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第3章:生い立ち編2 ~見聞の旅路~
第50話 意志あるところに
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初代セルジオに右肩を押され、セルジオの青き泉に落ちたバルドは落ちたままの体勢で静かに深く深く青き泉を沈んでいった。
ポルデュラが腰に巻いた銀色の鎖が徐々に光を失う青き泉の中でキラキラと光を放っている。
辺りが濃紺の空間に包まれるとバルドは体勢を変えた。
沈んでいく方向へ身体の正面を向け、両手を身体の側面に羽根の様に広げた。
青き泉を泳ぐに両足を上下に動かす。
青き泉を深く潜る様に進むと初代セルジオが授けると言ってバルドの額に刻んだ傷から現れた六芒星の刻印が熱を帯び始めた。
「・・・・そう言えば初代様はセルジオ様の珠と
私の魔眼を引き合わせよと唱えていらしたな」
バルドは濃紺の空間が広がり、光が一切入らない中でもなぜか行先が解る様に感じていた。
キュイン、キュイン、キュイン。
額に刻まれた六芒星の刻印が額の中央に向けて縮まる様な感覚を覚える。
更に深く進めと導かれている様だった。バルドは上下に動かす両足の速度を上げた。
キュイン!キュイン!キュイン!
額が収縮するかのように締め付けられる。
ピンッ!
額の六芒星の刻印から薄紫色の糸の様な物が濃紺の空間の先へ伸びた。
「・・・・セルジオ様の珠がある場所を示したのか?」
なぜだか解らないがセルジオがいる場所を示していると確信する。
ピィィィン!!!
額から伸びた薄紫色の糸が引っ張り、バルドを濃紺の空間の奥深くへ誘った。
初代セルジオから本来は己が立ち入ることができない場所だと聞かされていたから導かれるままに進むより他に道はないと思っていた。
しばらく進むと小さな青白い光が見えた。
「・・・・あれは・・・・」
上下に動かす両足の速度を更に上げる。
小さな青白い光は少しづつ大きな光の塊になった。
更に進むと青白い光の中に人影が見えた。
「セルジオ様!」
バルドは上下に動かす両足を大きく動かした。
青白い光の中で両膝をつき、両手を結んだ祈りの姿勢をとっているセルジオがはっきりと見えた。
バルドは青白い光の手前で両足を静かに下に向ける。
まるで地面に足がついたかのように濃紺の空間に降り立った。
「こちらにお出ででしたかっ!探しましたぞ、セルジオ様っ!」
バルドはいつもと変わらずセルジオに声を掛けた。
セルジオは驚きの顔を見せると「えっ!」と小さな声を上げてバルドを見上げた。
両膝をつくセルジオの前に濃紺の水たまりが広がっている。
バルドはセルジオへ微笑みを向けると歩み寄った。
「セルジオ様、何を祈っていらしたのですか?
この濃紺の水たまりは何でございますか?」
セルジオは祈りの姿勢のままバルドを凝視していた。
「バ・・・・ルト・・・・?」
信じられないと言った表情をバルドへ向けると小さな声でバルドの名前を呼んだ。
バルドは3日振りに耳にしたセルジオの声に胸が締め付けられる思いになる。
何事もなかったかの様な素振りで己の名前を呼ぶセルジオに呼応した。
「はい、バルドにございます。
セルジオ様、遅くなりました。お迎えにまいりました」
直ぐにでも抱きかかえ、抱きしめたい思いをぐっと堪え、バルドは優しい微笑みをセルジオへ向けると膝をつき左手を差し出した。
ガバッ!!!
「バルドっ!!!バルドだっ!バルドが迎えにきてくれたっ!」
抱きかかえたい思いを堪えたのが伝わったのかセルジオの方から抱きついてきた。
バルドはいたたまれない思いに駆られる。もう、この様なセルジオに会うことが叶わないかもしれない不安な思いを抱かなかったと言えば嘘になる。
ポルデュラや初代セルジオを信じてはいる。だから言う通りに全て言う通りにしてきた。それでも一抹の不安は拭いきれなかった。
今、目の前に己の腕の中に小さな主が以前と変わらぬ姿のままいるのだ。
安堵とは異なる歓喜の声を上げてしまいそうな己を戒める。
「おっと!セルジオ様、危のうございます!その様に抱きつかれて・・・・」
ギュッ!!!
