とある騎士の遠い記憶

春華(syunka)

文字の大きさ
196 / 216
第3章:生い立ち編2 ~見聞の旅路~

第132話 ブレンの憂慮

しおりを挟む
賑やかな笑い声がマデュラ騎士団城塞食堂を埋め尽くしていた。

マデュラ子爵領はシュタイン王国南方に位置し、南の隣国エフェラル帝国と隣接している。

元々はエフェラル帝国に属する公国で、皇位をめぐる帝国内の争いに巻き込まれシュタイン王国の建国と共に迎えられた家名だった。

当時のシュタイン王国国王は厄介払いをしたいエフェラル帝国に対し、子爵の位であればと受け入れる事を了承した。

しかし、帝国側は直ぐに首を縦に振らなかった。いくら厄介払いと言っても皇位継承権を持つ家名だ。公爵の位から子爵に階級が下がる等、本来であれば受入難い。それでも内紛に発展しかねない状況にあった帝国は背に腹は代えられなかった。

帝国はマデュラの家名だけに許されるいくつかの優遇措置を設ける了承を得た上でシュタイン王国国王にマデュラを領地ごと委ねた。

それが今の王国内でマデュラ子爵家のみに許されている騎士団所属の者が受ける生殖器切除術の選択有無と孤児院の未設置に繋がっている。

時が移っても尚、当時のエフェラル帝国とシュタイン王国の約定を改める兆しを見せないマデュラ子爵家に対し、王家は内心快く思ってはいなかった。

更に100有余年前の青と赤の因縁の逸話が18貴族の当主や他貴族領の領民から『裏切り者の家名』と揶揄される所以ゆえんとなった。

遠い先祖が招いた失態を払拭するためマデュラ子爵家代々の当主はその時代の最善をつくしてきた。

中でも現当主マルギットの代になってからは交易の仕組みを変える事で様々な恩恵を王国や他貴族領、そして領民にももたらした。

自領や己の利より王国や他貴族領、領民を優先した利を循環させる仕組みの構築は、財において王国内でのマデュラ子爵家の立場を優位にした。

月に1度王都で開催される18貴族の当主会談では発言権を増し、遠征等で急遽の物入りが発生すれば進んで私財を投じた。

交易港を持つことで他国の情勢を一早く王国にもたらす情報網もを確立させた。

現当主マルギットの実弟であるブレンは、当主に快く同調した。

他貴族騎士団に比べ、統制に不安があったマデュラ騎士団を王国一の統制を誇る騎士団へと成長させた。

先代まで領内東側に位置していた騎士団城塞を交易港を守護する現在の西側に移し、商船に留まらず商業地区までをも守護の対象とした。

利が循環する仕組の構築と安全・安心な交易航路の確立は人・物・財・情報を爆発的に活性化させた。

しかし、他国をも巻き込んだ恩恵を持ってしてもマデュラ子爵家への風当たりが弱まることはなかった。

表立って悪し様に口にする者は少なくはなったが、『裏切り者の家名』は未だに払拭される気配はない。

ブレンはセルジオ一行が各貴族騎士団を巡回する報が王都騎士団総長からもたらされた時、この上ない好機と捉えた。

どの様な功績を上げ、王国や他貴族に恩恵をもたらせてもこの先もマデュラは『裏切り者の家名』と囁かれ続けるだろう。

ならば『青と赤の因縁』が始まった家名同士が手を結び、共に目指す安寧を約束すればあるいは。

時間が掛かろうとも覆す事ができるのではないか。

ブレンは賑やかに談笑する騎士達を眺めながらこれまでの己の考えと言動を振り返っていた。


第一隊長コーエンと第二隊長エデルがセルジオとエリオスと真剣な面持ちで何やら話し込んでいるのが目に留まった。

ブルリッ!!

ブレンはセルジオとエリオスの姿に身震いを覚えた。

つい先ごろの訓練場での手合わせの光景がありありと脳裏に浮かぶ。

剣と短剣での手合わせは一瞬の間に終わった。


バルドの号令と共にセルジオは青白い炎を勢いよく湧き立たせた。

セルジオが双剣の構えで手にした短剣が蒼い光を宿したかと思う内に光が膨張した。

グァンッ!!!

左右に振り下ろされたセルジオの短剣から三日月型の蒼い光の剣がブレン目掛けて放たれた。

ガンッ!!!
ガガンッ!!!

ブレンは咄嗟に剣を顔の前で左右に切った。

ジンジンと剣を通して振動が両腕に響いてくる。

ザッザザッ!!!

両腕に伝わる振動に気を取られていると足元に白銀色の光を纏ったエリオスの姿があった。

ブレンは慌てて右肩から突っ込んでくるエリオスをかわし、振り向きざまに剣の柄をエリオスの右肩に叩き込んだ。

ガゴンッ!!!
ザザァーーーー!!

「うっ!!!」

エリオスはうめき声を上げ地面に勢いよく転がる。

ブレンが体勢を立て直しセルジオへ目を向けると既に剣ではかわすことが不可能な位置までセルジオが迫っていた。

ブレンは左手に持った剣の柄をセルジオの頭上目掛けて振り下ろした。

スッ・・・・

セルジオの姿が目の前で消え、ブレンは勢い余って体勢を崩す。

ザッザザッ!!!

