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学園編 16歳
52 格の違いを見せつけましょう
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夏休みが終わり、学園での生活が始まった。まだ学生たちの休み気分が抜けきらない中、ふわふわとした気分を吹き飛ばす金切り声が学園の一室で飛んだ。
「伯爵令嬢のくせに、殿下やルドルフ様と親しくするなんて身の程を弁えなさい!」
エリーナを取り囲む令嬢の一人がそう口火を切った。すると、一人の声を皮切りに、周りを固めている令嬢たちも口々に悪意ある言葉を投げつけ始める。
「学園でお茶をご一緒しているのでさえ恐れ多いのに、保養地に呼ばれたなんて、なんてずうずうしいの」
「しかも、ルドルフ様とは人気の劇をご一緒したとか」
「ドルトン商会の子息と王都を歩いていらしたとか」
彼女たちの名前は分からないが、誰もが貴族階級のご令嬢であることは分かる。
エリーナは彼女たちの敵意むき出しの視線を一心に受け、心の中で溜息をついた。
(馬鹿げているわ……)
夏休みが明けて学園に来てみると、エリーナの噂が飛びかっていた。ラウルとの目撃情報はなかったが、他の三人を手玉に取っているように噂されている。噂に尾ひれがつくのは当然であり、ルドルフの家の財産を狙っているだの、ミシェルの商会を利用しようとしているだの、聞いた時は笑いだしてしまった。
リズから夏休み明けにベロニカによる罵倒イベントがあったことは聞いていたが、起こるはずないと思い込んだのがいけなかった。放課後にクラスメイトの令嬢に声をかけられ、ついていった先がこれなのだから。
(こうやって立場が入れ替わると、罵倒も滑稽に思えてくるわ)
鼻で笑ってやりたいが、ここはぐっと我慢する。彼女たちの主張は一応聞くつもりだ。
「それに、ベロニカ様に取り入って上手いことやっているようだけれど、情けないと思わないの?」
「どうせ公爵家という後ろ盾がほしいだけでしょ?」
矛先がベロニカへと変わる。よく見ればこの二人は入学したころにベロニカについていた二人だ。変わらずキャンキャンとうるさく吠える。エリーナは思わず眉根を寄せ、不快感をあらわにした。
「あらぁ、図星なの? 一人では何もできないロマンス令嬢だものね」
最初に声を上げた令嬢は嘲笑を浮かべている。彼女のことは唯一知っていた。ご令嬢の中で力がある侯爵令嬢だ。以前ベロニカがジークの周りを飛び回る虫がいると吐き捨てていたのだ。彼女がいやらしい笑みを浮かべて周りに目くばせをすれば、くすくすと嘲った笑い声が上がる。その後も口汚い罵りが続き、場が熱を帯びるのと反対に、エリーナは心底冷え切っていく。
(質が、罵倒の質が低すぎるわ)
怒りも一周回ると冷静になることを今知った。本来ならこの場にベロニカがおり、彼女を筆頭に罵られたのだろう。
(ベロニカ様なら、もっと傲慢に気品ある罵倒を披露してくださるのに!)
口惜しくてしかたがない。
「ローゼンディアナ伯に婚約の話がないのは、貴女が邪魔をしているからではないの?」
厭味ったらしい口調で、侯爵令嬢はエリーナの顔を覗き込む。
「お兄様がご結婚されたら、大好きなおうちを追い出されてしまうものね」
周りもそれに同調し、罵りは二重三重と大きくなっていく。悪口がクリスにまで及び、エリーナの眉がピクリと動いた。
「ねぇ、黙ってないで何か言ったらどうなの!?」
一言も返さず無表情のままのエリーナに、侯爵令嬢は苛立ちを隠さない。その無様で何の矜持も感じない姿に、エリーナの口角が上がった。ひるんでいない挑戦的な目に、彼女は少したじろぐ。
さぁ、反撃の時間だ。
(ご覧あそばせ。これがプロの悪役令嬢ですわよ!)
