悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~

幸路ことは

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学園編 16歳

幕間 事件について話そうか

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 クリスがいつも通り書斎で書類仕事をしていた時、その事件は起こった。

「クリス様! エリーナ様が攫われました!」

 荒々しく書斎のドアを開けて、誰かが飛び込んできたのだ。最初クリスは、彼女が何を言っているのか理解できなかった。ついで、彼女がリズであることに気づく。ぜぇぜぇと肩で息をしており、ここまで走って来たのだろう。遅れて侍女たちが「止められずすみません」と駆け込んできた。

「どうしよう! エリーナ様が、襲われて! でも、そんなはずないのに!」

 彼女は血相を変えて、クリスが仕事をしている机の前まで駆け寄りまくし立てた。クリスの耳は、エリーナという単語を拾う。そして今彼女は、襲われたと言わなかったか。

「黒い男たちに攫われて、馬車に!」

 そこでようやく、クリスは彼女が発した単語をつなぐことができた。意味を理解したとたんに血の気が引く。すぐに心の中で否定した。

「攫われた? まさか、厳重に警戒していたんだぞ。それになぜエリーナが、狙われているのは殿下だろ?」

 今日はベロニカ令嬢と書店巡りをしているはずだ。向こうの護衛もいるから、攫われるなどという失態があるはずもない。

「だから、ないと思ってたんですけど。殿下が現れて、黒装束が来て、大丈夫だと思ったのに。攫われて!」

 リズも混乱しており、話がうまくまとまっていない。だが、それ故に真実味が増し、クリスはガタリと椅子の音を立てて立ち上がった。

「なんで。なんでだ!」

 エリーナが攫われた。その事実に背筋が凍り、心臓が早鐘を打つ。

(そんな、ありえない。だって、防ぐために対策をしていたのに!)

「クリス様、すぐに捜索の手配を!」

 サリーの鋭い声でハッと我に返る。すぐに街の警護隊に連絡し、オランドール公爵家に向かおうとしたとたん、廊下を慌ただしく走る音が聞こえた。ガシャガシャと鈍い金属音が鳴っており、全員が戸口に視線を向ける。

「ローゼンディアナ伯!」

 そう叫んで駆け込んできた軽鎧を着た男は、リズの隣で膝をつき顔を上げてクリスを見た。

「私はオランドール公爵家の護衛隊のものです。ベロニカ様とエリーナ様が誘拐されたため、捜索を行います。つきましては、ご助力いただきたく」

「当然だ! 場所は分かっているのか」

 クリスは彼に答えつつ、壁に飾ってあった剣を取って皮ベルトにさし腰につけた。ローゼンディアナ家は代々武の家柄だ。クリスは養子に来てから亡きディバルトに剣の稽古をつけてもらい、自衛のレベルは超えていた。

「いえ。現在反現王派や元公爵家に関わりがある場所をあたっており」

「わかります! 私、馬車が走っていった方向を覚えているし、地理には詳しいんです!」

 そこにリズが割ってはいる。なんとかしてエリーナを救出したいと目が語っていた。リズの頭にあるのは誘拐イベントの時の背景やスチル絵だが、変わった建物だったことを覚えている。

「リズ。詳しく話せ」

「はい!」

 今は一人でも協力者が欲しい。クリスはこんがらがりそうな頭を、水を飲むことで冷やす。そしてリズから手短に話を聞き、候補地を絞ったクリスは数名の護衛を連れてオランドール公爵家の護衛隊と合流したのだった。


 リズの情報をもとに絞った候補地の一つにクリスを含む護衛隊が到着したのは、エリーナたちが攫われてから一時間ぐらいが経ったころだった。王都の外れにある朽ちた屋敷であり、外壁は悪趣味な色で塗られて近隣住民は誰も近づかないらしい。
 隊員が中の様子を探り、当たりであると伝えるやいなや突入した。黒装束は油断していたようで慌てふためき初動が遅れたが、すぐに乱戦となる。クリスは隊長と並んで先頭を走り、次々現れる黒装束を斬り伏せていく。実戦は初めてだったが、エリーナのことを考えればなりふり構っていられなかった。

(エリー、どこにいる!?)

