150 / 216
第3章:生い立ち編2 ~見聞の旅路~
第87話 獅子との戦い2
しおりを挟む
「セルジオ様とエリオス様は我らにお気づきになりましたね」
闘技場へ投げ入れた短剣をセルジオとエリオスが手に取り、両手で掲げるのを見届けると
オスカーがバルドへ耳打ちした。
観覧席の西側、中二階の特別席にアロイス、バルド、オスカーは煌びやかな商人風の衣服を纏い着座していた。
傍から見れば騎士や従士にはまず見えない。
ラドフォール騎士団、影部隊隊長ラルフの手引きで3人はまんまと東の館に潜りこんだのだ。
東西南北の中二階に設えられた特別席にはクリソプ男爵の私兵が護衛として配置される。
東の館で催される饗宴の様子が外部へ漏れないための監視と言った方がよいだろう。
アロイス、バルド、オスカーが着座する特別席には、セルジオとエリオスを闘技場へ連れ立った赤茶色の髪の男が配置されていた。
御者として東の館に同道したラルフは馬車で待機をしている。
ラルフ商会の荷馬車がカリソベリル伯爵領より運ぶ荷を待つとのことだった。
バルドはオスカーの耳打ちに呼応する。
「左様ですね。されど、我らがどこにいるのかまではお解りにならないでしょうね。この格好では・・・・」
バルドは目線はセルジオとエリオスへ向けたまま少し両肩を上げて見せた。
「ふふふ、バルド殿もオスカー殿もよくお似合いですよ。お2人は何を着ても様になりますね。バルド殿は謀略の魔導士と恐れられていた時を思い出されるのではありませんか?」
アロイスがあたかも談笑している風をよそおう。
「アロイス様もお人が悪うございますね。かつてもこの様な煌びやかな衣服は纏うことはございませんでした」
バルドはアロイスに合わせ、にこやかに呼応した。
バシッ!!!
バシッ!!!
再び闘技場の中央で鞭が地面に叩きつけられた。
闘技場が静まりかえると司会の男は大仰に余興の始まりを告げる。
「紳士淑女の皆様っ!今宵の余興の準備は全て整いましたっ!これより、眉目秀麗な子弟と獅子との壮絶な戦いの幕が上がりますっ!お見逃しのなきよう、お楽しみ下さいっ!!」
東側のアーチ形出入口から3人の従者が現れた。
ギシッギシッ!!
ギシッギシッ!!
獅子が収まる檻の左右と後方に縄を縛り付ける。
解けない事を確認すると司会の男は備え付けの階段から南側観覧席に戻った。
階段が外される。
檻に縄を縛り付けた3人の従者が縄を手にしたままアーチ形の出入口へ姿を消すと東西南北にある出入口に鉄の柵が落とされた。
闘技場からはもはや逃げることはできないと言う事だ。
「ワァァァァァ」
「ワァァァァァ」
闘技場は大歓声に湧く。
東側のアーチ形出入口の3人が檻に縛り付けた縄を強く引いた。
ガコンッ!!
檻の上部が開いた。
檻の中で前足に顎を乗せ、寝そべっていた獅子はゆっくりとその巨体を起こした。
ぐぐっと腰を引き前足を伸ばす。続いて胸を張り、後ろ足を伸ばした。
ひとつ舌なめずりをすると檻の台座から地面に足を下す。
セルジオとエリオスへチラリと視線を向けるが、飛びかかる様子がない。
「サワッザワッ・・・・」
戦意が見られない獅子に観覧席からどよめきが上がった。
「チッ!誰ぞ、エサを与えたのかっ!あれほど、余興前に何も食わせるなと言っておいたのにっ!」
観覧席にいた司会の男が忌々し気に呟いた。
「おいっ!お前、弓矢をよこせっ!」
司会の男は掛け金の一部となる観覧席から投げ入れられた武具の中から弓矢を取り出すとセルジオ目掛けて矢を放った。
ヒュンッ!!!
