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第3章:生い立ち編2 ~見聞の旅路~
第116話 鎮ずかなる眠りへ
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ザンッ!!!
セルジオが黄金の杯を飲み干すと初代とウンディーネは再びセルジオの青き泉の畔に降り立った。
そこはエリオスが絶命したエンジェラ河の河岸で白ユリが咲き乱れ初代が身を委ねられる唯一の場所だった。
ウンディーネは初代へ目を向けた。
「お前にエリオスの行いを止める事はできぬ。何度、同じ事が起きようともエリオスは身を挺しお前を守るだろう。お前にエリオスの死を見せたのは悔恨を残すためでも、お前が拠り所とする場を与えるためでもない。お前がお前自身の行いと向き合うためだ。悔恨も無念の感情も根源までを水に流した。それでも尚、この場がお前の拠り所となるのか?」
ウンディーネは初代セルジオに問いかけた。
「・・・・」
初代セルジオはウンディーネの顔を無言でじっと見つめた。
「そうではあるまい」
ウンディーネに向けられた初代セルジオの表情は晴れやかだった。
「お前が一番に愛した場所はここではあるまい。お前が一番に愛した場所、お前が一番に幸せと感じた場所こそがお前が鎮ずかに眠る青き泉の畔に最も相応しい。そうは思わぬか?」
ウンディーネは初代セルジオに微笑みを向けた。
「はい、ウンディーネ様。我が愛した場所、最も幸せと感じた場所はただ一つにございます」
初代はゆっくりと目を閉じた。
「ならばその場を思い浮かべればよい。青き泉の畔となるにふさわしい場所を」
ウンディーネの言葉が終わるか終わらないかの内にセルジオ騎士団、初代セルジオの時代のエステール騎士団城塞西の屋敷が現れた。
秋が深まった夜明け前の西の屋敷、城壁北西にある塔の最上階にエリオスとオーロラ、そしてミハエルの姿が現れた。
「この季節の晴れた日の夜明けが一番に美しい光景なのです」
東の空が濃紺から薄紫色に移ろうとサフェス湖にかかる霧が、ゆっくりと西の森へ向けて降りていく。
「ウンディーネ様、感謝申します。我が一番に愛した場所で、我の愛した者達と共に鎮ずかに眠りにつける。これほどに幸せと感じられる事はございません。ウンディーネ様、感謝申します」
初代セルジオの目から涙が零れた。
穏やかな表情で流した幸せの涙は黒魔術が最も遠ざけたいものだ。
ウンディーネは初代セルジオを抱き寄せた。
「そうだ。そのまま鎮ずかに眠れ、我が愛した月の雫よ。お前を黒魔術になど犯させはさぬ。安心して眠るがよい」
ザアァァァァァ・・・・
ザアァァァァァ・・・・
ウンディーネは初代セルジオを水泡で包むとエンジェラ河から姿を変えた青き泉にゆっくりと運んだ。
水泡の中で目を閉じた初代セルジオは幸せそうな微笑みを携えていた。
ウンディーネは水泡で包んだまま初代セルジオを青き泉に沈める。
青白い月が空に浮かぶ青き泉の水面下で膝を抱え、銀色の鎖で守られた初代セルジオは眠りついた。
胸の中央に金色に輝く丸い珠、今世のセルジオの心が明滅している。
ウンディーネは初代セルジオが鎮ずかに眠りについた姿を見届けるとポツリと呟いた。
「誰をもお前の代わりとなれる者はおらぬ。今世のセルジオとて同じことだ。魂と抱く感情は同義ではないのだ。鎮ずかに眠り、浄化の時を待てばよい。誰かを永遠に愛おしく想い続けることこそが黒魔術を遠ざける」
ポチャーーン・・・・
ウンディーネは青き泉に一滴の水をたらした。
銀色の鎖の周りを金色の水泡が包みこむ。
「風の精霊が与えし銀の鎖、我が与えし金の水泡がお前の眠りを守護しようではないか。月の雫、我が愛しき者よ」
ウンディーネは名残惜しそうに青き泉を眺めるとザンッと再び音を立て姿を消した。
セルジオの中に初代と共に入ったウンディーネの戻りを6人は言いつけ通りに静かに待っていた。
初代が見せた情景から冷めやらぬ面持ちで6人は誰一人口を開かず寡黙だった。
セルジオはバルドの膝の上でうつらうつらしている。
小さな身体で激痛に堪え、大量の吐血をしたのだから体力も限界にきているのだろう。
バルドは疲労困憊のセルジオの姿に居たたまれない思いを抱いていた。
