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第1章:前世の記憶の入口~西の砦の攻防とサファイアの剣の継承~
第10話:エピローグ(きづあとの浄化)
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セルジオ騎士団城塞、西の屋敷に戻ったエリオスはセルジオの居室に入る。
セルジオ付女官長のメアリは西の屋敷に戻った後、動揺がおさまらないアンとキャロルを介抱しおり不在だった。
『・・・・メアリには後ほど、伝えるとするか・・・・
責任を感じなければよいが・・・・』
セルジオの姿を最後に目にし、しかも自らを逃れさせるためにセルジオが身を挺したと思っているであろうメアリがセルジオの死を知れば責任を感じないはずがない。
エリオスはそのことが気がかりだった。
エリオスはセルジオの剣を持ち帰ったミハエルと剣を見つけたシュバイルとサントをセルジオの居室へ呼んだ。
エステール伯爵家当主フリードリヒと決定した今後のセルジオ騎士団のあり方を説明する。
セルジオの影武者としてエリオスがセルジオになり替わること、フリードリヒの第二子が騎士団へ入団し騎士叙任式を迎えるまで続けること、そして、エリオスはセルジオへ傷を負わせた罪でエステール伯爵家居城西塔へ生涯幽閉することがエリオスの口から語られた。
ミハエルは首に下がる月の雫の首飾りに左手をあてると静かに呼応した。
「エリオス様・・・・失礼。セルジオ様、委細、承知致しました。
我らにできますことはございますれば何なりとお申し付け下さい。
一つ確認したいことがございます」
「ミハエル殿、何なりと申して下さい。
今この時を境に私はエリオスと決別いたしますれば、
今、この時のみエリオスとしてお話しを伺います」
ミハエルはエリオスの言葉に哀し気な目を向けた。
「はっ!エリオス様の第一隊はどなたが引き継がれますか?
ローライド准男爵家の第二子もまだ訓練施設においででしょう」
ミハエルの問いにエリオスがシュバイルの顔を見る。
「その事なれば、我が第一隊はここにいるシュバイルが引き継ぎます」
シュバイルがきょとんとした顔を向ける。
ミハエルはシュバイルの顔を見る。
「・・・・シュバイルは確かにエリオス様の腹心ですが・・・・
爵位がございません。騎馬の隊長は准男爵家が担う事となっていますが・・・・」
エリオスはシュバイルへ微笑みを向ける。
「そのことなればフリードリヒ様より申し付かっております。
シュバイルへ『ド』の称号を授けて下さるとのこと。
セルスタイト家にシュバイルの一代限りですが
准男爵の称号をお授け下さいます。
これで、シュバイルは第一隊長としての任に就くことができます」
シュバイルは何を言われているのかしばらく理解できずにいた。
一代限りとはいえ、准男爵の爵位を与えてまでシュバイルを騎馬の隊長へ格上げすることなど異例中の異例だったからだ。
シュバイルは呆然とエリオスの微笑む顔を眺める。
「・・・・」
サントがシュバイルへ返答をするよう肩をゆすった。
「シュバイルっ!エリオス様から・・・・
いえ、セルジオ様からのっ!
エステール伯爵家からの直々のお計らいぞっ!返答をいたせっ!」
シュバイルはぎこちなくサントの顔を見る。
どうしてよいか解らない表情だった。
サントはぷっと吹き出す。
「シュバイル、何だその顔はっ!
エリオス様とミハイル様の御前ぞ!」
サントの言葉にやっと我に返ったシュバイルは慌ててかしづく。
「はっ!エリ・・・・セルジオ様っ!
いえ、セルジオ騎士団団長っ!