「セルジオ様っ!!」
カキンッ!!!
エリオスが放たれた矢を短剣ではじく。
「くそっ!!おいっ!お前らどちらでもいいから殺さない程度に身体に傷を負わせろっ!それから、西側の出入口から風を送れっ!」
司会の男は近くにいた従者へ弓矢を取り、セルジオとエリオスへ放つように顎で指示をした。
ヒュンッ!!!
ヒュンッ!!!
ヒュンッ!!!
続けざまに矢が放たれた。
カンッカカンッ!!
カンッカカンッ!!
セルジオとエリオスは放たれた矢を難なく弾いていく。
「なっ、なんだ?あいつら一つも当たらないじゃないか・・・・」
司会の男はギリギリと歯ぎしりをした。
「ワァァァァァ」
「ワァァァァァ」
放たれる矢をことごとく弾いていくセルジオとエリオスの姿に観覧席から歓声が湧く。
ヒュンッ!!!
ヒュンッ!!!
ヒュンッ!!!
カンッカカンッ!!
カンッカカンッ!!
とめどなく放たれる矢をセルジオとエリオスは弾き返した。
西側の出入口から風が送られた。
ピクリッ!!
セルジオとエリオスへは全く興味を示さなかった獅子が鼻先を天井に向けひくひくと動かしている。
「ぐるぅぅぅぅ・・・・」
うめき声を上げ、闘技場の中央で南北を行き来しだした。
司会の男はニヤリと笑う。
「やめろっ!矢を放つのをやめろっ!」
どうやら2人の汗の臭いに反応したようだ。
「おいっ!お前、ちょっとこいっ!」
司会の男は従者を一人、手招きした。
「手を出せ」
左手を出させる。
シャッ!!!
「うわぁっ!」
差し出された従者の左掌に短剣で傷をつける。
従者の掌にうっすらと血が滲んだ。
「大げさな、ちょっと切っただけだろう。お前、このまま西側の出入口へ行けっ!掌を風の前に置いてこい。美味しそうな獲物が西側にいると獅子に教えてやれっ!」
切られた掌に布をあて、従者は西側の出入口へ走っていった。
「これで、腹の虫が騒ぎ出すだろう。空腹ではないにしても血の臭いにはかなうまい。はぁ、これでやっと余興が始まるなっ」
司会の男は観覧席の椅子にドカッと腰を下した。
「セルジオ様、矢は止まりましたが、獅子がこちらを気にしています」
セルジオとエリオスは絶妙な間合いで闘技場の南北を行き来する獅子を見ていた。
「我らの汗の臭いに反応したのか・・・・」
バサッバサッ・・・・
セルジオは重たく身動きがしにくい上着を何の前触れもなく脱ぎ始めた。
「エリオス、この衣服は動きにくい上に重い。靴もだ。衣服と靴を脱ぐぞ」
「はっ!!」
セルジオの号令にエリオスはすぐさま従った。
「靴下があるから素足ではないな。これで身軽になった」
タイつきの白のシャツに腰当をした薄い緑色のズボンの姿になる。
セルジオとエリオスは短剣2口を握りなおした。
フワリッ・・・・
微かに血の臭いがする。
「血の臭い・・・・」
臭いを辿ると西側の出入口の鉄柵の向こうから手をかざす従者が目に入った。
「・・・・エリオス、そろそろ、獅子と戦わねばならぬな」
「はい、獅子がこちらへ狙いを定めたようです」
南北に行き来していた獅子の動きがピタリと止まった。
体勢を低くし、じわりじわりと間合いを詰めてくる。
「エリオス、バルドの言葉を覚えているか?森で狼と遭遇した時の対峙方法だ」
「はい、覚えています」
「猛獣は首を狙っても仕留められない。首の皮は弾力があり、短剣をも通しにくい」
「はい、だからまずは目を狙えと申されていました。その後前足の付け根から心臓をえぐれと」
「そうだ。だが、獅子は狼より大きい・・・・エリオス、私を上着ごと獅子の背中目掛けて投げてくれっ!上着で目くらましをする。背中に跨り、両眼に短剣を突き立てる」
セルジオはまた無謀な策を講じた。
上手く獅子の背中に跨れればよいが、失敗すればそのままかみ殺されるか、太い前足で抑え込まれるのがおちだ。
セルジオはバサバサと上着を広げ胸にしっかりと抱え込んだ。
獅子がじりじりと間合いを詰めてくる。
もはや他の策を講じている余裕はなかった。
エリオスはセルジオにつかつかと近づくと後ろからセルジオの腹と股下へ腕を回した。
セルジオを抱えたままその場でグルグルと回転をする。
「セルジオ様っ!いきますっ!」
ブンッッ!!!!
