とある騎士の遠い記憶

春華(syunka)

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第2章:生い立ち編1~訓練施設インシデント~

第26話 インシデント23:宿命

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エリオスはオスカーに話の続きをたずねる。

「オスカー、そなたの手を、短剣を刺し続けた手を
とめて下さったのはどなただったのだ?」

「セルジオ様でございます。
現セルジオ騎士団団長セルジオ・ド・エステール様でございました。
王都騎士団団長への謁見えっけんの帰りにたまたま通りかかられたそうにございます」

オスカーはエリオスに微笑む。

「そうであったか。その後の話も聴かせてくれぬか?」

「はい、承知致しました」

オスカーはエリオスの求めに応じて続きを話し始めた。

「エステール伯爵家侍従の部屋で目覚めた私は、
気を失っていた3日間のことを侍従の方から伺いました。
兄2人のむくろは実家に戻され、葬られたと・・・・」

オスカーは顔を上げると行く手に目をやった。遠い哀し気な目をしている。
ふっと一つ息を吐くと再び話しを続けた。

「侍従の方にお礼を申し上げ、私は1人実家へ戻りました。
実家へ戻ると父母と弟妹ていまい達は大層喜んでおりまして、
2人の兄が殺された事に少しもうれいがない様に感じられて・・・・
驚きと寂しさと悲しさと憎さと悔しさと・・・・
何かもう、訳の分からない『感情』に私は死にたくなりました」

オスカーは寂し気な目をエリオスへ向ける。

「兄2人の命はその様に軽いものなのかと・・・・
まるで、羊や鶏をつぶしただけの様な振舞ふるまい
身内なれど許せぬ思いが溢れ、この家にはいたくないと思いました」

「そんな私の思い等全く意に介さず、
父が申すにエステール伯爵家の使いの方が私をご所望されているから
西の屋敷へ至急行け!と言うのです。
ここにいたくはない思いと助けて頂いた御礼と
兄2人の躯を運んで下さった御礼をと思っておりましたので、
そのまま西の屋敷へ向かいました」

エリオスは真剣な眼差しでオスカーの話に聞き入っていた。

「子供の私には西の屋敷の門をくぐるのは大層勇気が必要でした。
大門の前を行ったり来たりと小一時間程続け、
やっとの思いで通り抜けると南門は締まっており・・・・
どうやって開けばよいのかも見当がつきません」

「暫く考えた挙句あげく、近くにあった石で南門を叩きました。
が、何の反応もなく・・・・。
もう一度、今度は大きな声で『エステール伯爵家の使いの方より
こちらへ出向く様言われたローライド准男爵家所領
小麦農家のオスカーにございます』と叫びながら石で門を叩きました」

「すると先程の様に大きな音を立てて南門が開き、
私は腰が抜ける思いで立ちすくんでおりました。
門番の方に門内で暫く待つ様に言われたので、
そのまま立ち尽くしていますと軽装備の騎士が現れ、
西の屋敷の奥へと案内して下さいました」

「途中、大勢の騎士が剣術の訓練をしている所を見かけ、
その姿に魅了されていると案内の騎士の方が
暫くご覧あれと申され、見学をさせて頂きました」

「訓練場の隅の方で私と同じ年頃の子らが数人、
的へ向け短剣を放つ訓練をしていました。
ひときわ目立つ子の短剣は全て的の中央に当たり見惚れるほどでした」

「訓練場全体が熱気に溢れ、
そこにいる誰もが一心不乱に訓練をしている様は圧巻で
国を守るとはこういう事かと思わされました。
熱くたぎるものに自然と涙が溢れ、
この様に強ければ兄2人は死なずに済んだのではと・・・・」


エリオスは再び溢れ出たオスカーの涙を拭う。

「案内の騎士にうながされ、
再び屋敷の奥へと歩みを進めると騎士は部屋の前で
『お連れ致しました』と一言告げ退きました。
部屋の中へ入る様に言われ、顔を上げると「ようまいられた!勇士オスカー殿!」と
助けて下さった騎士団団長が満面の笑みで迎えて下さいました」

オスカーはエリオスに微笑む。

「まだお若くていらっしゃるのにその威厳いげんに満ちたお姿と
何と申しましょうか・・・・畏怖いふと申しましょうか・・・・
子供の私には大層大きなお方に感じられ、
名前まで呼ばれた事に驚き後ろへたじろいてしまいました」