我が身命を賭してセルジオ騎士団第一隊長の任、あり難くお受け致しますっ!」
エリオスはシュバイルのその姿にミハエルと顔を合わせて微笑んだ。
「セルジオ騎士団第一隊長、シュバイル・ド・セルスタイト。
これよりエリオスの代わりとなるよう仕えよっ!」
かしづくシュバイルの右肩にエリオスはそっと右手を置いた。
「シュバイル、今日より我が居室にて共に過ごせ。
我が守護の騎士として、よろしく頼む」
セルジオの死を受け入れられないシュバイルは肩を震わせていた。
「はっ!!!」
セルジオ騎士団の新たな編成はセルジオの死を知る4人の騎士によって滞りなく組み直されたのだった。
二日後、エリオスはセルジオ付女官長メアリへも事の次第を話した。
メアリは呆然としたまま言葉がでなかった。
声も出ずに涙だけがポロポロとこぼれ落ちていた。
アンとキャロルへはセルジオの死は隠された。
それでなくてもアンはクルミを拾いに行きたいとセルジオにねだったことを悔いていたからだ。
エリオスはメアリが気落ちをしない様にと今までと変わらず女官長の役目を果たさせた。
「メアリ、そなたが責任を感じることはないっ!
そなたらが西の森にいなくともセルジオ様はお独りで西の森に向かわれたはずだ。
奇襲を止めるにはああするより他に道はなかった。
まして、もしあの時にメアリとアン様、キャロル様が
命を落としていたらセルジオ様はそれこそ悔恨を
残されていただろう・・・・初代様と同じ様にな。
されば命があったことを誇れ。
無事に逃げおおせたことを天におわすセルジオ様へお伝えしろ。
それがそなたの役目だ」
エリオスは朝晩必ずセルジオを共に食したバラのお茶と焼き菓子を用意するメアリに諭す。
ポットを持つメアリはうつむき、小さく頷いた。
「はい・・・・エリ・・・・
セルジオ様、ありがとう存じます」
メアリはポットが乗るワゴンの取っ手に手を置き、しゃがむと額をつけて泣いていた。
次の日、セルジオの居室から仮面をつけ外へ出たエリオスはセルジオとして初めてセルジオ騎士団城塞、西の屋敷に住まう騎士と従士、使用人120名を西の屋敷訓練場に集めた。セルジオ騎士団再編成にあたっての訓示を伝える。
皆、セルジオが生還したことに歓喜の声を上げていた。
『これで・・・・よかったのですね。セルジオ様・・・・』
エリオスは訓練場を囲む回廊の最上階にセルジオが重装備の鎧に金糸で縁取られたセルジオ騎士団の蒼いマントを纏い、微笑み見下している様に感じていた。
訓示を済ませるとエリオスはセルジオの居室へ戻った。
3部屋繋がった真ん中のセルジオの部屋に入る。
『エリオス、私の前では楽にしろ』
セルジオの声が聞えた気がして長椅子へ目をやり、咄嗟に声を掛けた。
「セルジオ様っ!お戻りでしたかっ!・・・・」
長椅子にセルジオはいない。
「・・・・」
バルコニーから風が入る。見るとそこにはオーロラの姿があった。
満ちた月の明かりに照らされた銀色の長い髪は光り輝き、風に流れる白の衣服をまとったその姿はまるで女神の様であった。
「お帰りなさい、エリオス」
オーロラがエリオスを見る。オーロラの姿に見惚れ、暫く声が出なかった。
「オーロラ様、北戦域より戻られましたか。
ご無事で何よりです。アン様、キャロル様にはお会いになりましたか?」
エリオスがアンとキャロルを気付かった。
「ええ、アンとキャロルには会ったわ。
エリオス、二人の世話をかけました。
メアリにも御礼を言っておきました」
エリオスはギクリとした。オーロラはセルジオに扮したエリオスをエリオスとハッキリ呼んだからだ。
『オーロラ様へお伝えせねばならぬ・・・・』
セルジオの死、自分がセルジオになることを話すきっかけを探した。