セルジオを獅子の頭上向けて勢いよく投げた。
「ぐわぁぁ!!!」
丁度、獅子が前足を上げた所にセルジオは獅子の顔に上着ごと覆いかぶさった。
「ぐわっぁぁぁ」
ブンッッ!!!!
獅子は大きく身体を捻り、覆いかぶさったセルジオを振り払った。
ブンッッ!!!!
セルジオは西側の中二階特別席へ飛ばされる。
「セルジオ様っ!!!」
勢い余った獅子はバランスを崩し、地面にゴロリと転ろがった。
ガシッ!!!!
西側観覧席の中二階、特別席にいた商人風の男が飛ばされてきたセルジオを背中から抱きかかえた。
フワリッ・・・・
バラの香りがセルジオの鼻腔をくすぐった。
「あっ!バル・・・・」
後ろを振り返ろうとするとキュッと身体を抱きしめられた。
耳元でしっと呼び声を制する。
『セルジオ様、そのままに』
セルジオの耳元に届く声はまぎれもなくバルドの声だ。
『セルジオ様、この場で遠慮はいりません。思いきり暴れておいでなさい。今こそ、目にもの魅せる好機にございます。さぁ、セルジオ様、青き血をたぎらせておいでなさいっ!!』
ブンッッ!!!!
バルドは獅子目掛けてセルジオを放り投げた。
フワリッ!!!
セルジオは空中で首を回すとバルドを見る。
バルドは誇らしげな顔をしていた。
セルジオはグッと短剣を握る両手に力を入れる。
「エリオスっ!目を貫くっ!足の付け根へ走れっ!!!」
宙を舞うセルジオを目で追い、エリオスは呼応と共に地面を蹴った。
「はっ!!!」
ザンッッ!!!
セルジオが獅子の首元に跨った。
両足でぐっと獅子の身体を抑えると両腕を大きく振りかぶった。
「許せっ!我らはここで死ぬわけにはいかぬのだっ!!!」
グサッッ!!!
転がり起き上がった所に宙からセルジオに跨られ戸惑う獅子の両眼に短剣が突き刺さった。
「ぐわぁぁぁぁ」
獅子は前足を高く上げ、跨るセルジオを振り払おうともがいた。
グサッッ!!!
高く上がった右前足のつけ根目掛けてエリオスが身体ごと短剣を射し込む。
「ガハッッッ!!!」
ザンッッ!!!
ザンッッ!!!
セルジオとエリオスは短剣を獅子の身体に残したまま獅子から離れ間合いを取った。
顔、白いシャツ、薄緑色のズボンに獅子の血飛沫がかかる。
「ぐわぁぁぁ!!!」
獅子はグルグルと回り、前足を左右にかく様に動かしている。
ザザッ!!!
ザザッ!!!
セルジオとエリオスは自分達に向け放たれた矢を拾い上げると短く握った。
ブワンッ!!!
ワンッ!!!!
ブワンッ!!!
ワンッ!!!!
セルジオの背後に青白い炎がエリオスの身体からは白銀色の光が勢いよく上がった。
「・・・・ザワッザワッ・・・・」
「・・・・ザワッザワッ・・・・」
観覧席にざわめきが起こる。
「・・・・あれは・・・・あの青白い炎は・・・・」
セルジオとエリオスの姿に司会の男が目を見開き、まさかと言いうように呟いた。
ザンッ!!!
