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29 勝負に出ます
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澄んだ鈴の音が空間に吸い込まれると、戸が開く重い音が続く。弾かれるように顔を上げた郭昭は、現れた人物の顔を見ると目を見開き、唇を震わせた。
「……陛下?」
その反応に、そんなに似ているのかと鈴花は顔を知らない皇帝の姿を思い描く。宵も驚いたのか、わずかに眉を上げていた。
「郭昭……」
声を作った宵がそう呼べば、郭昭は体を震わせて跪き臣下の礼を取った。鈴花はそれ以上宵が声を出さないよう目で制し、椅子から立ち上がって宵の側に寄り膝をつく。
「陛下は襲われた時に受けた心の傷から、記憶が曖昧になっていらっしゃいます。あまりご負担にならないよう……」
すぐに切り上げようと鈴花がそう言葉を差し入れた瞬間、郭昭はすっと顔を上げてまっすぐ宵を見つめた。それに対し宵は臆することなく見つめ返す。しばらく無言で見合っていた二人だが、郭昭はふっと表情を和らげると鈴花へと向き直った。
「玄妃様……彼は陛下ではございません」
静かに落とされた言葉に、鈴花は心臓が掴まれたような心地になるが、顔には出さずに涼やかに返す。
「そんなことはありませんわ。そう名乗られましたし、お声も同じ。知識や所作も陛下そのものでしたもの」
疑われた時の対処は何度も体に教え込んだので、すらすらと言葉を返すことができた。宵も動じる様子はなく、悲し気に眉根を寄せている。たいした演技力だ。
「……えぇ。恐ろしいほどに似ていらっしゃいます」
「当然よ、本物ですもの」
「いえ。面影もありますし、血の繋がりすら感じさせられますが……幼少の陛下にそばかすはございませんでした」
そう告げられて、二人は息を飲んだ。宵の鼻の頭の周りにはそばかすがある。顔を見合わせ、目だけで次の行動を相談する。
(そばかす……まさかそこで見破られるなんて)
化粧でもして隠すべきだったかと歯噛みする鈴花だが、おくびにも出さずに作戦を次へと移した。偽物とバレてもまだこちらには切り札がある。
鈴花は少し目を伏せ殊勝な顔を作ると、上目遣いで郭昭を見つめる。
「郭昭様、さすがでございます……確かにこの方は陛下ではございません」
そう改まった声で鈴花が認めると、郭昭は渋い顔になってもう一度宵を上から下まで見る。
「ならば、なぜ謀るような真似をなさるのですか」
「陛下をお守りするためです」
責める口調になった郭昭に対し、堂々と鈴花は言い切った。郭昭はどういうことだと怪訝そうな顔になる。
「このまま陛下が見つからなければ、次の皇帝を探すことになるでしょう。まして今陛下を名乗るものが複数現れ、偽物を暴く必要もあります……なので、最初は身代わりを立てるつもりでした」
鈴花は腹をくくり、自分の勘を信じて郭昭に事情を話していく。彼の瞳を見つめ、真摯に想いをぶつけた。口の中かがカラカラに乾き、心臓は耳元にあるかのようにうるさく高鳴っている。それでも、逃げだしたくなる自分を叱咤して、切り札を出した。
「ですが、幸か不幸か、私たちは先帝の血を引く者を見つけたのです」
「……まさか」
風の立つ勢いで郭昭の顔が宵に向けられた。その表情にはまだ疑いが残っているが、聞く耳は持ってくれている。
「はい、彼は名を宵といい、母の名は李星蘭です」
その名を告げた瞬間、郭昭は唇を震わせ、かすれた声をだした。眉根が下がり、今にも泣きそうな顔になっている。
「李妃様の……そんな。でも、先帝の寵愛が。まさか……」
「李妃様は身ごもっていることを知らずに後宮を出たそうです。それを裏付ける簪と文もありますので、必要であれば後程」
そう鈴花が証拠について触れれば、郭昭は首を横に振り目を瞑って考え込むそぶりを見せた。そしてゆっくり息を吐くと目を開く。
「いえ……十分でございます」
郭昭は袍の袖で目頭を拭い、もう一度宵に対して臣下の礼を取った。そして顔を伏せたまま言葉を続ける。
「宵様、まずは生きてここまでいらしてくれたことを感謝いたします。私は李妃が後宮にいらした時、ちょうど宦官になったころでございました。李妃様はこの景雲宮の房室に住まわれ、私はその棟の管理を任されていたのです」
上級妃である鈴花は宮がまるごと与えられているが、下級妃であれば棟の中の一室のみだ。他の妃嬪との距離も近く、窮屈だっただろう。さらに皇帝の寵愛を受ければ風当たりはさらに強くなる。下級妃であっても棟に格上げされることもあるが、李妃の場合はそうなる前に後宮を出ていた。
