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第3章:生い立ち編2 ~見聞の旅路~
第30話:バルドの本音
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ガタッゴトッ
ガタッゴトッ
「バルド殿、オスカー殿。
この林を抜ければ火焔の城塞麓の修道院が見えてきます。
近くに湧泉があります。少し休みますか?」
カコッカコッカコッ
カコッカコッカコッ
ラルフが荷馬車の左右に並走するバルドとオスカーに声を掛ける。
ラドフォール騎士団水の城塞麓の修道院を出発してから3日目を迎えていた。
風の精霊シルフが守護するラドフォール公爵領シュピリトゥスの森。
リビアン山脈のすそ野に広ろがるその広大な森は王都城壁の北西から北東までを外側から覆う様に守っている。
森を東西に切り開いた街道が整備されていた。
その街道沿いにシュピリトゥス森の精霊シルフから許された土地が開墾されラドフォール公爵配下の准男爵家が治める街や村が点在している。
水の城塞から火焔の城塞へ向かう途中、2つの街の商家で荷を下ろし、また新たな荷を積み込んだ。ラドフォール騎士団第二の城塞、火焔の城塞麓にある修道院が今夜の宿泊場所だった。
荷馬車に並走しての旅路となるため、当然次の目的地まで時間を要する。
ただ、できるだけセルジオとエリオスに他家所領の治め方やそこで暮らす人々の様子を見聞させる事が目的の一つでもあったから物の流通と売買に直接触れる機会は願ってもないことだとバルドとオスカーは考えていた。
ラルフの問いかけにバルドが答える。
「ラルフ殿、感謝申します。休憩と致しましょう。
セルジオ様、エリオス様のお身体がそろそろ限界です」
早朝に宿泊先を出発し、ほとんど休憩を取らずに夕刻に次の街へ着く。これを旅慣れていないセルジオとエリオスが2日間続けた事で馬に跨る足の付け根の皮膚が擦り剥けていた。
昨夜は商家に泊めてもらった。木製の円形をした湯桶で湯浴みをしているとエリオスがあまりにも湯がしみると痛がった。
オスカーが痛みのある所を確認すると足の付け根だった。太腿から股にかけて皮膚が擦り剥け赤く斑点模様になっていた。
オスカーに言われバルドはセルジオの足の付け根を確認する。同じ様に皮膚が擦り剥け赤黄色の透明な汁が滲んでいた。
「これはっ!
相当、ヒリヒリと痛んでいたのではありませんか?」
バルドは丁寧に皮膚が擦り剥けた傷口を清水で流すとエステール伯爵家セルジオ騎士団城塞西の屋敷を出発する前に風の魔導士ポルデュラから手渡された深緑色の小袋に入った傷薬を塗る。
「そうでもない。湯が少ししみる程度の痛みなだけだ!」
珍しく少し強い口調で答えたセルジオは明らかにやせ我慢をしている様だった。
『ここまで擦り剥けていては馬上ではこすれて相当に痛みが走ったはず』
バルドは薬を塗り終え、傷口に布をあてるとセルジオの深く青い瞳をじっと見つめる。
「セルジオ様、アロイス様とのお約束は覚えておいでですか?」
セルジオは左斜め上に視線を向けアロイスと約束した事柄を思い返す。
「・・・・」
しばらく返答がない。
「・・・・セルジオ様、わかっておいでですね!
初代様にも同じ事を諭されたと何度か耳にしましたが・・・・」
セルジオは上目遣いでバルドの顏を見る。
「・・・・わかっている。
我慢はしないこと、バルドに今のあり様を包み隠さず伝えること・・・・だ」
フワッ
バルドは両手でセルジオの両頬を包むと上目遣いの眼を真っ直ぐに自身の深い紫色の瞳に向けさせた。
「わかっておいででしたね。左様にございます。
このまま我慢をされ、ポルディラ様の傷薬を塗らずに
明日を迎えていたらどうなっていたと思われますか?」
真っ直ぐ目線を向けさせたまま問いかける。
「・・・・傷がひどくなる・・・・と思う」
「左様にございます。
傷口が汗や土で汚れれば化膿します。
最悪の場合、両足を切断せねばなりません。
その様なことになって騎士になれますか?」
「!!なれない!