セルジオがアロイスから手渡された杯を飲んでからどれくらいの時が経っただろう。
うつらうつらしていたセルジオの身体がピクピクと痙攣した。
「セルジオ様、お寒いですか?」
バルドの言葉にアロイスが駆け寄る。
「ウンディーネ様がお戻りになるのでしょう。バルド殿、セルジオ殿の身体を起こして差し上げて下さい」
バルドがセルジオの身体を起こすか起こさないかの内にセルジオが飲み干した水を吐き出した。
「ガハッ!!!」
キラキラと金色の粒が混ざった水が吐き出されるとウンディーネが時の狭間の中央に姿を現した。
「待たせたな。月の雫は己のあるべき場所、あるべき姿で鎮ずかな眠りについた。安心いたせ」
ウンディーネは6人に微笑みを向ける。
「時の狭間を崩す。まずは無事にマデュラを抜けろ。セルジオを好ましく思わぬ者はマデュラだけではない。この先に待ち受けることは全て試練と心得よ。お前たちのあり様を天が試していると思え。よいか、諦めずに進むことこそが道を開く鍵となる」
ザアァァァァァ・・・・
ザアァァァァァ・・・・
一言を最後にウンディーネの姿が水に戻ると時の狭間は崩れ、祭場の岩肌が現れた。
夜明け前の薄暗さはなく、川へ続く洞窟の入り口から朝陽が燦々と降り注いでいた。
蒼い色をしていた祭場の泉はキラキラと金色の粒が輝いている。
こうして初代セルジオの残した悔恨と『無念の感情』を清める儀式はポルデュラが思い描いていた通り全て終わった。
いよいよ、『青と赤の因縁』が始まった地、マデュラ子爵領に入る事になる。
バルドとオスカーはこの先の巡回に身を引き締める思いを新たにするのだった。
【春華のひとり言】
今日もお読み頂きありがとうございます。
初代セルジオの封印された感情の源は青き泉で鎮ずかに眠りにつきました。
何とも長い道のりではありましたが、初代セルジオの出番はこれにて終了となります。
青き泉の様子が気になる方は
第3章 第48話:ラドフォール騎士団36 「青き泉の深淵へ」
をご覧くださいませ。
自らの深淵に落ちた今世のセルジオをバルドが救出に向かう回で語られています。
次回はマデュラ子爵領へ入り、マデュラ騎士団団長と対面します。
次回もよろしくお願い致します。
セルジオが黄金の杯を飲み干すと初代とウンディーネは再びセルジオの青き泉の畔に降り立った。
そこはエリオスが絶命したエンジェラ河の河岸で白ユリが咲き乱れ初代が身を委ねられる唯一の場所だった。
ウンディーネは初代へ目を向けた。
「お前にエリオスの行いを止める事はできぬ。何度、同じ事が起きようともエリオスは身を挺しお前を守るだろう。お前にエリオスの死を見せたのは悔恨を残すためでも、お前が拠り所とする場を与えるためでもない。お前がお前自身の行いと向き合うためだ。悔恨も無念の感情も根源までを水に流した。それでも尚、この場がお前の拠り所となるのか?」
ウンディーネは初代セルジオに問いかけた。
「・・・・」
初代セルジオはウンディーネの顔を無言でじっと見つめた。
「そうではあるまい」
ウンディーネに向けられた初代セルジオの表情は晴れやかだった。
「お前が一番に愛した場所はここではあるまい。お前が一番に愛した場所、お前が一番に幸せと感じた場所こそがお前が鎮ずかに眠る青き泉の畔に最も相応しい。そうは思わぬか?」
ウンディーネは初代セルジオに微笑みを向けた。
「はい、ウンディーネ様。我が愛した場所、最も幸せと感じた場所はただ一つにございます」
初代はゆっくりと目を閉じた。
「ならばその場を思い浮かべればよい。青き泉の畔となるにふさわしい場所を」
ウンディーネの言葉が終わるか終わらないかの内にセルジオ騎士団、初代セルジオの時代のエステール騎士団城塞西の屋敷が現れた。
秋が深まった夜明け前の西の屋敷、城壁北西にある塔の最上階にエリオスとオーロラ、そしてミハエルの姿が現れた。
「この季節の晴れた日の夜明けが一番に美しい光景なのです」
東の空が濃紺から薄紫色に移ろうとサフェス湖にかかる霧が、ゆっくりと西の森へ向けて降りていく。
「ウンディーネ様、感謝申します。我が一番に愛した場所で、我の愛した者達と共に鎮ずかに眠りにつける。これほどに幸せと感じられる事はございません。ウンディーネ様、感謝申します」