グサァッ!!!
「ギャンッ!!!」
セルジオとエリオスは短く握った矢を獅子の左前足のつけ根に深く突き立てた。
ズシンッ!!!
ピクピク・・・・
獅子は横倒れになった。
ピクピクと身体が痙攣をしている。
「・・・・ザワッザワッ・・・・」
「・・・・ザワッザワッ・・・・」
闘技場は歓声からどよめきに変わった。
セルジオの身体から湧き立つ青白い炎が勢いを増している。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・」
「はっ・・・はぁ、はぁ・・・・」
セルジオとエリオスは肩で息をしながらも横たわり痙攣をする獅子に矢を手に持ち近づいた。
ピクッピクッピクッ・・・・・
ピクッピクッピクッ・・・・・
獅子は苦しそうに小刻みな呼吸をしている。
セルジオとエリオスは顔を見合わせると頷き合った。
獅子に近づき、獅子の両目と前足の脇の下に突き刺さる短剣を引き抜く。
「ぐぅぅぅぅ・・・・」
苦しそうなうめき声を上げている。
セルジオは虫の息で横たわる獅子のたてがみにそっと撫でる様に触れた。
「今、楽にしてやる」
そう言うとエリオスを伴い、獅子から数歩離れた所で短剣を胸の前で交差した。
ウワンッ!!
ジーーーン!!!
ピキィィィィン!!!
キィィィン!!!!
セルジオの短剣から青白い光、エリオスの短剣からは白銀色の光が三日月形の刃になり、獅子の首を切り裂いた。
ゴロンッ・・・・
ブシュゥゥゥゥ!!!!
獅子の頭が闘技場の地面にゴロリと転がり落ちた。頭のない首から勢いよく血が吹き出す。
スタスタと獅子の傍に近づくとセルジオとエリオスは獅子の頭を持ち上げた。
ドロドロと血が流れ出る獅子の首近くに頭をそっと置く。
2人は息絶えた獅子の頭の前で膝まずいた。
胸に左手を置く。
「戦う機会を感謝する。安らかに眠れ」
2人は声を揃えて獅子に弔いの言葉を向けた。
すくっと立ち上がると北側観覧席、中二階の特別席へ身体を向ける。
スッ!
スッ!
胸に左手を置き、静かに頭を下げた。
カリソベリル騎士団での御前試合の折に教わった試合後の挨拶を作法に倣い行う。
闘技場は静まり返っていた。
パチッパチッパチッ・・・・
パチッパチッパチッ・・・・
北側観覧席、中二階特別席にいた主催者シェバラル国のクレメンテ伯爵が2人に拍手を送った。
パチッパチッパチッ・・・・
パチッパチッパチッ・・・・
伯爵の拍手に静まりかえった観覧席のあちこちから拍手が徐々に湧き起る。
パチッパチッパチッ・・・・
パチッパチッパチッ・・・・
「・・・・・ワァァァァァ!!!」
「ワァァァァァ!!!!」
「ワァァァァァ!!!!」
徐々に湧き起る拍手と共に闘技場は大歓声に包まれた。
「ワァァァァァ!!!!」
「ワァァァァァ!!!!」
パチッパチッパチッ・・・・
パチッパチッパチッ・・・・
拍手喝采が闘技場に鳴り響いた。
【春華のひとり言】
今日もお読み頂きありがとうございます。
セルジオとエリオス、見事に獅子との戦いに勝利しました。
ラドフォール騎士団先代団長のウルリヒから授かった魔剣も自在に使いこなしている様です。
興奮の収まらない地下闘技場を後に『黒い噂』の粛正にお話は進んでいきます。
ラドフォール騎士団現団長のアロイス、影部隊隊長ラルフと合流を果たす副隊長ブリーツとヨシュカの活躍もお楽しみ下さい。
次回もよろしくお願い致します。
