悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~

幸路ことは

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アスタリア王国編

172 気弱な令嬢に活を入れましょう

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 エリーナがナディヤに手紙を送るとすぐに返事が来て、翌日のお昼から会うことになった。
 少し王宮にも慣れてきたナディヤを着飾らせ、二人で満足げに頷きあった後はまったりお茶会だ。カフェ・アークで人気急上昇の抹茶プリンもある。ナディヤはだいぶ自然に笑えるようになり、前に思いっきり泣いたからか、肩の力が抜けていた。

「エリーナ様、このプリン、とても美味しいです」

 抹茶プリンの色に驚いていたナディヤだが、一口食べればその不思議な味の虜になっていた。

「でしょう?」

「姉たちからカフェ・アークの新作だと聞きました……まさか、食べられるだなんて」

 きっと厭味ったらしく自慢したのだろう。エリーナは膝の上に置いた手をぐっと握りこむ。二人を出禁にしたい。

「いくらでも食べさせてあげるわよ。その意地悪なお姉さんたちにはあげないけど」

 ツンとした表情でエリーナが言えば、ナディヤは控えめに笑った。この笑顔もやっと見せてくれるようになったものだ。その二人の姉について、前にナディヤは少し話してくれた。

 ナディヤの母が生きていた時は、普通に話をし一緒に遊びにも行っていたらしい。だが、母が死に立場が弱くなった上、二人の婚約ができない苛立ちも相まって意地悪をされるようになったそうだ。
 ナディヤは二人の姉を怖がっても、嫌いにはなれないらしい。人が良すぎる。

 そしてしばらく他愛のない話をしてナディヤを和まし、エリーナはなるべく優しく、自然に今日の本題を切り出した。

「ねぇナディヤ。もうすぐ三国交流があるでしょう? それで南の国の王女様とその騎士に会ったのだけど、婚約されたんですって。ラルフレアで留学された時に告白されたのを見たのだけど、とても素敵で。情熱的な恋だったわ」

 ナディヤもロマンス小説が好きな女の子。恋の話に興味があるようで、楽しそうに相槌を打ちながら聞いていた。

「それは素敵な恋物語ですね」

 ナディヤが興味を示したので、エリーナはラルフレアで起こった騒動について話した。恋愛面を前面に押し出して伝える。ナディヤは現実で起こったロマンスに「すごいです」と声を漏らしていた。さらにエリーナは畳みかける。

「それに、もうすぐラルフレアのジーク陛下とベロニカ様がいらっしゃるでしょ? この二人も素敵な恋愛をされてね。小説化間違いなしよ」

「それはご令嬢たちが話しているのを聞いたことがあります。エリーナ様は、近くでご覧になっていらっしゃったんですよね」

 近くで見ていたどころかがっつり巻き込み、巻き込まれた。あの忙しない日々も、今となってはよい思い出だ。エリーナはもったいぶった笑みを浮かべながら、嬉しそうに話し出す。現実は小説より奇なり。その表現がそっくり当てはまるエリーナの人生とそこに絡み合うベロニカたちの恋模様。
 ナディヤは時折顔を赤らめて聞いており、恋の世界に浸っていた。その辺りでエリーナはよしと手ごたえを感じ、矛先をナディヤへと向ける。

「それで、わたくしも今はクリスという恋人がいるのだけど。ナディヤはどんな人と恋人になりたいの?」

「へ? わ、私ですか?」

 自分に話が来るとは思っていなかったようで、ナディヤは戸惑いおろおろと視線を泳がせる。話を聞くときはいい顔をするのに、自分のことを話すとなると緊張するようだ。

「そうよ。恋バナよ。私のことを話したのだから、ナディヤのことも教えてよ」

 ちょっとずるい言い方だが、ナディヤには効果てき面で「そ、そうですよね……」と押されまくっている。俯いて何とか言おうと考えを纏めているナディヤを見ていると、さすがにエリーナも罪悪感が芽生えた。

「えっと、その。何かに、打ち込んでいらっしゃる方がいいと思います」

「ふ~ん。顔は?」

 少しナディヤの顔が赤くなった。誰を思い浮かべているのか丸わかりだ。ナディヤは伏し目がちで答える。

「か、顔は別に気にしないといいますか……私には不相応ですし」

 控えめ過ぎて泣けてくる。これが他のご令嬢なら容姿に性格、資産と事細かに要求が並ぶのに。

「その人と、一緒にいたい?」

「え……それは、無理です。私とは住む世界が違う人なので」

 何気なくそう答えてから、ナディヤはハッと気づいてニンマリと笑っているエリーナに顔を向けた。エリーナは上手く嵌められたとご満悦だ。壁になっていたリズは魔王の笑みが移ったと内心天を仰いでいた。