「ですから、李妃様が先帝の寵愛を受けた末に、人知れずここを後にされたのは胸が潰れる思いでした」
郭昭は情に厚く、感情が豊かな性格をしているようで、何度も声を震わしていた。それがまた鈴花には好印象を抱かせる。鈴花が宵に視線を向ければ、彼は困ったように口を引き結んでいた。
「あー、郭昭? そこまで畏まれるとむずがゆいっていうか、俺は市井の育ちだからさ」
「ちょっと、もう少し取り繕いなさいよ」
地声に戻し、口調も砕けたものにして宵は郭昭へ近づいていく。そして彼の前にしゃがみ込み、視線を合わせた。
「顔を上げろよ。母親のことを気にかけてくれてたんだな。礼を言う……。俺は母が好きだった、そして父帝が導いたこの国を守りてぇ。だから、俺は皇帝の身代わりになって、偽物を暴くために来たんだ。それで、全員が偽物だった時は俺が皇帝になる」
恐る恐る顔を上げた郭昭に対し、宵は全てを包み込むような優しい笑みを浮かべる。それでいて自信を覗かせる強い笑みだ。そして郭昭の肩に手を置くと、皇帝よりも少し低い、だが楽器のような心地よい声で囁く。
「だから、俺達に協力してくれ」
郭昭は一瞬固まり、ついで深く頭を下げた。
「こ、この郭昭。宵様のため、ひいては陛下のために身を粉にして働きます!」
「あぁ、頼りにしてる」
宵は人を惹きつける魅力を持っており、言葉巧みに郭昭の心を掴んだ。
(こうやって、女たらしになったのね……そりゃ女の子も落ちるわ)
顔も良く、相手が望む言葉をすんなりと口にできる。鈴花は少しげんなりとし、咳払いをした。なにやら感動の場面となっているが、話を先に進めたい。
「では、郭昭様。協力していただけるようなので、今後の話をしてもよろしいでしょうか」
「えぇ、お願いします」
そして三人は方卓を囲んで座り、宮女を呼んで温かなお茶を淹れなおしてもらった。二人のお茶は全く減っておらず、それだけ余裕がなかったことがうかがえた。お茶を飲みながら一通りの計画を聞いた郭昭は、顎に手をやって低く唸る。
「なるほど、理解しました……それなら理にかなってますし、私にも協力できることがありそうです。……ですが、身代わりですか」
何やら影を帯びた最後の言葉に、鈴花と宵の言葉が重なる。
「どうしました?」
「なんだ?」
郭昭は二人の顔を交互に見て一呼吸つくと、覚悟を決めたのか表情を引き締めた。
「お二人には知っていてもらってもいいかもしれませんね……陛下の、忘れられた公子と呼ばれた幼少期からのことを」
二人は顔を見合わせ、不思議そうな顔を郭昭に向けた。皇帝の幼少期からなら、わかる範囲で調べ上げ頭に叩き込んだ。いまさら知ることなどないはずなのだが。そんな二人の気持ちを読み取ったのか、郭昭は静かに横に首を振ると声を落として話し始める。
「今陛下の幼少期について残っている記録、または伝聞は全て偽りです」
「え?」
「陛下は第五公子で母君の身分も低かったため、次期皇帝の身代わりになれるよう訓練されたのです」
「……陛下?」
その反応に、そんなに似ているのかと鈴花は顔を知らない皇帝の姿を思い描く。宵も驚いたのか、わずかに眉を上げていた。
「郭昭……」
声を作った宵がそう呼べば、郭昭は体を震わせて跪き臣下の礼を取った。鈴花はそれ以上宵が声を出さないよう目で制し、椅子から立ち上がって宵の側に寄り膝をつく。
「陛下は襲われた時に受けた心の傷から、記憶が曖昧になっていらっしゃいます。あまりご負担にならないよう……」
すぐに切り上げようと鈴花がそう言葉を差し入れた瞬間、郭昭はすっと顔を上げてまっすぐ宵を見つめた。それに対し宵は臆することなく見つめ返す。しばらく無言で見合っていた二人だが、郭昭はふっと表情を和らげると鈴花へと向き直った。
「玄妃様……彼は陛下ではございません」
静かに落とされた言葉に、鈴花は心臓が掴まれたような心地になるが、顔には出さずに涼やかに返す。
「そんなことはありませんわ。そう名乗られましたし、お声も同じ。知識や所作も陛下そのものでしたもの」
疑われた時の対処は何度も体に教え込んだので、すらすらと言葉を返すことができた。宵も動じる様子はなく、悲し気に眉根を寄せている。たいした演技力だ。
「……えぇ。恐ろしいほどに似ていらっしゃいます」
「当然よ、本物ですもの」
「いえ。面影もありますし、血の繋がりすら感じさせられますが……幼少の陛下にそばかすはございませんでした」