闘技場へ投げ入れた短剣をセルジオとエリオスが手に取り、両手で掲げるのを見届けると
オスカーがバルドへ耳打ちした。
観覧席の西側、中二階の特別席にアロイス、バルド、オスカーは煌びやかな商人風の衣服を纏い着座していた。
傍から見れば騎士や従士にはまず見えない。
ラドフォール騎士団、影部隊隊長ラルフの手引きで3人はまんまと東の館に潜りこんだのだ。
東西南北の中二階に設えられた特別席にはクリソプ男爵の私兵が護衛として配置される。
東の館で催される饗宴の様子が外部へ漏れないための監視と言った方がよいだろう。
アロイス、バルド、オスカーが着座する特別席には、セルジオとエリオスを闘技場へ連れ立った赤茶色の髪の男が配置されていた。
御者として東の館に同道したラルフは馬車で待機をしている。
ラルフ商会の荷馬車がカリソベリル伯爵領より運ぶ荷を待つとのことだった。
バルドはオスカーの耳打ちに呼応する。
「左様ですね。されど、我らがどこにいるのかまではお解りにならないでしょうね。この格好では・・・・」
バルドは目線はセルジオとエリオスへ向けたまま少し両肩を上げて見せた。
「ふふふ、バルド殿もオスカー殿もよくお似合いですよ。お2人は何を着ても様になりますね。バルド殿は謀略の魔導士と恐れられていた時を思い出されるのではありませんか?」
アロイスがあたかも談笑している風をよそおう。
「アロイス様もお人が悪うございますね。かつてもこの様な煌びやかな衣服は纏うことはございませんでした」
バルドはアロイスに合わせ、にこやかに呼応した。
バシッ!!!
バシッ!!!
再び闘技場の中央で鞭が地面に叩きつけられた。
闘技場が静まりかえると司会の男は大仰に余興の始まりを告げる。
「紳士淑女の皆様っ!今宵の余興の準備は全て整いましたっ!これより、眉目秀麗な子弟と獅子との壮絶な戦いの幕が上がりますっ!お見逃しのなきよう、お楽しみ下さいっ!!」
東側のアーチ形出入口から3人の従者が現れた。
ギシッギシッ!!
ギシッギシッ!!
獅子が収まる檻の左右と後方に縄を縛り付ける。
解けない事を確認すると司会の男は備え付けの階段から南側観覧席に戻った。
階段が外される。
檻に縄を縛り付けた3人の従者が縄を手にしたままアーチ形の出入口へ姿を消すと東西南北にある出入口に鉄の柵が落とされた。
闘技場からはもはや逃げることはできないと言う事だ。
「ワァァァァァ」
「ワァァァァァ」
闘技場は大歓声に湧く。
東側のアーチ形出入口の3人が檻に縛り付けた縄を強く引いた。
ガコンッ!!
檻の上部が開いた。
檻の中で前足に顎を乗せ、寝そべっていた獅子はゆっくりとその巨体を起こした。
ぐぐっと腰を引き前足を伸ばす。続いて胸を張り、後ろ足を伸ばした。
ひとつ舌なめずりをすると檻の台座から地面に足を下す。
セルジオとエリオスへチラリと視線を向けるが、飛びかかる様子がない。
「サワッザワッ・・・・」
戦意が見られない獅子に観覧席からどよめきが上がった。
「チッ!誰ぞ、エサを与えたのかっ!あれほど、余興前に何も食わせるなと言っておいたのにっ!」
観覧席にいた司会の男が忌々し気に呟いた。
「おいっ!お前、弓矢をよこせっ!」
司会の男は掛け金の一部となる観覧席から投げ入れられた武具の中から弓矢を取り出すとセルジオ目掛けて矢を放った。
ヒュンッ!!!
「セルジオ様っ!!」
カキンッ!!!
