【本編完結】ヘーゼロッテ・ファミリア! ~公爵令嬢は家族3人から命を狙われている~

縁代まと

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お祖父様攻略編

第87話 君はいつも口が上手いな

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「お父様、あの、それは――」

 お父様は自分の罪を秘匿し、今後も隠し続けていくという新たな罪を私と共に背負ってくれていた。
 でもマクベスとの件で家族には明かすことになってしまったことで、状況が変わったというのもよくわかる。……わかるからこそ苦しくて、思わず歯切れの悪い言葉を発してしまった。

 そんな私の心情を理解してくれているのか、お父様は眉根を寄せつつも笑みを浮かべてこちらの両肩に手を置く。

「お義父さんが罪を償うなら、僕も同じ道を歩むべきじゃないかと思ったんだ」
「で、でも、お父様の罪は、その」

 私の殺害計画を除いてもお父様には余罪がある。

 それはアニエラたち一族が各策したものであったり、お父様がベンダロスの狂犬と呼ばれていた頃に犯したものだったりと色々あるけれど、きっとお祖父様の放火騒ぎの比ではない。
 証拠がないものが多くて立証ができず、私が考えているよりは大ごとにはならないかもしれないけれど――不安要素が多すぎた。

 でも身内の贖罪を目の当たりにして、お父様本人が償いたいと考え直したのなら、これ以上私が止めることはこの上ない自分勝手というものだわ。
 足が震えるのを感じながら言葉に詰まっていると、レネがお父様の前へと一歩踏み出した。

「アロウズ様、そちらの件はイベイタス様ほど上手く誤魔化せませんよ」
「禁薬ほどじゃないが判断力を落として依存性のある薬が闇市には流れている。それを常用していたことにすればいい」
「ですがふたり同時はヘーゼロッテ家が傾きます。……とはいえ、時期をずらすとしても僕は賛成できないんですが」

 レネは咳払いをすると少し迷ったような表情を覗かせてから再びお父様を見る。

「まず、アシュガルドに犯人蔵匿罪《はんにんぞうとくざい》はありません」
「犯人……蔵匿罪?」
「罪を犯した者を隠したり匿うことですね。一部の他国では罪に問われますが、アシュガルドにはないんです。そうですよね、メリッサ夫人」

 レネに問われたお母様はすぐに頷いた。

 過去に罪の償い方について訊ねた時もはっきりとした答えを持っていたから、お母様はアシュガルドの法律周りにも詳しい。
 だからこそ頷きひとつに重みが感じられた。

「だからヘルガとアロウズ様が黙っていたことは罪になりません。次に」

 これは僕のことを嫌わないでほしいんだけれど、と私のほうをちらりと見てから念入りに前置きをしてレネは再び口を開く。

「アロウズ様の余罪を独自に洗いました」
「……!? 情報が残っているとしてもほとんど裏社会でだぞ!?」
「だからこそ追いやすかったんです。二つ名もわかっていましたし、それに協力者もいましたから」

 協力者の見当がつかなかったのかお父様は訝しむような顔をしたけれど、レネはそのままハキハキと答えた。

「スラムの酒場のマスターです。アロウズ様の今後のために必要だと説得しました」
「あいつが!? ただの腐れ縁で憎まれ口しか叩かないクソ野ろ……お、男だぞ。あいつが協力するわけが……」

 私はカウンター席で会話をしていたマスターとお父様の姿を思い返す。
 昔からの知り合いのようだったけれど、仲の良い友人という雰囲気ではなかった。

 でも……そうよ、どんな関係であれ、アニエラから私を守るための隠し場所として酒場の地下を提供してもらったくらいよ。
 そして酒場のマスターはそれに応じてくれた。
 友情はなくても一種の信頼関係が成り立っていたのなら、その間に他の情のようなものがあってもおかしくはない。

「裁かれるのはこの国だと証拠がしっかりと残っている者だけ。だからこその余罪の調査だと伝えました」
「……」
「口調は怖いけど悪い人ではないですね、あの人」

 ――アロウズがまともに生きられるならそれでいいんじゃねぇか。
 過去がそれを邪魔することはないだろ。

 それがマスターの意見だった。
 下唇を噛んだお父様はなにも言い返せないままレネの言葉の続きを待っている。

「そしてアロウズ様、あなたには物的証拠や状況証拠として認められるものが残っていなかった。時効を迎えたものも多い。……つまり、アシュガルドでは自首をしても犯人だと認められないんです」
「……それは本当か?」
「ええ。自首自体はできますよ、ただ有罪にはならないんです」

 レネはお父様の絡んだ一部の事件は証拠が残っているものもあったが、それはお父様の一族が主導していたもので、その人間の証拠しかないと続けた。

 そして当人はすでに亡くなっているため犯人として引っ立てることはできない。
 お父様が関わっていたことも立証できない。
 同じ一族だから罰してほしいと言うこともできない。お祖父様の時に話した通り、アシュガルドに連座や族誅なんてものはないからよ。

「アロウズ様、あなたはもう他人には裁いてもらえない」
「――!」
「暴露して汚名を被ることで自分に罰は与えられますが、それはイベイタス様が避けようとしたことです。そしてヘルガのためにもならないことでしょう」

 今後一切、他人から裁かれることはない。

 それは罪から逃げられたとは言わないわ。少なくとも今のお父様の考え方なら。
 お父様は一生許されない罪の意識を背負っていくことになる。
 それはこれまでの私たちとそう変わらないような状態だったけれど、根本的なものが異なっていた。