プロの悪役令嬢として先手は譲ってあげた。ここからが格の違いというものだ。
「これで茶番はおしまいかしら」
冷ややかな、寒気が背筋を駆け抜けるような声。一瞬で場の空気が変わり、彼女たちは息を詰める。
「聞いていれば、ずいぶんわたくしに興味がおありのようですね。しがない伯爵令嬢としては嬉しいかぎりですわ」
もったいぶった言い方で、彼女たちをゆっくりと見回した。胸を張り、堂々と向かい合う。
「な、なによ。貴女が今後殿下たちに近寄らないって誓うなら、許してあげてもいいのよ。そうではなければ、明日から地獄が待っているわ」
侯爵令嬢は後ろの令嬢たちを指してそう脅しをかける。確かに、時に女の集団は脅威である。特に集団生活をしている学園という場所においては。だがエリーナには関係ない。
「そう。それは楽しみですわね。せいぜい可愛く鳴いてくださいな」
「なっ、後悔するわよ。この無礼者が」
その言葉に対して、エリーナは冷笑を浮かべて一歩前に出た。底知れぬ恐怖を与える笑みだ。標的は決まっている。
「無礼なのはどちらですか? 殿下やルドルフ様、ミシェルを遊ばれるような殿方とお思いなのですか? それこそ妄言ですわ!」
真摯にエリーナに接してくれる彼らを侮辱され、腹が立つ。令嬢は癇に障ったようで、顔を赤くしていた。
「それに、話を聞いていれば殿下の婚約者であるベロニカ様まで疎ましく思われているなんて、そのような資格がございまして? ベロニカ様が幼いころからどれほど努力をされ、今も国のために動かれているかご存じないのでしょう。あの方の代わりができる人など、この世にはおりませんわ!」
ついベロニカについては熱が入る。啖呵を切り、気圧されている彼女たちに鋭い目線を向けた。
「この……無礼者が! その口を縫い付けてあげるわ!」
後ろの取り巻きからも同調する声が上がるが、エリーナがひと睨みすれば静まり返る。
「それはどちらでしょうか。貴女は殿下に想いを寄せ、一度断られたにもかかわらずしつこくお声がけをされたそうですね。しかも、父親の権力を使って無理矢理茶会に参加したとか。品位ある侯爵令嬢の振る舞いとは思えませんわ」
「ちょっと、でたらめを言わないで!」
もちろん情報源はベロニカであり、元をただせばジークだ。全て真実であり、取り巻きがざわざわと小声で話し始める。
「ジーク殿下のお言葉を疑われるのですか? まぁ、このようにかよわいロマンス令嬢を大勢で寄ってたかって追い込むことしかできないようでは、到底側妃など務まりませんわ!」
「黙りなさい!」
かッと頭に血が上った侯爵令嬢は手を振り上げる。エリーナがそれを払いのけようと手を動かした瞬間、バタンとドアが荒々しく開けられた。皆の視線がそちらへと一斉に向く。
「べ、ベロニカ様?」
戸口に仁王立ちしているベロニカを見て、エリーナはポカンと口を開けた。勢いを削がれた令嬢は、力なく振り上げた手を下ろす。
(あれ、何でベロニカ様が?)
エリーナはこのイベントを知っていた。本来はベロニカたちに罵られ、傷つくヒロインをその時一番好感度が高いキャラが助けにくるのだ。冷静に考えれば火に油を注ぐ展開だが、シナリオはそうだった。
シナリオ外から乱入したベロニカは、ニィッと口角を上げて悪役らしい笑みを作った。敵に対する威嚇の笑みだ。
「あらぁ。ずいぶん楽しそうなパーティーですこと。わたくしの友達が迷い込んだみたいで、ごめんあそばせ」
ツカツカと部屋に入ってこれば、学生たちが避けて輪が途切れる。そして侯爵令嬢の前に立つと、不敵な笑みを浮かべて見下ろした。
「ずいぶんエリーナと遊んでくれたみたいで、感謝するわ。ピーチクとうるさかったでしょう? 不快に思われたなら責任はわたくしが取りますから、どうぞ書面なりなんなりで訴えてくださいませ。では、ごきげんよう」
優雅に軽く挨拶をすると、ベロニカはエリーナの手を取って踵を返した。呆気にとられる令嬢たちを置いてさっさと部屋を後にする。
