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第13話 指輪の継承
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その日はマルギットとハイノの第一子アルノーの婚約者フレデリカの7歳の誕生日だった。
シュタイン王国は7歳になるとこの先の道筋に合わせた環境が整えられる。
当主となる者の教育が基礎教育から次期当主教育へ変わり王家主催の饗宴へ出席するのも7歳、騎士となる者が騎士団へ入団するのも7歳、他貴族へ侍従や女官として仕えるのも7歳等、一つの重要は節目の年とされていた。
アルノ―より2歳年下のフレデリカは来月の王家主催の饗宴から出席となる。
王家や他家貴族へのお披露目となるのだ。
「フレデリカ、7歳のお誕生日おめでとう。
来月の王都でのお披露目が楽しみですね」
マルギットはフレデリカの誕生日祝いをマデュラ子爵家所領で4人揃いささやかに催した。
「義母様、ありがとう存じます。
私、いまから緊張をしています。国王様や王妃様、
18貴族の方々が大勢いらっしゃる中でダンスを上手に踊れるかが心配なのです。
アルノ―様にご迷惑がかかってしまってはと思うだけで鼓動が早まります」
フレデリカは胸の前で両手を結び、不安そうな顔をマルギットへ向けた。
アルノ―がフレデリカを気づかう。
「フレデリカ、案ずることはないぞ。あんなに沢山稽古をしたのだ。
母上、フレデリカは覚えが早いとダンスの師よりお褒めの言葉を頂いたのですよ。
とても美しく踊るとも申されていました。
私も稽古に同席していますが、それは、それは熱心に取り組んでいて、
足指にまめができるほど励んでいます」
アルノ―が婚約者であるフレデリカを称賛する。
「そうなのですか。フレデリカ、ますます楽しみですね。
アルノ―と共にダンスを楽しめばよいのです。案ずることはありませんよ。
アルノ―はいつもフレデリカを気にかけていますから」
マルギットは見つめ合うアルノーとフレデリカに微笑みを向けた。
「本当に仲睦まじく微笑ましいことですね。ハイノ、そう思いませんか?」
マルギットはハイノへ目をやった。
ハイノは何とも愛おしそうな眼差しをアルノーとフレデリカへ向けていた。
「そうだな。本当に仲睦まじく嬉しい限りだ」
「いえ、父上と母上の睦ましさには及びません。
フレデリカといつも話しているのです。我らも父上と母上の様でありたいと」
アルノ―とフレデリカは微笑み合った。
「ハイノ、そろそろ・・・・」
マルギットがハイノへ目配せをした。
「そうだな・・・・」
ハイノはマルギットに呼応すると人払いを命じた。
「ベルントとベーベル以外は席を外してくれ」
サッサッ
サッサッ
パタンッ
侍従ベルントと女官長のベーベルの他、晩餐の場に仕える給仕人は一礼をすると静かに退室した。
「ベルント、用意してくれ」
皆が部屋から出るとハイノがベルントへ指示を出した。
「かしこまりました」
ベルントはワゴンの上に用意されていた絹の布をめくった。
赤い台座に金細工が施された小さな箱が1つと緑の台座に金細工が施された箱が一つ姿を現した。
ベルントは一つを手に取るとハイノへ手渡した。
「マルギット、準備はできたぞ」
ハイノはマルギットへ合図を送る。
「感謝するわ、ハイノ」
マルギットはハイノに一言礼を言うと目を閉じ深く息を吸い姿勢を正した。
マルギットとハイノの姿を黙って見ていたアルノーとフレデリカへ視線を移す。
マルギットは静かに諭すように話しをはじめた。
「アルノー、フレデリカ。2人が王家星読みの縁で結ばれ、
今、こうして仲睦まじくいられること父と母は本当に嬉しく思っています」
マルギットはハイノと一瞬、視線を交えた。