ブレンの股下を潜ったセルジオは蒼い光を宿した両手の短剣をブレン目掛けて振り下ろす。

三日月形の蒼い光がブレンの目の前に迫った。

ガンッ!!!
ガガンッ!!!
ドサッ!!!

ブレンは三日月型の蒼い光を剣でかわすがそのまま地面に尻もちをついた。

チャッ!!!

ブレンの喉元にセルジオの短剣が当てられる。

「それまでっ!!!」

バルドが左手を高々と挙げ手合わせの終了を告げた。

息を切らしながらも喉元に短剣をあてるセルジオをブレンは呆然と見つめた。

バルドの号令にセルジオは短剣を鞘に納め、尻もちをついたままセルジオの姿を見つめているブレンの前で跪く。

エリオスは右肩が脱臼した様でオスカーに支えられセルジオの横に並んだ。

「ブレン様、真剣での手合わせ感謝もうします。青き血を加減なく放つ事ができました。感謝もうします」

両肩を上下させながらセルジオはブレンに手合わせの感謝の意を伝えた。

「・・・・」

あまりの一瞬の出来事にブレンの動きは止まったままだった。

コーエンとエデルが一向に腰を上げようとしないブレンに駆け寄り両脇に控えた。

「ブレン様、手合わせは終わりました。セルジオ様、エリオス様からのご挨拶もありましたからお早くっ!お早くお立ち下さいっ!」

両脇から急かす様にブレンに立ち上がる様促す。

ブレンはそれでも立ち上がる素振りを見せずにセルジオをじっと見つめていた。

「ブレン様っ!お気をっ!お気を確かにっ!お早く、さっ、お早くお立ち下さいっ!」

コーエンがブレンの耳元で先ほどより大きな声を上げた。

コーエンの声と同時にバルドとオスカーが腰の短剣に手をかけた。

セルジオとエリオスはブレンの前で跪いたままブレンの返答を待っている。

コーエンとエデルが周囲を気に掛け、ブレンに再度立ち上がる様促した。

「ブレン様っ!お早くっ!セルジオ様とセリオス様へご返答をなさいませっ!」

今にも腰の短剣を抜きそうなバルドとオスカーから強い血香が醸し出された。

「ブレン様っ!!」

半ば叫びに近いコーエンの声にブレンはやっと我に返った。

訓練場中に強い血香が充満し、戦場にいるかの様な空気が漲っている。

ブレンが手合わせで尻もちをつき、立ち上がらない状態を目にしたマデュラ騎士団の騎士と従士がじりじりと間合いを詰めセルジオを睨みつけていた。

ブレンは勢いよく一旦立ち上がると体勢を整えセルジオとエリオスに目線を合わせた。

「セルジオ殿、エリオス殿、手合わせ感謝申します。あまりに一瞬の内に勝敗がつきました故、いささか呆然と致しました。今日のこの日を私は生涯忘れる事はないと心得ます。我が団には戒めの言葉がございます。『一切の傲りを持たぬ事』されど、私はお二人との手合わせで『傲り』を抱きました。負けるわけがなかろうと。思い知らされてございます。戒めとは易々と己の身につくものではないと」

ブレンは左手を胸にあて頭を垂れた。

「感謝申します。我らに今一度、我が団の戒めの言葉を真に理解する機会を頂きました。素晴らしい手合わせにございました。感謝申します」

ブレンの言葉に訓練場の空気が一変した。

充満していた血香は消え去り、ブレンの姿に感動を覚えた騎士と従士は涙を流している者さえいる。

ブレンは顔を上げセルジオとエリオスに微笑みを向けた。

「青き血の訓練に立ち会わせて頂けたこと、感謝申します。お二人の連携も見事にございました」

訓練場の空気が変わったのを見て取るとバルドとオスカーは短剣から手を離し、内心胸をなでおろした。

この人数が相手ではこの場から逃げ出す事すらできなかったであろう。

コーエンとエデルはバルドとオスカーから血香が消えると大きく安堵の息を吐いた。

ブレンが号令をかける。

「皆の者っ!日暮れも近づいた。これより城に戻り祝宴の準備に入れっ!」

「はっ!!」

騎士と従士は一斉に呼応すると機敏な動きで訓練場を後にした。

ブレンは騎士と従士の行動に憂慮を覚える。

万が一、セルジオの短剣が少しでも己を傷つけていたなら騎士と従士はセルジオに襲い掛かったかもしれない。

王国一の統制を執る騎士団とするために己に一極集中させた騎士と従士の忠誠心があだとなる日がくるのではないかと思わざるを得なかった。






【春華のひとり言】

今日もお読み頂きありがとうございます。

まずはお詫びから

第3章 第132話の更新が変則的になり大変失礼を致しました。

ブレンのちょっとしたいたずら心が招いた『真剣と短剣での手合わせ』

セルジオとエリオスの圧勝でした。

対峙してみて初めて判る相手の力量。今も昔も初見で相手を見下し、傲り高ぶれは自ずと墓穴を掘る。

それでも人は見た目で判断しがちです。じっくり様子を窺い、じっくり話を聞き、じっくり、ゆっくり信頼関係を構築していく。

そんな関係性が築けたらいいなと思っています。

セルジオとブレンの関係はこれからどうなっていくのか?

次回もよろしくお願い致します。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」

歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。 「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは 泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析 能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り 続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。 婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

処理中です...