「オーロラ様・・・・セルジオ様は・・・・」
エリオスが事の次第を話そうとするとオーロラは哀し気な目を向けた。
「知っています・・・・私が・・・・
セルジオの最後は・・・・セルジオの最後は私がみとりました」
オーロラの言葉にエリオスは驚く。
『みとったと?セルジオ様の最後を?』
不思議な事ではなかった。オーロラは光と炎を自在に操る魔導士である。自身の魂を北から西へ飛ばす事などいとも簡単な事だったのであろう。
唖然とするエリオスにオーロラは静かに話しだした。
「セルジオは1人でおよそ15の騎士の首を落としました。
山小屋の周りは弓隊に囲まれ、右肩を矢で射られ、
右腕を切り落とされました。
私が加勢できたのはそこから・・・・
止血と火種を渡せただけ・・・・」
オーロラが月を見上げる。深い緑の瞳に涙が溜まっているのが見えた。
「それから・・・・
地鳴りの音が聞こえたのを合図に火種を床に放ちました。
山小屋の屋根を吹き飛ばし、炎はあっと言う間に広がったわ。
サファイヤの剣を窓から投げて・・・・
最後の別れと再会の約束をしたの。
私が炎でセルジオの身体を包んで全て消し去りました。
躯を残す訳にはいきませんから・・・・」
『なっなんとっ!全てをご覧になっておられたのかっ!』
エリオスはセルジオがオーロラをこよなく愛し、大切に想っていた訳が分かった気がした。
そこまで話し終えるとオーロラは立ち尽くすエリオスをバルコニーへ誘う。
「セルジオの躯は全て私の炎で燃やしたから」
エリオスの顔を見上げる。深い緑色の瞳から涙がこぼれ落ちた。エリオスは胸が締め付けられる思いで聞いていた。
「魂をね・・・・光で包んでここに・・・・」
オーロラの掌の中に金色に輝く丸い光が呼吸をしている様にふわりと浮かんでいる。
「セルジオの魂よ。エリオス。
セルジオと約束をしたの。
独りで天に召されることはさせないわと。
エリオスと共に・・・・
私とエリオスとでセルジオの魂を見送ると約束をしたの」
オーロラはエリオスの両掌にその光の珠を乗せた。
エリオスはセルジオと最後に言葉を交わした時を思い返すとこらえ切れず涙を流した。
「・・・・あっ・・・・あっ・・・・
セっ・・セ・・ルジオ様・・・・」
光の珠を見つめ声を掛けるが何も話しはしない。けれど光が瞬いているのが解る。
「エリオス、セルジオを愛していたのでしょう?」
オーロラの言葉にエリオスは顔を上げた。
「私を見るセルジオと同じ眼でエリオスはセルジオを見ていたわ」
オーロラの頬を涙が伝う。エリオスはその場に崩れ落ちそうになる自身を制した。
「エリオス、セルジオの代わりはいないわ。
エリオスはエリオスとしてセルジオの役目を引き継げばよいのよ。
サファイヤの剣の継承はエリオスに任せたい。セルジオはそれを望んでいたわ」
オーロラは心の話をしていた。表向きはセルジオになり替わろうとも心はエリオスのままよいと。
「オーロラ様・・・・」
エリオスは両掌の中にある光の珠を堪え切らずにオーロラへ返す。止まらない涙がバルコニーを満たしていった。
「さぁ、セルジオの魂を月へ放ちましょう」
オーロラは両掌を月へかざした。光の珠は青白い光を放つ月に吸い込まれるように昇っていった。
すぅと意識が戻る。
『あれっ?何をしていたのだったか・・・・』
一瞬自分がどこにいるか記憶を辿っていると耳元で声が聞えた。
「もう少しで昇がられます」
彼女の声だった。
気付くと涙で顔がぐちゃぐちゃになっていた。慌てて顔を拭う。
「大丈夫。泣きたいだけ泣いて上げて下さい。
きっと泣く事すら許されない方だったから。代わりに泣いてあげて」