「母は、長らくそなたらの父に哀しい思いをさせてきたのです。
父の母への想いに気付かずに疎ましく思うことさえありました。
それでも、そんな母でも父は変わらず想ってくれていた。
始終、近くで見守り、優しく手を差し伸べ、寄り添い、愛してくれました。
アルノ―が生まれる頃にやっと母は父のその想いに気付くことができたのです。
今では父が母を支えてくれているからこそ生きていけると思っています。
アルノ―、フレデリカ、そなたらは今のまま、
いえ、今以上に仲睦まじくあって下さいね。
父と母の分まで仲睦まじくあって下さい」
ガタンッ
ハイノは目を潤ませ話しを続けるマルギットへ歩み寄ると優しく肩を抱いた。
マルギットはハイノの胸に頭を寄せる。
ハイノを見上る。
「感謝するわ、ハイノ」
ハイノにまた一つ礼を言うとハイノの掌に乗る赤い台座に金細工が施された箱を手に取った。
箱を開き机の上に置く。
スッ
マルギットは自身の左手親指にはめられていた金緑石の指輪を外し箱へ収めた。
ハイノはベルントからもう一つの緑の台座に金細工が施された箱を受け取るとマルギットが机に置いた箱の隣に並べる。
スッ
同じ様にハイノの右手薬指にはめられていた金緑石の指輪を外し、箱へ収めた。
ハイノは腰かけたままのマルギットの右肩へそっと左手を添える。
マルギットは右肩添えられたハイノの左手の上に左手を乗せるとハイノを見上げた。
お互いが愛おしくて仕方がないと言った視線を交わすとマルギットは再びアルノーとフレデリカへ視線を移した。
「アルノー、フレデリカ、よく聞いて欲しいのです。
この2つ指輪はマデュラの当主とその伴侶が身に付けるものです。
2つで一対となり、マデュラの名が生まれた300年程前から代々引き継がれているものです」
「互いに合わせると六芒星を表します。
シュタイン王国の守護星は八芒星です。
なぜ、マデュラ子爵家の当主と伴侶が継承してきた指輪が
六芒星であるかの話からしましょう」
ガタンッ
侍従ベルントが立ったままのハイノを気づかい、マルギットの隣に椅子を置いた。
ストンッ
ハイノはベルントへ軽く頷いて見せるとそのまま腰を下した。
マルギットは再び話し始めた。
「マデュラの始祖は今のエフェラル帝国に仕えていました。
勇猛果敢な騎士達とその背後を守護する魔導士を多く抱え、
エフェラル帝国に忠誠を誓った侯爵の称号が与えられていたそうです。
エフェラル帝国の守護星は六芒星。
帝国への忠誠の証として守護星の指輪が贈られました」
「金緑石は太陽の光の下では鮮やかな翆玉色、
夜の闇の下では深い紅玉色に変わります。
エフェラル帝国の守護石は翆玉です。
そして、マデュラの印は赤。これだけのことでも
どれほどの忠誠を誓い、帝国に貢献していたのかが解ります」
マルギットはここまで話すとふっと下を向き、ため息を漏らした。
ハイノが気づかいマルギットの右手を取ると指にそっと口づけをした。
ハイノの気づかいにマルギットは優しい微笑みを向けると再び話し出した。
「この先もエフェラル帝国を守護する家名として永らえると誰もが思っていたのでしょう。
しかし、不変などありはしないのです。いつしか驕りが生まれた。
驕りが生まれれば忠誠のあり方にも変化が生まれます。
忠誠に揺らぎが生まれれば疑念が膨らむものです」
「ある時の遠征で帝国に留まり帝国を守護する命に背いた。
そのため、流浪の家名となったのです。
その後、シュタイン王国が建国する時にシュタイン王国に仕えることとなりました。
マデュラが裏切り者の家名と揶揄されるのは
100有余年前の事だけではないのです。
もっとずっと以前のエフェラル帝国を追放された時からはじまったことなのです」
マルギットは哀しそうな眼をアルノーとフレデリカに向けた。
「100有余年前の逸話は存じておりましょう?