「隣に控えていらっしゃる騎士の方がセルジオ騎士団団長、セルジオ様だと
申され挨拶する様目配めくばせをして下さったのですが・・・・
何分、農家のせがれにて何をどうしてよいやらわかりません。
先程、案内して下さった騎士の方がされていた挨拶を見よう見まねで致しました」

オスカーはふふふっと思い出し笑いをしてみせた。
そこから遠い記憶を呼び起こす様に再び話し出した。



「ローライド准男爵家所領、小麦農家の3男オスカーにございます。
この度は、助けて頂き、ありがとうございます。
兄2人のむくろと・・・私が殺めました方の躯を弔い下さったと聞きました。
御礼が遅くなりました事、お詫び申し上げます」

カタ、カタ、カタ・・・・

オスカーは自身の声も手足も震えているのが解った。
オスカーの挨拶を受けると目の前にいるセルジオ騎士団団長は感心した面持おももちちで尋ねた。

「ほうっ!そなた挨拶をどこで学んだのだ?」

「いえ・・・・学んではおりません。
ただ、小麦を納めにまいります折やただ今こちらで案内して下さった騎士の方々の
振る舞い等を覚えまして真似たまでにございます」

オスカーは正直に話した。

「ほう!うつしを致すのか!その年で大した者だ!益々気に入ったぞ」

騎士団団長はオスカーを傍へ手招きした。

「勇士オスカー殿!一つ私の頼みを聞いてはくれぬか?」

騎士団団長がオスカーに左手を上に向けて差し出す。オスカーは自然に右手を下に向け差し出された左手の上に置く。

「ほうぅ!」

騎士団団長はオスカーの右手を握ると身体ごと自身の懐に引き入れた。

グッ!!
カチリッ!

オスカーの腹部に短剣の柄が当てられている。
オスカーは抵抗するでもなくされるがままに身を任せていた。

「そなた!短剣の柄を当てられ恐ろしくはないのか?
私がそなたを引き寄せ殺めるとは思わなかったのか?」

サッ・・・・

騎士団団長はオスカーを放した。

「あなた様に殺気さっきを感じませんでした。
後は・・・・私はこちらへ伺う前に『死にたい』と思っておりました。
あの時に助けて頂いた命であるのに・・・死にたいと思っていたのです。
もし、今ここで命を落とす事になりましたら
それは『死にたい』思いを抱いた私への天罰だと思いました」

オスカーはうつむき、ひざまずいて両のこぶしを膝の上で握りしめた。

「はっはははっ!気に入った!気に入ったぞ!オスカーよ!」

騎士団団長は大きな声で笑いオスカーの頭に手を置く。

「そなたへの頼みとはな!我が騎士団へ入団をして欲しいのだ」

その言葉に顔を上げたオスカーの目の前に微笑むセルジオ騎士団団長の顔がある。

「なに!王都でそなたが殺めた・・・・いや、正確には『始末した』だな。
あの者、罪人ざいにんであったのだ。
元はさる騎士団の従士だった様だが粗暴そぼうが過ぎて追い出され、
野盗となりはてた者だったのだ」

「そなたが始末した後、我が騎士団の者が躯を葬ろうとしていた所に仲間が現れ、
根城ねじろが判明した。仲間もろとも一網打尽いちもうだじんにできたのもそなたの働きのお陰なのだ」

手を置くオスカーの頭をくしゃくしゃとなでる。

「よくぞ独りで、しかも兄2人が殺められた直ぐ後に始末する事ができたな!
酔っていたとはいえ相手は元従士、武術の心得もないそなたがよくやったと感心しているぞ」

「・・・・私は・・・・」

「うむ。いかがしたか?」

「・・・・私は・・・・覚えていないのです。
どのようにしてあの方に立ち向かい、短剣を手にしたのか・・・・
気付いた時には短剣をあの方に突き立て、刺し続け、
その手を自分で止める事ができなくなっていました・・・」

オスカーは自身の両掌をにらむ。

「そうであったか。目の前で兄2人を殺められたのだ。正気でなくなるのも仕方があるまい」

「でも・・・・でも!私は!意識もなく!人を殺めました!
殺める気がなく殺めたのであれば!正気でなく殺めたのであれば私は!
私は!殺人鬼です!その様な者が!正気でなく人を殺める事ができる殺人鬼が
国を守り、民を守る騎士団へ入れて頂くことなどできませんっ!」

オスカーは心の底から何かドロドロした物が吹き出してくるのを感じていた。
騎士団団長は叫びとも取れる強い言葉を発しフルフルと震えるオスカーを優しく抱き寄せる。

「大事ない!案ずる事はない。そなたは正気を失って等おらん。
もし、正気を失った殺人鬼であれば周りにあれほどいた人々を
次々に殺めていくであろう?そたなは己で短剣を止める事さえできずにいた」