騎士になるどころか己で己のことが何一つできなくなる」
「左様です。
人が痛みを感じますのは自身の身を守る為です。
痛みがある事で治療をする行動に移せます。
身体が知らせてくれるのです。治せ、傷を治せと。
では、どうすればようございましたか?
セルジオ様は何をすべきでしたか?」
尚もバルドはセルジオの両頬を両手で包み、目線を自身の深い紫色の瞳から外させない。
「足がおかしいと感じた時、
直ぐにバルドへ己のあり様を伝えればよかった」
「左様です。
ポルデュラ様の傷薬は回復の魔術が施されています。
塗れば半日もせずに治ります。
途中薬を塗り治療をした上でセルジオ様とエリオス様には
荷馬車の荷台にヨシュカ殿と共に乗せて頂く事もできました。
そのようにしていればどうなりましたか?」
「今、この時は必要なくなる。
バルドもオスカーも我らの手当はせずに共に湯浴みができていた」
「全て、お解りではありませんか。
明日は火焔の城塞へ入ります。
ラルフ殿方は火焔の城塞には入れません。
麓の修道院で1週間、我らをお待ち下さいます」
「近くの街と村へ行き、荷運びをされるそうです。
セルジオ様が皆に迷惑をかけたくないとお考えなのは重々承知しています。
ラルフ殿方は我らの動きに合わせる訓練を受けています。
影の役目を担うものが一番に迷惑と感じるのは足止めをされることです」
「それも一つの言葉で回避できた事柄を言わずして
足止めをされればこれからの道筋を練り直さねばなりません。
『痛い』と一言あれば回避できた時です。
その言葉を言わずしてセルジオ様が無理をされ、
我慢をされればされるほどエリオス様は何も言えませんよ。
主が痛みを口にせずにいるのに
守護の騎士が痛みを口にできますか?
セルジオ様よりも痛みを強く感じるエリオス様は
相当な痛みを堪えていたことでしょう」
セルジオははっと目を見開く。
「セルジオ様、セルジオ様はお独りではないのです。
ラドフォール公爵領を抜けますと何が起こるかわかりません。
我らも今まで以上に気を配りますが、
それでも不測の事態が起こるとお考え頂いての行動が不可欠となります」
「これよりは何事も包み隠さず、今のあり様を、
どのような些細な事柄でも構いません。
バルドに伝えて下さい」
「これは主と守護の騎士、両方を守る為の策にございます。
セルジオ騎士団団長とジグラン様から申し付かった
一番に大きな役目は『4人が生きて西の屋敷へ戻ること』
ではありませんでしたか?」
「見聞も各貴族騎士団の巡回でのお役目もその後のことです。
第一は皆が生きて西の屋敷に戻ることです」
セルジオは両頬を包むバルドの両手に小さな手を添える。
「・・・・わかった・・・・バルド。
すまぬ!すまぬ!いつも同じ事を繰り返していると思う。
バルドに言われたこともアロイス様に言われたことも
初代様に言われたことも全て同じ事柄だ」
「独りで何もできないこと、
知らない事を受け入れよと言われている。
わかっている。わかっている・・・・
わかってはいるが・・・・なかなかに難しい・・・・」
セルジオの声は徐々に小さくなる。
バルドの手に添えた小さな手を両脇にだらりと下した。
パチンッ!
セルジオの両頬を包み込んでいたバルドの両手が左右から勢いよくセルジオの頬を挟んだ。
グッ!
バルドは両手に強く力を入れてセルジオの両頬をぐっと持ち上げる。セルジオの深く青い瞳を自身の深い紫色の瞳に近づける。
「セルジオ様!
我ら守護の騎士の主はこの様に情けない方なのですか!