チュッ!
冷静な素振りをしてセルジオを強く抱きしめると頭に口づけをした。
頭に口づけをしたまま静かにセルジオへ帰還を促す言葉を告げる。
「さっ、セルジオ様、戻りましょう。皆様、お待ちにございます。
セルジオ様のお元気なお姿を見たいと皆が願っております。
さっ、戻りましょう」
ピクリッ!
その言葉に腕の中のセルジオの身体がピクリと動いた。
「・・・・セルジオ様、いかがされましたか?
ここはセルジオ様の深淵にございます。
この場に留まることはできないのです。戻りましょう」
バルドは再び帰還を促す言葉を口にするとセルジオの顔を覗きこんだ。
セルジオは濃紺の水たまりに目を向ける。
「セルジオ様、あの濃紺の水たまりは何でございますか?」
バルドはセルジオの視線の先にある濃紺の水たまりが何であるかを聞いた。
「・・・・」
セルジオは濃紺の水たまりをじっと見つめたまま黙っていた。
「セルジオ様?いかがされましたか?
お話しになるのがお嫌でしたら無理にとは申しませんが・・・・」
バルドの少し哀しそうな声にセルジオはバルドの顔を見上げた。
セルジオはきゅっと唇を結ぶとバルドの深い紫色の瞳をじっと見つめた。
「セルジオ様、まずは戻りましょう。
戻りましてからここでのお話しを聞かせて下さいませ。
どんなお話しが聞けるのかバルドは楽しみです」
そう言うとバルドはまた一つセルジオの頭に口づけをした。
セルジオはふるふると頭を左右に振った。
バルドの顔を再び見上げる。
「バルド、まだ戻れぬ。戻る事はできぬ・・・・」
セルジオは小さな声を発すると濃紺の水たまりに目を移した。
「セルジオ様、深淵には留まることができないのですよ。
なぜ?戻れないのですか?」
バルドは初代セルジオやポルデュラからセルジオを見つけたら即刻、深淵から戻る様に言われていた。
深淵に長く留まれはセルジオだけでなくバルドも戻ることができなくなる。
魂は来世を迎えることはできなくなり、更に身体は朽ち果てると聞かされていた。
それでもバルドはセルジオの意志を尊重したいと考えていた。
セルジオは自らの意志で深淵に落ちた。ならば戻る時も自らの意志で戻らねば何も変わらないと考えたからだった。
バルドは黙って濃紺の水たまりを見つめるセルジオの頭をそっと胸に引き寄せる。
「セルジオ様、セルジオ様の思うたままの事をバルドへお話し下さい。
バルドは何を聞こうとも何があろうともセルジオ様のお傍を離れはしません。
セルジオ様とずっと一緒におります」
「このまま深淵に留まりたいと仰ればバルドも留まりましょう。
セルジオ様が深淵に留まりたいと思われる理由を
お話しされたくないと思われるのであれば聞かずにおきましょう」
「先程、初代様に言われてしまいました。
セルジオ様は真面目過ぎると。師である私によく似ていると言われました。
セルジオ様があれこれと思い悩むのは私が師であったからかもしれません」
バルドは己を見上げるセルジオの深く青い瞳を見つめるとふっと優しく微笑んだ。
セルジオはバルドのその微笑みがどこか悲し気に見えて胸が締め付けられ痛みが走った。
ズキンッ!
「・・・・うっ!!くっ・・・・苦しい・・・・がはっ!!」
バシャッ!
