悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~

幸路ことは

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学園編 18歳

127 疑惑を抱きましょう

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 エリーナとクリスが王の下に傅いた時には、ちょうど近くに顔見知りたちが集まっていた。皆二人の晴れ姿を見ようと近づいて来たのだ。給仕をしていたリズもちゃっかり全体が見える位置に移動していた。
 高座の手前には秘書官が立っており、王の補助をしている。彼が朗々とした声で二人の名を呼んだ。

「ローゼンディアナ伯爵代行クリス、伯爵令嬢エリーナ。顔を上げよ」

 二人が顔を上げるとジークに似た微笑を浮かべる王の姿があった。王は深みのある魅力的な声でエリーナに祝福の言葉を述べる。

「卒業おめでとう。立派な淑女として国に尽くしてくれることを願う」

 その言葉を受けエリーナは再度恭しく礼を取り、感謝の言葉を述べる。

「身に余るお言葉をありがとうございます。精進いたします」

 後数回話せば王との謁見が終わる。だが、再び顔を上げた時、王の顔は険しいものにかわっていた。彼は渋い顔でクリスに鋭い視線を向けると、顎の髭を撫でる。

「二人で余の前に来たということは、婚姻を結ぶということか?」

 エリーナは王の鋭い眼光を感じて気圧されるが、クリスはその視線を正面から受け堂々と返す。

「はい。今すぐとは考えておりませんが、いずれそうできればよいと思っております」

 それはエリーナの想いを代弁してくれており、エリーナは静かに頷いた。王は顎髭を撫で、目を瞑って唸ると青い目を二人に滑らせる。

「……ならぬ」

 その言葉に周りが静まり返り、管弦楽の音と遠くの談笑がやけに大きく聞こえた。ついでざわざわと人々の間に動揺が走る。それほど王が婚姻に異を唱えたことが衝撃であったのだ。
 この国では貴族間の婚姻には王の認可が必要になる。有力貴族同士の婚姻で貴族家の力が王を超えることを防ぐためだ。つまりは王の権利なのだが、それが発動されることは稀であった。

(え、どういうこと?)

 当然エリーナの胸にも困惑が広がり、不安になって隣で膝をつくクリスに顔を向ける。クリスは表情を変えず、淡々と言葉を返した。

「ならば陛下、その理由をお尋ねしても?」

 王は振り向いていた秘書官に目で合図をし、秘書官は咳払いをして話し出す。

「クリス・ローゼンディアナ。貴殿は十三の時にウォード家より養子に入った。間違いないか」

 クリス・ウォード。それが養子に入る前の名前であり、ずいぶん久しぶりに聞く名だがクリスは何の感慨も示さず、表情を厳しくした。

「そうですが……」

 周りで事態を見守っている人たちはウォード家という名を口々に呟き、首をひねる。その様子を横目でみつつ、秘書官は言葉を続ける。

「我が王国の最西端、グランバルト領の中でさらに僅かな領地を持つウォード家は王都に出てくることなく細々と生計を立てている子爵家です。驚くことに建国からの旧家ですが、出仕したことはありません」

 つまり、領地から出ない家で、謎に包まれていたのだ。エリーナは初めて聞くクリスの生家の話に興味を覚えつつも、なぜ今その話をされるのか疑念を抱く。

「貴殿はウォード家三男、クリス・ウォードで間違いないか」

「はい」

 クリスがはっきり肯定すると、秘書官は王を振り返り、目を合わせて頷き合った。そして表情を変えずに淡泊な声で言葉を続ける。

「確かに記録には第三子にクリス・ウォードの名があるが、近隣の住人が幼少期の彼を見たことはなく、また興味深い証言も得られた。第三子の名はクラウド・ウォードであり、幼少期に西の国に預けられたと」

 ざわめきが大きくなり、不躾な視線が飛んでくる。

(え? どういうこと?)