青き血も真に目覚め、青白い炎の制御も
だんだんにおできになってきています」
「されど、セルジオ様ご自身がこの様な気弱なことを
いつまでも口にされていては青き血が流れるコマンドールの
再来などと言えましょうか!」
「青き血が真に目覚める前のセルジオ様の方が
よほど勇敢で学びに貪欲で、
何事にも動じない力強さがございました!」
「今は、いかがですか!
事ある毎に気弱なことを口にされ、
周りに迷惑がかかるなどといつまでも申されて、
進まれる道が切り開かれているのに動かず後ろを向かれている!」
「その様な主に我ら守護の騎士はお仕えできましょうか!
この身をこの命を賭してでもお守りしたいと思いましょうか!」
「セルジオ様!いい加減になさいませ!
全てを、今ある事の全てを受け入れる勇気とお覚悟をお持ちください!
セルジオ様は紛れものなく青き血が流れるコマンドールの再来なのです!
この事実はもはや変えられないのです!どのように!どのように!・・・・」
バルドが息を詰まらせる。
「どのように!どんなに!
私が目覚めずともよかったと思っても、
どうか平穏な日々をお過ごし頂きたいと願っても!
どうにもならないのです!!」
「セルジオ様が受け入れて下さらなければ・・・・
ううっ・・・・私は・・・・」
「このままセルジオ様がお亡くなりになったと偽り、
共に国外へ・・・・遠い、伯爵も団長も王国さえも
手出しのできない遠い、遠い、海を超えた遠い東の地へ・・・・
ううっ・・・・」
バルドの深い紫色の瞳からポロポロと大粒の涙がセルジオの頬に落ちてくる。
未だかつて見たことがないバルドの顔と様子にセルジオは戸惑いを覚える。
「わかっているのです!
この様な事を思ってはいけないことも!
考えてもいけないことも!されど・・・・なぜ・・・・」
「なぜに・・・・騎士としての騎士団団長としての
訓練だけでよいではありませんか!
この様にお小さい、まだまだ、お小さいセルジオ様が
抱えられる事ではないと思ってしまうのです!」
「いっそ、このままセルジオ様と共に国外へ逃れてしまえばと
知らず知らずの内に思い描いてしまうのです!
セルジオ様にお仕えしてから私は
己を持て余してしまうことがあるのです!!
うっ・・・・ううっ・・・・」
バルドはセルジオの両頬を両手で包んだまま胸の奥底に蓋をしてきた感情が一気に溢れだすのを抑えられなかった。
バルドの深い紫色の瞳から溢れ落ちる涙を両頬で受け止めていたセルジオの深く青い瞳が更に深みを増した。
ブワンッ!!
セルジオの足元から青白い炎が湧き立ち、バルドの身体ごと包み込む。
「・・セっ・・・・セルジオ様・・・・」
ブワンッ!!
青白い炎が波打つ。セルジオの背後に金糸で縁取られたセルジオ騎士団のマントを纏い、重装備の鎧を身に付けた初代セルジオが姿を現した。
セルジオの深く青い瞳は深みを増し見開いたままだった。身体の力が抜け両頬を包む両手の重さが増す。
バルドはセルジオを青白い炎の中で抱き寄せる。セルジオの背後に現れた初代セルジオを見上げた。
初代セルジオはバルドを厳しい眼で見下ろしていた。
「バルド!そなた血迷ったか!!
そなたセルジオの守護の騎士ではないのか!
青き血が流れるコマンドールの守護の騎士ではないのか!」
「我を封じた時、我の悔恨を
セルジオの心と共に封じた時、
そなたポルデュラ殿から再び叙任を受けたのではないのか!」
「セルジオの宿命を共に背負うと
誓いを立てたのではないのか!
そなた自身がセルジオを直視できないのであろう!
痛々しく見ていられないのであろう!」
「そなた謀略の魔導士ではないのか!
その瞳は深淵を覗く魔眼ではないのか!
なぜ、セルジオの深淵を見ようとしないのだ!」
「セルジオはそなたの背中を見ているのだぞ!
そなたの様に心優しく最強の騎士になることを望んでいるのだぞ!