セルジオは胸の痛みを感じると再び濃紺の液体を吐き出した。
「セルジオ様っ!」
「だ・・・・大事ない・・・・バルド。
これが濃紺の水たまりなのだ。私が吐き出したのだ。
胸が痛み、苦しくなると黒々とした塊が胸から喉に上がり、
濃紺の水が口から出るのだ・・・・」
セルジオはバルドに濃紺の水たまりができていた原因を告げる。
バルドはセルジオが痛みを覚えたと胸を己の胸と合わせる。
トクンットクンットクンッ・・・・
トクンットクンットクンッ・・・・
赤子の頃から変わらない規則だたしく、暖かいバルドの胸の鼓動が伝わってくる。
セルジオは目を閉じ、バルドの広い胸にそっと耳を寄せた。
「バルドの胸の音が好きだ・・・・
この音を聞いていると眠れるのだ。ずっと聞いていたいと思うのだ」
トクンットクンットクンッ・・・・
トクンットクンットクンッ・・・・
「バルド。私が戻りたくないと思うのは・・・・
この胸の音を聞く事ができなくなる日がくるのではないかと思ってしまうのだ。
私がいることでバルドやエリオス、オスカーを傷つけると思うと苦しくなるのだ」
「なれば私が独りでいれば皆が傷つくこともないと思ってしまうのだ。
濃紺の水たまりは初代様の悔恨と私の胸の苦しさだと思う・・・・
初代様やバルドの教え通りにすればよいと解ってはいるのだ」
「でも、どうしても私のために皆が傷つくことが
苦しくて仕方がないのだ・・・・どうしたらよいのか解らずに・・・・
バルドに助けてもらいたいと・・・・それで祈っていた・・・・」
セルジオはバルドの胸に左手を添えてぽつりぽつりと濃紺の水たまりができた原因を語った。
バルドは静かにセルジオを話しを聞いていた。
「左様でしたか・・・・」
静かに一言、呼応するとセルジオの頭をそっとなでる。
「己のために誰かが傷つくことを望む者などおりません。
セルジオ様だけではありませんよ。皆がその様に思い、失う事を恐れるのです。
セルジオ様、その胸の苦しみは親しき者、己が愛しむ者、
大切に思う者が傷つき、失う事への恐怖です」
「己が傷つき、己の命を差し出す事に恐怖を抱くのであれば
訓練で消し去ることはできます。されど、己の周りにいる者達が傷つき、
命を落とす事の恐怖を取り除くことはなかなかに難しいのです。
ですから騎士と従士は家族を持つことを禁忌としています。
家族を残しては己の命さえも失うことを躊躇いますから」
「されどセルジオ様はセルジオ騎士団団長となられます。
騎士団団長はそのどちらの恐怖をも取り除かねばなりません。
騎士団の騎士と従士が傷つき、命を散らそうとも国のため、
民のため、騎士団を存続せねばなりません」
「セルジオ様の心は初代様の悔恨と共に封印されました。
初代様とご一緒に青き泉で眠っておられます。
されど恐怖を感じることができたのです。
大切だと思うからこそ胸の痛みを感じるのです。
セルジオ様のお心は皆と同じ様に動いているのですよ」
バルドはセルジオの頭に口づけをした。
セルジオはバルドの胸に耳をあて、胸から響いてくるバルドの声と鼓動を感じていた。
つい先ほどまで苦しくて仕方がなかった胸の痛みも黒々とした塊が胸から上がってくる感覚もなくなっていた。
セルジオは顔を上げてバルドの顔を見上げる。
「バルド。戻る。皆のいる所へ戻る。
エリオスとオスカーが待っているのであろう?戻って旅路を続ける」
「皆も同じ様に胸が痛み、苦しくなるのなら私がここに留まれば
エリオスもオスカーも胸が苦しく痛みを覚えるのであろう?
バルドっ!解った気がする。上手く伝えられぬが・・・・
もう、大事ない!戻るぞ。バルドっ!迎えにきてくれ感謝申すっ!」
セルジオはバルドの首に両手を回して抱きついた。
「はっ!」
グッ!!
グンッッ!!
