とも読んだことがある本を見つけては、感想を語りあった。二人でロマンス小説の世界にどっぷり浸かれば、時間はすぐに過ぎていく。

 そしてリズの選書が終わり、落ち着いた頃合いを見計らって庭園でお茶をすることにしたのだった。

「わぁぁ。素敵な庭園ですね。ゲームに出ていた本邸もいいですけど、こちらも素晴らしい!」

「庭園なんてどの貴族の屋敷にもあるでしょうに」

「エリーナ様がいるからいいんですよ。隣に攻略キャラがいたらスチル絵になりそう」

 そしてサリーにお茶を淹れてもらえば、リズは恐縮した様子で身を小さくしていた。

「リズ……将来は侍女になるにしても、一応は令嬢でしょう? もっと堂々としなさいよ」

「そんな、サリーさんに淹れてもらえるなんて……夢のようで」

 サリーが屋敷に戻ってから言うには、サリーはゲーム内でもよく出てきており、憧れの人だったそうだ。
 そしてお茶をありがたそうに一口飲むと、ぱぁっと破顔した。

「あぁ、サリーさんのお茶を飲んでる。私、死んでもいい」

「やめて、うちの紅茶に毒が入ってたみたいじゃない」

 幸せそうに溜息をつくと、リズはそっとカップをテーブルに戻す。

「なんだか安心しました。ゲームの中のエリーが思い出す本邸は寂しく暗いところだったんです。だから、今のエリーナ様を見ているとクリス様に感謝しないとって思います」

 リズはゲーム内のキャラについては呼び捨てで、実際のキャラたちは様付けをしていた。エリーナには分からないが、明確な違いがあるのだろう。

「ふ~ん。ちょっと可哀想なヒロインだったのね」

 リズのゲーム話に相槌を打っていると、馬車の音がした。

「あら、ちょうどクリスが来たわ。紹介するわね」

「え、ちょっとエリーナ様?」

 外から帰って来たらしいクリスが廊下に見えたので、手を振ってこちらに呼ぶ。リズは慌てて居住まいを正して立ち上がった。

「どうも。こんにちは」

 庭園に出てきたクリスはリズに向けてニコリと笑いかけた。親しいものに対する笑みではなく、仕事で交渉に入るような笑みだ。

(あら、外向きの笑顔だなんて珍しい)

 それをリズの隣りで見たエリーナは、不思議に思いつつクリスを紹介する。

「こちらが私のお兄様、クリスよ。クリス、この子はスヴェル子爵家のリズ。侍女科で学んでいるわ。ロマンス小説が好きで、親しくなったの」

「はじめまして。妹につきあってくれてありがとう」

「いえ、こちらこそエリーナ様にはよくしていただいております」

 リズは丁寧に挨拶をし、礼儀作法も完璧にこなしていた。ますますよい侍女になりそうだ。二人が目を合わせた時、一瞬火花が散ったような気はしたが……。

「僕もお茶をもらおうかな。エリー、悪いけどサリーを呼んでくれる?」

「えぇ、わかりましたわ」

 屋敷へと向かうエリーナの背中に、クリスは急がなくていいからねと声をかけ、その姿が見えなくなると笑みを消してリズに向き直った。リズの表情からもとうに笑顔は抜け、見定めるような厳しい目を向けている。二人の脳内でゴングが鳴り、クリスが前置きもせずに斬りこんだ。

「この間は、エリーに余計なことを言ったみたいだね。何を言ったのか知らないけど、苦しませるようなことはしないでくれるかい?」

 怒気を孕んだ地を這うような低い声。震え上がるような怖さがあるが、リズはひるまずに正面から睨み返す。

「クリス様こそ、エリーナ様を縛って苦しめているんじゃないんですか?」

「それは心外だなぁ。僕はエリーの意思を何よりも尊重してるよ」

「あまりに過保護だと嫌われますよ。エリーナ様の側で、何か企んでるんじゃないんですか」

 心外そうにクリスは眉をひそめ、怒りを隠そうともしなかった。この間の一件の引き金となった人物が目の前にいるのだ。はらわたが煮えくりかえっている。

「君は僕たちの何を知っているんだ。あまり出過ぎた口を利くと、その身を滅ぼすぞ」

 滅ぼすぞ。その言葉を聞いた瞬間、リズの心臓が掴まれたようにきゅっとなり、背筋が凍る。何かとんでもない存在の前に立っているような気がした。それでも、負けじと言い返す。