右腕を切り落とされた騎士セルジオは私であった。
「ちなみに魔導士のオーロラは私です」
『・・・・・だから、最初に会った時にあの胸の高鳴りか』
納得しているとまるで心が読める様に電話越しに彼女は言う。
「あっ、その納得は前世の浄化をする時にとても大切な事なの。
納得できないと感情も浄化できないから」
全てお見通しの様だ。
気付くと吐き気をもよおす程の激痛が走っていた右肩から右腕の痛みは治まっていた。
「完全にではないけれど痛みが随分楽になりました!」
驚きを隠せない上ずった声で私は告げる。
「そう、よかったわ!浄化できましたね。
何せ右腕をバッサリ切り落とされていますから
暫くは痛みが残ると思うけれど治まらない様ならまた連絡を下さい」
彼女は電話の向こうで微笑む様に言った。
電話越しにふと温かさを感じる。
「・・・・今まで、
今世でも前世と同じ様に『心を凍らせて』きましたね。
心が揺れる事は『悪』であって『邪念』だと。
心が動くと判断を誤ると・・・・
1ミリも心が動かない様に凍らせて、
強い心を持つために全てが修行で、
『何も感じない様に無であり続ける』為に・・・・
苦しかったですね!今世はその思いを溶かしていく事が課題かもしれませんね」
彼女の言葉と共にユリの花の香りがした様に感じた。抑えつけてきたものが溢れだす感覚を覚える。必死に電話の向こうにいる彼女に悟られない様に呼吸を整えた。
「ありがとうございます。また、状況報告します」
一言告げ、電話を切る。
ぼんやりと天井を見上げる。まだ夢うつつの中にいるような感覚とセルジオの最後の言葉が胸を去来する。横になりながら涙が溢れ止まらない。
『私はオーロラの笑顔が愛おしかった。
時が許すならずっと見ていたかった。
ただそれだけでいい。多くの者を手にかけた私が願うただ一つのことだった』
「繰り返すのかもしれない。確かに私も泣く事すらできなかった・・」
自身の過去を振り返る。
暫くセルジオの言葉を思い返しながら彼女の事を考えていた。
「そして・・・・今も同じなのかもしれない・・・・」
独り言ちする。
今の私も彼女の笑顔をずっと見ていたいと思うのだから。
セルジオ付女官長のメアリは西の屋敷に戻った後、動揺がおさまらないアンとキャロルを介抱しおり不在だった。
『・・・・メアリには後ほど、伝えるとするか・・・・
責任を感じなければよいが・・・・』
セルジオの姿を最後に目にし、しかも自らを逃れさせるためにセルジオが身を挺したと思っているであろうメアリがセルジオの死を知れば責任を感じないはずがない。
エリオスはそのことが気がかりだった。
エリオスはセルジオの剣を持ち帰ったミハエルと剣を見つけたシュバイルとサントをセルジオの居室へ呼んだ。
エステール伯爵家当主フリードリヒと決定した今後のセルジオ騎士団のあり方を説明する。
セルジオの影武者としてエリオスがセルジオになり替わること、フリードリヒの第二子が騎士団へ入団し騎士叙任式を迎えるまで続けること、そして、エリオスはセルジオへ傷を負わせた罪でエステール伯爵家居城西塔へ生涯幽閉することがエリオスの口から語られた。
ミハエルは首に下がる月の雫の首飾りに左手をあてると静かに呼応した。
「エリオス様・・・・失礼。セルジオ様、委細、承知致しました。
我らにできますことはございますれば何なりとお申し付け下さい。
一つ確認したいことがございます」
「ミハエル殿、何なりと申して下さい。
今この時を境に私はエリオスと決別いたしますれば、
今、この時のみエリオスとしてお話しを伺います」
ミハエルはエリオスの言葉に哀し気な目を向けた。
「はっ!エリオス様の第一隊はどなたが引き継がれますか?