バルドはセルジオの言葉にポルデュラが腰に巻き付けた銀色の鎖を力いっぱい引っ張るのだった。
【春華のひとり言】
今日もお読み頂きありがとうございます。
胸の痛みと苦しみの原因が誰かを想うからこその失う事への恐怖だと理解したセルジオ。
また、一つ成長をした様に感じます。
まだまだ、小さな子供であるのに背負うものが大きければ大きなほど過酷な体験もするのでしょうね。
「意志あるところに道は開ける」セルジオにエールを贈ります。
明日もよろしくお願い致します。
ポルデュラが腰に巻いた銀色の鎖が徐々に光を失う青き泉の中でキラキラと光を放っている。
辺りが濃紺の空間に包まれるとバルドは体勢を変えた。
沈んでいく方向へ身体の正面を向け、両手を身体の側面に羽根の様に広げた。
青き泉を泳ぐに両足を上下に動かす。
青き泉を深く潜る様に進むと初代セルジオが授けると言ってバルドの額に刻んだ傷から現れた六芒星の刻印が熱を帯び始めた。
「・・・・そう言えば初代様はセルジオ様の珠と
私の魔眼を引き合わせよと唱えていらしたな」
バルドは濃紺の空間が広がり、光が一切入らない中でもなぜか行先が解る様に感じていた。
キュイン、キュイン、キュイン。
額に刻まれた六芒星の刻印が額の中央に向けて縮まる様な感覚を覚える。
更に深く進めと導かれている様だった。バルドは上下に動かす両足の速度を上げた。
キュイン!キュイン!キュイン!
額が収縮するかのように締め付けられる。
ピンッ!
額の六芒星の刻印から薄紫色の糸の様な物が濃紺の空間の先へ伸びた。
「・・・・セルジオ様の珠がある場所を示したのか?」
なぜだか解らないがセルジオがいる場所を示していると確信する。
ピィィィン!!!
額から伸びた薄紫色の糸が引っ張り、バルドを濃紺の空間の奥深くへ誘った。
初代セルジオから本来は己が立ち入ることができない場所だと聞かされていたから導かれるままに進むより他に道はないと思っていた。
しばらく進むと小さな青白い光が見えた。
「・・・・あれは・・・・」
上下に動かす両足の速度を更に上げる。
小さな青白い光は少しづつ大きな光の塊になった。
更に進むと青白い光の中に人影が見えた。
「セルジオ様!」
バルドは上下に動かす両足を大きく動かした。
青白い光の中で両膝をつき、両手を結んだ祈りの姿勢をとっているセルジオがはっきりと見えた。
バルドは青白い光の手前で両足を静かに下に向ける。
まるで地面に足がついたかのように濃紺の空間に降り立った。
「こちらにお出ででしたかっ!探しましたぞ、セルジオ様っ!」
バルドはいつもと変わらずセルジオに声を掛けた。
セルジオは驚きの顔を見せると「えっ!」と小さな声を上げてバルドを見上げた。
両膝をつくセルジオの前に濃紺の水たまりが広がっている。
バルドはセルジオへ微笑みを向けると歩み寄った。
「セルジオ様、何を祈っていらしたのですか?
この濃紺の水たまりは何でございますか?」
セルジオは祈りの姿勢のままバルドを凝視していた。
「バ・・・・ルト・・・・?」
信じられないと言った表情をバルドへ向けると小さな声でバルドの名前を呼んだ。
バルドは3日振りに耳にしたセルジオの声に胸が締め付けられる思いになる。
何事もなかったかの様な素振りで己の名前を呼ぶセルジオに呼応した。
「はい、バルドにございます。
セルジオ様、遅くなりました。お迎えにまいりました」
直ぐにでも抱きかかえ、抱きしめたい思いをぐっと堪え、バルドは優しい微笑みをセルジオへ向けると膝をつき左手を差し出した。
ガバッ!!!
「バルドっ!!!バルドだっ!バルドが迎えにきてくれたっ!」
抱きかかえたい思いを堪えたのが伝わったのかセルジオの方から抱きついてきた。
バルドはいたたまれない思いに駆られる。もう、この様なセルジオに会うことが叶わないかもしれない不安な思いを抱かなかったと言えば嘘になる。
ポルデュラや初代セルジオを信じてはいる。だから言う通りに全て言う通りにしてきた。それでも一抹の不安は拭いきれなかった。
今、目の前に己の腕の中に小さな主が以前と変わらぬ姿のままいるのだ。
安堵とは異なる歓喜の声を上げてしまいそうな己を戒める。
「おっと!セルジオ様、危のうございます!その様に抱きつかれて・・・・」
ギュッ!!!
