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第三章 天界と食事の神編
第88話 ソルテラが決めたこと 【★】
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「まず結論から言うわ。故郷の話でなくてもいいなら彼のことを、ベイカーのことを教えてあげる」
「また俺ん時みたいにコイツの粘り勝ちか。でもどういう風の吹き回しだ?」
別室のイスに腰掛け、俺よりも先に口を開いたのはフライデルだった。
調理中は黙々と作業しており、風で操ったベルトを駆使して三人分ほどの働きを見せていた。帰ったら改めて礼を言わないと、と思っていたところなんだが、あまりにも単刀直入な質問だ。
しかしソルテラは機嫌を損ねた様子もなく答える。
「……この新しい食事の神があまりにも楽しそうに食べるものだから気が変わったの。それにベイカーの考えと似てたのよ」
「楽しいフードファイトにしたいってやつか」
「ええ。ベイカーはフードファイトの在り方を疑問視して、もっと楽しめる方法があればいいのにって言ってたわ。……この世界を根本から変えるようなことだったから、さすが異世界からの転生者は価値観が違うのねって感心したものよ」
膝の上でそっと組まれたソルテラの指をコムギが見つめ、そして口を開いた。
「今回のフードファイト中、ソルテラ様は色々と丁寧に教えてくれました。あなたは本当は誰かに知識を分け与えて助けてあげたいと思える、優しい性格ですよね?」
「……」
「だからこそ、友人に何もしてあげられなかったのが気掛かりだったんじゃないですか」
フードファイトを始めることになった時、ソルテラがコムギに声をかけようとして逡巡していたのを思い出す。
あの時から沢山知っているレシピを教えてあげたかったのかもしれない。
そしてフードファイトが進むうちに俺とレモニカの様子を見て気が変わったってことだろうか。
ソルテラはそうっと頷く。
「彼には沢山のことを教えてもらったけれど、沢山のことを教え返すことはできなかった。だから初めは同郷であるあなたたちに協力したいと思ったのよ、でも……それは、あなたたちを彼の代わりにしているようで嫌だったの」
俺たちを代わりにすることで自分が楽になるのが嫌だった。
ベイカーに対して何もできなかった事実は揺るがないというのに、代わりを見つけて満足するなんて嫌だった。ソルテラはそう言い重ねる。
そういう楽になり方をしてもいいんじゃないかと思ったが、ソルテラにはソルテラの葛藤があったんだろう。
「けど彼と同じことを言う食事の神に、私が救われるためではなく本心から協力したくなったのよ。――それにね、私、料理が趣味なの」
ソルテラは包丁を握って何かを切るような仕草をしてみせる。
フードファイトを途切れさせないほどの見事な腕だ、好きでなきゃあそこまで極められないだろうと思っていた。きっと趣味の最上位に位置するものなんだろう。
なんでも料理はベイカーが教えてくれたそうだ。
あの沢山のレシピも彼が丁寧に教えたらしい。きっとソルテラがコムギに教えていた光景とそっくりだったことだろう。
「ふふ、鍛冶より好きなんて口が裂けても言えないけれど、最近は仕事が多くて料理をできなくて沈んでたのよね。今日は沢山作れたし、それにあなたったら凄く美味しそうに食べてくれるんだもの」
「あはは、本当に美味かったからな」
「作り手冥利に尽きるわ」
ソルテラは緩やかに微笑む。
「――そう思ったら料理が好きなんだって自覚し直せた。そして、この気持ちを思い出させてくれたあなたに協力したいと考えられるようになったわ」
「それじゃあ」
「ええ、元々バージルに通す義理もないし、私は食事の神側に付くわ」
「義理がない?」
ソルテラ曰く、なんでもバージルの傘下に入ったのは工房のある土地周辺にバージル側の神が多く住んでいたからだという。
そもそも勢力争いに興味はなかったが、工房で静かに作業をできる環境を得るメリットがあったから参加した、ということらしい。
勢力に加わる前は今日の俺のように色々な神が入れ代わり立ち代わり勧誘に訪れておりうるさかったそうだ。
「なら似たようなことしちゃって悪かったなぁ……」
「出会いそのものは嫌いじゃないわ。ベイカーとの出会いも向こうから話しかけられたからだし。……友人ではあったけど、あなたたちの望む過去の話をしてくれるほど親しくはなかったから、故郷の話以外も楽しめるか怪しいけれどいい?」
ソルテラは少し不安げな表情を覗かせる。
俺はそれに笑みを返すことにした。
「その神……ベイカーがソルテラに故郷のことを話せなかったのは、覚えていなかったからかもしれないぞ」
「覚えていない?」
「レイトはそうでもないけど、俺も部分的に前世のことを忘れてるんだ」
ど忘れしたというより何の脈絡もなく記憶が欠落している。
恐らく転生することは恐ろしく繊細な作業なんだろう。料理だって少し調味料やその量を間違えただけで味ががらりと変わるんだから。
そう説明するとソルテラは「食事の神らしい喩えね」と笑った。
「それにソルテラに対してあんなにも色々なレシピを教えてくれたくらいだ、親しくないなんてことはなかったと思う」
「……ありがとう、優しいのね」
ソルテラは改めて姿勢を正してこちらを見る。
その表情に不安はもう残っていなかった。
