悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~

幸路ことは

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学園編 17歳

幕間 悪役令嬢は華麗にざまぁをされましょう

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 二年生の学期が終わった春休み、ローゼンディアナ家の本邸に遊びに来ていたリズは、唐突にこう言った。

「私、乙女ゲームのヒロインに転生したかったんですよね~」

 そう言えば出会った時にそんなことを言っていたわねと思いつつ、エリーナは紅茶をすすってソーサーにカップを置いた。

「なら、なればいいじゃない」

「そんな、このゲームのヒロインはエリーナ様じゃないですか」

「私が誰か忘れたの? プロの悪役令嬢よ。役者が揃えばそこはロマンス小説の舞台。久しぶりに悪役令嬢劇場を開くわよ!」

 ノリノリのエリーナに対し、頭の上に疑問符を浮かべるリズ。そしてエリーナが今まで行われてきた悪役劇場を掻い摘んで説明すると、リズはあんぐりと口を開けた。

「何やってたんですか」

 プロの悪役令嬢として学園で出会うヒロインをいじめるために演技力を磨いていたなど、原作が泣く。しかもサリーにクリス、ラウルまで付き合わせていたなんて。だが、それは素晴らしく魅力的な劇場であり……。

「エリーナ様。ぜひ私を劇団に加えてください!」

 こうして久しぶりに、ローゼンディアナ家で悪役令嬢劇場の幕が上がったのだった。



 劇場はあらすじのみを決め、あとは全てアドリブで行われる。その方が現実に近く、臨場感が出るからだ。今回はリズのリクエストでクリスは王子、リズは没落寸前の伯爵令嬢、エリーナは公爵令嬢で王子の婚約者という設定になった。
 エリーナは意気揚々と真紅の悪役令嬢戦闘ドレスを身に纏い、髪を高く結い上げてきつめの印象になるように化粧をしてもらう。ベロニカのようなドリルを装備したかったが、エリーナの髪質ではゆるふわカールにしかならなかったので、その昔諦めた過去がある。
 エリーナは鏡で自分の姿を確認し、ニタリと口角を上げた。あくどい笑みもしっかり作れている。

(さぁ、やってやるわよ!)

 そしてプロの誇りを胸に、自室を出て廊下を突き進む。今日の舞台はサロンであり、そこを王宮のサロンという設定にしてある。
 エリーナは気合を入れてカッと目を見開くと、サロンのドアをバタンと両手で開けた。その音に甘い雰囲気でお茶をしていたクリスとリズが驚いて、顔をこちらに向ける。サリーは侍女として二人から少し離れた壁際に控えていた。
 エリーナはツカツカと二人に近づくと、固まっている二人に対して扇子を突きつける。

「クリス殿下。わたくしという美しい婚約者がいながら、こんなみすぼらしい女と御一緒されるなんて、目をお医者様に見てもらったほうがよろしいのでは?」

 冷え冷えした声で言い放ち、二人を見下ろす。

「申し訳ありません!」

 リズはひぃっと喉を鳴らして、慌てて立ち上がった。椅子が音を立てて倒れる。

「エリーナ、少々無礼ではないか。ここは俺のサロンだ。勝手に入って来るな」

 クリスが強い口調で言い返し、リズを守るようにその前に立った。さすがはクリス、俺様系の王子をしっかり演じていた。それを目にしたエリーナの頬が引きつる。

「殿下……なぜその女をおかばいになるのです? その女は卑劣ですわ。夜会ではわたくしが殿下の下へ行けないようにドレスを汚し、学園ではあらぬ噂を流し、殿下を独占しようとする。わたくしがどれほど心を痛めたか……」

 悲し気に眉尻を下げれば、クリスの眉間に皺が寄りリズはさっと顔色を青くした。

「そ、そんな! わたくしはそんなことしておりません! むしろ、それはわたくしがされたことです!」

 リズは信じてくださいと、クリスに懸命に訴えていた。それをエリーナは鼻で笑う。

「没落寸前の伯爵家ですもの。殿下の寵愛が喉から手が出るほど欲しいのでしょう。この際側妃でも、愛人でもと思っていらっしゃるのじゃない?」

「違います! 確かにわたくしの家は貧乏ですが、そんな目的で殿下のお側にいるのではありません!」

 怯えながらも必死に言い募るリズは、手を震わせていた。当然だ。公爵家が本気を出せば零細伯爵家など簡単に吹き飛ぶ上に、リズの身にはエリーナに植え付けられた恐怖が根付いている。先ほどエリーナが述べたことは、全てリズの身の上に起こっていた、という設定だ。

「どうだか。殿下、目を覚ましてくださいませ。貴方は国を正しく導かれる方ですわ。こんなところで道を踏み外しては、末代までの恥です」

 扇子をピシャリと掌で打ち鳴らす。エリーナは斜に構え、胸を反らしていた。研究から生み出された威圧をするポーズである。それに対しクリスは苦々し気に顔を歪め、吐き捨てた。

「エリーナ……お前には分からないだろう。リズがどれほど俺の気持ちを理解し、支えてくれたか。いつも上からしか物事を見られないお前には、弱い者の気持ちがわかるはずがない!」