チュッ!
冷静な素振りをしてセルジオを強く抱きしめると頭に口づけをした。
頭に口づけをしたまま静かにセルジオへ帰還を促す言葉を告げる。
「さっ、セルジオ様、戻りましょう。皆様、お待ちにございます。
セルジオ様のお元気なお姿を見たいと皆が願っております。
さっ、戻りましょう」
ピクリッ!
その言葉に腕の中のセルジオの身体がピクリと動いた。
「・・・・セルジオ様、いかがされましたか?
ここはセルジオ様の深淵にございます。
この場に留まることはできないのです。戻りましょう」
バルドは再び帰還を促す言葉を口にするとセルジオの顔を覗きこんだ。
セルジオは濃紺の水たまりに目を向ける。
「セルジオ様、あの濃紺の水たまりは何でございますか?」
バルドはセルジオの視線の先にある濃紺の水たまりが何であるかを聞いた。
「・・・・」
セルジオは濃紺の水たまりをじっと見つめたまま黙っていた。
「セルジオ様?いかがされましたか?
お話しになるのがお嫌でしたら無理にとは申しませんが・・・・」
バルドの少し哀しそうな声にセルジオはバルドの顔を見上げた。
セルジオはきゅっと唇を結ぶとバルドの深い紫色の瞳をじっと見つめた。
「セルジオ様、まずは戻りましょう。
戻りましてからここでのお話しを聞かせて下さいませ。
どんなお話しが聞けるのかバルドは楽しみです」
そう言うとバルドはまた一つセルジオの頭に口づけをした。
セルジオはふるふると頭を左右に振った。
バルドの顔を再び見上げる。
「バルド、まだ戻れぬ。戻る事はできぬ・・・・」
セルジオは小さな声を発すると濃紺の水たまりに目を移した。
「セルジオ様、深淵には留まることができないのですよ。
なぜ?戻れないのですか?」
バルドは初代セルジオやポルデュラからセルジオを見つけたら即刻、深淵から戻る様に言われていた。
深淵に長く留まれはセルジオだけでなくバルドも戻ることができなくなる。
魂は来世を迎えることはできなくなり、更に身体は朽ち果てると聞かされていた。
それでもバルドはセルジオの意志を尊重したいと考えていた。
セルジオは自らの意志で深淵に落ちた。ならば戻る時も自らの意志で戻らねば何も変わらないと考えたからだった。
バルドは黙って濃紺の水たまりを見つめるセルジオの頭をそっと胸に引き寄せる。
「セルジオ様、セルジオ様の思うたままの事をバルドへお話し下さい。
バルドは何を聞こうとも何があろうともセルジオ様のお傍を離れはしません。
セルジオ様とずっと一緒におります」
「このまま深淵に留まりたいと仰ればバルドも留まりましょう。
セルジオ様が深淵に留まりたいと思われる理由を
お話しされたくないと思われるのであれば聞かずにおきましょう」
「先程、初代様に言われてしまいました。
セルジオ様は真面目過ぎると。師である私によく似ていると言われました。
セルジオ様があれこれと思い悩むのは私が師であったからかもしれません」
バルドは己を見上げるセルジオの深く青い瞳を見つめるとふっと優しく微笑んだ。
セルジオはバルドのその微笑みがどこか悲し気に見えて胸が締め付けられ痛みが走った。
ズキンッ!
「・・・・うっ!!くっ・・・・苦しい・・・・がはっ!!」
バシャッ!