それを見ずして共に逃げよと申すのか!」
「宿命は変えられぬ!
どうあがこうともセルジオは青き血が流れるコマンドールだ!
その生きざまを誇れるものにしてやろうとは思わないのか!」
「バルド!目を覚ませ!
セルジオ自身が痛みを痛みとして感じられる様、
導くのがそなたの師としての守護の騎士としての役目ぞ!」
「内からは我が手助けをする!
外ではそなたがそなたの持てるもの全てをセルジオに授けよ!
今は身体は小さくともセルジオの泉は我と同じだ。
広大で深い。そなたが授ける全てを受け入れる度量を持ち合わせている!」
「どうか!頼む!セルジオを頼む!
悔恨を残すことなく、
己の歩んだ道を誇れる騎士に育ててやってくれ!頼む!!」
フッ・・・・
初代セルジオの姿がふっと消えた。同時に青白い炎も消えた。
ピクリッ!
バルドの腕の中で力なく眼を見開いていたセルジオの身体がピクリと動く。
セルジオの深く青い瞳を覗くと精気が戻っていた。
「・・・・バルド?・・・・」
セルジオは抱えられている状況がつかめずバルドの名を呼ぶ。
バルドはセルジオの深く青い瞳を深い紫色の瞳でじっと見つめた。
「・・・・セルジオ様・・・・
初代様が私を諭しにお出でくださいました。
少々・・・・私も少々・・・・迷いが出ていた様です」
「セルジオ様を愛おしく想うあまり・・・・選択を誤る所でした。
セルジオ様があり様を伝える事が難しいと仰るのであれば
私が気を巡らしましょう。そうして覚えていけばよろしいかと」
「エリオス様とオスカー殿にもお願いしておきます。
セルジオ様があり様を伝えることが難しいと申されなくなるまでは
我らで気を巡らせお助けしようとお願いいたします」
セルジオはバルドの首に両腕を回すと左肩に顔をうずめた。
「バルド、よろしく頼む!」
カコッカコッカコッ
カコッカコッカコッ
「セルジオ様、足の付け根の痛みはどうですか?」
バルドは擦り剥けた足の付け根の痛みをセルジオに確認する。
「大事ない。
バルドが鞍の上に鳥の羽のマットを当てがってくれたから
痛みはほとんどない。感謝もうす」
セルジオはくるりと首を後ろへ回しバルドへ
礼を言った。
「ようございました。
泉に着きましたら傷口を清めてポルディラ様の薬を塗りましょう。
火焔の城塞に到着する時には万全の態勢を整えておかねばなりませんから」
バルドはセルジオへ微笑みを向ける。
「わかった。この度もカルラ様は火矢で迎えてくれるのだろうか・・・」
セルジオは少し身構えた様子でバルドへ問いかける。
「そうですね。
カルラ様はセルジオ様とエリオス様を手合わせのお相手と
思っておいでですから趣向を凝らしてみえるやもしれません」
バルドはふふふっと笑った。
「大丈夫だ。どんな出迎えであっても守護の騎士が3人もいるからな」
セルジオはバルドへ嬉しそうな顔を向ける。
「バルド殿、オスカー殿、右手の細道にお入り下さい。その先が泉になります」
ラルフが道案内の声をかける。
「承知しました」
荷馬車に並行して歩むバルドとオスカーが呼応した。
眼を向けた先には泉の湖面を照らす光がキラキラと瞬いていた。
【春華のひとり言】
今日もお読み頂きありがとうございます。
旅路にでたことで己の本音と向き合うことになったバルド。
根底にあるのはセルジオへの“愛”でした。
大切な人が苦しむ姿を見たくないと思ってしまいますよね。
それでも宿命を受け入れ守護する事を選択したのは自分自身だと初代セルジオに諭されたバルドでした。
初代セルジオの悔恨と共に封印されたセルジオの心の回は
第2章 第7話 インシデント3:前世の封印
バルドがポルデュラから再び叙任を受けた回は
第2章 第14話 インシデント10:最善の策
となります。
