悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~

幸路ことは

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学園編 18歳

128 真実を知りましょう

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(私が、前王の血を引いている? 前王が父親?)

 エリーナの頭は混乱し、心細くなってクリスとジークを交互に見て、ラウル、ルドルフ、ベロニカへと視線を移した。ベロニカは驚き目を丸くしていたが、他の二人は硬い表情で王に鋭い視線を向けている。
 静まり返っていた大広間が、突如蜂の巣をつついたような騒ぎになり、空気が一変した。真偽を確かめようとエリーナを観察する者、王に疑惑の視線を向ける者。ここには若者しかおらず、騒ぎを抑え込める大貴族の当主たちがいないことも、事態の混乱に拍車をかけていた。

「静まれ!」

 そこに王の叱責が割って入り、水を打ったような静けさになる。高座からジークを睨みつける王と、それに対峙するジーク。王はわなわなと震えて血走った目をジークに向けていた。

「気でも狂ったかジーク。そんな狂言で皆を惑わし、何のつもりだ。相応の罰を覚悟しているのだろうな」

「狂言ではありません。むしろ罪深きは陛下、貴方です」

 ジークは父親に対し、まるで他人のような口ぶりで話し出した。

「衛兵! 早くこいつを捕らえて部屋に連れていけ!」

「国民は真実を知る権利がある! なぜエリーナが前王の血を引き、クーデターが起こったのかを!」

 ジークの言葉は響き、王の命に従って再び捕えようと足を進めてた衛兵たちの足を止める。人々は不安と動揺が混じった視線を向けていた。それに応えるようにジークは周りを見回し、人々の注目を集める。そして王を睨みつけ、向こうが動くよりも先に真実を口にする。

「まず、エリーナ・ローゼンディアナの母、セレナは、長く王宮に仕えていた侍女だった。前王夫妻の信頼が厚く、王妃付きと王女付きを歴任された方だ。必然的に前王の御前に出ることも多く、王妃公認の愛人関係であったと証言があった」

 エリーナは「お母様が……?」と、ぼんやり呟いた。今起こっていることに現実感がなく、遠くから舞台を見ているようだ。

「そんな証言、当てにならん。どうせでっちあげだろう」

 鼻で笑う王に対し、ジークはラウルへと視線を向けた。それを受けてラウルは一歩前に進み、臣下の礼を取りつつ口を開いた。

「その証言はクーデターの際、南の国へ逃れた王宮勤めの侍女だった者から得ました。他にも有力な貴族でその事実を知っている者がいます。それにエリーナ様の紫色の瞳は、前王から受け継いだものでしょう」

 歴史家として一目置かれているラウルが話すことで、真実味が増す。そしてラウルが夏休みに隣国を訪ね回っていたことを知っているエリーナは合点がいった。

(先生、クーデターについて調べてたのね……)

 現王の政権下でそれを調べるのは、タブーとされていた上に証人が生きておらず、困難を極めたことは容易に想像ができる。さらにラウルは上着の内ポケットから二通の手紙を取り出し、皆に見えるように軽く挙げた。

「そしてこれは、ローゼンディアナ家に保管されていた前王と王妃様からセレナ様に宛てられた手紙です。そこには身ごもったために王宮を辞したセレナ様を気遣ったお言葉と、生まれてくる子どもについて言及されています」

 涼し気な顔で有力な証人と手紙を明かしたラウルを、王は憎々し気な表情で睨みつけた。そして畳みかけるようにジークは一歩王との距離を詰め、言葉を受け継ぐ。

「それを知っていた貴方は正統な王家の血を欲し、秘密裏にエリーナを迎え入れることにした。だから俺にエリーナの正体を明かし、側室に迎えるように仕向けたんだ」

 エリーナは目を丸くして、ジークの背中に視線を送る。思えばジークはエリーナの顔を見て声をかけてきた。おそらく、前王と同じ紫の瞳に驚いたのだろう。その事実を知れば、今まで不可解だった申し訳なさそうな表情や、覚悟を決めた表情の理由に思い当たる。あれは、エリーナの出自を知っていたからだったのだろう。

「そして俺がエリーナを側室に入れるのをやめたため、無理やりエリーナが王家に嫁がされる可能性があった。だから俺たちは前王に隠し子がいるという噂を流したんだ。貴方の策略を防ぐ布石のために」

「それは全て妄言だ!」

 ジークは顔を真っ赤にして怒る王の反論を防ぐために、追撃する口調を緩めない。一度でも王の気迫に呑まれたら終わると、ジークは全身から勇気を振りしぼった。

「それを判断するのは皆だ。そしてクーデターについてだが、二年前にベロニカとエリーナがクーデターの残党に攫われた時、陛下は迅速に救出に動かれたが、その一方で残党は全てその場で討ち取られた。まるで、口封じをするように」

「黙れ。政治を知らぬ青二才が、妄想で口をきくな!」

「いいえ、証人は揃えました。兵士の目を盗み、あの場から逃げ延びたものを捕らえております。そして彼らは貴方を裏切り者と罵った。……19年前のクーデター。首謀者は貴方だ。王族に生まれながら王位を継げなかったことを妬み、前王からその座を奪った」

