とある騎士の遠い記憶

春華(syunka)

文字の大きさ
69 / 216
第3章:生い立ち編2 ~見聞の旅路~

第9話 精霊の森

しおりを挟む
パカッパカッパカッ・・・・
カッカッカッ・・・・

バルドは北の森入口に近づくと手前で馬の速度を落とした。

パァーーーー

樹木でおおわれた北の森の入口から緑色の光があふれ出し、近づくにつれて光の強さが増している。セルジオは顔を下に向け目を閉じる。

『まっ、まぶしい!目を開けていられぬ』

セルジオはあまりのまぶしさにマントで顔をおおった。

「セルジオ様?いかがなさいましたか?」

その様子にバルドが怪訝けげんそうに問いかけた。
セルジオは感じているままをバルドへ伝える。

まぶしいのだ!
緑色の強い光が北の森の入口からあふれ出ていて・・・・
眩しく目が開けていられぬ」

「緑色の光?私は何も感じませんが・・・・」

バルドは馬をとめると後ろを振り返り、後からつき随うエリオスへ目をやった。

エリオスはセルジオと同じ様にマントで顔を覆っていた。バルドとオスカーは馬上で顔を見合わせる。

「オスカー殿、
セルジオ様が緑色の強い光が北の森入口から溢れ出ていると申されております。
エリオス様にも同じものが見えておいでですか?」

オスカーは馬上でうなずくとバルドの隣に馬を寄せた。

パカッパカッ・・・・

「バルド殿、
エリオス様も同じ様に緑色の光が眩しいと申されております。
緑色の光とは北の森の精霊でしょうか?」

「う~ん?・・・・
いずれにしましても通り抜けるより他に道はございません。
このまま中へ入ります。セルジオ様、エリオス様は
そのままマントで光をよけていて下さい。
オスカー殿、先へ進みましょう。中でロルフが待っているはずです」

「承知しました。
このままバルド殿のあとに続きます」

パカッパカッパカッ・・・・
パカッパカッパカッ・・・・

バルドはゆっくりと樹木がアーチ型に折り重なる入口から北の森へ入った。

サァァァァァ・・・・
フワッ・・・・

マントで顔を覆うセルジオの耳元を風が横切る。

「バルド・・・・私の耳元に風が触った・・・・」

「セルジオ様、ご気分はいかがですか?大事ございませんか?」

バルドは自身には感じない見えざる者の手がセルジオに危害を加えるのではないかと不安になる。

ブルルルッゥゥ・・・・
カッカッカッ・・・・

馬が何かを感じたのか突然に歩みを止めた。
バルドとオスカーは黙ったままその場に留まり、様子をうかがう。

サアァァァァ・・・・

風が森の奥から入口へ向けて流れ、セルジオの肩までのびた金色の髪を揺らす。
セルジオの耳に風に乗り誰かがささやく声が聴こえる。

『・・・・ずくだ・・・・月のしずく・・・・
月のしずくがきたぞ!おやっ、こっちは蒼玉そうぎょくだ!
蒼玉そうぎょくもきたぞ!』

『ウーシー!おいっ!ウーシー!
こいつら何もんだ!月の雫と蒼玉だ!
どうしよう!どうしよう!ははさまへ言わなきゃ!!いそげ!』

ピクッ!

「・・・・バルド・・・・
声が聴こえる・・・・我らの首飾りと短剣の話をしている・・・・」

セルジオは目を閉じたままバルドへ呟く様にささやく声の内容を伝える。

「うふふふ、みんな心配しないで。
ははさまへは私から話してあるの。
この方たちを北門からシュピリトゥスの森へ
ご案内するように言われたわ。だから心配しないで」

突然に木々の間から少女の声が聞える。ブロンズ色の腰まである長い髪、薄い緑色の瞳の少女が姿を現した。

瞳と同じ薄い緑色の衣服を身に着けた少女の姿は妖精を連想させる。

セルジオはそっと目を開けた。先程までの眩しい緑色の光は見えなくなっていた。

バルドが少女へ声をかけようとすると肩まである銀色の髪を後ろで一つにたばねた碧眼へきがんの少年、ロルフが姿を現した。

ロルフはウーシーの手を取るとバルドへ近づく。ウーシーの手を取ったままバルドへ声をかけた。

「バルド様、こちらがウーシーです。
これより北門まで我らがご案内します。付いてきて下さいませ」

ロルフの紹介にウーシーはニコリと微笑み頭を下げた。

「ようこそお出で下さいました。
北の森、風の精霊シルフィード様にお仕えしております
ウーシーにございます。
『青き血が流れるコマンドール』と守護の騎士。
その再来をシルフィード様は永らくお待ちにございました」

ウーシーはセルジオをじっと見つめると目を細めた。

「お目覚めが半ばのご様子でございますね。
北の森を抜け、シュピリトゥスの森を通り、
氷の貴公子にお会いになる頃には・・・・きっと『青き血』が・・・・」

そこまで口にするとウーシーは森の奥へ目をやった。

「シルフィード様が道案内をと申しております」

ウーシーは目を閉じると両手を広げ、まるで自身を森の中へ吸い込ませる様な仕草しぐさをした。

ザァァァァァァ・・・・

強い風が森の奥から吹き、行く手の落ち葉を巻き上げる。

セルジオたちはマントで顔をおおい落ち葉をさえぎる。

ザッザアァァァァ・・・・

風がやむと北の森奥へと通じる馬の通り道ができていた。

ウーシーが頷く姿を確認するとロルフが再びバルドへ声をかけた。

北の森・・・の準備が整いました。
北門までご案内いたします」

バルドは馬上より呼応する。

「ロルフ殿、ウーシー殿、
手数をかけるがよろしく頼む。
こちらがセルジオ様、後ろにおられますのが
エリオス様とオスカー殿にございます。
道案内の同道、感謝申します」

ロルフはバルドの方へ向き直り改めて挨拶をする。

「はい、
父からもご無礼ぶれいのないようにと言われています。
母は北門にて開錠かいじょうの準備をしています。
早速まいりましょう」

ロルフは森の奥へ歩き出した。
ウーシーは振り向きざまにセルジオに柔らかな微笑みを向けると呪文のようにつぶやいた。

「青き血が流れるコマンドールの再来。
北の森の精霊とシュピリトゥスの森の精霊はそなたを歓迎かんげいする。
この先起こるわざわいを光と炎の魔導士とともに打ちくだく。
再び起こるゆがみをラドフォールと共に正し、かつての絆を取り戻す。
その名をもって国を守り、その名をもって安寧をもたらす。
森の精霊の守護たる者が道を示す助けとなろう」

サァァァァァ~

セルジオはウーシーの呪文の様な呟きが耳に入ると目の前に見えている景色が変わるのを感じた。

森の中で話をする影がみえる。透き通るように白い衣服に身を包んだ銀色の長い髪をなびかせる女性、その横に立っている数人の騎士と魔導士が何やら話し込んでいる。
目を凝らすと見覚えのある姿があった。

『・・・・初代様?』

セルジオは手を伸ばし声をかけようとした。

「セルジオ様?いかがなさいましたか?」

頭の上から聞えたバルドの声にハッとする。
目の前の景色は元いた北の森の道を進んでいた。

首を後ろへ回しバルドの顔を見る。
バルドはセルジオを心配そうな目で見ていた。
セルジオはバルドの心配そうな目を取り除こうとありのままを伝える。

「バルド、大事ない。
ウーシーの言葉に初代様のお姿が見えた様に感じただけだ。
何人かの騎士と・・・・魔導士・・・・共に・・・・な。
それと・・・・」

セルジオは前を向き、口を閉じた。

「それと?何をご覧になりましたか?」

バルドはそっとたずねる。

「・・・・真っ白な衣服を着た銀色の長い髪の・・・・
後ろ姿が・・・・見えた」

セルジオはポツリと呟く。

「左様にございますか。
そのお方は、初代様とご一緒にいらしたのであれば
光と炎の魔導士オーロラ様にございます」

「先程、ウーシーが森の精霊の言の葉ことのはを申していました。
精霊の言の葉がセルジオ様のご記憶を呼び戻したのでしょう。
案ずることはございません。ポルデュラ様も申されていました。
心置きなく思い出されればよいと。思い出されましたら私にお話し下さい」

バルドはセルジオの頭にそっと手を置いた。

「承知した。
バルド・・・・また・・・・暴れてしまうかもしれぬ・・・・」

「セルジオ様、大事ございません。
エリオス様もオスカー殿もおいでです。大いに暴れて下さい」

セルジオは珍しく黙ってうなずいた。

小一時間程、北の森の奥へ向けて歩みを進める。より一層、森が深くなり、薄暗さが増す。

ひんやりとした空気が耳元を触り、セルジオはカタカタと震えていた。

「セルジオ様、お寒いですか?」

バルドが気づかい声をかける。

「少し、寒い。耳のあたりに冷たい風があたるのだ」

バルドは自身のマントでセルジオをくるんだ。

「これで少しは冷たい風がしのげます」

「バルド、感謝申す。暖かい・・・・」

セルジオはくるまれたバルドのマントを内側からしっかりと握った。

「今しばらくにございます。
風が冷たさを増したということは水路が近いあかしにて、
北の城壁に近づいております」

「そうなのか。
水の道が近づくと風も冷たくなるのだな。バルドは物知りだ」

カタカタと歯を鳴らしながらもセルジオの声は少し弾んでいた。

サラサラ・・・・
チャポチャポ・・・・
サラサラ・・・・
チャポ・・・・

耳を澄ますと水の流れる音が上空から聞えてくる。

水の流れる音が聞こえるとロルフとウーシーの足取りが小走りになった。

パカッパカッパカッ・・・・
パカッパカッパカッ・・・・

2人の姿を見失わない様にバルドは馬の歩みを早める。

「おーーーい!」

ロルフが前方から両手を大きく振り、手招きをしている。
バルドはあとからつき随うエリオスとオスカーの姿を確認した。
オスカーはバルドの馬の速度に合わせてついてきていた。

ギクリッ!

バルドはオスカーの後ろの光景に驚く。
オスカーが通ると木々が今来た道をおおいい、落ち葉が降り注ぎ道を消している。

『これが、精霊の森か!』

バルドの表情に気付いたオスカーも自身の後ろを見る。
バルドはセルジオにそっと耳打ちをした。

「セルジオ様、
そのままそっとうしろを、オスカー殿の後方こうほうをご覧下さい。
精霊が森を守っている光景が見て取れます」

ピクリッ!

セルジオはバルドの声に馬の腹部ふくぶへ向け身体を傾け後方へ首を覗かせた。

「!!!!バルド!木が動いているぞ!あっ!」

大きな声を出したことに気付き、咄嗟とっさに口を覆うと小声で同じ言葉を発した。

「木が動いているぞ!道も落ち葉でみえなくなっている。
この様にして森へ立ち入る者をはばんでいるのだな!」

「そのようにございます。私も初めて目にしました。
セルジオ様とご一緒でなければこの光景は見ることができません。
これが精霊の森でございます」

「精霊の森・・・・
ポルデュラ様の様な魔術ではないのだな。精霊の姿が見てみたいものだ」

セルジオは遠くに見えるウーシーに目をやった。

「精霊の姿が見えるのは精霊に仕える者のみにございます。
ウーシーにはみえているのでしょう。
人が目にできるものは限られております。
目に見えぬものの方が多いのです」

バルドは少し遠い目をしていた。

「おーーーーい」

再びロルフが大きく手を振り手招きをしている。

「北門が見えてまいりました」

バルドがセルジオへ北門到着を知らせた。
セルジオの位置からは馬の頭にさえられて北門が見えない。

セルジオが一生懸命に首を伸ばし北門の様子をうかがおうとしている。

カチャリッ

バルドはセルジオと身体をつないでいる革のベルトを外すとセルジオをくらの上に立たせる。

たずなを握る両腕でくらの上に立つセルジオの身体を押えた。

「セルジオ様、いかがですか?北門が見えますか?」

太い木々の根が上へ向けて伸び、壁を覆っているのが見えた。

エステール伯爵領最北、北の城壁だ。

より一層太い木々の根、枝葉が絡み合ったような箇所がある。その手前にロルフとウーシーの姿が見えた。

両脇には白い衣服を身に着けた2人の女性じょせいが立っている。

「あれが、北門と北門の鍵を開ける者・・・・」

セルジオは耳元で柔らかな囁く声を聴いた。

『あなたを待っていました。
門を抜け、森を通り、目覚めの地へむかうのです』

セルジオは囁く声に耳を澄ます。何となくその声のぬしが風の精霊シルフィードだと感じるのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

偽りの婚姻

迷い人
ファンタジー
ルーペンス国とその南国に位置する国々との長きに渡る戦争が終わりをつげ、終戦協定が結ばれた祝いの席。 終戦の祝賀会の場で『パーシヴァル・フォン・ヘルムート伯爵』は、10年前に結婚して以来1度も会話をしていない妻『シヴィル』を、祝賀会の会場で探していた。 夫が多大な功績をたてた場で、祝わぬ妻などいるはずがない。 パーシヴァルは妻を探す。 妻の実家から受けた援助を返済し、離婚を申し立てるために。 だが、妻と思っていた相手との間に、婚姻の事実はなかった。 婚姻の事実がないのなら、借金を返す相手がいないのなら、自由になればいいという者もいるが、パーシヴァルは妻と思っていた女性シヴィルを探しそして思いを伝えようとしたのだが……

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

悪役令嬢は反省しない!

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢リディス・アマリア・フォンテーヌは18歳の時に婚約者である王太子に婚約破棄を告げられる。その後馬車が事故に遭い、気づいたら神様を名乗る少年に16歳まで時を戻されていた。 性格を変えてまで王太子に気に入られようとは思わない。同じことを繰り返すのも馬鹿らしい。それならいっそ魔界で頂点に君臨し全ての国を支配下に置くというのが、良いかもしれない。リディスは決意する。魔界の皇子を私の美貌で虜にしてやろうと。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

処理中です...