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学園編 18歳

97 美しく返り咲きましょう

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 春が過ぎ、夏の日差しを感じる日々がやってきた。エリーナは相変わらず攻略対象とお茶をしたり、デートをしたりして過ごしていた。変わったことと言えば、ジークとはベロニカを交えてお茶をするようになり、二人で会うことは無くなったことだ。そして、それを埋めるようにシルヴィオが反省期間は終わりとお茶会に誘ったり、ローゼンディアナ家に遊びに来たりしていた。どちらもクリスが一緒にいるので、うすら寒いやりとりは日常茶飯事である。

 そして夏休みが近づいて来たある日、社交界に激震が走った。それは陛下からの伝達であり、元ゴードン伯爵の国庫横領事件を再調査した結果、証拠不十分として不問。復位を許すというものだった。つまり、ラウルの爵位が戻る。
 それをクリスから聞かされたエリーナは、パッと表情を明るくして差し出された書状に目を走らせた。

「よかったわ! ラウル先生、喜んでいるかしら」

 ラウルはこの事件のせいで色々と辛い目に遭ってきたと聞いた。一刻も早くお祝いに駆け付けたいが、迷惑だろうかとエリーナはうろうろとその場で歩き回る。

「エリー、嬉しいのはわかったから落ち着いて。近いうちに王宮で爵位を授ける儀式があって、ゴードン伯爵家で祝賀会が開かれるはずだよ」

 クリスによるとゴードン伯爵家は王都に別邸を構えており、本邸はラルフレア王国の南にある領地に居を構えているらしい。港町の美しい場所だそうだ。爵位剥奪の際、別邸は差し押さえられたらしいが本邸は残されており、ラウルの父母はそこで暮らしていたそうだ。

「今後ラウル先生はどうされるのかしら」

「別邸に住まれるそうだよ。ご両親は隠居されるから、当主はラウル先生になるって手紙が来た」

 父親は有能な大臣だったが、無実の罪を着せられた時に政治の世界には戻らないことを決めたらしい。

「……ということは、今から使用人を集めたり引っ越しをされたりするということですよね」

「うん。大変だろうから、うちから何人か応援に行かせるよ。後は、オランドール家とバレンティア家からも人を借りるみたいだし、足りないものはドルトン商会で調達できる。全員で先生を支援するさ」

 これぞラウルの人徳のなせる業だ。復位について公になる前に一部の上流貴族たちは知っていたのだろう。動きが早すぎる。そして後から聞いた話だが、この復位にはジークも大きく貢献したらしい。元々ラウルが押さえていた証拠をもとに、各方面に働きかけたそうだ。ラウルは多くの人に支えられている。

「それなら安心ね……」

 ラウルがラウル・ゴードン伯爵に戻る。

(先生が貴族に……)

 これからは茶会や夜会で顔を合わせることも増えるのだろう。なんだか不思議な気分だ。

(あ、これがリズの言っていた先生のもう一つのルートなのね)

 リズはラウルを婿養子に取る以外のルートがあると言っていた。きっとそれが、ラウルが復位するルートなのだろう。
 その後エリーナは喜びに胸を弾ませ、祝いと体を気遣う旨を認め手紙を送ったのである。


 その一週間後、夏休みに入ってすぐに王宮で爵位授与が行われ、ラウルは正式に伯爵となった。ラウルの歴史学に関する貢献もあり、社交界では好意的に受け止められているらしい。夜にはゴードン家別邸で祝賀会が行われ、エリーナとクリスも招待されていた。そしてラウルに挨拶をするために、二人は少し早めに別邸を訪れたのだった。

 馬車に揺られて辿り着いた場所は繁華街を挟んだ反対側の区画だった。貴族の屋敷が多く、閑静でお洒落な地区だ。なかなかの大きさを誇るゴードン邸は十年も人が住んでいなかったと感じさせないほど綺麗で、立派だった。

「すごくきれいなお屋敷ね」

「元々ゴードン家に仕えていた使用人たちが定期的に掃除をしていたらしいよ。それだけ愛されていたんだね」

 馬車を降り玄関へと向かえば、初老の男性が迎えてくれた。どうやら執事らしい。ラウルから二人の事を聞いていたようで、嬉しそうに目元を和ませ案内してくれた。なんでも、以前からゴードン家に仕えており、今回の復位を受けて違うお屋敷を辞めて戻って来たそうだ。そしてそれは彼だけでなく、使用人たちも同様らしい。

「ラウル先生は、嬉しかったでしょうね」

「えぇ。わたくしどもも、ようやく時計の針が動き出したような気がします」

 屋敷の中は隅々まで磨き上げられ、新しい当主を歓迎しているようだった。そしてサロンに通されると、お茶の用意をする侍女もどこか嬉しそうで、エリーナまで幸せになってくる。

 ほどなくラウルが入ってきて、執事は一礼して出て行った。ラウルは糊の効いたスーツに身を包み、いつもより華やかさが一段上がっている。若い当主という印象だ。

「クリス様、エリーナ様、おこしいただきありがとうございます」

 そう挨拶をして向かいに座ったラウルはいつもと同じで、クリスとエリーナは顔を合わせて小さく笑った。

「先生。同じ伯爵だから敬語はいらないよ。むしろ年を考えれば僕が敬語を使わないといけないし」

「なんだかくすぐったい感じがするわね。まずは、おめでとうございます」

 ラウルは二人の言葉に、あっと小さく呟いて困ったように微笑した。まだ彼も自分の立場に馴染んでいないのだろう。

「そう……だね。でも、もう長年この口調が染みついたので、教員ということで押し通します」

 口調を変えるかと思ったのに、開き直られて二人は声を上げて笑った。二人もそれでラウルが落ち着くならと、それ以上は求めない。口調など必要な時に使い分ければいいのだ。
 出された紅茶を飲みながら、エリーナはラウルをじっと見つめる。この屋敷と彼はじつにしっくりと合っていた。知らず知らずのうちに口元が緩む。

「先生、お屋敷に戻られてどうだった?」

「懐かしかったですよ。今でも夢じゃないかと思います……幸運なことに、屋敷の中身も昔と変わっていなくて。……その節は色々と助けていただきありがとうございました」

「僕たちは今までたくさん先生のお世話になったからね」

 人の縁と温かさが繋がっているこの屋敷は、見かける人全員が笑顔でラウルを見ており、ぽかぽかと幸せな温かさに包まれている。
 ラウルは「ありがとうございます」とお礼を口にしてから、何かを思い出して頬を緩めた。

「実は、昔の使用人たちの大半が戻ってきてくれたんです」

「えぇ、さっきの執事さんからも聞いたわ」

「彼にもよく面倒を見てもらっていたんですが、皆の第一声がお坊ちゃま大きくなってだったんですよ」

 口元に手を当てて、思い出し笑いをするラウルにつられて二人も笑い声をあげる。大の大人がお坊ちゃまとは、今のラウルには似合わない。

「皆の中では子供のままのようで、まだお坊ちゃま呼びが抜けてくれないんです」

 壁際にいる年配の侍女たちの口元が緩んでいるため、彼女たちもお坊ちゃま呼びをしているんだろう。心温まる話に、エリーナは幸せな気持ちになり微笑んだ。

 その後少しの間談笑をし、ラウルは夜会の準備のため仕事に戻っていった。二人は控室に通され、夜会までの時間を潰す。付いてくれた昔からの侍女にラウルの子どもの時の話を聞き、ローゼンディアナ家でのラウルの話をしていればすぐに時間は過ぎる。

 そして、夜会が始まった。
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