 裁かれるかもしれないという罪悪感、家族に秘密にしているという罪悪感。
 それらを背負いながら演技をし続けることを罰として考えていたのに、裁かれる可能性は無くなり、しかも家族にはすでにバレてしまったんだもの。

「調べたことをすぐに言わなかったのは、無罪でも罪の意識は必要だと考えたからです。これはあなたにとっても必要なものだったでしょう。でも今の申し出を聞いたら黙っていられなかった」
「レネ君……」
「アロウズ様、この結果を聞いてあなたが安堵感を感じていないなら……望んでも世間に一生許されないこともまた、罰だとは思いませんか」

 お父様は泣きそうな顔をしたけれど、目から涙が零れる前に表情を正す。

「君はいつも口が上手いな」
「アルバボロス家の子供ですから」
「まったく恐ろしいよ。……だが、そうだな、それにここで僕が失脚してしまえば家族だけでなく領民にも影響が出てしまうか」

 スラムを縮小するための試みはまだ途中よ。
 ここでお父様がいなくなってしまったら、お母様ひとりでそれを支えるのは難しいと思う。

 かつてお父様は死の間際まで罪を隠しながら贖罪を続けた聖人アウロカリーデにはなれないと言っていた。
 けれどその生き方を真似ることは続けよう、と小さく口にする。

 衝動的にあんな申し出をしてしまうほど、お父様は今もずっと罪の意識に苛まれていたということがはっきりとした。
 そんなお父様にこの道を歩ませてしまうのは心苦しい。
 でも、だからこそ贖罪になるのだということもはっきりした。

「お父様、それにお祖父様にお姉様、辛い選択をさせてごめんなさい」

 お父様とお祖父様には贖罪に関して大きく譲歩してもらった。
 お姉様にはとても長い間真実を黙っていてもらった。その苦しさや辛さを改めて思うと申し訳なくなる。

 私の言葉にお父様は首を横に振った。

「前にも言ったが、ヘルガが謝ることじゃないんだよ」
「そ、そうよ、あなたの命を狙ったのも自分が弱かったせいなんだから」
「そしてこれも我々のした選択だ。被害を被った被害者への罪悪感はお前が間接的に抱くものじゃない。我々が抱くべきものだ」

 こうして三人に許されると泣きそうになってしまう。
 私だけ許されるなんてずるいわ。

 そう考えているとレネがぽんぽんと背中を叩いた。

「君たちは本当によく似た家族だね、ヘルガ」
「レネ……」
「罪の意識の堂々巡りはやめよう。償って国に許されるもの、誰にも許してもらえないけれど贖罪はできるもの、それをひとつひとつ進めながら生きていかなきゃ」
「……ええ、そうね」

 それに、とレネは笑みを浮かべる。

「ヘルガは必ず幸せになって、ヘーゼロッテ家に幸をもたらすんでしょ」

 お祖父様にしっかりと言いきった言葉だ。
 それを違えるつもりはない。
 なら――今ここで辛い表情をしたままでいることも、今後ずっと自分だけ許されていると思いながらネガティブな気持ちで過ごすことも正しい道ではない気がした。

 まだぎこちないけれど笑みを浮かべてみせると、レネはホッとしたように表情を緩める。
 そこでお母様がお父様たちに向かって足を踏み出した。

「……さあ、やるべきことが沢山あるわ。まずはヘルガとメラリァは一旦お屋敷に戻って――」
「いえ、お母様。私はこのままデビュタントパーティーに向かいます」

 ぎょっとしたのはその場にいた全員だった。
 大きな騒動があったし、しかも治ったとはいえ怪我をした後だ。治癒魔法もマクベスに目一杯使ったから体力も削れている。

 それでもデビュタントパーティーに生きたまま赴き、最後まで全うすることは私にとってゴールのようなものだった。

 家族から命を狙われ、それを回避しながら家族の形を保つために頑張ってきたことのゴール。だからこそ今このタイミングで行っておきたかった。
 これは私の我儘だし、村で怪我人がいたなら体力が回復し次第私も治療に当たるわ。その後に出発してもまだ間に合うだろうから。

 付き人も必要最低限でいい。
 私だけで王都に行って、パーティーを終えてくる。

 そう伝えるとレネが私の手を引いた。

「そこは僕とふたりでって言ってほしかったな」
「ご、ごめんなさい、でもレネにも無理をさせたでしょう? 休んだほうがいいわ」
「君ひとりでパーティーに行かせてゆっくり休めると思う?」

 ……あまり思えないわね。
 素直にそう言うとレネは「でしょ」と笑った。

「アロウズ様、メリッサ夫人。この後の騒動を考えるとヘルガはこのままパーティーに行ったほうがいいと思います。家門に泥を塗るのを阻止できても貴族の口はうるさいですから」

 このままデビュタントパーティーへの出席を先延ばしにすれば次は何年先になるかわかりません、とレネは言う。
 これは私がパーティーに行けるように少し誇張していることが伝わってきた。
 たしかに貴族間の噂はよく広まるわ。ただ、だからこそ新しい噂に上書きされるのも早いもの。
 イレーナの件も庶民だけでなく貴族でも同じような状態だったんじゃないかしら。

 お父様とお母様は顔を見合わせ、そしてゆっくりと頷く。
 レネは私の手をぎゅっと握って言った。

「任せてください。ヘルガのことは、僕がしっかりと送り届けます」
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