【本編完結】ヘーゼロッテ・ファミリア! ~公爵令嬢は家族3人から命を狙われている~

縁代まと

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お祖父様攻略編

第89話 伝書鳩のしらせ

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 あと少しで王都に到着するという時に一羽の鳥が現れた。

 野生の鳥はしょっちゅう見かけたけれど、目についたのは休憩のために馬車を停めて昼食を取りながら景色を眺めていたからかもしれない。
 ヘラとは異なり真っ白な鳥で、しばらく木の枝で様子を窺ってからレネの腕目掛けて降りてくる。

 日本人には見慣れたフォルムをしていた。もしかして鳩かしら。
 レネは鳩の足に付けられた小さな筒から紙を取り出す。

「それって伝書鳩? 決まった場所でなくても届けてくれるのね」
「共鳴しあう対の魔石の反応を感じ取れるように訓練してあるんだ」

 そう言ってレネはポケットにしまってあった懐中時計を見せてくれた。
 懐中時計には緑色の石が埋め込まれている。レネが伝書鳩の足に付いた筒の裏を指すと、そこにも同じものがあった。

 これが一般化すれば普通の郵便物もスピーディーに届くようになるんじゃ? っと思ったけれど、訓練には相当な時間が必要らしい。
 それによく考えてみれば一羽につき一通になるわけだから、凄まじい数の伝書鳩が必要になってしまうわね。餌代にも目が飛び出ることになりそう。

 そんなことを考えていると、紙に書かれた事柄を読み終えたレネがこちらを向く。

「あの後、ヘーゼロッテ邸を見張らせていた人間に急いでオルテスに向かうよう指示を出したんだ。馬車じゃないし単騎で身軽だったから、思っていたより早く着いたみたいだね」

 オルテスは例の村の名前だわ。
 なんでもレネは出発後の村の様子や顛末が気になるだろうと早い段階で手を打ってくれていたらしい。
 しかも向かわせた人物は表向きはボランティアとして振る舞ってもらっているので、被害を受けた村の手助けにもなる。強かで頼もしいわね……!

 素直にそう口にするとレネははにかんで笑った。

「全焼したのはあの建物だけだったみたいだ。ボヤ騒ぎも周囲に燃え移らないように注意しながら、煙の多く出る植物を燃やしたみたいだね」
「……お祖父様がそう指示したのかしら。それとも」
「うん、マクベスなりに気を遣った可能性もある。村の人はただ巻き込まれただけだし、いわばマクベスの祖父である庭師も巻き込まれた側の人間だからね」

 ボヤ騒ぎの発案はマクベスだった。でもその細やかな部分はふたりで計画を詰めていくことで作られたのだと思う。
 そしてふたりとも私に対しては殺意を抱いていたけれど、関係ない人を進んで殺したいわけではなかったはず。その証明のひとつのように感じられた。

 少しホッとしているとレネが少し声を潜めて続ける。

「マクベスの遺体は出なかったらしい。ただ生存しているわけじゃないと思う」
「もしかして……禁薬の副作用で体が溶け始めていたから、燃えた後に骨すら残らなかったのかしら」
「かもしれない。でもヘルガ、あまり細かく想像しちゃダメだよ?」

 レネがぽんぽんと軽く肩を叩いてくれる。

 マクベスが遺体も残らなかったのはとても心苦しい。
 ただ、それでもなんらかの形で弔ってあげたいなと思った。
 本人はヘーゼロッテ家の人間にそんなことをされたら嫌そうな顔をするかもしれないけれど。

 レネの説明ではお祖父様たちが身を潜めていた宿に私物が残されていたため、裁判でマクベスの関与を示唆することは十分可能らしい。
 表向きは死者ゼロ人なので、犯行後にマクベスだけ逃亡したと証言することになりそうだ、とのことだった。

 ……その密偵さん、やっぱりめちゃくちゃ有能ね?

「ありがとう、レネ。気になっていたのが少しマシになったわ」
「これで心置きなく……というわけにはいかないだろうけど、ヘルガにはデビュタントパーティーを純粋に楽しんでほしかったからね」

 レネは優しげな笑みをこちらに向ける。

「君が生きて、無事に辿り着けたパーティーだ。そして成人したと示すものでもある。こんな人生に一度しかないイベントを楽しめないなんて勿体ないでしょ?」
「楽しむだなんて不謹慎かもしれないのに?」
「僕が許すよ。それにヘルガは被害者だし、先祖の罪は君の罪じゃない」

 レネは一貫して私を責めない。
 ――だからこそ取り乱さずにここまで進んでこれたのだと思う。

 そっとレネの手に自分の手を重ねると彼の体温が伝わってきた。
 これからも大切にしていきたい温もりだわ。そう改めて思いながら笑みを返す。

「じゃあ、目一杯楽しむためにも……会場ではエスコートを宜しくね?」
「……! もちろん、あとダンスも一緒に踊ろう。周りの牽制もしておかないとね」
「牽制?」

 レネは再び笑みを浮かべたけれど、今度はなかなかに悪役じみた笑みだった。
 でもたぶん本人はちょっと悪い顔で笑ったくらいだと思うわ。

「デビュタントパーティーはお見合い会場でもあるのを忘れた? すでに相手がいる場合は牽制も兼ねてるんだ。べつにルールとして決まっているわけじゃないけれど」
「そうなの!? なら私もレネには相手がいますよって示さなきゃいけないわね!」
「……」

 唐突に無言になったレネに「ど、どうしたの?」と声をかけると、どうやら彼は私が自分と同じ気持ちを返してくれたのが嬉しかったらしい。
 その嬉しさを噛み締めるための無言だったのね。
 ……印象に反して意外と純粋すぎて、でもそこが可愛いと思う。

 だから、こっちまで無言になってしまったのは不可抗力というものよ。

     ***

 それからしばらく道を急ぎ、ある日の昼を少し回った頃に目的地へと辿り着いた。

 アシュガルドの王都――トラボルス。

 とても発展した街で、中央には代々の王族が住まう宮殿がそびえ立っている。
 今の王は贅沢な暮らしを好むような気質ではないけれど、あの宮殿が建てられた頃は豪奢なものを作ることで権威を示す文化がポピュラーだったらしい。
 でもただ豪華なだけでなく造りもしっかりとしているのか、古いはずの宮殿は今も威厳のある佇まいだった。

 デビュタントパーティーはあの宮殿内に作られた会場で行なわれる。
 一昔前は街で大きな会場を借りていたのだけれど、イベント好きな王が「参加者にとっては晴れ舞台。ここならその舞台として不足はない」とそう宣言した年から解放したそうよ。
 こういう部分に融通が利く大物だからこそ、長いあいだ大国を維持できているのかもしれないわね。

 トラボルス内へ踏み込むのはあっという間だった。
 予定していた宿屋に馬車を停め、従者がオルテスでのトラブルで宿泊人数に変更があったことを伝える。
 パーティー開始までに猶予はあるけれど、当初の予定よりは押しているので手早く準備を進めないといけないわ。

 それにお母様は同行していないし、後から追えるかもわからないから……と託された書類もある。
 そう、お母様が同行する理由のひとつだった提出予定の書類よ。
 主目的ではなかったようだけれど目的は目的。私から代理で提出すると申し出て預かってきたの。このおつかいも済ませないと。

 やることはまだ沢山ある。
 でもレネが言ってくれたように、パーティーは楽しみましょう。

 そう宮殿を見上げると、まるで絵画のような美しい景色に鳥たちが飛んでいた。
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