エリオスが放たれた矢を短剣ではじく。
「くそっ!!おいっ!お前らどちらでもいいから殺さない程度に身体に傷を負わせろっ!それから、西側の出入口から風を送れっ!」
司会の男は近くにいた従者へ弓矢を取り、セルジオとエリオスへ放つように顎で指示をした。
ヒュンッ!!!
ヒュンッ!!!
ヒュンッ!!!
続けざまに矢が放たれた。
カンッカカンッ!!
カンッカカンッ!!
セルジオとエリオスは放たれた矢を難なく弾いていく。
「なっ、なんだ?あいつら一つも当たらないじゃないか・・・・」
司会の男はギリギリと歯ぎしりをした。
「ワァァァァァ」
「ワァァァァァ」
放たれる矢をことごとく弾いていくセルジオとエリオスの姿に観覧席から歓声が湧く。
ヒュンッ!!!
ヒュンッ!!!
ヒュンッ!!!
カンッカカンッ!!
カンッカカンッ!!
とめどなく放たれる矢をセルジオとエリオスは弾き返した。
西側の出入口から風が送られた。
ピクリッ!!
セルジオとエリオスへは全く興味を示さなかった獅子が鼻先を天井に向けひくひくと動かしている。
「ぐるぅぅぅぅ・・・・」
うめき声を上げ、闘技場の中央で南北を行き来しだした。
司会の男はニヤリと笑う。
「やめろっ!矢を放つのをやめろっ!」
どうやら2人の汗の臭いに反応したようだ。
「おいっ!お前、ちょっとこいっ!」
司会の男は従者を一人、手招きした。
「手を出せ」
左手を出させる。
シャッ!!!
「うわぁっ!」
差し出された従者の左掌に短剣で傷をつける。
従者の掌にうっすらと血が滲んだ。
「大げさな、ちょっと切っただけだろう。お前、このまま西側の出入口へ行けっ!掌を風の前に置いてこい。美味しそうな獲物が西側にいると獅子に教えてやれっ!」
切られた掌に布をあて、従者は西側の出入口へ走っていった。
「これで、腹の虫が騒ぎ出すだろう。空腹ではないにしても血の臭いにはかなうまい。はぁ、これでやっと余興が始まるなっ」
司会の男は観覧席の椅子にドカッと腰を下した。
「セルジオ様、矢は止まりましたが、獅子がこちらを気にしています」
セルジオとエリオスは絶妙な間合いで闘技場の南北を行き来する獅子を見ていた。
「我らの汗の臭いに反応したのか・・・・」
バサッバサッ・・・・
セルジオは重たく身動きがしにくい上着を何の前触れもなく脱ぎ始めた。
「エリオス、この衣服は動きにくい上に重い。靴もだ。衣服と靴を脱ぐぞ」
「はっ!!」
セルジオの号令にエリオスはすぐさま従った。
「靴下があるから素足ではないな。これで身軽になった」
タイつきの白のシャツに腰当をした薄い緑色のズボンの姿になる。
セルジオとエリオスは短剣2口を握りなおした。
フワリッ・・・・
微かに血の臭いがする。
「血の臭い・・・・」
臭いを辿ると西側の出入口の鉄柵の向こうから手をかざす従者が目に入った。
「・・・・エリオス、そろそろ、獅子と戦わねばならぬな」
「はい、獅子がこちらへ狙いを定めたようです」
南北に行き来していた獅子の動きがピタリと止まった。
体勢を低くし、じわりじわりと間合いを詰めてくる。
「エリオス、バルドの言葉を覚えているか?森で狼と遭遇した時の対峙方法だ」
「はい、覚えています」
「猛獣は首を狙っても仕留められない。首の皮は弾力があり、短剣をも通しにくい」
「はい、だからまずは目を狙えと申されていました。その後前足の付け根から心臓をえぐれと」
「そうだ。だが、獅子は狼より大きい・・・・エリオス、私を上着ごと獅子の背中目掛けて投げてくれっ!上着で目くらましをする。背中に跨り、両眼に短剣を突き立てる」
セルジオはまた無謀な策を講じた。
上手く獅子の背中に跨れればよいが、失敗すればそのままかみ殺されるか、太い前足で抑え込まれるのがおちだ。
セルジオはバサバサと上着を広げ胸にしっかりと抱え込んだ。
獅子がじりじりと間合いを詰めてくる。
もはや他の策を講じている余裕はなかった。
エリオスはセルジオにつかつかと近づくと後ろからセルジオの腹と股下へ腕を回した。
セルジオを抱えたままその場でグルグルと回転をする。
「セルジオ様っ!いきますっ!」
ブンッッ!!!!