ローライド准男爵家の第二子もまだ訓練施設においででしょう」
ミハエルの問いにエリオスがシュバイルの顔を見る。
「その事なれば、我が第一隊はここにいるシュバイルが引き継ぎます」
シュバイルがきょとんとした顔を向ける。
ミハエルはシュバイルの顔を見る。
「・・・・シュバイルは確かにエリオス様の腹心ですが・・・・
爵位がございません。騎馬の隊長は准男爵家が担う事となっていますが・・・・」
エリオスはシュバイルへ微笑みを向ける。
「そのことなればフリードリヒ様より申し付かっております。
シュバイルへ『ド』の称号を授けて下さるとのこと。
セルスタイト家にシュバイルの一代限りですが
准男爵の称号をお授け下さいます。
これで、シュバイルは第一隊長としての任に就くことができます」
シュバイルは何を言われているのかしばらく理解できずにいた。
一代限りとはいえ、准男爵の爵位を与えてまでシュバイルを騎馬の隊長へ格上げすることなど異例中の異例だったからだ。
シュバイルは呆然とエリオスの微笑む顔を眺める。
「・・・・」
サントがシュバイルへ返答をするよう肩をゆすった。
「シュバイルっ!エリオス様から・・・・
いえ、セルジオ様からのっ!
エステール伯爵家からの直々のお計らいぞっ!返答をいたせっ!」
シュバイルはぎこちなくサントの顔を見る。
どうしてよいか解らない表情だった。
サントはぷっと吹き出す。
「シュバイル、何だその顔はっ!
エリオス様とミハイル様の御前ぞ!」
サントの言葉にやっと我に返ったシュバイルは慌ててかしづく。
「はっ!エリ・・・・セルジオ様っ!
いえ、セルジオ騎士団団長っ!
我が身命を賭してセルジオ騎士団第一隊長の任、あり難くお受け致しますっ!」
エリオスはシュバイルのその姿にミハエルと顔を合わせて微笑んだ。
「セルジオ騎士団第一隊長、シュバイル・ド・セルスタイト。
これよりエリオスの代わりとなるよう仕えよっ!」
かしづくシュバイルの右肩にエリオスはそっと右手を置いた。
「シュバイル、今日より我が居室にて共に過ごせ。
我が守護の騎士として、よろしく頼む」
セルジオの死を受け入れられないシュバイルは肩を震わせていた。
「はっ!!!」
セルジオ騎士団の新たな編成はセルジオの死を知る4人の騎士によって滞りなく組み直されたのだった。
二日後、エリオスはセルジオ付女官長メアリへも事の次第を話した。
メアリは呆然としたまま言葉がでなかった。
声も出ずに涙だけがポロポロとこぼれ落ちていた。
アンとキャロルへはセルジオの死は隠された。
それでなくてもアンはクルミを拾いに行きたいとセルジオにねだったことを悔いていたからだ。
エリオスはメアリが気落ちをしない様にと今までと変わらず女官長の役目を果たさせた。
「メアリ、そなたが責任を感じることはないっ!