セルジオは胸の痛みを感じると再び濃紺の液体を吐き出した。
「セルジオ様っ!」
「だ・・・・大事ない・・・・バルド。
これが濃紺の水たまりなのだ。私が吐き出したのだ。
胸が痛み、苦しくなると黒々とした塊が胸から喉に上がり、
濃紺の水が口から出るのだ・・・・」
セルジオはバルドに濃紺の水たまりができていた原因を告げる。
バルドはセルジオが痛みを覚えたと胸を己の胸と合わせる。
トクンットクンットクンッ・・・・
トクンットクンットクンッ・・・・
赤子の頃から変わらない規則だたしく、暖かいバルドの胸の鼓動が伝わってくる。
セルジオは目を閉じ、バルドの広い胸にそっと耳を寄せた。
「バルドの胸の音が好きだ・・・・
この音を聞いていると眠れるのだ。ずっと聞いていたいと思うのだ」
トクンットクンットクンッ・・・・
トクンットクンットクンッ・・・・
「バルド。私が戻りたくないと思うのは・・・・
この胸の音を聞く事ができなくなる日がくるのではないかと思ってしまうのだ。
私がいることでバルドやエリオス、オスカーを傷つけると思うと苦しくなるのだ」
「なれば私が独りでいれば皆が傷つくこともないと思ってしまうのだ。
濃紺の水たまりは初代様の悔恨と私の胸の苦しさだと思う・・・・
初代様やバルドの教え通りにすればよいと解ってはいるのだ」
「でも、どうしても私のために皆が傷つくことが
苦しくて仕方がないのだ・・・・どうしたらよいのか解らずに・・・・
バルドに助けてもらいたいと・・・・それで祈っていた・・・・」
セルジオはバルドの胸に左手を添えてぽつりぽつりと濃紺の水たまりができた原因を語った。
バルドは静かにセルジオを話しを聞いていた。
「左様でしたか・・・・」
静かに一言、呼応するとセルジオの頭をそっとなでる。
「己のために誰かが傷つくことを望む者などおりません。
セルジオ様だけではありませんよ。皆がその様に思い、失う事を恐れるのです。
セルジオ様、その胸の苦しみは親しき者、己が愛しむ者、
大切に思う者が傷つき、失う事への恐怖です」
「己が傷つき、己の命を差し出す事に恐怖を抱くのであれば
訓練で消し去ることはできます。されど、己の周りにいる者達が傷つき、
命を落とす事の恐怖を取り除くことはなかなかに難しいのです。
ですから騎士と従士は家族を持つことを禁忌としています。
家族を残しては己の命さえも失うことを躊躇いますから」
「されどセルジオ様はセルジオ騎士団団長となられます。
騎士団団長はそのどちらの恐怖をも取り除かねばなりません。
騎士団の騎士と従士が傷つき、命を散らそうとも国のため、
民のため、騎士団を存続せねばなりません」
「セルジオ様の心は初代様の悔恨と共に封印されました。
初代様とご一緒に青き泉で眠っておられます。
されど恐怖を感じることができたのです。
大切だと思うからこそ胸の痛みを感じるのです。
セルジオ様のお心は皆と同じ様に動いているのですよ」
バルドはセルジオの頭に口づけをした。
セルジオはバルドの胸に耳をあて、胸から響いてくるバルドの声と鼓動を感じていた。
つい先ほどまで苦しくて仕方がなかった胸の痛みも黒々とした塊が胸から上がってくる感覚もなくなっていた。
セルジオは顔を上げてバルドの顔を見上げる。
「バルド。戻る。皆のいる所へ戻る。
エリオスとオスカーが待っているのであろう?戻って旅路を続ける」
「皆も同じ様に胸が痛み、苦しくなるのなら私がここに留まれば
エリオスもオスカーも胸が苦しく痛みを覚えるのであろう?
バルドっ!解った気がする。上手く伝えられぬが・・・・
もう、大事ない!戻るぞ。バルドっ!迎えにきてくれ感謝申すっ!」
セルジオはバルドの首に両手を回して抱きついた。
「はっ!」
グッ!!
グンッッ!!
バルドはセルジオの言葉にポルデュラが腰に巻き付けた銀色の鎖を力いっぱい引っ張るのだった。
【春華のひとり言】
今日もお読み頂きありがとうございます。
胸の痛みと苦しみの原因が誰かを想うからこその失う事への恐怖だと理解したセルジオ。
また、一つ成長をした様に感じます。
まだまだ、小さな子供であるのに背負うものが大きければ大きなほど過酷な体験もするのでしょうね。
「意志あるところに道は開ける」セルジオにエールを贈ります。
明日もよろしくお願い致します。
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