「うふふ、誰のことかしら。ねぇ、言ってしまいなさい。すっきりするわよ」

「ひゃぁ! む、無理です。いえ、誰も考えておりません!」

「往生際が悪いわね。ほら、白状しなさい。私たちお友達でしょ~?」

 エリーナは身を乗り出し、笑顔を深めて圧力をかける。「お友達……」とナディヤはさらに葛藤していた。そしてとうとう「お願い」と小首を傾げて目を潤ませるエリーナの演技力に負け、ナディヤは真っ赤な顔で口を開いた。

「だ、誰にも、言わないでくださいね。その、結ばれるとか、これっぽっちも思っていなくて。ただ、素敵だって思っていて」

「えぇ、誰にも言わないわ」

 恋バナにおける誰にも言わないは嘘であるが、エリーナは本音を笑みの下に隠す。これしきの演技、今までの悪役令嬢経験をもってすれば容易いものだ。
 プルプル震え、真っ赤っかになってナディヤはやっと想い人の名を口にした。

「あ、その……シ、シルヴィオ殿下です」

 知ってる。

 エリーナとリズは心の中でそう返した。だがこれを言えばナディヤが可哀想なので、二人は軽く目を合わせて頷き合うだけする。そしてエリーナは目を丸くして、驚いた。

「まぁ、そうなの? 素敵ね。二人とも絵が好きなんですもの。ぴったりだと思うわ」

「え、そ、そんな。シルヴィオ殿下にはもっとふさわしい人が」

「そんなことないわ」

 エリーナはシルヴィオの恋愛事情についてクリスから少し聞いていた。今まで恋人は数多くいたが、顔がよすぎることが原因で別れたことも。その点、顔より絵が好きなナディヤは条件的にいいし、シルヴィオも興味を持っているように思えた。
 エリーナはナディヤを逃がさないようその手を掴み、ぐっと引き寄せる。そして自信を目にみなぎらせ、言い放った。

「ナディヤ、告白するわよ!」

「無理です!」

 間髪入れずに返ってきた。完全に顔が引きつり、腰が引けている。手も震え始めた。

「こ、恋人になりたいとかじゃないんです! その絵を眺められるだけでいいんです。それだけで幸せなんです!」

 ナディヤは泣き出しそうな顔で言い募る。きっと恋人になる想像をすることさえ、恐れ多いと忌避していたのだろう。可哀想であるが、エリーナは引かない。

(ナディヤは気弱で泣き虫だけど、ヒロインよ。ヒロインは、絶対にあきらめたりしない!)

 何度も敗れてきたから分かる。ヒロインは自分の想いに気づけば伸びる。誰にも負けない輝きを放つのだ。

「自分をごまかすのはやめなさい!」

 ナディヤを掴む手に力が入る。伝われと、エリーナは思いの丈を込めて叫んだ。

「境遇が不憫だからって何!? お姉さんたちにひどいことをされているから何!? それにナディヤは負けるの? 勝てないと思っているの? 変えられるわよ。ナディヤが望んで、変わろうとするなら。貴女にできないことはないわ!」

 ナディヤはヒロインだ。どれほど恋心を募らせ、振り向いてもらおうと必死になっても報われない悪役令嬢とは違う。彼女は、望めば手に入る。エリーナだって、自分から動いたから変わったのだ。自分で選択をしたから、今に繋がったと信じている。
 ナディヤは目を見開き、その眦から涙が零れ落ちた。エリーナは言いたいことを言いきり、あとはナディヤ次第と信じて待つ。ナディヤはぐっと涙を袖口で拭いて、エリーナを見つめ返し、エリーナの手を握り返した。

「嫌です。負けたく、ありません。ずっと我慢してきました。私さえ我慢すれば、いいって思ってました。でも、私だって、幸せな未来を望みたいです。シ、シルヴィオ殿下の隣にいたいです!」

 抑圧され続けた想いが解き放たれると同時に、ナディヤはしゃくりを上げ始めた。ずっと言えずに無いものとして扱っていた恋心を口にした途端、今までの辛さが涙となって流れ出たのだ。ふとリズに視線を向ければもらい泣きをしていた。エリーナは手を伸ばしてナディヤの頭を撫で、ナディヤの気が済むまで待つ。

 そして涙が止まったのを見計らって、エリーナは慈愛に満ちた笑みを浮かべた。まるで、ナディヤを導く天使のような笑み。ナディヤはほぅっと惹かれ、見惚れていた。そしてエリーナはナディヤに告げる。

「悪役令嬢劇場を開くわよ」

「……へ?」

 理解の範疇を超えた言葉が飛び出し、ナディヤは疑問符を頭の上に浮かべ、リズはポカーンと大口を開けて額に手をやるのだった。
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