器用貧乏妃の後宮記~皇帝が行方不明になったので、身代わりを仕立て上げます~

幸路ことは

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15 後宮を案内します

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 後宮と一口に言っても、中は1つの町と言えるほど広く、生活するための全てが揃っている。区画は大きく六つに分かれ、それぞれ中心となる宮があり、上妃がその区画の象徴だ。鈴花は景雲宮を与えられており、そこに付随する棟や殿舎の長となる。

 六つの宮が全て埋まり、棟にも多くの妃嬪がつめていた先帝の時代は宮廷行事も多く、華やかだったと伝えられている。その裏で足の引っ張り合いや陰謀もあったらしいが、それはどの時代でも変わらない。

 区画は郭壁で囲まれ、東西南北に門がある。他の妃嬪はおいそれと他の区画には入らないのが、暗黙の了解だ。区画の外はいわゆる共有の場であり、趣のある園林ていえんや劇場もあった。

「広いなー。それに女ばっかり」

 南北を貫く大通りを歩きながら、宵は口笛を鳴らす。すれ違うのは下女たちで、荷物を持ったり洗濯物を持ったりと忙しなく動いている。妃嬪の数は少なくとも、料理、掃除、洗濯などの雑用から、給仕に身の回りの世話、連絡係と仕事は山ほどある。彼女たちは鈴花の装いから上妃だと分かるようで、立ち止まって礼をしては足早に去って行く。

「後宮の秩序を守るために巡回をしてるのだから、それっぽい顔をして」

 あっちの下女、こっちの宮女と宵は落ち着きなく首を回している。頬が緩んでいるのだが、元の顔がいいからか微笑に見えてしまう。視線に当てられた下女が顔を赤らめていた。

「わかってるって。ちゃんと後宮の位置どりは把握してる。真っ先に逃げられるようにな」

 小声であれぐらいの壁ならなんとかと呟く宵に、鈴花は呆れ顔で壁に視線をむける。後宮を取り囲む壁は背の高い宵三人分ぐらいの高さがある。

「登ってるあいだに見回りの宦官に見つかって殺されるわよ」

 後宮を護衛する武官は皆宦官だ。後宮を逃げ出そうとした者の処罰も請け負っている。

「まじかー」

 行けると思ったのになと本気か冗談かわからない声音で話す。今話している宵の声は、彼の地声より高く中性的にしている。宦官の宵と身代わりの宵が結びつかないように、声真似の特技を生かしたのだ。
 そして鈴花は殿舎を説明し、そこに住まう妃嬪についても教える。

「へー、商の黄家こうけに玉の翠家すいけから妃嬪が出てるのか、一目見たいな。お近づきになって、少しでもその利権にあやかりてぇ」

 建国から鳳蓮国を支える名家の五家は、頭にその家の代名詞を添えて呼ばれることが多い。黄家は商いに精通し、世界中から珍しい交易品を仕入れている。朝廷や後宮にも多くの調度品を献上していた。
 翠家は鉱山を多く持ち、玉の研磨、加工技術で群を抜いていた。鈴花が身につけている装飾品は多くが翠家の職人によって作られたものである。

「悪かったわね。器用貧乏の玄家で」

 なんだか当てつけられた気がして、鈴花はむっとする。それを見た宵は、あっと短く呻く。

「いや、そういう意味じゃねぇよ?  玄家には妓楼でも雇ってもらったし、感謝してるって」
「言葉遣い。本当に? あなたの言葉って薄っぺらいのよね」
「ひどくありません?」

 そうして後宮のことや他愛もないことを話しながら角を曲がると、前方から声が聞こえてきた。何やら穏やかではない雰囲気であり、金切り声が耳をつく。人が道を塞ぐようにたっていた。

「揉め事ですね」
「なんで早速問題が起こるのよ」

 たしかに最近妃嬪の衝突や、下女への八つ当たりなどが報告されていたが。
 鈴花は面倒だと思いつつ、宮女に囲まれている二人へと近づいていった。

「だから、あなたが道を開けなさいよ!」
「そ、それはできません。こちらにも、矜持がございます」

 威勢のいい甲高い声に、つっかえ怯みが見える震え声。
 正面の真ん中に立って睨みつけている女性が妃嬪だろう。胡国の血が入っているのか、赤髪で高髻こうけいに結い、ごてごてと金やべっ甲の簪に加え、白牡丹の花を挿していた。

 派手な真紅の襦に、唐紅の裙、帯は白地に金の刺繍と目に痛い。化粧も派手で、頬には臙脂《えんじ》が塗られている。付き従う宮女たちも目立つ装いで、手前で後ろ姿が見えている人たちとは対照的だ。

「あれは……中級妃の珀妃よね」

 その特徴的な容姿は有名で、珀家はここ数代で力をつけてきた家だった。特に今の右丞相である当主が故国で一山当てて財を成し、貴族のご令嬢を妻にして帰って来てからは飛ぶ鳥を落とす勢いで急成長している。
 その珀妃は鈴花に気づくと、眉根を上げて口をへの字に曲げた。それと同時に鈴花が二人の間に割って入る。

「何をなさっているの? 後宮とはいえ、こんな往来で見苦しいわ。陛下がいらっしゃらないからこそ、品格を保って過ごさないと」
「何よ。勝手に入って来て」

 赤髪の妃嬪は邪魔が入ったと苦々しい顔になり、

「……まぁいいわ。今日は引いておいてあげる。でも覚えておきなさい。皇帝陛下を見つけて、寵愛を受けるのはこの珀玉耀はくぎょくようよ!」

 そんな捨て台詞を吐いて、玉耀は宮女たちを従えて向かい合っていた妃嬪の脇を抜けて歩き去る。彼女は鈴花を一瞥すると、すれ違いざまに吐き捨てた。

「器用貧乏妃が」

 侮辱が耳に入った瞬間、鈴花は冷たい視線を送り、春明も瞳に敵意を込める。宵は一触即発の空気に、固唾を飲んで見守っていた。女同士の争いに男が割って入るとどうなるのかは、身に染みて知っている。

 鈴花は気にすることはないわと顔を前に向け、みちの真ん中に立ったままの妃嬪へと歩み寄る。宮女たちが心配そうに声をかけており、おそらく一方的に絡まれたのだろう。

「ねぇ、大丈夫……?」

 そう黒髪の妃嬪に声をかけた時、少女が崩れ落ちたのだった。
 
 
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