悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~

幸路ことは

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アスタリア王国編

166 二人で絵を描いてもらいましょう

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 部屋の中に入ると、シルヴィオはすでにキャンパスを立てて準備をしていた。汚れてもいい軽装で、芸術家の顔をしている。

「うん、二人ともいい感じだね。じゃぁ、そこに座って」

 と、絵描き用の炭を持ったシルヴィオが指したソファーに腰掛け、細かなポーズの指示を受け、向き合う形で斜めに座った。なんでも庭で語らう花の妖精たちを描きたいらしい。さすがに今は冬なので、庭ではなく温かい室内で描いてもらう。背景は何とでもなるそうだ。

「ナディヤ嬢。体に力が入ってるよ」

「は、はい! 申しわけありません!」

「……もっと硬くなってどうするの。エリーナ、ドレスを崩さない程度にくすぐって」

「お任せください!」

「ひゃ、きゃ、あはは!」

 エリーナは待てを解かれた子犬のようにナディヤに襲い掛かり、優しくくすぐる。ナディヤはドレスが皺にならないよう動くのを我慢しているが、体はよじれている。

「もういいよ」

「はーい!」

 しっかり楽しんだエリーナと、ぐったりして力が抜けているナディヤ。それを見て、シルヴィオはいい感じと線を書き入れていく。部屋には炭を滑らせる音と、暖炉の薪が爆ぜる音だけになった。しだいにナディヤがソワソワし始め、時間が経って緊張が高まってきたようだ。
 それを感じ取ったシルヴィオは苦笑を浮かべ、優しい金色の瞳をナディヤに向ける。下書が終わったようで、彩色用の筆に持ち替えていた。

「ねぇ、ナディヤ嬢。ナディヤと呼んでもいい?」

「あ、はい! もちろんでございます」

「じゃぁ、ナディヤ。僕の絵でどれが一番好き?」

 突然絵の話を振られ、ナディヤはしばらく視線を明後日の方へ向けてから、おずおずと口を開く。エリーナはいい機会と、空気になるように努めた。

「その……昔、図書館に飾られていたご兄弟を描かれた絵です」

「え、それって兄上とクリスを描いたやつだね。ずいぶん古い……僕が九歳の時に、初めて描いた絵だ」

「はい……存じております」

 さすがはナディヤ。シルヴィオの絵で知らないものはないのではとエリーナは思う。その絵は画廊にも無かったので、今は展示していないのだろう。

「あんな下手な絵を覚えられているなんて、なんだか恥ずかしいな……」

 とそこで、シルヴィオは筆を止めナディヤに視線を向ける。何かを思い出したかのような表情だ。

「もしかして、小さい時図書館でよく僕の絵を見上げてた?」

「え……あ、はい。その時は、殿下の御作とは存じませんでしたが、好きでよく見ていました。えっと、でも、なぜ……?」

 ナディヤは小さい時から母親に連れられて図書館に通っていた。その時に、たまたま絵を見て衝撃を受けたのだ。

「そりゃ、僕もたまに図書館に行ってたからね。たいてい絵の側にピンクの髪の女の子がいたことは覚えているよ」

「え、そんな、わたくし、ご挨拶もせず!」

「いいよ。子どもの時だし、僕も剣の稽古をさぼって隠れただけだからね」

 そして話はシルヴィオの剣術嫌いの話になり、面白おかしく話してくれたので、二人はくすくすと笑い声を上げる。場が温かくなり、和んでいった。エリーナも楽しい話を始め、徐々にナディヤも会話に入っていく。絵が仕上がるころには、だいぶ自然な状態で話せるようになったのである。

「よし、できた」

 二時間ほどでシルヴィオは筆を置き、作品を愛おしそうに見つめた。その表情から本当に絵を描くのが好きで、作品を大切にしているのが伝わってくる。

「ほら、見てごらん」

 エリーナとナディヤは立ち上がり、体の筋を伸ばす。ナディヤがシルヴィオの側に寄るのを尻込みしていたので、エリーナが有無を言わせない微笑で手を引いた。そしてキャンパスの表に回り、出来た絵を見た二人は同時に感嘆の声を漏らす。

「きれい」

 それ以外の言葉が出てこなかった。中央には、庭園によくあるベンチに座ったエリーナとナディヤがおり、美しさが格段に上がっていた。透き通るような肌や、艶のある髪は本物そっくりで、瞳は星の輝きのよう。背景はまだざっくりと淡い色が乗っただけで、後で細かく書き入れるらしい。

「信じられません……わたくし、こんなにきれいじゃないのに」

 その呟きには素のナディヤの心が表れていた。どこまでも自信がなく、卑屈になってしまう。そんなナディヤの額をシルヴィオが軽く叩く。

「それ以上美しいものを否定するのは許さないよ」

 突然雅な方に叩かれたナディヤは目を白黒させ、口を開けている。エリーナもシルヴィオの行動に驚いてしまった。

「僕は、本当に美しいと思ったものしか描かない。知ってるでしょ?」

「あ、はい……」

 他国の王や王妃が描いてほしいと頼んでも、シルヴィオがその心根を含めた美しさを感じない限り、筆を取ることがないのは有名な話だ。

「だから、これが僕から見たナディヤの美しさだよ。これを否定されると、僕の目が曇っていることになる」

 その言葉はシルヴィオの最大限の賛辞で、ナディヤの心の傷を癒すように染みこんでくる。

「……はい……はい。ありが、とう、ございます」

 ナディヤは感極まったのか、頬を涙が伝い始めた。きっとこの小さい体でたくさんのものを溜め込んできたのだろう。エリーナは優しく抱きしめ、背中を撫でる。この絵で、ナディヤが少しでも前向きに、自信を持てたらと願う。きっとシルヴィオも同じ気持ちなのだろう。心配そうな顔で、ナディヤを見守っていた。

 そしてしばらくエリーナに甘えて泣いていたナディヤは涙を拭い、晴れやかに笑った。その笑みは可愛らしく、ナディヤ本来の良さがでていた。

「エリーナ様、シルヴィオ様……本当に、ありがとうございま……す」

 だがその笑顔もつかの間で、すぐに二人の王族に挟まれていることに気づき再び恐縮し始める。エリーナはため息をついて無理矢理次のお茶会の約束を取り付け、今日はお開きにしたのだった。
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