青き血が流れるコマンドールの再来と謳われた
当時のエステール伯爵家騎士団団長セルジオ様を亡き者にし、
シュタイン王国を手中に収めようと企んでいた。
と言うのが王国に伝わる逸話です」
「逸話として伝え聞いていることですから真意は解りません。
されど、理由はどうあれ青き血が流れるコマンドールの再来と謳われた
セルジオ様を亡き者にしたことは確かなことです。
その事は我が家名は贖い続けなければならないのです」
ポタリッ・・・・・
マルギットの目から涙がこぼれた。
隣にいるハイノがこぼれた涙をそっと拭う。
マルギットは意を決した様に顔を上げた。
「アルノー、フレデリカ。我が家名に再び危機が訪れています。
そなたらの後に生まれた2人のルシウスが亡くなりました。
亡くなったのは・・・・母のせいなのです。
母が母の中に眠るもう一人の・・・・かつてエフェラル帝国を裏切り、
青き血が流れるコマンドールの再来と謳われたセルジオ様を
亡き者にした首謀者マルギットの言葉に耳を貸さずに
抗ったことでルシウスが死にました。
そして、この先も母の中に眠るもう一人のマルギットに
抗い続ければそなたらもマデュラも失うことになります」
ポタリッポタリッ・・・・・
ポタリッポタリッ・・・・・
マルギットの目から大粒の涙がポタポタと溢れ出る。
ハイノはマルギットの頭に左手を添えると左肩に引き寄せた。
「・・・・うぅ・・・・うぅううう・・・・ハイノ・・・・」
マルギットはハイノの胸でしばらく涙を流し続けた。
アルノ―とフレデリカは今までマルギットが見せた事がない姿を黙って見守っていた。
「・・・・うぅううう・・・・ハイノ・・・・愛しているわ」
マルギットは涙を流すハイノの胸で愛を告げる。
ハイノはマルギットの頭に口づけをすると同じ様に愛を告げた。
「マルギット、解っている。そなたの気持ちは解っている。
安心致せ。私もだ。マルギットを愛している。そなたしか愛せぬ」
ハイノは自身の胸に添えられたマルギットの左手を右手で握った。
「愛している。マルギット。何があろうとそなたの傍を離れはせぬ。安心致せ」
ハイノは涙を流し続けるマルギットを労わった。
「・・・・うぅ・・・・ごめんなさい。
マデュラの当主であるのにこの様に甘えたことを、ごめんなさい」
マルギットはハイノと目の前にいるアルノーとフレデリカに詫びると元の体勢に戻り深く息を吸った。
「そなたらをマデュラを失う訳にはいかないのです。
マデュラの現当主として、次の世に繋げねばなりません。
汚名を背負い、それでも家名をここまで引き継いだ
これまでの当主と一族の者達のためにも」
マルギットは姿勢を正した。
「アルノー、フレデリカ。父は明日、旅に出ます。もう、戻る事はないでしょう」
アルノ―とフレデリカはマルギットの言葉に目を見開いた。
「なぜですか?もう、戻らないとはなぜなのですか?」
アルノ―が堪らず口を挟む。
「そなたらとマデュラを守るために父は旅立つのです。
父が旅立てば母は今までとは異なる姿、物言いになるやもしれません。
そなたら2人が疑念を抱く行いをすることもありましょう。
そなたらの疑念が膨らむ様であれば、どうしても母の行いに
納得がいかない時は訓練施設にいらっしゃるラドフォール公爵家ポルデュラ様を頼りなさい。
そして、そなたらの疑念を洗いざらいお伝えしなさい。されば力となってくれましょう」
マルギットは指輪の入った2つの小箱をアルノーとフレデリカへ向ける。
「フレデリカ、そなたは今日よりマデュラの過去を共に背負うこととなります。
王家主催の晩餐や王都の別邸滞在の折に胸に痛みを覚えることを耳にすることもありましょう。
そんな時はそなた独りで抱え込まずにアルノーに全てを伝えるのですよ。
アルノ―がそなたを守ってくれます。よいですね」
マルギットはフレデリカへ優しい眼差しを向けた。
「はい、義母上様。全てをアルノーに話します」
マルギットはコクンと一つ頷いた。
「これからのマデュラを背負っていくのはそなたらです。
今宵、これよりマデュラを継承する指輪をそなたらに授けます。