初代セルジオの目から涙が零れた。
穏やかな表情で流した幸せの涙は黒魔術が最も遠ざけたいものだ。
ウンディーネは初代セルジオを抱き寄せた。
「そうだ。そのまま鎮ずかに眠れ、我が愛した月の雫よ。お前を黒魔術になど犯させはさぬ。安心して眠るがよい」
ザアァァァァァ・・・・
ザアァァァァァ・・・・
ウンディーネは初代セルジオを水泡で包むとエンジェラ河から姿を変えた青き泉にゆっくりと運んだ。
水泡の中で目を閉じた初代セルジオは幸せそうな微笑みを携えていた。
ウンディーネは水泡で包んだまま初代セルジオを青き泉に沈める。
青白い月が空に浮かぶ青き泉の水面下で膝を抱え、銀色の鎖で守られた初代セルジオは眠りついた。
胸の中央に金色に輝く丸い珠、今世のセルジオの心が明滅している。
ウンディーネは初代セルジオが鎮ずかに眠りについた姿を見届けるとポツリと呟いた。
「誰をもお前の代わりとなれる者はおらぬ。今世のセルジオとて同じことだ。魂と抱く感情は同義ではないのだ。鎮ずかに眠り、浄化の時を待てばよい。誰かを永遠に愛おしく想い続けることこそが黒魔術を遠ざける」
ポチャーーン・・・・
ウンディーネは青き泉に一滴の水をたらした。
銀色の鎖の周りを金色の水泡が包みこむ。
「風の精霊が与えし銀の鎖、我が与えし金の水泡がお前の眠りを守護しようではないか。月の雫、我が愛しき者よ」
ウンディーネは名残惜しそうに青き泉を眺めるとザンッと再び音を立て姿を消した。
セルジオの中に初代と共に入ったウンディーネの戻りを6人は言いつけ通りに静かに待っていた。
初代が見せた情景から冷めやらぬ面持ちで6人は誰一人口を開かず寡黙だった。
セルジオはバルドの膝の上でうつらうつらしている。
小さな身体で激痛に堪え、大量の吐血をしたのだから体力も限界にきているのだろう。
バルドは疲労困憊のセルジオの姿に居たたまれない思いを抱いていた。
セルジオがアロイスから手渡された杯を飲んでからどれくらいの時が経っただろう。
うつらうつらしていたセルジオの身体がピクピクと痙攣した。
「セルジオ様、お寒いですか?」
バルドの言葉にアロイスが駆け寄る。
「ウンディーネ様がお戻りになるのでしょう。バルド殿、セルジオ殿の身体を起こして差し上げて下さい」
バルドがセルジオの身体を起こすか起こさないかの内にセルジオが飲み干した水を吐き出した。
「ガハッ!!!」
キラキラと金色の粒が混ざった水が吐き出されるとウンディーネが時の狭間の中央に姿を現した。
「待たせたな。月の雫は己のあるべき場所、あるべき姿で鎮ずかな眠りについた。安心いたせ」
ウンディーネは6人に微笑みを向ける。
「時の狭間を崩す。まずは無事にマデュラを抜けろ。セルジオを好ましく思わぬ者はマデュラだけではない。この先に待ち受けることは全て試練と心得よ。お前たちのあり様を天が試していると思え。よいか、諦めずに進むことこそが道を開く鍵となる」
ザアァァァァァ・・・・
ザアァァァァァ・・・・
一言を最後にウンディーネの姿が水に戻ると時の狭間は崩れ、祭場の岩肌が現れた。
夜明け前の薄暗さはなく、川へ続く洞窟の入り口から朝陽が燦々と降り注いでいた。
蒼い色をしていた祭場の泉はキラキラと金色の粒が輝いている。
こうして初代セルジオの残した悔恨と『無念の感情』を清める儀式はポルデュラが思い描いていた通り全て終わった。
いよいよ、『青と赤の因縁』が始まった地、マデュラ子爵領に入る事になる。
バルドとオスカーはこの先の巡回に身を引き締める思いを新たにするのだった。
【春華のひとり言】
今日もお読み頂きありがとうございます。
初代セルジオの封印された感情の源は青き泉で鎮ずかに眠りにつきました。
何とも長い道のりではありましたが、初代セルジオの出番はこれにて終了となります。
青き泉の様子が気になる方は
第3章 第48話:ラドフォール騎士団36 「青き泉の深淵へ」
をご覧くださいませ。
自らの深淵に落ちた今世のセルジオをバルドが救出に向かう回で語られています。
次回はマデュラ子爵領へ入り、マデュラ騎士団団長と対面します。
次回もよろしくお願い致します。
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