そなたらが西の森にいなくともセルジオ様はお独りで西の森に向かわれたはずだ。
奇襲を止めるにはああするより他に道はなかった。
まして、もしあの時にメアリとアン様、キャロル様が
命を落としていたらセルジオ様はそれこそ悔恨を
残されていただろう・・・・初代様と同じ様にな。
されば命があったことを誇れ。
無事に逃げおおせたことを天におわすセルジオ様へお伝えしろ。
それがそなたの役目だ」
エリオスは朝晩必ずセルジオを共に食したバラのお茶と焼き菓子を用意するメアリに諭す。
ポットを持つメアリはうつむき、小さく頷いた。
「はい・・・・エリ・・・・
セルジオ様、ありがとう存じます」
メアリはポットが乗るワゴンの取っ手に手を置き、しゃがむと額をつけて泣いていた。
次の日、セルジオの居室から仮面をつけ外へ出たエリオスはセルジオとして初めてセルジオ騎士団城塞、西の屋敷に住まう騎士と従士、使用人120名を西の屋敷訓練場に集めた。セルジオ騎士団再編成にあたっての訓示を伝える。
皆、セルジオが生還したことに歓喜の声を上げていた。
『これで・・・・よかったのですね。セルジオ様・・・・』
エリオスは訓練場を囲む回廊の最上階にセルジオが重装備の鎧に金糸で縁取られたセルジオ騎士団の蒼いマントを纏い、微笑み見下している様に感じていた。
訓示を済ませるとエリオスはセルジオの居室へ戻った。
3部屋繋がった真ん中のセルジオの部屋に入る。
『エリオス、私の前では楽にしろ』
セルジオの声が聞えた気がして長椅子へ目をやり、咄嗟に声を掛けた。
「セルジオ様っ!お戻りでしたかっ!・・・・」
長椅子にセルジオはいない。
「・・・・」
バルコニーから風が入る。見るとそこにはオーロラの姿があった。
満ちた月の明かりに照らされた銀色の長い髪は光り輝き、風に流れる白の衣服をまとったその姿はまるで女神の様であった。
「お帰りなさい、エリオス」
オーロラがエリオスを見る。オーロラの姿に見惚れ、暫く声が出なかった。
「オーロラ様、北戦域より戻られましたか。
ご無事で何よりです。アン様、キャロル様にはお会いになりましたか?」
エリオスがアンとキャロルを気付かった。
「ええ、アンとキャロルには会ったわ。
エリオス、二人の世話をかけました。
メアリにも御礼を言っておきました」
エリオスはギクリとした。オーロラはセルジオに扮したエリオスをエリオスとハッキリ呼んだからだ。
『オーロラ様へお伝えせねばならぬ・・・・』
セルジオの死、自分がセルジオになることを話すきっかけを探した。
「オーロラ様・・・・セルジオ様は・・・・」
エリオスが事の次第を話そうとするとオーロラは哀し気な目を向けた。
「知っています・・・・私が・・・・
セルジオの最後は・・・・セルジオの最後は私がみとりました」
オーロラの言葉にエリオスは驚く。
『みとったと?セルジオ様の最後を?』
不思議な事ではなかった。オーロラは光と炎を自在に操る魔導士である。自身の魂を北から西へ飛ばす事などいとも簡単な事だったのであろう。
唖然とするエリオスにオーロラは静かに話しだした。
「セルジオは1人でおよそ15の騎士の首を落としました。
山小屋の周りは弓隊に囲まれ、右肩を矢で射られ、
右腕を切り落とされました。
私が加勢できたのはそこから・・・・
止血と火種を渡せただけ・・・・」
オーロラが月を見上げる。深い緑の瞳に涙が溜まっているのが見えた。
「それから・・・・
地鳴りの音が聞こえたのを合図に火種を床に放ちました。
山小屋の屋根を吹き飛ばし、炎はあっと言う間に広がったわ。
サファイヤの剣を窓から投げて・・・・
最後の別れと再会の約束をしたの。
私が炎でセルジオの身体を包んで全て消し去りました。
躯を残す訳にはいきませんから・・・・」
『なっなんとっ!全てをご覧になっておられたのかっ!』
エリオスはセルジオがオーロラをこよなく愛し、大切に想っていた訳が分かった気がした。
そこまで話し終えるとオーロラは立ち尽くすエリオスをバルコニーへ誘う。
「セルジオの躯は全て私の炎で燃やしたから」
エリオスの顔を見上げる。深い緑色の瞳から涙がこぼれ落ちた。エリオスは胸が締め付けられる思いで聞いていた。
「魂をね・・・・光で包んでここに・・・・」