まだ、指にははめられぬでしょう。首飾りにできる様に準備しました。
ベーベル、鎖をこちらへ」
「かしこまりました」
女官長のベーベルが金色の鎖を2本、マルギットへ手渡す。
マルギットは1本をハイノに渡すと自身の手にした鎖を指輪に通した。
二重に通した金色の鎖に金緑石の指輪がぶら下がる。
ガタンッ
ガタンッ
マルギットとハイノは椅子から立ち上がるとテーブルを挟んだ向かいに座るアルノーとフレデリカへ歩み寄った。
2人の後ろへ回ると同時に金緑石の指輪がぶら下がる首飾りをアルノーとフレデリカにそれぞれつける。
「本来であれば14歳になり次期当主とその伴侶として任命された時に授けるのですが、
父と母が揃うのも今宵が最後故、これからのマデュラを頼みます」
「頼むぞ、アルノー、フレデリカ」
元いた席に戻るとマルギットとハイノはアルノ―とフレデリカへこの先のマデュラ子爵家を頼むと祈るように伝えるのだった。
シュタイン王国は7歳になるとこの先の道筋に合わせた環境が整えられる。
当主となる者の教育が基礎教育から次期当主教育へ変わり王家主催の饗宴へ出席するのも7歳、騎士となる者が騎士団へ入団するのも7歳、他貴族へ侍従や女官として仕えるのも7歳等、一つの重要は節目の年とされていた。
アルノ―より2歳年下のフレデリカは来月の王家主催の饗宴から出席となる。
王家や他家貴族へのお披露目となるのだ。
「フレデリカ、7歳のお誕生日おめでとう。
来月の王都でのお披露目が楽しみですね」
マルギットはフレデリカの誕生日祝いをマデュラ子爵家所領で4人揃いささやかに催した。
「義母様、ありがとう存じます。
私、いまから緊張をしています。国王様や王妃様、
18貴族の方々が大勢いらっしゃる中でダンスを上手に踊れるかが心配なのです。
アルノ―様にご迷惑がかかってしまってはと思うだけで鼓動が早まります」
フレデリカは胸の前で両手を結び、不安そうな顔をマルギットへ向けた。
アルノ―がフレデリカを気づかう。
「フレデリカ、案ずることはないぞ。あんなに沢山稽古をしたのだ。
母上、フレデリカは覚えが早いとダンスの師よりお褒めの言葉を頂いたのですよ。
とても美しく踊るとも申されていました。
私も稽古に同席していますが、それは、それは熱心に取り組んでいて、
足指にまめができるほど励んでいます」
アルノ―が婚約者であるフレデリカを称賛する。
「そうなのですか。フレデリカ、ますます楽しみですね。
アルノ―と共にダンスを楽しめばよいのです。案ずることはありませんよ。
アルノ―はいつもフレデリカを気にかけていますから」
マルギットは見つめ合うアルノーとフレデリカに微笑みを向けた。
「本当に仲睦まじく微笑ましいことですね。ハイノ、そう思いませんか?」
マルギットはハイノへ目をやった。
ハイノは何とも愛おしそうな眼差しをアルノーとフレデリカへ向けていた。
「そうだな。本当に仲睦まじく嬉しい限りだ」
「いえ、父上と母上の睦ましさには及びません。
フレデリカといつも話しているのです。我らも父上と母上の様でありたいと」
アルノ―とフレデリカは微笑み合った。
「ハイノ、そろそろ・・・・」
マルギットがハイノへ目配せをした。
「そうだな・・・・」
ハイノはマルギットに呼応すると人払いを命じた。
「ベルントとベーベル以外は席を外してくれ」
サッサッ
サッサッ
パタンッ
侍従ベルントと女官長のベーベルの他、晩餐の場に仕える給仕人は一礼をすると静かに退室した。
「ベルント、用意してくれ」
皆が部屋から出るとハイノがベルントへ指示を出した。
「かしこまりました」
ベルントはワゴンの上に用意されていた絹の布をめくった。
赤い台座に金細工が施された小さな箱が1つと緑の台座に金細工が施された箱が一つ姿を現した。
ベルントは一つを手に取るとハイノへ手渡した。
「マルギット、準備はできたぞ」
ハイノはマルギットへ合図を送る。
「感謝するわ、ハイノ」
マルギットはハイノに一言礼を言うと目を閉じ深く息を吸い姿勢を正した。
マルギットとハイノの姿を黙って見ていたアルノーとフレデリカへ視線を移す。