「べ、ベロニカ様? どうしてここに」
手を引かれて歩きながら、エリーナはベロニカの表情を伺った。
「嫌な空気を出している女にほいほいとついていく貴女を見たからよ。もう少し早く出るつもりだったけれど、貴女が胸のすく啖呵を切るものだから出遅れたわ」
ベロニカは心配しているような呆れているような表情をエリーナに向けた。そして、勝ち誇った笑みに変えて言葉を続ける。
「けど安心しなさい。あそこにいた令嬢たちの名前は控えたし、あれ以上のさばらせてはおかないわ」
いい笑顔であり、これから行われる報復にエリーナは少し同情してしまう。ベロニカのことだ、一切手は抜かないだろう。
「あの……助けてくださってありがとうございました。それに、友達って言ってくれて嬉しかったです」
そう素直に感謝の言葉を口にすると、ベロニカはふいっと顔を背けて
「感謝しなさい。わたくしの友の座はお高くってよ!」
と照れ臭さを隠そうとするのだった。
「伯爵令嬢のくせに、殿下やルドルフ様と親しくするなんて身の程を弁えなさい!」
エリーナを取り囲む令嬢の一人がそう口火を切った。すると、一人の声を皮切りに、周りを固めている令嬢たちも口々に悪意ある言葉を投げつけ始める。
「学園でお茶をご一緒しているのでさえ恐れ多いのに、保養地に呼ばれたなんて、なんてずうずうしいの」
「しかも、ルドルフ様とは人気の劇をご一緒したとか」
「ドルトン商会の子息と王都を歩いていらしたとか」
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エリーナは彼女たちの敵意むき出しの視線を一心に受け、心の中で溜息をついた。
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(こうやって立場が入れ替わると、罵倒も滑稽に思えてくるわ)
鼻で笑ってやりたいが、ここはぐっと我慢する。彼女たちの主張は一応聞くつもりだ。
「それに、ベロニカ様に取り入って上手いことやっているようだけれど、情けないと思わないの?」
「どうせ公爵家という後ろ盾がほしいだけでしょ?」
矛先がベロニカへと変わる。よく見ればこの二人は入学したころにベロニカについていた二人だ。変わらずキャンキャンとうるさく吠える。エリーナは思わず眉根を寄せ、不快感をあらわにした。
「あらぁ、図星なの? 一人では何もできないロマンス令嬢だものね」
最初に声を上げた令嬢は嘲笑を浮かべている。彼女のことは唯一知っていた。ご令嬢の中で力がある侯爵令嬢だ。以前ベロニカがジークの周りを飛び回る虫がいると吐き捨てていたのだ。彼女がいやらしい笑みを浮かべて周りに目くばせをすれば、くすくすと嘲った笑い声が上がる。その後も口汚い罵りが続き、場が熱を帯びるのと反対に、エリーナは心底冷え切っていく。
(質が、罵倒の質が低すぎるわ)
怒りも一周回ると冷静になることを今知った。本来ならこの場にベロニカがおり、彼女を筆頭に罵られたのだろう。
(ベロニカ様なら、もっと傲慢に気品ある罵倒を披露してくださるのに!)
口惜しくてしかたがない。
「ローゼンディアナ伯に婚約の話がないのは、貴女が邪魔をしているからではないの?」
厭味ったらしい口調で、侯爵令嬢はエリーナの顔を覗き込む。
「お兄様がご結婚されたら、大好きなおうちを追い出されてしまうものね」
周りもそれに同調し、罵りは二重三重と大きくなっていく。悪口がクリスにまで及び、エリーナの眉がピクリと動いた。
「ねぇ、黙ってないで何か言ったらどうなの!?」
一言も返さず無表情のままのエリーナに、侯爵令嬢は苛立ちを隠さない。その無様で何の矜持も感じない姿に、エリーナの口角が上がった。ひるんでいない挑戦的な目に、彼女は少したじろぐ。
さぁ、反撃の時間だ。
(ご覧あそばせ。これがプロの悪役令嬢ですわよ!)