 突き放された言い方に、エリーナは悔しそうに顔を歪める。なぜ婚約者である自分がそんなひどい言葉を投げられなければいけないのか。エリーナは鼻を鳴らし、とっておきの切り札を出した。

「ですが、その女にはある疑惑がかかっているのですよ」

「あぁ……リズのドレスが濡れた夜会か」

「えぇ、わたくしは聞きましたわ。その女が暗い庭園で男と密会し、言い争いの末に池に落とされたのを」

 決定的な証拠だと勝ち誇った笑みを浮かべるエリーナに対し、クリスはおもしろそうに口角を吊り上げた。

「へぇ、エリーナはリズが庭園で男といるのを聞いたんだな」

「えぇ」

 するとクリスはリズの背に手を添え、自分の隣に立たせた。安心させるために肩に手を置く。

「それは不思議だな。俺がリズから聞いた話と違う。リズ、君はどうしてあの日ドレスを濡らしたんだ?」

 リズは不安そうに瞳を揺らし、一度クリスを見てから意を決してエリーナに向き直った。

「テラスで涼んでいたら、側に置いてあった水の入った壺が倒れたからですわ」

 アドリブなので、どういう状況だというツッコミは置いておく。その返答に、エリーナの表情が強張った。まさかと小さく口が動く。

「俺はその言葉を信じ、皆にはリズは不注意でドレスを濡らしたため控室に下がったとしか伝えていない。なら、なぜリズが庭園にいたという話が出てくる?」

「そ、それは、そういう噂があっただけですわ!」

「そうか……ならばしかたがない」

 そう残念そうにクリスは自身のポケットからボタンとイヤリングを一つ取り出した。

「これは、その事件の直後、庭園の側に落ちていたものだ。イヤリングはリズのもの、そしてこのボタンに刻まれた紋章はどこのものか分かるな」

 紋章が見えるように突き出され、エリーナの顔はみるみるうちに青ざめていく。それは公爵家の紋であり、公爵家の従者が身に着けているものだからだ。

「エリーナ。お前が大人しく身を引くならば、このような手段はとりたくはなかった。だが、お前はリズを貶め、裏で嫌がらせを行った。その証拠も全てある」

「ち、違いますわ! これは何かの間違いで!」

「黙れ! エリーナ。今日を持って、お前との婚約を破棄する。お前の罪状は父上と公爵閣下に伝達済みだ。明日にでも沙汰が下るだろう」

「そんな! わたくしとの婚約が簡単に解消できるとお思いなの!?」

 クリスは侮蔑するような視線を向け、リズを守るように抱き寄せた。

「証拠は揃い、従者も捕らえて白状させた。もうお前に逃げ道はない。この先楽な道は歩けないと覚悟しておけ」

 エリーナはふらりと足の力が抜け、その場に座り込んだ。それには目もくれず、クリスはリズに向き直ってその手を優しく包み込む。

「リズ、もう安心しろ。この先はずっと俺が守るから……俺の側にいてほしい」

「は、はい!」

 リズは正面から見つめられ、頬を赤らめて頷いた。高飛車で意地悪な悪役令嬢は地に落ち、つつましく生きていたヒロインが幸せへの切符を手にする。王道の最後だ。

「はい、カットでございます」

 そこにサリーの声が割って入り、緊迫した空気がはじけ飛んだ。その瞬間クリスはリズの手を離してエリーナに駆け寄った。床に座り込んだままのエリーナの側に寄り、心配そうに顔を覗き込む。

「大丈夫? ごめん、きついこと言って。でも僕の本心じゃないからね!」

 エリーナは、ぼうっとしたまま顔をクリスに向け、満足そうに笑った。

「最高の逆転劇だったわ! これがリズの言うざまぁなのね! 最高のやられ方だわ!」

 喜々として悪役らしい最後に浸っているエリーナに、クリスはこれぐらいでエリーナが傷つくはずがないかと半笑いを浮かべた。

「クリス様、エリーナ様、私のわがままに付き合ってくださってありがとうございました! 最高でした!」

 そこにリズも突撃し、座っているエリーナに抱き着いた。そしてクリスと一緒にエリーナを立たせ、幸せそうに笑っている。

「でも、クリス様がこれほど演技がお上手だとは思いませんでした」

「小さい頃からエリーに付き合わされてきたからね」

「それに、ロマンス小説のシナリオをよくご存じですし」

 あのアドリブは相当ロマンス小説に詳しくなければ出すことはできない。小物も用意するという周到ぶりだった。

「僕だってあれだけ図書室にロマンス小説があれば、暇なときに読むよ……」

 そう不本意そうにクリスが返せば、エリーナはにっと口角を上げて二人を交互に視線を向ける。

「すっごく気分がすっきりしたわ。またやりましょ」

 最近悪役令嬢として振舞えていなかったので、鬱憤が溜まっていたのだ。「もちろん」と満面の笑みを浮かべるリズに対し、「エリーナはヒロインのほうが」と嫌そうなクリス。だがクリスの思いも虚しく、今後定期的に悪役令嬢劇場が開かれるようになるのであった。
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