マルギットは静かに諭すように話しをはじめた。
「アルノー、フレデリカ。2人が王家星読みの縁で結ばれ、
今、こうして仲睦まじくいられること父と母は本当に嬉しく思っています」
マルギットはハイノと一瞬、視線を交えた。
「母は、長らくそなたらの父に哀しい思いをさせてきたのです。
父の母への想いに気付かずに疎ましく思うことさえありました。
それでも、そんな母でも父は変わらず想ってくれていた。
始終、近くで見守り、優しく手を差し伸べ、寄り添い、愛してくれました。
アルノ―が生まれる頃にやっと母は父のその想いに気付くことができたのです。
今では父が母を支えてくれているからこそ生きていけると思っています。
アルノ―、フレデリカ、そなたらは今のまま、
いえ、今以上に仲睦まじくあって下さいね。
父と母の分まで仲睦まじくあって下さい」
ガタンッ
ハイノは目を潤ませ話しを続けるマルギットへ歩み寄ると優しく肩を抱いた。
マルギットはハイノの胸に頭を寄せる。
ハイノを見上る。
「感謝するわ、ハイノ」
ハイノにまた一つ礼を言うとハイノの掌に乗る赤い台座に金細工が施された箱を手に取った。
箱を開き机の上に置く。
スッ
マルギットは自身の左手親指にはめられていた金緑石の指輪を外し箱へ収めた。
ハイノはベルントからもう一つの緑の台座に金細工が施された箱を受け取るとマルギットが机に置いた箱の隣に並べる。
スッ
同じ様にハイノの右手薬指にはめられていた金緑石の指輪を外し、箱へ収めた。
ハイノは腰かけたままのマルギットの右肩へそっと左手を添える。
マルギットは右肩添えられたハイノの左手の上に左手を乗せるとハイノを見上げた。
お互いが愛おしくて仕方がないと言った視線を交わすとマルギットは再びアルノーとフレデリカへ視線を移した。
「アルノー、フレデリカ、よく聞いて欲しいのです。
この2つ指輪はマデュラの当主とその伴侶が身に付けるものです。
2つで一対となり、マデュラの名が生まれた300年程前から代々引き継がれているものです」
「互いに合わせると六芒星を表します。
シュタイン王国の守護星は八芒星です。
なぜ、マデュラ子爵家の当主と伴侶が継承してきた指輪が
六芒星であるかの話からしましょう」
ガタンッ
侍従ベルントが立ったままのハイノを気づかい、マルギットの隣に椅子を置いた。
ストンッ
ハイノはベルントへ軽く頷いて見せるとそのまま腰を下した。
マルギットは再び話し始めた。
「マデュラの始祖は今のエフェラル帝国に仕えていました。
勇猛果敢な騎士達とその背後を守護する魔導士を多く抱え、
エフェラル帝国に忠誠を誓った侯爵の称号が与えられていたそうです。
エフェラル帝国の守護星は六芒星。
帝国への忠誠の証として守護星の指輪が贈られました」
「金緑石は太陽の光の下では鮮やかな翆玉色、
夜の闇の下では深い紅玉色に変わります。
エフェラル帝国の守護石は翆玉です。
そして、マデュラの印は赤。これだけのことでも
どれほどの忠誠を誓い、帝国に貢献していたのかが解ります」
マルギットはここまで話すとふっと下を向き、ため息を漏らした。
ハイノが気づかいマルギットの右手を取ると指にそっと口づけをした。
ハイノの気づかいにマルギットは優しい微笑みを向けると再び話し出した。
「この先もエフェラル帝国を守護する家名として永らえると誰もが思っていたのでしょう。
しかし、不変などありはしないのです。いつしか驕りが生まれた。
驕りが生まれれば忠誠のあり方にも変化が生まれます。
忠誠に揺らぎが生まれれば疑念が膨らむものです」
「ある時の遠征で帝国に留まり帝国を守護する命に背いた。
そのため、流浪の家名となったのです。
その後、シュタイン王国が建国する時にシュタイン王国に仕えることとなりました。
マデュラが裏切り者の家名と揶揄されるのは
100有余年前の事だけではないのです。
もっとずっと以前のエフェラル帝国を追放された時からはじまったことなのです」
マルギットは哀しそうな眼をアルノーとフレデリカに向けた。
「100有余年前の逸話は存じておりましょう?