「短剣が身体の一部となる程に強く握りしめていた。
手から解くのに難儀なんぎしたぞ。それはな『恐怖』だ。
人を殺めた事への『恐怖』だ。されば人は『忘れようと』するのだ。
覚えていないのは『恐怖』のあまりそなたの頭が自然にそなたを守っただけの事だ。
殺人鬼などでは決してないぞ」

「我ら騎士や従士もそうなのだ。誰も好んで人を殺めているのではない。
国を守り、民を守る為、誰かがやれねばならぬ事を我らが役目としているのだ。
騎士や従士の中にも人を殺めた事を忘れられず、その殺めた感覚を忘れられず、
毎夜うなされ、恐ろしい夢を見、正気でなくなる者もいる。
訓練を積んでいるものですらそうなのだ。
そなたは訓練もしておらぬのに己を見失ってはいまい。
そなたは『従士の条件』を心得こころえているのだ」

騎士団団長はオスカーにお茶を薦めた。

「飲むがよい。気持ちが落ちつくぞ」

自身もお茶をすする。オスカーは素直にカップを口に運ぶ。何とも言えない華やかな香りが鼻腔びくうを通り抜けた。

「よい香りがします・・」

ホロリと涙がこぼれ落ちる。

「恐い思いをしたな。されどその恐い思いがなければ私と会う事もなかった。
騎士団の屋敷へ足を踏み入れる事もなかった。これはそなたの宿命しゅくめいだ。
入団のこと頼まれてはくれぬか?」

騎士団団長はお茶のカップを手に涙を流すオスカーの頭へ今一度手を置く。
オスカーはお茶のカップを騎士団団長の座る長椅子の横にある丸いテーブルへ置いた。

「はい!お救い頂いたこの命!この命の果てるまで騎士団にお仕えさせて頂きます」

「そうか!頼まれてくれるか!
ジグラン!勇士オスカーは我が騎士団へ入団してくれるそうだ!
今宵は葡萄ぶどうの果実酒にて祝杯だ」

「はっ!セルジオ様、承知致しました。
今朝、届いたばかりの葡萄ぶどうの果実酒がございます。
皆も喜びます。勇士オスカー、よろしく頼む」

騎士団団長の隣にいた騎士が優しく微笑んだ。



話し終えるとオスカーはエリオスへ微笑みを向ける。

「ここまでが私が初めて人を殺め、
そしてセルジオ騎士団へ入団する事になりました経緯いきさつ
ジグラン様に初めてお会いしました時の話にございます」

サァァァァ・・・・・

風がオスカーのブロンズ色の髪をなびかせる。

「宿命・・・・私が今ここにいる事も宿命なのであろうか?
今日、人を殺めた事も宿命なのであろうか・・・・」

エリオスが呟く。

「左様にございます。
今、この時、ここにいらっしゃる事も私とこのように語り歩く事も宿命にございます。
宿命ならば受け入れる事が肝要にございます。受け入れてこそ命が宿るのです」

「エリオス様はセルジオ騎士団第一隊長になられるお方です。
ジグラン様の後を承継されるお方です。
そして、セルジオ様を生涯しょうがいささえする役目もございます。
他の騎士とは比べられぬご苦労もお苦しみも恐怖もございましょう。
されど同じ様に喜ばしい事も嬉しい事もございます。
宿命とは案外上手く均等きんとうを保つ様に計られているものにございます。
ご案じなさいますな」

オスカーはエリオスを抱きしめる。

「オスカー・・・・感謝申す。宿命を受け入れられそうだ。
暫くは忘れられぬが『弔い』と思う。あの者が天に召される様に祈りを捧げるぞ」

エリオスがオスカーの首にしっかり両腕を回し抱きつく。

「そろそろ、セルジオ騎士団団長の居室へ到着したします。
エリオス様、お顔の涙のあとを拭いましょう」

オスカーは抱きかかえていたエリオスを下ろす。

「オスカー・・・・そなたも、拭った方がよいぞ。私が拭おう」

エリオスはオスカーの頬を袖で拭った。

「我ら2人は似た者同士だな!」

エリオスが微笑む。

「左様にございますね。エリオス様、微笑みが戻ってまいりました。
ようございました」

オスカーは涙で濡れるエリオスの頬を丁寧に
拭い、また一つエリオスが成長した事を実感したのだった。


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