オーロラの掌の中に金色に輝く丸い光が呼吸をしている様にふわりと浮かんでいる。
「セルジオの魂よ。エリオス。
セルジオと約束をしたの。
独りで天に召されることはさせないわと。
エリオスと共に・・・・
私とエリオスとでセルジオの魂を見送ると約束をしたの」
オーロラはエリオスの両掌にその光の珠を乗せた。
エリオスはセルジオと最後に言葉を交わした時を思い返すとこらえ切れず涙を流した。
「・・・・あっ・・・・あっ・・・・
セっ・・セ・・ルジオ様・・・・」
光の珠を見つめ声を掛けるが何も話しはしない。けれど光が瞬いているのが解る。
「エリオス、セルジオを愛していたのでしょう?」
オーロラの言葉にエリオスは顔を上げた。
「私を見るセルジオと同じ眼でエリオスはセルジオを見ていたわ」
オーロラの頬を涙が伝う。エリオスはその場に崩れ落ちそうになる自身を制した。
「エリオス、セルジオの代わりはいないわ。
エリオスはエリオスとしてセルジオの役目を引き継げばよいのよ。
サファイヤの剣の継承はエリオスに任せたい。セルジオはそれを望んでいたわ」
オーロラは心の話をしていた。表向きはセルジオになり替わろうとも心はエリオスのままよいと。
「オーロラ様・・・・」
エリオスは両掌の中にある光の珠を堪え切らずにオーロラへ返す。止まらない涙がバルコニーを満たしていった。
「さぁ、セルジオの魂を月へ放ちましょう」
オーロラは両掌を月へかざした。光の珠は青白い光を放つ月に吸い込まれるように昇っていった。
すぅと意識が戻る。
『あれっ?何をしていたのだったか・・・・』
一瞬自分がどこにいるか記憶を辿っていると耳元で声が聞えた。
「もう少しで昇がられます」
彼女の声だった。
気付くと涙で顔がぐちゃぐちゃになっていた。慌てて顔を拭う。
「大丈夫。泣きたいだけ泣いて上げて下さい。
きっと泣く事すら許されない方だったから。代わりに泣いてあげて」
右腕を切り落とされた騎士セルジオは私であった。
「ちなみに魔導士のオーロラは私です」
『・・・・・だから、最初に会った時にあの胸の高鳴りか』
納得しているとまるで心が読める様に電話越しに彼女は言う。
「あっ、その納得は前世の浄化をする時にとても大切な事なの。
納得できないと感情も浄化できないから」
全てお見通しの様だ。
気付くと吐き気をもよおす程の激痛が走っていた右肩から右腕の痛みは治まっていた。
「完全にではないけれど痛みが随分楽になりました!」
驚きを隠せない上ずった声で私は告げる。
「そう、よかったわ!浄化できましたね。
何せ右腕をバッサリ切り落とされていますから
暫くは痛みが残ると思うけれど治まらない様ならまた連絡を下さい」
彼女は電話の向こうで微笑む様に言った。
電話越しにふと温かさを感じる。
「・・・・今まで、
今世でも前世と同じ様に『心を凍らせて』きましたね。
心が揺れる事は『悪』であって『邪念』だと。
心が動くと判断を誤ると・・・・
1ミリも心が動かない様に凍らせて、
強い心を持つために全てが修行で、
『何も感じない様に無であり続ける』為に・・・・
苦しかったですね!今世はその思いを溶かしていく事が課題かもしれませんね」
彼女の言葉と共にユリの花の香りがした様に感じた。抑えつけてきたものが溢れだす感覚を覚える。必死に電話の向こうにいる彼女に悟られない様に呼吸を整えた。
「ありがとうございます。また、状況報告します」
一言告げ、電話を切る。
ぼんやりと天井を見上げる。まだ夢うつつの中にいるような感覚とセルジオの最後の言葉が胸を去来する。横になりながら涙が溢れ止まらない。
『私はオーロラの笑顔が愛おしかった。
時が許すならずっと見ていたかった。
ただそれだけでいい。多くの者を手にかけた私が願うただ一つのことだった』
「繰り返すのかもしれない。確かに私も泣く事すらできなかった・・」
自身の過去を振り返る。
暫くセルジオの言葉を思い返しながら彼女の事を考えていた。
「そして・・・・今も同じなのかもしれない・・・・」
独り言ちする。
今の私も彼女の笑顔をずっと見ていたいと思うのだから。
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