境界線の独白

海藻ゼリー

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第一部:沈殿する光

第3章:錦糸町への片道切符

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身体を重ねる回数が増えるにつれ、僕たちの関係からは「事務的な共犯」という言い訳が剥がれ落ちていった。

彼女は、驚くほど僕の時間を侵食し始めた。 「24時過ぎたけど、ドン・キホーテに行きたい」 「江の島の夜の海が見たい」 深夜、あるいは朝方。彼女からの突拍子もない誘いに、僕は抗うことができなかった。 既婚者であり、次期後継者として責任ある立場にいるはずの僕が、二十歳そこそこの彼女のわがまま一つで、深夜の国道へ車を走らせる。

「メンヘラ」という言葉で片付けるには、彼女の抱える孤独はあまりに深かった。 自傷するように夜を歩く彼女を、僕はただ、広い背中で受け止めているつもりだった。 けれど、現実は残酷だ。 散々夜の街を連れ回し、ホテルで愛し合った後、彼女が向かう先は僕の隣ではなかった。

「彼が待ってるから、送って」

目的地は、錦糸町。 そこには、彼女が「相当好きで、支配されている」という、同年代の彼氏が住んでいた。 助手席に彼女を乗せ、夜明け前の首都高速を走る。 バックミラーに映る自分の顔は、寝不足でひどく疲れ果てていた。 自分の手で、愛しているはずの女を、別の男の部屋へ送り届ける。 この滑稽で、歪な儀式を繰り返すうちに、僕のプライドは砂のように崩れていった。

「大丈夫なのか? 二人で会って」 僕の問いに、彼女は「あまりよくない」と短く答える。 そのくせ、ホテルの中にいる時ですら、彼からの着信があれば彼女は弾かれたように僕から離れ、気配を殺して受話器を耳に当てるのだ。 全裸でシーツを纏い、彼女が「女」から「彼の所有物」に戻る瞬間を、僕はただ、壁の染みを眺めながら待っていた。

会社へ行けば、会合があると言い訳をしてデスクで泥のように眠った。 大好きだった妻との会話も、どこか上の空になっていく。 彼女の影響で患った性病という名の刻印が、僕に「もうあちら側の清潔な世界には戻れない」と囁いていた。

僕はただ、彼女に生きていてほしかった。 たとえ、彼女を送り届ける先が僕の家ではなく、別の男の腕の中であったとしても。
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