プロの悪役令嬢として先手は譲ってあげた。ここからが格の違いというものだ。
「これで茶番はおしまいかしら」
冷ややかな、寒気が背筋を駆け抜けるような声。一瞬で場の空気が変わり、彼女たちは息を詰める。
「聞いていれば、ずいぶんわたくしに興味がおありのようですね。しがない伯爵令嬢としては嬉しいかぎりですわ」
もったいぶった言い方で、彼女たちをゆっくりと見回した。胸を張り、堂々と向かい合う。
「な、なによ。貴女が今後殿下たちに近寄らないって誓うなら、許してあげてもいいのよ。そうではなければ、明日から地獄が待っているわ」
侯爵令嬢は後ろの令嬢たちを指してそう脅しをかける。確かに、時に女の集団は脅威である。特に集団生活をしている学園という場所においては。だがエリーナには関係ない。
「そう。それは楽しみですわね。せいぜい可愛く鳴いてくださいな」
「なっ、後悔するわよ。この無礼者が」
その言葉に対して、エリーナは冷笑を浮かべて一歩前に出た。底知れぬ恐怖を与える笑みだ。標的は決まっている。
「無礼なのはどちらですか? 殿下やルドルフ様、ミシェルを遊ばれるような殿方とお思いなのですか? それこそ妄言ですわ!」
真摯にエリーナに接してくれる彼らを侮辱され、腹が立つ。令嬢は癇に障ったようで、顔を赤くしていた。
「それに、話を聞いていれば殿下の婚約者であるベロニカ様まで疎ましく思われているなんて、そのような資格がございまして? ベロニカ様が幼いころからどれほど努力をされ、今も国のために動かれているかご存じないのでしょう。あの方の代わりができる人など、この世にはおりませんわ!」
ついベロニカについては熱が入る。啖呵を切り、気圧されている彼女たちに鋭い目線を向けた。
「この……無礼者が! その口を縫い付けてあげるわ!」
後ろの取り巻きからも同調する声が上がるが、エリーナがひと睨みすれば静まり返る。
「それはどちらでしょうか。貴女は殿下に想いを寄せ、一度断られたにもかかわらずしつこくお声がけをされたそうですね。しかも、父親の権力を使って無理矢理茶会に参加したとか。品位ある侯爵令嬢の振る舞いとは思えませんわ」
「ちょっと、でたらめを言わないで!」
もちろん情報源はベロニカであり、元をただせばジークだ。全て真実であり、取り巻きがざわざわと小声で話し始める。
「ジーク殿下のお言葉を疑われるのですか? まぁ、このようにかよわいロマンス令嬢を大勢で寄ってたかって追い込むことしかできないようでは、到底側妃など務まりませんわ!」
「黙りなさい!」
かッと頭に血が上った侯爵令嬢は手を振り上げる。エリーナがそれを払いのけようと手を動かした瞬間、バタンとドアが荒々しく開けられた。皆の視線がそちらへと一斉に向く。
「べ、ベロニカ様?」
戸口に仁王立ちしているベロニカを見て、エリーナはポカンと口を開けた。勢いを削がれた令嬢は、力なく振り上げた手を下ろす。
(あれ、何でベロニカ様が?)
エリーナはこのイベントを知っていた。本来はベロニカたちに罵られ、傷つくヒロインをその時一番好感度が高いキャラが助けにくるのだ。冷静に考えれば火に油を注ぐ展開だが、シナリオはそうだった。
シナリオ外から乱入したベロニカは、ニィッと口角を上げて悪役らしい笑みを作った。敵に対する威嚇の笑みだ。
「あらぁ。ずいぶん楽しそうなパーティーですこと。わたくしの友達が迷い込んだみたいで、ごめんあそばせ」
ツカツカと部屋に入ってこれば、学生たちが避けて輪が途切れる。そして侯爵令嬢の前に立つと、不敵な笑みを浮かべて見下ろした。
「ずいぶんエリーナと遊んでくれたみたいで、感謝するわ。ピーチクとうるさかったでしょう? 不快に思われたなら責任はわたくしが取りますから、どうぞ書面なりなんなりで訴えてくださいませ。では、ごきげんよう」
優雅に軽く挨拶をすると、ベロニカはエリーナの手を取って踵を返した。呆気にとられる令嬢たちを置いてさっさと部屋を後にする。
「べ、ベロニカ様? どうしてここに」
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「嫌な空気を出している女にほいほいとついていく貴女を見たからよ。もう少し早く出るつもりだったけれど、貴女が胸のすく啖呵を切るものだから出遅れたわ」
ベロニカは心配しているような呆れているような表情をエリーナに向けた。そして、勝ち誇った笑みに変えて言葉を続ける。
「けど安心しなさい。あそこにいた令嬢たちの名前は控えたし、あれ以上のさばらせてはおかないわ」
いい笑顔であり、これから行われる報復にエリーナは少し同情してしまう。ベロニカのことだ、一切手は抜かないだろう。
「あの……助けてくださってありがとうございました。それに、友達って言ってくれて嬉しかったです」
そう素直に感謝の言葉を口にすると、ベロニカはふいっと顔を背けて
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