明日もよろしくお願い致します。
ガタッゴトッ
「バルド殿、オスカー殿。
この林を抜ければ火焔の城塞麓の修道院が見えてきます。
近くに湧泉があります。少し休みますか?」
カコッカコッカコッ
カコッカコッカコッ
ラルフが荷馬車の左右に並走するバルドとオスカーに声を掛ける。
ラドフォール騎士団水の城塞麓の修道院を出発してから3日目を迎えていた。
風の精霊シルフが守護するラドフォール公爵領シュピリトゥスの森。
リビアン山脈のすそ野に広ろがるその広大な森は王都城壁の北西から北東までを外側から覆う様に守っている。
森を東西に切り開いた街道が整備されていた。
その街道沿いにシュピリトゥス森の精霊シルフから許された土地が開墾されラドフォール公爵配下の准男爵家が治める街や村が点在している。
水の城塞から火焔の城塞へ向かう途中、2つの街の商家で荷を下ろし、また新たな荷を積み込んだ。ラドフォール騎士団第二の城塞、火焔の城塞麓にある修道院が今夜の宿泊場所だった。
荷馬車に並走しての旅路となるため、当然次の目的地まで時間を要する。
ただ、できるだけセルジオとエリオスに他家所領の治め方やそこで暮らす人々の様子を見聞させる事が目的の一つでもあったから物の流通と売買に直接触れる機会は願ってもないことだとバルドとオスカーは考えていた。
ラルフの問いかけにバルドが答える。
「ラルフ殿、感謝申します。休憩と致しましょう。
セルジオ様、エリオス様のお身体がそろそろ限界です」
早朝に宿泊先を出発し、ほとんど休憩を取らずに夕刻に次の街へ着く。これを旅慣れていないセルジオとエリオスが2日間続けた事で馬に跨る足の付け根の皮膚が擦り剥けていた。
昨夜は商家に泊めてもらった。木製の円形をした湯桶で湯浴みをしているとエリオスがあまりにも湯がしみると痛がった。
オスカーが痛みのある所を確認すると足の付け根だった。太腿から股にかけて皮膚が擦り剥け赤く斑点模様になっていた。
オスカーに言われバルドはセルジオの足の付け根を確認する。同じ様に皮膚が擦り剥け赤黄色の透明な汁が滲んでいた。
「これはっ!
相当、ヒリヒリと痛んでいたのではありませんか?」
バルドは丁寧に皮膚が擦り剥けた傷口を清水で流すとエステール伯爵家セルジオ騎士団城塞西の屋敷を出発する前に風の魔導士ポルデュラから手渡された深緑色の小袋に入った傷薬を塗る。
「そうでもない。湯が少ししみる程度の痛みなだけだ!」
珍しく少し強い口調で答えたセルジオは明らかにやせ我慢をしている様だった。
『ここまで擦り剥けていては馬上ではこすれて相当に痛みが走ったはず』
バルドは薬を塗り終え、傷口に布をあてるとセルジオの深く青い瞳をじっと見つめる。
「セルジオ様、アロイス様とのお約束は覚えておいでですか?」
セルジオは左斜め上に視線を向けアロイスと約束した事柄を思い返す。
「・・・・」
しばらく返答がない。
「・・・・セルジオ様、わかっておいでですね!
初代様にも同じ事を諭されたと何度か耳にしましたが・・・・」
セルジオは上目遣いでバルドの顏を見る。
「・・・・わかっている。
我慢はしないこと、バルドに今のあり様を包み隠さず伝えること・・・・だ」
フワッ
バルドは両手でセルジオの両頬を包むと上目遣いの眼を真っ直ぐに自身の深い紫色の瞳に向けさせた。
「わかっておいででしたね。左様にございます。
このまま我慢をされ、ポルディラ様の傷薬を塗らずに
明日を迎えていたらどうなっていたと思われますか?」
真っ直ぐ目線を向けさせたまま問いかける。
「・・・・傷がひどくなる・・・・と思う」
「左様にございます。
傷口が汗や土で汚れれば化膿します。
最悪の場合、両足を切断せねばなりません。
その様なことになって騎士になれますか?」
「!!なれない!