 これには一同が騒めき、半信半疑ながらも疑念に満ちた空気へと変わっていく。王は頬を引きつらせ、目を吊り上げた。

「言いがかりをつけるな。それ以上は侮辱罪で処罰するぞ!」

「かまいません! その覚悟はできています。俺は、真実を知りました。だから、王族として貴方が捻じ曲げた歴史を正します!」

 ジークの瞳には何の曇りもなく、誇り高き王の顔つきだった。それに対して王は何かに気づいたように口角を上げ、鼻で笑った。ついで声を上げて笑い、その豪快な笑い方は、全く追い込まれておらずむしろ余裕すら感じさせる。

「青いな。それで、余をどうにかできるとでも? その証人たちの名を明かし、明日の大臣会議に連れてくるがよい。相手にもされぬわ。所詮は子どものお遊びだ」

 この場には政治の主導を握る各大臣の姿は無い。そこに有力な貴族たちも加わり、現王支持派が脇を固めている会議の場においては、ジークたちが不利になるのは目に見えていた。
 ジークは苦々し気に舌打ちをして、ルドルフに視線を向けた。すると彼はジークに一礼をしてから、前に進んで王に向き直った。

「陛下、こちらはわが父バレンティア家当主とオランドール家当主の書状です。全ての証拠、証人は両家が預かっており、今回の件に対する立場を表明しております」

 あくまで恭しく差し出した二通の書状を秘書官が恐る恐る受け取り、王へと取り次ぐ。それに急いで目を通した王は激昂し、破って床に叩きつけた。

「何だこれは! 余を反逆罪で処断するだと? できると思っているのか!?」

 二大公爵家の力は現王よりも強く、その意向は無視できない。公爵家は今まで中立を保っており、その二家が動いたことは影響が大きい。

「陛下、諦めてください。ここに貴方の味方はいません」

 王子の言葉と同時に廊下から公爵家の紋を付けた私兵が入って来た。王を捕らえるためであり、王は分が悪いと悟ったのか後退って王座に腰を下ろす。頬杖をつき、大広間を睥睨《へいげい》する王からは威圧感を感じた。開き直ったようであり、底知れぬ恐ろしさがあった。
 その目に射抜かれたエリーナは息が詰まった錯覚を覚え、急激に不安が増す。まだ何か、起こりそうな気がした。

「それでジーク。余を廃してお前が王となるか」

「……それは、他に不正を働いた貴族たちを一掃した後で、皆に問います」

 その答えに王は腹の底から笑い、凄惨な笑みを見せた。

「そうだろうな。王女は王位を継げず、継承者はお前しかいない。つまり、何も変わらんのだ。余の血族が王になり、続いていく。それが、余の勝利だ。そしてそこの愛人の子は、後ろ盾を失い、さらに王家の血を引くとなれば誰がもらい受ける? 荷が重かろう。断言できる。その血を絶やすか、王家に入るかしかないわ」

 エリーナは周りの視線に冷たいものを感じ、おどおどと不安げに首を動かす。まるで断崖絶壁に立っているような恐ろしさと孤独感がある。そこに追い打ちをかけるように、王は残虐な色を持った視線でエリーナを射抜いた。

「全てはお前が生まれたから狂ったのだ。あのクーデターで一緒に死んでいればよかったものを。奴は何を感づいたかあの侍女を王女付きから外しよった……だが、これでお前も茨の道だ。余が失脚しようともその男の罪は消えず、お前は一人残される」

 王の言葉は猛毒のようにエリーナを蝕み、クリスを失う恐怖で手が小刻みに震えた。否定してほしくてクリスに視線を向けても、彼は王をまっすぐと無表情のまま見ているだけだった。

「憎きやつの娘が苦しんでいる顔を見れば、いくらか溜飲も下がるわ!」

「エリーナ、聞く耳を持つな」

 ジークが慌ててエリーナを振り返り声をかけるが、エリーナは血の気が引いており歯の根をカタカタと打ち鳴らしていた。

(何なの? 意味が分からないわ。私が王族? 王がクーデターの犯人? クリスが、いなくなる……? なんで? なんでクリスは私に嘘をついていたの?)

 衝撃の事実が多すぎて、理解が追い付かず気持ちは悪い方へと引きずられる。今まで信じていたものが全て壊され、不信感でいっぱいになる。何よりクリスが出自を偽っていたことが辛かった。

「お前は不幸な子だエリーナ。その血を引いたことを一生呪うがいい!」

 憎悪のこもった王の言葉がエリーナに突き刺さっていく。身を翻して逃げ出したいのに、足が縫い付けられたように動かない。

(私はどうしたらいいの? このままじゃ嫌……弱いままの私じゃ嫌!)

 だが恐怖に怯えるエリーナの奥底で、蠢くものもあった。負けるなと、多くの人たちの無念を晴らせと訴えてくる。今までの悪役令嬢が、このまま引き下がれるかと立ち上がる。自らの意思が、選択が捻じ曲げられていいはずがない。
 エリーナはぐっと拳を作った。

(私はエリーナ・ローゼンディアナ。プロの悪役令嬢よ。あんなクズの悪役に負けてどうするの! クリスを、クリスを守れるのは私だけでしょ!?)

 エリーナは弱気になっていた自分を叱咤し、奮い立たせる。背筋を伸ばして王の視線を正面から受けた。いつの間にか、震えは止まっていた。静かに息を吸い込み、声を上げる。

「お言葉ですが陛下」

 声は凛と澄んで気品がある。エリーナは今までの悪役令嬢が後ろで支えてくれているような気がした。すっと肩の力が抜け、エリーナは前王を感じさせるアメジスト色の瞳を王に向けた。
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