「あなたこそ、エリーナ様の何をご存知なんですか。どんな思いで今まで生きてこられたか。どれほど多くのものを背負って来られたか」

 だが、ふんっとクリスは鼻で笑い、嘲笑を浮かべた。それはまさしく魔王。

「僕は君よりも長くエリーナと一緒にいる。そんな妄言でエリーナを惑わすな」

 リズはぐっと悔しそうに唇を噛み、拳を握った。これしきの言い合いで、クリスがぼろを出すはずもない。リズはすっと息を吸って、気持ちを切り替える。

『……あなたは、誰ですか』

「何だって?」

 突然音が不明瞭になり、不愉快そうにクリスは眉を顰めた。

「……いえ、なんでもありません」

 戸惑った表情を浮かべたリズは用意していた言葉を飲み込んだ。そして、別の言葉にして口に出す。

「私は、エリーナ様に幸せになってほしい。ただ、それだけです」

 それは偽りのない言葉だった。エリーナの今までの人生と、悪役令嬢にかける思いを聞いたリズは、この世界で幸せになってほしいと強く思ったのだ。それをクリスが邪魔しているというなら、何としても立ち向かわなくてはいけない。

「それは僕も同じさ。エリーには幸せになってほしい。自分で人生を選び、生きて欲しいんだ」

 そして二人は睨み合ったまま、どちらからともなく口角を上げた。それは挑戦を受けたと言いたそうな、好戦的な笑み。そんな二人にエリーナがサリーを連れて近づいてきた。

 無言で火花を飛ばし合っている二人に、エリーナはあきれ顔で声をかける。

「ちょっと、二人とも何やってるの?」

「エリーへの愛を語っていたのさ」

「エリーナ様への思いを訴えていたんです」

 視線を外そうとしない二人に、エリーナはため息をついて席に座るように促すのだった。その後も表面はにこやかだが、テーブルの下で足を蹴りあっているような会話が続く。エリーナはリズがクリスに不信感を持っているのを知っているため、口を挟めない。
 そして和やかなようでどこか寒々しい茶会が終わり、クリスが自室へ戻った後でリズがエリーナの傍によって小声で話し出した。

「さっき、クリス様と話していたんですけど、彼は転生者じゃないと思います」

 リズはその可能性があるのではと、前に少し話していた。エリーナはにわかに信じられなかったが、それならシナリオにいなくても不思議ではないかとも思ったのだ。

「あら、どうして?」

「……日本語が通じませんでした。まぁ、現実世界の違う国から来たなら無理ですが、雰囲気もプレイヤーっぽさはなかったです」

 リズは、日本語で「あなたは、誰ですか」と訊いてみたのだ。これで正体を暴けると思っていただけに、少し肩透かしをくらったような気分になった。

「そう……まぁ、クリスが誰でもいいわ。また何かあったら相談するから」

「はい。私はいつだって、エリーナ様の味方ですからね!」

 そう言って胸を張るリズに、エリーナは頼りにしているわよと小さく笑ったのだった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした

ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!? 容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。 「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」 ところが。 ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。 無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!? でも、よく考えたら―― 私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに) お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。 これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。 じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――! 本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。 アイデア提供者:ゆう(YuFidi) URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留
恋愛
【タイトル変えました】 公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。 この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。 小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。 だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。 どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。 それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――? *異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。 *「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。

星名柚花
恋愛
野々原悠理は高校進学に伴って一人暮らしを始めた。 引越し先のアパートで出会ったのは、見覚えのある男子高校生。 見覚えがあるといっても、それは液晶画面越しの話。 つまり彼は二次元の世界の住人であるはずだった。 ここが前世で遊んでいた学園系乙女ゲームの世界だと知り、愕然とする悠理。 しかし、ヒロインが転入してくるまであと一年ある。 その間、悠理はヒロインの代理を務めようと奮闘するけれど、乙女ゲームの世界はなかなかモブに厳しいようで…? 果たして悠理は無事攻略キャラたちと仲良くなれるのか!? ※たまにシリアスですが、基本は明るいラブコメです。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

処理中です...