そう告げられて、二人は息を飲んだ。宵の鼻の頭の周りにはそばかすがある。顔を見合わせ、目だけで次の行動を相談する。
(そばかす……まさかそこで見破られるなんて)
化粧でもして隠すべきだったかと歯噛みする鈴花だが、おくびにも出さずに作戦を次へと移した。偽物とバレてもまだこちらには切り札がある。
鈴花は少し目を伏せ殊勝な顔を作ると、上目遣いで郭昭を見つめる。
「郭昭様、さすがでございます……確かにこの方は陛下ではございません」
そう改まった声で鈴花が認めると、郭昭は渋い顔になってもう一度宵を上から下まで見る。
「ならば、なぜ謀るような真似をなさるのですか」
「陛下をお守りするためです」
責める口調になった郭昭に対し、堂々と鈴花は言い切った。郭昭はどういうことだと怪訝そうな顔になる。
「このまま陛下が見つからなければ、次の皇帝を探すことになるでしょう。まして今陛下を名乗るものが複数現れ、偽物を暴く必要もあります……なので、最初は身代わりを立てるつもりでした」
鈴花は腹をくくり、自分の勘を信じて郭昭に事情を話していく。彼の瞳を見つめ、真摯に想いをぶつけた。口の中かがカラカラに乾き、心臓は耳元にあるかのようにうるさく高鳴っている。それでも、逃げだしたくなる自分を叱咤して、切り札を出した。
「ですが、幸か不幸か、私たちは先帝の血を引く者を見つけたのです」
「……まさか」
風の立つ勢いで郭昭の顔が宵に向けられた。その表情にはまだ疑いが残っているが、聞く耳は持ってくれている。
「はい、彼は名を宵といい、母の名は李星蘭です」
その名を告げた瞬間、郭昭は唇を震わせ、かすれた声をだした。眉根が下がり、今にも泣きそうな顔になっている。
「李妃様の……そんな。でも、先帝の寵愛が。まさか……」
「李妃様は身ごもっていることを知らずに後宮を出たそうです。それを裏付ける簪と文もありますので、必要であれば後程」
そう鈴花が証拠について触れれば、郭昭は首を横に振り目を瞑って考え込むそぶりを見せた。そしてゆっくり息を吐くと目を開く。
「いえ……十分でございます」
郭昭は袍の袖で目頭を拭い、もう一度宵に対して臣下の礼を取った。そして顔を伏せたまま言葉を続ける。
「宵様、まずは生きてここまでいらしてくれたことを感謝いたします。私は李妃が後宮にいらした時、ちょうど宦官になったころでございました。李妃様はこの景雲宮の房室に住まわれ、私はその棟の管理を任されていたのです」
上級妃である鈴花は宮がまるごと与えられているが、下級妃であれば棟の中の一室のみだ。他の妃嬪との距離も近く、窮屈だっただろう。さらに皇帝の寵愛を受ければ風当たりはさらに強くなる。下級妃であっても棟に格上げされることもあるが、李妃の場合はそうなる前に後宮を出ていた。
「ですから、李妃様が先帝の寵愛を受けた末に、人知れずここを後にされたのは胸が潰れる思いでした」
郭昭は情に厚く、感情が豊かな性格をしているようで、何度も声を震わしていた。それがまた鈴花には好印象を抱かせる。鈴花が宵に視線を向ければ、彼は困ったように口を引き結んでいた。
「あー、郭昭? そこまで畏まれるとむずがゆいっていうか、俺は市井の育ちだからさ」
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「顔を上げろよ。母親のことを気にかけてくれてたんだな。礼を言う……。俺は母が好きだった、そして父帝が導いたこの国を守りてぇ。だから、俺は皇帝の身代わりになって、偽物を暴くために来たんだ。それで、全員が偽物だった時は俺が皇帝になる」
恐る恐る顔を上げた郭昭に対し、宵は全てを包み込むような優しい笑みを浮かべる。それでいて自信を覗かせる強い笑みだ。そして郭昭の肩に手を置くと、皇帝よりも少し低い、だが楽器のような心地よい声で囁く。
「だから、俺達に協力してくれ」
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「えぇ、お願いします」
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「どうしました?」
「なんだ?」
郭昭は二人の顔を交互に見て一呼吸つくと、覚悟を決めたのか表情を引き締めた。
「お二人には知っていてもらってもいいかもしれませんね……陛下の、忘れられた公子と呼ばれた幼少期からのことを」
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