 こうしている間にも、怖がっていないか、痛みを与えられていないか、怯えていないかと心配が頭の中を駆け巡る。それはすぐに最悪の結末にすら辿り着き、クリスは強張る体を無理矢理動かす。

(あってたまるか。エリーは僕が守るって決めたんだ。最初に見た時から、絶対に幸せにするって決めたんだ!)

 複数の隊員と共に奥へと進み、脇にある階段を駆け上がってきた男とはちあった。地下へと続く階段のようで、クリスは怪しいと黒装束を睨む。すると男は婉曲した剣を鞘から抜き、こちらを威嚇する。

「お早いお助けだな。さすがいいとこのご令嬢なだけあるぜ。お前はどっちの男なわけ? まぁ、助けにいっても首が繋がっているかはわからねぇけどな!」

 下劣な笑みを浮かべ、男はそう挑発する。男は剣先を揺らしながら廊下へと出てきた。男は先ほどまでの黒装束とは纏う空気が異なり、手練れに見える。クリスは隊員たちに下がるよう指示し、血に濡れた剣を男に向けた。

「泣いて叫んでくれよ!?」

 男は品のない笑い声をあげ、剣を振りかぶって突進してきた。それを剣で受けて流し、男の背後に回り込んで斬り上げる。男の剣は重く、また変にブレて捉えにくい。男は身を切り返してクリスの剣を弾くと、薙ぎ払った。癖のある厄介な剣だが、長年鍛錬を行なっていたクリスには問題ない。後ろに跳んで避け、剣を身に引き寄せて床を強く踏み切った。

「悪いが、通してもらう」

 頭上に迫る男の剣を、身を捻って交わし突き上げた。手ごたえとともに、男の肩口を貫く。

「ぎゃぁぁ!」

 醜い悲鳴を上げて蹲った男をクリスは容赦なく踏みつけ床に伏せさせた。男は立ち上がろうとするが、痛みで腕に力が入らないようだ。

「お前、エリーたちの状況を知ってるってことは牢屋番だろう。鍵をよこせ」

 ぐっと体重をかけ、苦痛を与える。この男がそのいやらしい目でエリーナを見たということが許せない。男は呻き声を上げ、ズボンのポケットに手を入れ鍵を取り出した。

「こ、この、化け物が」

 男は仲間内でも強い方だった。それが、簡単に隙をつかれてしまった。クリスは男の手から鍵を奪い取ると、鋭く圧のある視線で男を射抜く。

「僕はエリーを守る魔王だからね。容赦はしない」

 クリスは男に用はないと、地下室に続く階段を駆け下りていく。

(エリー、大丈夫だよね!    昔から、エリーは諦めが悪かったもの)

 そしてその時、この場に不相応な笛の音が聞こえた。そのどこか幼稚な音は、クリスが持たせていた護身用の笛だ。クリスの顔に希望の色が広がり、駆け下りる足を急がせた。

(エリーだ!)

 クリスは階段を降りた先にあるドアを蹴破った。鉄格子が見え、プラチナブロンドの髪が目に入る。

「エリー!」

「クリス!」

 怪我のない姿に一安心する。剣を投げ捨て、鍵を開けた。そこからは、無意識に動いていた。重いドアを開け、エリーナをその胸に抱き寄せる。その温かさに心の底から安堵の息が漏れた。肺の中にある空気を全て吐き出したようだった。
 その存在を確かめるために、強く抱きしめる。

(もう放すものか。エリーが幸せになるためなら、僕は何でもする。もう、傷つけるものか。絶対に、守るんだ)

 クリスは心に強く誓う。そしてクリスはエリーナから背を叩かれるまで、夢中でその温かさにすがったのだった。



 そして事件が終わり、屋敷に帰ったクリスはまず料理長に極上のプリンを作るよう指示した。エリーナは心身ともに疲れ切っているだろう。そんな時はプリンに限る。
 牧場から朝一で取れた卵と生クリームと、南の国から輸入した最高級はちみつをふんだんに使ったプリンだ。量産向きではないため、カフェでは出せない。また、ミルクの深い味わいが際立つミルクプリンも用意させた。
 どちらもスプーンを入れたら崩れそうなほど、ふるふるだ。

 そして、デザートに数種類のプリンが並んだ光景を目にしたエリーナは、

「癒される」

 と満足して全て食べきったのだった。
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