セルジオを獅子の頭上向けて勢いよく投げた。
「ぐわぁぁ!!!」
丁度、獅子が前足を上げた所にセルジオは獅子の顔に上着ごと覆いかぶさった。
「ぐわっぁぁぁ」
ブンッッ!!!!
獅子は大きく身体を捻り、覆いかぶさったセルジオを振り払った。
ブンッッ!!!!
セルジオは西側の中二階特別席へ飛ばされる。
「セルジオ様っ!!!」
勢い余った獅子はバランスを崩し、地面にゴロリと転ろがった。
ガシッ!!!!
西側観覧席の中二階、特別席にいた商人風の男が飛ばされてきたセルジオを背中から抱きかかえた。
フワリッ・・・・
バラの香りがセルジオの鼻腔をくすぐった。
「あっ!バル・・・・」
後ろを振り返ろうとするとキュッと身体を抱きしめられた。
耳元でしっと呼び声を制する。
『セルジオ様、そのままに』
セルジオの耳元に届く声はまぎれもなくバルドの声だ。
『セルジオ様、この場で遠慮はいりません。思いきり暴れておいでなさい。今こそ、目にもの魅せる好機にございます。さぁ、セルジオ様、青き血をたぎらせておいでなさいっ!!』
ブンッッ!!!!
バルドは獅子目掛けてセルジオを放り投げた。
フワリッ!!!
セルジオは空中で首を回すとバルドを見る。
バルドは誇らしげな顔をしていた。
セルジオはグッと短剣を握る両手に力を入れる。
「エリオスっ!目を貫くっ!足の付け根へ走れっ!!!」
宙を舞うセルジオを目で追い、エリオスは呼応と共に地面を蹴った。
「はっ!!!」
ザンッッ!!!
セルジオが獅子の首元に跨った。
両足でぐっと獅子の身体を抑えると両腕を大きく振りかぶった。
「許せっ!我らはここで死ぬわけにはいかぬのだっ!!!」
グサッッ!!!
転がり起き上がった所に宙からセルジオに跨られ戸惑う獅子の両眼に短剣が突き刺さった。
「ぐわぁぁぁぁ」
獅子は前足を高く上げ、跨るセルジオを振り払おうともがいた。
グサッッ!!!
高く上がった右前足のつけ根目掛けてエリオスが身体ごと短剣を射し込む。
「ガハッッッ!!!」
ザンッッ!!!
ザンッッ!!!
セルジオとエリオスは短剣を獅子の身体に残したまま獅子から離れ間合いを取った。
顔、白いシャツ、薄緑色のズボンに獅子の血飛沫がかかる。
「ぐわぁぁぁ!!!」
獅子はグルグルと回り、前足を左右にかく様に動かしている。
ザザッ!!!
ザザッ!!!
セルジオとエリオスは自分達に向け放たれた矢を拾い上げると短く握った。
ブワンッ!!!
ワンッ!!!!
ブワンッ!!!
ワンッ!!!!
セルジオの背後に青白い炎がエリオスの身体からは白銀色の光が勢いよく上がった。
「・・・・ザワッザワッ・・・・」
「・・・・ザワッザワッ・・・・」
観覧席にざわめきが起こる。
「・・・・あれは・・・・あの青白い炎は・・・・」
セルジオとエリオスの姿に司会の男が目を見開き、まさかと言いうように呟いた。
ザンッ!!!