 エリーナは心臓を掴まれたように息苦しくなり、四方から重圧で押しつぶされるような感覚に陥った。長年側にいて、想いの通じ合ったクリスがその出自を疑われていることが信じられない。

「そして記録を改竄したと自白する男も捕縛した。つまり、その男は身分を偽りローゼンディアナ家に養子に入った挙句、伯爵令嬢と婚姻を結び、家を奪おうとしているのだ!」

 朗々とした張りのある声はよく通り、大広間全体に響いた。その声と内容に人々は話し声を止め視線を向ける。管弦楽の音も止み、場が静まり返った。
 不気味な静けさの中、クリスは立ち上がって王を正面から見返す。

「証拠はございますか?」

 一切怯んでおらず、知り合いたちの方が心配そうにしていた。王の左側に座るシルヴィオも不愉快そうに眉間に皺を刻んでいる。

「捕縛した男の自白と、記録紙に残る改ざんの跡、何より再三ウォード家に弁明をする機会を与えたが悉く無視した。つまり後ろめたいことがあるのだろう」

 秘書官は追い詰めたと、薄笑いを浮かべてクリスに冷酷なまなざしを向けた。エリーナの背中に嫌な汗が伝い、心臓はバクバクと高鳴りをしている。信じていたものが崩れ落ち、裏切られたような気持ち。それは一度経験している。

(クリスは本来ゲームにいないキャラだったわ。そのため?)

 イレギュラーがここに来て露呈したのだろうか。不安で視界がぐらぐら揺れている気がし、気持ちが悪くなる。
 そこに王の声が割って入った。これが最終通告と言わんばかりの重みがある。

「その男を捕らえよ。尋問の後処刑し、ウォード家にも制裁を加える。そしてローゼンディアナ伯爵令嬢の身柄は王宮で預かり、第一王子か第二王子と婚姻するものとする」

(……え?)

 王の言葉が耳に届いた瞬間、エリーナは目の前が真っ白になった。つまりクリスは捕まり、ジークかその弟と結婚させられる。

(嫌よ! 何で!?)

 声に出したいが王の威圧を受け、エリーナの想いは言葉にならない。エリーナは礼を取るのを止め、呆然と立ち尽くした。廊下に控えていた兵士たちが入ってきて、場が騒然とする。近づいてくる男たちに気づいたエリーナが蒼白な顔になってクリスを見上げた時、鋭い声が飛んできた。

「お待ちください!」

 ジークが声を張り上げて王の前に進み出で、二人を背にして堂々と立つ。そのジークに王は不愉快そうに眉を顰め、唾棄するように吐き捨てた。

「何だ、異論があるのか」

「此度の疑惑、慎重に調査をされた結果でございましょうか」

「無論だ。偽証罪は免れぬ」

 ジークは口惜し気にクリスを一瞥し、「ですが」と食い下がる。

「それとエリーナを王家に嫁がせるのは話が違うと思うのですが、何故そのような措置をお取りになるのか」

「分かり切ったことを聞くな。女の身では当主になれぬ。まして、この問題が起こったためローゼンディアナ家はその家を畳むことになる。これは忠義の厚かったローゼンディアナ家に対するせめてもの恩情だ」

「しかし……」

 ジークはくっと奥歯を噛みしめ、クリスとエリーナを振り返った。何か打開策は無いのかと目で訴えているが、エリーナは不安げに瞳を揺らすしかできない。一方のクリスは無表情のままで、怖いほど静かだった。そしてジークが一度周りにいるルドルフ、ラウルへと視線を向ければ、二人は静かに頷きを返した。

「わかりました、父上。父上がそのような手をお使いになるのであれば、こちらも考えがあります」

 そう腹を括った表情で、ジークはサファイアブルーの瞳を王に向けた。覚悟の決まった声であり、王はわずかに焦りの表情を浮かべ声を荒げて衛兵を呼ぶ。

「ジークは冷静さを欠いておる。部屋で大人しくさせておけ!」

「黙れ! お前らも待機しろ!」

 命を受け動き始めた衛兵にジークは叱咤の声を飛ばし、衛兵は思わず足を止める。それほどジークの声には覇気があり、有無を言わせぬ圧力があった。ジークは王の妨害が来る前に口を開く。ラウルと、そしてルドルフと水面下で練っていた計画を、実行に移すのだ。

「父上。貴方は嘘をついている」

「ジーク!」

 王が血相を変えて王座から立ち上がり、ジークをねじ伏せようと足を踏み出すがすでに遅い。

「貴方はエリーナを王家に入れたいだけだ。前王の血を引くエリーナを!」

 明朗な声が大広間に響き、王は手を伸ばしたまま固まった。人々も一歩も動けず、ただエリーナを凝視している。そこに少し音量を落とし、穏やかな声音でジークは人々に言い聞かせるように繰り返した。

「エリーナは前王の隠し子であり、唯一前王の血を引くものだ」
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