騎士になるどころか己で己のことが何一つできなくなる」
「左様です。
人が痛みを感じますのは自身の身を守る為です。
痛みがある事で治療をする行動に移せます。
身体が知らせてくれるのです。治せ、傷を治せと。
では、どうすればようございましたか?
セルジオ様は何をすべきでしたか?」
尚もバルドはセルジオの両頬を両手で包み、目線を自身の深い紫色の瞳から外させない。
「足がおかしいと感じた時、
直ぐにバルドへ己のあり様を伝えればよかった」
「左様です。
ポルデュラ様の傷薬は回復の魔術が施されています。
塗れば半日もせずに治ります。
途中薬を塗り治療をした上でセルジオ様とエリオス様には
荷馬車の荷台にヨシュカ殿と共に乗せて頂く事もできました。
そのようにしていればどうなりましたか?」
「今、この時は必要なくなる。
バルドもオスカーも我らの手当はせずに共に湯浴みができていた」
「全て、お解りではありませんか。
明日は火焔の城塞へ入ります。
ラルフ殿方は火焔の城塞には入れません。
麓の修道院で1週間、我らをお待ち下さいます」
「近くの街と村へ行き、荷運びをされるそうです。
セルジオ様が皆に迷惑をかけたくないとお考えなのは重々承知しています。
ラルフ殿方は我らの動きに合わせる訓練を受けています。
影の役目を担うものが一番に迷惑と感じるのは足止めをされることです」
「それも一つの言葉で回避できた事柄を言わずして
足止めをされればこれからの道筋を練り直さねばなりません。
『痛い』と一言あれば回避できた時です。
その言葉を言わずしてセルジオ様が無理をされ、
我慢をされればされるほどエリオス様は何も言えませんよ。
主が痛みを口にせずにいるのに
守護の騎士が痛みを口にできますか?
セルジオ様よりも痛みを強く感じるエリオス様は
相当な痛みを堪えていたことでしょう」
セルジオははっと目を見開く。
「セルジオ様、セルジオ様はお独りではないのです。
ラドフォール公爵領を抜けますと何が起こるかわかりません。
我らも今まで以上に気を配りますが、
それでも不測の事態が起こるとお考え頂いての行動が不可欠となります」
「これよりは何事も包み隠さず、今のあり様を、
どのような些細な事柄でも構いません。
バルドに伝えて下さい」
「これは主と守護の騎士、両方を守る為の策にございます。
セルジオ騎士団団長とジグラン様から申し付かった
一番に大きな役目は『4人が生きて西の屋敷へ戻ること』
ではありませんでしたか?」
「見聞も各貴族騎士団の巡回でのお役目もその後のことです。
第一は皆が生きて西の屋敷に戻ることです」
セルジオは両頬を包むバルドの両手に小さな手を添える。
「・・・・わかった・・・・バルド。
すまぬ!すまぬ!いつも同じ事を繰り返していると思う。
バルドに言われたこともアロイス様に言われたことも
初代様に言われたことも全て同じ事柄だ」
「独りで何もできないこと、
知らない事を受け入れよと言われている。
わかっている。わかっている・・・・
わかってはいるが・・・・なかなかに難しい・・・・」
セルジオの声は徐々に小さくなる。
バルドの手に添えた小さな手を両脇にだらりと下した。
パチンッ!
セルジオの両頬を包み込んでいたバルドの両手が左右から勢いよくセルジオの頬を挟んだ。
グッ!
バルドは両手に強く力を入れてセルジオの両頬をぐっと持ち上げる。セルジオの深く青い瞳を自身の深い紫色の瞳に近づける。
「セルジオ様!
我ら守護の騎士の主はこの様に情けない方なのですか!
青き血も真に目覚め、青白い炎の制御も
だんだんにおできになってきています」
「されど、セルジオ様ご自身がこの様な気弱なことを
いつまでも口にされていては青き血が流れるコマンドールの
再来などと言えましょうか!」
「青き血が真に目覚める前のセルジオ様の方が
よほど勇敢で学びに貪欲で、
何事にも動じない力強さがございました!」
「今は、いかがですか!
事ある毎に気弱なことを口にされ、
周りに迷惑がかかるなどといつまでも申されて、
進まれる道が切り開かれているのに動かず後ろを向かれている!」
「その様な主に我ら守護の騎士はお仕えできましょうか!
この身をこの命を賭してでもお守りしたいと思いましょうか!」
「セルジオ様!いい加減になさいませ!
全てを、今ある事の全てを受け入れる勇気とお覚悟をお持ちください!
セルジオ様は紛れものなく青き血が流れるコマンドールの再来なのです!
この事実はもはや変えられないのです!どのように!どのように!・・・・」
バルドが息を詰まらせる。
「どのように!どんなに!
私が目覚めずともよかったと思っても、
どうか平穏な日々をお過ごし頂きたいと願っても!
どうにもならないのです!!」
「セルジオ様が受け入れて下さらなければ・・・・
ううっ・・・・私は・・・・」
「このままセルジオ様がお亡くなりになったと偽り、
共に国外へ・・・・遠い、伯爵も団長も王国さえも
手出しのできない遠い、遠い、海を超えた遠い東の地へ・・・・
ううっ・・・・」
バルドの深い紫色の瞳からポロポロと大粒の涙がセルジオの頬に落ちてくる。
未だかつて見たことがないバルドの顔と様子にセルジオは戸惑いを覚える。
「わかっているのです!
この様な事を思ってはいけないことも!
考えてもいけないことも!されど・・・・なぜ・・・・」
「なぜに・・・・騎士としての騎士団団長としての
訓練だけでよいではありませんか!
この様にお小さい、まだまだ、お小さいセルジオ様が
抱えられる事ではないと思ってしまうのです!」
「いっそ、このままセルジオ様と共に国外へ逃れてしまえばと
知らず知らずの内に思い描いてしまうのです!
セルジオ様にお仕えしてから私は
己を持て余してしまうことがあるのです!!
うっ・・・・ううっ・・・・」
バルドはセルジオの両頬を両手で包んだまま胸の奥底に蓋をしてきた感情が一気に溢れだすのを抑えられなかった。
バルドの深い紫色の瞳から溢れ落ちる涙を両頬で受け止めていたセルジオの深く青い瞳が更に深みを増した。
ブワンッ!!
セルジオの足元から青白い炎が湧き立ち、バルドの身体ごと包み込む。
「・・セっ・・・・セルジオ様・・・・」
ブワンッ!!
青白い炎が波打つ。セルジオの背後に金糸で縁取られたセルジオ騎士団のマントを纏い、重装備の鎧を身に付けた初代セルジオが姿を現した。
セルジオの深く青い瞳は深みを増し見開いたままだった。身体の力が抜け両頬を包む両手の重さが増す。
バルドはセルジオを青白い炎の中で抱き寄せる。セルジオの背後に現れた初代セルジオを見上げた。
初代セルジオはバルドを厳しい眼で見下ろしていた。
「バルド!そなた血迷ったか!!
そなたセルジオの守護の騎士ではないのか!
青き血が流れるコマンドールの守護の騎士ではないのか!」
「我を封じた時、我の悔恨を
セルジオの心と共に封じた時、
そなたポルデュラ殿から再び叙任を受けたのではないのか!」
「セルジオの宿命を共に背負うと
誓いを立てたのではないのか!
そなた自身がセルジオを直視できないのであろう!
痛々しく見ていられないのであろう!」
「そなた謀略の魔導士ではないのか!
その瞳は深淵を覗く魔眼ではないのか!
なぜ、セルジオの深淵を見ようとしないのだ!」
「セルジオはそなたの背中を見ているのだぞ!
そなたの様に心優しく最強の騎士になることを望んでいるのだぞ!
それを見ずして共に逃げよと申すのか!」
「宿命は変えられぬ!
どうあがこうともセルジオは青き血が流れるコマンドールだ!
その生きざまを誇れるものにしてやろうとは思わないのか!」
「バルド!目を覚ませ!
セルジオ自身が痛みを痛みとして感じられる様、
導くのがそなたの師としての守護の騎士としての役目ぞ!」
「内からは我が手助けをする!
外ではそなたがそなたの持てるもの全てをセルジオに授けよ!
今は身体は小さくともセルジオの泉は我と同じだ。
広大で深い。そなたが授ける全てを受け入れる度量を持ち合わせている!」
「どうか!頼む!セルジオを頼む!
悔恨を残すことなく、
己の歩んだ道を誇れる騎士に育ててやってくれ!頼む!!」
フッ・・・・
初代セルジオの姿がふっと消えた。同時に青白い炎も消えた。
ピクリッ!
バルドの腕の中で力なく眼を見開いていたセルジオの身体がピクリと動く。
セルジオの深く青い瞳を覗くと精気が戻っていた。
「・・・・バルド?・・・・」
セルジオは抱えられている状況がつかめずバルドの名を呼ぶ。
バルドはセルジオの深く青い瞳を深い紫色の瞳でじっと見つめた。
「・・・・セルジオ様・・・・
初代様が私を諭しにお出でくださいました。
少々・・・・私も少々・・・・迷いが出ていた様です」
「セルジオ様を愛おしく想うあまり・・・・選択を誤る所でした。
セルジオ様があり様を伝える事が難しいと仰るのであれば
私が気を巡らしましょう。そうして覚えていけばよろしいかと」
「エリオス様とオスカー殿にもお願いしておきます。
セルジオ様があり様を伝えることが難しいと申されなくなるまでは
我らで気を巡らせお助けしようとお願いいたします」
セルジオはバルドの首に両腕を回すと左肩に顔をうずめた。
「バルド、よろしく頼む!」
カコッカコッカコッ
カコッカコッカコッ
「セルジオ様、足の付け根の痛みはどうですか?」
バルドは擦り剥けた足の付け根の痛みをセルジオに確認する。
「大事ない。
バルドが鞍の上に鳥の羽のマットを当てがってくれたから
痛みはほとんどない。感謝もうす」
セルジオはくるりと首を後ろへ回しバルドへ
礼を言った。
「ようございました。
泉に着きましたら傷口を清めてポルディラ様の薬を塗りましょう。
火焔の城塞に到着する時には万全の態勢を整えておかねばなりませんから」
バルドはセルジオへ微笑みを向ける。
「わかった。この度もカルラ様は火矢で迎えてくれるのだろうか・・・」
セルジオは少し身構えた様子でバルドへ問いかける。
「そうですね。
カルラ様はセルジオ様とエリオス様を手合わせのお相手と
思っておいでですから趣向を凝らしてみえるやもしれません」
バルドはふふふっと笑った。
「大丈夫だ。どんな出迎えであっても守護の騎士が3人もいるからな」
セルジオはバルドへ嬉しそうな顔を向ける。
「バルド殿、オスカー殿、右手の細道にお入り下さい。その先が泉になります」
ラルフが道案内の声をかける。
「承知しました」
荷馬車に並行して歩むバルドとオスカーが呼応した。
眼を向けた先には泉の湖面を照らす光がキラキラと瞬いていた。
【春華のひとり言】
今日もお読み頂きありがとうございます。
旅路にでたことで己の本音と向き合うことになったバルド。
根底にあるのはセルジオへの“愛”でした。
大切な人が苦しむ姿を見たくないと思ってしまいますよね。
それでも宿命を受け入れ守護する事を選択したのは自分自身だと初代セルジオに諭されたバルドでした。
初代セルジオの悔恨と共に封印されたセルジオの心の回は
第2章 第7話 インシデント3:前世の封印
バルドがポルデュラから再び叙任を受けた回は
第2章 第14話 インシデント10:最善の策
となります。
明日もよろしくお願い致します。
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