グサァッ!!!
「ギャンッ!!!」
セルジオとエリオスは短く握った矢を獅子の左前足のつけ根に深く突き立てた。
ズシンッ!!!
ピクピク・・・・
獅子は横倒れになった。
ピクピクと身体が痙攣をしている。
「・・・・ザワッザワッ・・・・」
「・・・・ザワッザワッ・・・・」
闘技場は歓声からどよめきに変わった。
セルジオの身体から湧き立つ青白い炎が勢いを増している。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・」
「はっ・・・はぁ、はぁ・・・・」
セルジオとエリオスは肩で息をしながらも横たわり痙攣をする獅子に矢を手に持ち近づいた。
ピクッピクッピクッ・・・・・
ピクッピクッピクッ・・・・・
獅子は苦しそうに小刻みな呼吸をしている。
セルジオとエリオスは顔を見合わせると頷き合った。
獅子に近づき、獅子の両目と前足の脇の下に突き刺さる短剣を引き抜く。
「ぐぅぅぅぅ・・・・」
苦しそうなうめき声を上げている。
セルジオは虫の息で横たわる獅子のたてがみにそっと撫でる様に触れた。
「今、楽にしてやる」
そう言うとエリオスを伴い、獅子から数歩離れた所で短剣を胸の前で交差した。
ウワンッ!!
ジーーーン!!!
ピキィィィィン!!!
キィィィン!!!!
セルジオの短剣から青白い光、エリオスの短剣からは白銀色の光が三日月形の刃になり、獅子の首を切り裂いた。
ゴロンッ・・・・
ブシュゥゥゥゥ!!!!
獅子の頭が闘技場の地面にゴロリと転がり落ちた。頭のない首から勢いよく血が吹き出す。
スタスタと獅子の傍に近づくとセルジオとエリオスは獅子の頭を持ち上げた。
ドロドロと血が流れ出る獅子の首近くに頭をそっと置く。
2人は息絶えた獅子の頭の前で膝まずいた。
胸に左手を置く。
「戦う機会を感謝する。安らかに眠れ」
2人は声を揃えて獅子に弔いの言葉を向けた。
すくっと立ち上がると北側観覧席、中二階の特別席へ身体を向ける。
スッ!
スッ!
胸に左手を置き、静かに頭を下げた。
カリソベリル騎士団での御前試合の折に教わった試合後の挨拶を作法に倣い行う。
闘技場は静まり返っていた。
パチッパチッパチッ・・・・
パチッパチッパチッ・・・・
北側観覧席、中二階特別席にいた主催者シェバラル国のクレメンテ伯爵が2人に拍手を送った。
パチッパチッパチッ・・・・
パチッパチッパチッ・・・・
伯爵の拍手に静まりかえった観覧席のあちこちから拍手が徐々に湧き起る。
パチッパチッパチッ・・・・
パチッパチッパチッ・・・・
「・・・・・ワァァァァァ!!!」
「ワァァァァァ!!!!」
「ワァァァァァ!!!!」
徐々に湧き起る拍手と共に闘技場は大歓声に包まれた。
「ワァァァァァ!!!!」
「ワァァァァァ!!!!」
パチッパチッパチッ・・・・
パチッパチッパチッ・・・・
拍手喝采が闘技場に鳴り響いた。
【春華のひとり言】
今日もお読み頂きありがとうございます。
セルジオとエリオス、見事に獅子との戦いに勝利しました。
ラドフォール騎士団先代団長のウルリヒから授かった魔剣も自在に使いこなしている様です。
興奮の収まらない地下闘技場を後に『黒い噂』の粛正にお話は進んでいきます。
ラドフォール騎士団現団長のアロイス、影部隊隊長ラルフと合流を果たす副隊長ブリーツとヨシュカの活躍もお楽しみ下さい。
次回もよろしくお願い致します。
0
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」
歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。
「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは
泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析
能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り
続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。
婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる