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第一部:沈殿する光
第1章:レンズ越しのあどけなさ
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「僕はただ、君に生きてて欲しくて、君が生きる世界を僕は生きたかった」
後になって振り返れば、あの瞬間にすべては決まっていたのかもしれない。
始まりは、ありふれた偶然だった。
当時、ようやく「ユーチューバー」という言葉が世間に浸透し始めた頃。
小さな会社の次期後継者という、レールの上を走るだけの僕の日常に、彼女は唐突に現れた。
知り合いの紹介で会った、声優志望の専門学校生。
「動画を撮ってみたいんです」 そう言ってはにかんだ彼女は、僕より十二歳も若かった。
僕は撮影と編集を引き受けた。
ファインダー越しに世界を切り取る作業は、退屈な経営業務よりもずっと刺激的だった。
撮影現場には、もう一人、勝ち気な女の子がいた。
彼女はプロ意識が高く、僕の不慣れな機材操作や企画の甘さに、いつも厳しい言葉を突きつけた。
正論は、時に心を削る。
ギスギスした空気の中、僕が逃げ場を求めてレンズを向けたのは、いつも隣で柔らかく笑っている彼女の方だった。
彼女は、ただそこにいるだけで周囲の空気を凪(なぎ)に変えた。
あどけない仕草、物腰の柔らかさ。
編集作業中、イヤホンを耳の奥まで押し込むと、彼女の声がダイレクトに脳を揺さぶる。
「……あ、今の、噛んじゃいましたね」 クスクスと笑うその声が、静まり返った深夜の書斎に溶けていく。
いつしか、動画の主役は彼女一人になっていた。
厳しい言葉を投げ続けるもう一人の女の子とは、自然と距離が空いていった。
僕はただ、レンズの向こう側で無防備に笑う、彼女という光だけを追いかけるようになっていた。
僕には、愛する妻がいた。 家に帰れば温かい食事があり、穏やかな愛があった。
だから、これはただの趣味だ。若い才能を応援しているだけだ。
そう自分に言い聞かせ、安全圏から彼女を眺めていた。
けれど、あの日。
撮影が終わった後の、ふとした沈黙の中で。
「……ねえ、あのゲーム、私も興味あるんです」 彼女がそう呟いた時。
僕と彼女の境界線は、音もなく崩れ始めた。
後になって振り返れば、あの瞬間にすべては決まっていたのかもしれない。
始まりは、ありふれた偶然だった。
当時、ようやく「ユーチューバー」という言葉が世間に浸透し始めた頃。
小さな会社の次期後継者という、レールの上を走るだけの僕の日常に、彼女は唐突に現れた。
知り合いの紹介で会った、声優志望の専門学校生。
「動画を撮ってみたいんです」 そう言ってはにかんだ彼女は、僕より十二歳も若かった。
僕は撮影と編集を引き受けた。
ファインダー越しに世界を切り取る作業は、退屈な経営業務よりもずっと刺激的だった。
撮影現場には、もう一人、勝ち気な女の子がいた。
彼女はプロ意識が高く、僕の不慣れな機材操作や企画の甘さに、いつも厳しい言葉を突きつけた。
正論は、時に心を削る。
ギスギスした空気の中、僕が逃げ場を求めてレンズを向けたのは、いつも隣で柔らかく笑っている彼女の方だった。
彼女は、ただそこにいるだけで周囲の空気を凪(なぎ)に変えた。
あどけない仕草、物腰の柔らかさ。
編集作業中、イヤホンを耳の奥まで押し込むと、彼女の声がダイレクトに脳を揺さぶる。
「……あ、今の、噛んじゃいましたね」 クスクスと笑うその声が、静まり返った深夜の書斎に溶けていく。
いつしか、動画の主役は彼女一人になっていた。
厳しい言葉を投げ続けるもう一人の女の子とは、自然と距離が空いていった。
僕はただ、レンズの向こう側で無防備に笑う、彼女という光だけを追いかけるようになっていた。
僕には、愛する妻がいた。 家に帰れば温かい食事があり、穏やかな愛があった。
だから、これはただの趣味だ。若い才能を応援しているだけだ。
そう自分に言い聞かせ、安全圏から彼女を眺めていた。
けれど、あの日。
撮影が終わった後の、ふとした沈黙の中で。
「……ねえ、あのゲーム、私も興味あるんです」 彼女がそう呟いた時。
僕と彼女の境界線は、音もなく崩れ始めた。
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