青き血が流れるコマンドールの再来と謳われた
当時のエステール伯爵家騎士団団長セルジオ様を亡き者にし、
シュタイン王国を手中に収めようと企んでいた。
と言うのが王国に伝わる逸話です」
「逸話として伝え聞いていることですから真意は解りません。
されど、理由はどうあれ青き血が流れるコマンドールの再来と謳われた
セルジオ様を亡き者にしたことは確かなことです。
その事は我が家名は贖い続けなければならないのです」
ポタリッ・・・・・
マルギットの目から涙がこぼれた。
隣にいるハイノがこぼれた涙をそっと拭う。
マルギットは意を決した様に顔を上げた。
「アルノー、フレデリカ。我が家名に再び危機が訪れています。
そなたらの後に生まれた2人のルシウスが亡くなりました。
亡くなったのは・・・・母のせいなのです。
母が母の中に眠るもう一人の・・・・かつてエフェラル帝国を裏切り、
青き血が流れるコマンドールの再来と謳われたセルジオ様を
亡き者にした首謀者マルギットの言葉に耳を貸さずに
抗ったことでルシウスが死にました。
そして、この先も母の中に眠るもう一人のマルギットに
抗い続ければそなたらもマデュラも失うことになります」
ポタリッポタリッ・・・・・
ポタリッポタリッ・・・・・
マルギットの目から大粒の涙がポタポタと溢れ出る。
ハイノはマルギットの頭に左手を添えると左肩に引き寄せた。
「・・・・うぅ・・・・うぅううう・・・・ハイノ・・・・」
マルギットはハイノの胸でしばらく涙を流し続けた。
アルノ―とフレデリカは今までマルギットが見せた事がない姿を黙って見守っていた。
「・・・・うぅううう・・・・ハイノ・・・・愛しているわ」
マルギットは涙を流すハイノの胸で愛を告げる。
ハイノはマルギットの頭に口づけをすると同じ様に愛を告げた。
「マルギット、解っている。そなたの気持ちは解っている。
安心致せ。私もだ。マルギットを愛している。そなたしか愛せぬ」
ハイノは自身の胸に添えられたマルギットの左手を右手で握った。
「愛している。マルギット。何があろうとそなたの傍を離れはせぬ。安心致せ」
ハイノは涙を流し続けるマルギットを労わった。
「・・・・うぅ・・・・ごめんなさい。
マデュラの当主であるのにこの様に甘えたことを、ごめんなさい」
マルギットはハイノと目の前にいるアルノーとフレデリカに詫びると元の体勢に戻り深く息を吸った。
「そなたらをマデュラを失う訳にはいかないのです。
マデュラの現当主として、次の世に繋げねばなりません。
汚名を背負い、それでも家名をここまで引き継いだ
これまでの当主と一族の者達のためにも」
マルギットは姿勢を正した。
「アルノー、フレデリカ。父は明日、旅に出ます。もう、戻る事はないでしょう」
アルノ―とフレデリカはマルギットの言葉に目を見開いた。
「なぜですか?もう、戻らないとはなぜなのですか?」
アルノ―が堪らず口を挟む。
「そなたらとマデュラを守るために父は旅立つのです。
父が旅立てば母は今までとは異なる姿、物言いになるやもしれません。
そなたら2人が疑念を抱く行いをすることもありましょう。
そなたらの疑念が膨らむ様であれば、どうしても母の行いに
納得がいかない時は訓練施設にいらっしゃるラドフォール公爵家ポルデュラ様を頼りなさい。
そして、そなたらの疑念を洗いざらいお伝えしなさい。されば力となってくれましょう」
マルギットは指輪の入った2つの小箱をアルノーとフレデリカへ向ける。
「フレデリカ、そなたは今日よりマデュラの過去を共に背負うこととなります。
王家主催の晩餐や王都の別邸滞在の折に胸に痛みを覚えることを耳にすることもありましょう。
そんな時はそなた独りで抱え込まずにアルノーに全てを伝えるのですよ。
アルノ―がそなたを守ってくれます。よいですね」
マルギットはフレデリカへ優しい眼差しを向けた。
「はい、義母上様。全てをアルノーに話します」
マルギットはコクンと一つ頷いた。
「これからのマデュラを背負っていくのはそなたらです。
今宵、これよりマデュラを継承する指輪をそなたらに授けます。
まだ、指にははめられぬでしょう。首飾りにできる様に準備しました。
ベーベル、鎖をこちらへ」
「かしこまりました」
女官長のベーベルが金色の鎖を2本、マルギットへ手渡す。
マルギットは1本をハイノに渡すと自身の手にした鎖を指輪に通した。
二重に通した金色の鎖に金緑石の指輪がぶら下がる。
ガタンッ
ガタンッ
マルギットとハイノは椅子から立ち上がるとテーブルを挟んだ向かいに座るアルノーとフレデリカへ歩み寄った。
2人の後ろへ回ると同時に金緑石の指輪がぶら下がる首飾りをアルノーとフレデリカにそれぞれつける。
「本来であれば14歳になり次期当主とその伴侶として任命された時に授けるのですが、
父と母が揃うのも今宵が最後故、これからのマデュラを頼みます」
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ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。
「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」
アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。
アゼット様。まだ間に合います。
今なら、引き返せますよ?
※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。
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「ひどいわ」ばっかり言ってるからよ(笑)
全10話+エピローグとなります。
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