「他愛もない話になるけれど――私の知るベイカーのことをあなたに話すわ、シロ」
レイト(イラスト:縁代まと)
「また俺ん時みたいにコイツの粘り勝ちか。でもどういう風の吹き回しだ?」
別室のイスに腰掛け、俺よりも先に口を開いたのはフライデルだった。
調理中は黙々と作業しており、風で操ったベルトを駆使して三人分ほどの働きを見せていた。帰ったら改めて礼を言わないと、と思っていたところなんだが、あまりにも単刀直入な質問だ。
しかしソルテラは機嫌を損ねた様子もなく答える。
「……この新しい食事の神があまりにも楽しそうに食べるものだから気が変わったの。それにベイカーの考えと似てたのよ」
「楽しいフードファイトにしたいってやつか」
「ええ。ベイカーはフードファイトの在り方を疑問視して、もっと楽しめる方法があればいいのにって言ってたわ。……この世界を根本から変えるようなことだったから、さすが異世界からの転生者は価値観が違うのねって感心したものよ」
膝の上でそっと組まれたソルテラの指をコムギが見つめ、そして口を開いた。
「今回のフードファイト中、ソルテラ様は色々と丁寧に教えてくれました。あなたは本当は誰かに知識を分け与えて助けてあげたいと思える、優しい性格ですよね?」
「……」
「だからこそ、友人に何もしてあげられなかったのが気掛かりだったんじゃないですか」
フードファイトを始めることになった時、ソルテラがコムギに声をかけようとして逡巡していたのを思い出す。
あの時から沢山知っているレシピを教えてあげたかったのかもしれない。
そしてフードファイトが進むうちに俺とレモニカの様子を見て気が変わったってことだろうか。
ソルテラはそうっと頷く。
「彼には沢山のことを教えてもらったけれど、沢山のことを教え返すことはできなかった。だから初めは同郷であるあなたたちに協力したいと思ったのよ、でも……それは、あなたたちを彼の代わりにしているようで嫌だったの」
俺たちを代わりにすることで自分が楽になるのが嫌だった。
ベイカーに対して何もできなかった事実は揺るがないというのに、代わりを見つけて満足するなんて嫌だった。ソルテラはそう言い重ねる。
そういう楽になり方をしてもいいんじゃないかと思ったが、ソルテラにはソルテラの葛藤があったんだろう。
「けど彼と同じことを言う食事の神に、私が救われるためではなく本心から協力したくなったのよ。――それにね、私、料理が趣味なの」
ソルテラは包丁を握って何かを切るような仕草をしてみせる。
フードファイトを途切れさせないほどの見事な腕だ、好きでなきゃあそこまで極められないだろうと思っていた。きっと趣味の最上位に位置するものなんだろう。
なんでも料理はベイカーが教えてくれたそうだ。
あの沢山のレシピも彼が丁寧に教えたらしい。きっとソルテラがコムギに教えていた光景とそっくりだったことだろう。
「ふふ、鍛冶より好きなんて口が裂けても言えないけれど、最近は仕事が多くて料理をできなくて沈んでたのよね。今日は沢山作れたし、それにあなたったら凄く美味しそうに食べてくれるんだもの」
「あはは、本当に美味かったからな」
「作り手冥利に尽きるわ」
ソルテラは緩やかに微笑む。
「――そう思ったら料理が好きなんだって自覚し直せた。そして、この気持ちを思い出させてくれたあなたに協力したいと考えられるようになったわ」
「それじゃあ」
「ええ、元々バージルに通す義理もないし、私は食事の神側に付くわ」
「義理がない?」
ソルテラ曰く、なんでもバージルの傘下に入ったのは工房のある土地周辺にバージル側の神が多く住んでいたからだという。
そもそも勢力争いに興味はなかったが、工房で静かに作業をできる環境を得るメリットがあったから参加した、ということらしい。
勢力に加わる前は今日の俺のように色々な神が入れ代わり立ち代わり勧誘に訪れておりうるさかったそうだ。
「なら似たようなことしちゃって悪かったなぁ……」
「出会いそのものは嫌いじゃないわ。ベイカーとの出会いも向こうから話しかけられたからだし。……友人ではあったけど、あなたたちの望む過去の話をしてくれるほど親しくはなかったから、故郷の話以外も楽しめるか怪しいけれどいい?」
ソルテラは少し不安げな表情を覗かせる。
俺はそれに笑みを返すことにした。
「その神……ベイカーがソルテラに故郷のことを話せなかったのは、覚えていなかったからかもしれないぞ」
「覚えていない?」
「レイトはそうでもないけど、俺も部分的に前世のことを忘れてるんだ」
ど忘れしたというより何の脈絡もなく記憶が欠落している。
恐らく転生することは恐ろしく繊細な作業なんだろう。料理だって少し調味料やその量を間違えただけで味ががらりと変わるんだから。
そう説明するとソルテラは「食事の神らしい喩えね」と笑った。
「それにソルテラに対してあんなにも色々なレシピを教えてくれたくらいだ、親しくないなんてことはなかったと思う」
「……ありがとう、優しいのね」
ソルテラは改めて姿勢を正してこちらを見る。
その表情に不安はもう残っていなかった。
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レイト(イラスト:縁代まと)
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