【本編完結】ヘーゼロッテ・ファミリア! ~公爵令嬢は家族3人から命を狙われている~

縁代まと

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お祖父様攻略編

第36話 十七歳の三男坊

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 ――お姉様とお父様の件に決着をつけてから時は流れ、私ヘルガ・ヘーゼロッテは十五歳になった。

 お父様の事件から三年経ち、お祖父様の事情について引き続き調査を行なっているものの結果は芳しくない。なにせ今のお祖父様は別館で過ごしていてなかなか様子を探れないのだ。
 お父様の時のように影の動物で様子を探ってみても怪しい行動はしていない。
 模範的な隠居したご老人って感じね。
 もし平和な余生を過ごすために私を忌み子として殺すことを諦めてくれたならありがたいけれど……そう結論付ける情報もまた、手元に集まってはいなかった。

 ただしレネの方はツテを利用して少しずつヘーゼロッテ家の過去について情報を集めてくれている。
 お祖父様が私を忌み子と嫌う理由と結びつく情報が出てくるかはわからないけれど、我が家の誰よりも長くヘーゼロッテの家名を背負ってきたのはお祖父様に他ならない。
 そんなヘーゼロッテ家について調べることは、お祖父様について調べるのと同じこと。
 ――唯一問題があるとすれば、学園の高等部に進んだレネが寮住まいになってなかなか我が家を訪れることが出来なくなったことかしら。

(三年前はロジェッタおば様に同行する形でよく足を運んでくれたけれど、さすがに寮に住んでて『母親のお茶会に同行して遊びに行く』って理由は使いにくいわよね……)

 レネも十七歳だ。個人的なお茶会を開催する形で私と会うことは可能なものの、生徒である間は学校主催のお茶会しかできないらしい。この国の貴族特有の文化らしいけれど厄介ね。
 私は家庭教師による学習を続けているため自由時間は多いけれど、逆に家を出る理由を考えづらい。
 もちろん屋敷のある町なら自由に出歩ける。ただレネのいる学園はここから少し離れているし、私から出向くには遠かった。

(手紙のやり取りは自由だけど、どうしてもタイムラグがあるし……それに交換できる情報も文字だけだと不足気味だわ)

 この辺りの不便さもお父様やお母様に掛け合えば解消できるかもしれない。
 でもお祖父様に命を狙われている件は今も伏せている。やっぱり私の協力者はレネしかいないわ。
 そこで私は十五歳の誕生日に「さすがにこれ以上受け身ではいられない」と一念発起し、ある手紙をレネに送った。もう学園に到着している頃だろう。
 私は夕食後に「今日は少し早めに休みますね」とお母様たちに伝え、自室に戻ってから影の鳥――ヘラへと意識を移した。

 この三年間、何の収穫もないままぼーっとしていたわけじゃない。
 影魔法、正確には闇魔法の技術を磨いて影の動物のクオリティを上げる訓練を続けていたのだ。これに関しては『自分の力をコントロールする』という目的もあったのでお父様に手伝ってもらうこともあった。

 そうしてヘラの声帯と舌を弄り、人間の言葉を話せるようになったのが半年ほど前のこと。
 ただ体に取り込む空気量の関係上あまり長い言葉を話せなかった点、高すぎる声しか出なかった点、不慣れで舌足らずな喋り方になっていた点は要改良で、その調整に手間取ってしまった。

「でも今は……この通り! ばっちりね!」

 発声確認も兼ねて小声で喋る。
 もちろんヘラの口で、だ。改良に改良を重ねた甲斐があって普段の私と変わらない喋り方を再現できていた。
 本当大変な日々だったわ、人間の発声って歯の有無も大きく関わっていたのね……。
 しみじみとしつつ私は窓から空へと羽ばたく。もう夕暮れ時だが影の鳥に鳥目は関係ない。このまま飛んで移動する先は――レネが通っているハルアモニア学園、そしてその中のレネの部屋よ。

(手紙に訪問の件を書いておいたし、レネは個室らしいし……到着すればやっと直接情報交換が出来るわ)

 最後に会ったのは彼が声変わりする前だったかしら。
 その後寮での生活が忙しくなり、声変わりをしたと手紙で聞いた。背も少し伸びたらしいけれど、顔の作りが大きく変わるわけじゃない。きっと会えばすぐにわかる。
 そんな自信と共に私は空を飛び続けた。

     ***

 闇夜に紛れて学園の敷地内へと降り立つ。

 暗いけれど時間は夜の八時過ぎってところかしら。
 かなり飛ばしてきたから疲れたけれど、ここまで来たらあと少しよ。帰りは接続を切ってヘラを消し、その後に部屋で作り直せばいいからあっという間だし。

(でも学園までの道のりを事前に調べておいて正解だったわね、迷ってたら真夜中になってたかも)

 密会には都合がいいけれど、勉学に勤しむ若人の睡眠をだらだらと先延ばしにするのは本望じゃないわ。目的達成のために健康を損なうのは本末転倒よ。
 そう改めて確認しながらレネの部屋を探す。
 部屋番号については手紙で聞いていた。
 私から訊ねたのではなく「ヘルガの目の色と同じ名前の寮になったんだよ」という話題に添えられていたのだ。スフェーン寮の四号室がそうらしい。
 ……今思うと凄い話題ね、書きやすい近況がなかったのかしら?

 そうこうしている間にスフェーン寮へと辿り着いた。
 一階は教師や役員が使用しているそうなので、生徒用の四号室は二階だ。

(窓に鍵はかかってない、けど……)

 少し開けられた窓。
 それは私の訪問を待ってのことに見えたけれど、換気のためにも見えた。なにせ部屋の中に誰もいないのだ。特殊な魔石によるランプは付いているものの本当に誰も見当たらない。
 学園には剣術の授業もあるらしいので、もしかしてまだ練習しているのかも。

(なら中で少し待ってようかしら、飛びすぎて疲れちゃったし)

 ヘラが消えるとまた一からになってしまうからこの状態を維持する必要があるものの、ヘラのまま休憩することで私本体も少しは休むことができる。
 まあこの肉体を休めたからというより、省エネモードにすることで本体の魔力回復が消費をちょっぴり上回るってだけなのだけれど。
 部屋に入った私は机の上――に乗ろうとしたけれど、そこにはノートや分厚い教科書が広げてあったので汚すわけにはいかないと断念した。
 とりあえずベッドの上にお邪魔しましょうか。

(さすが貴族が多く通う学園ね、個室は小ぢんまりとしてるけど家具の質が良いわ……)

 ふわふわでありながら体をしっかりと支える弾力のある良いベッドだった。
 これならレネもしっかり休めてそう。そうホッとしつつ彼の帰りを待つ。

 ……時計はないので正確な経過時間は確認できない。しかしそこそこ経った気がする。
 室内の静寂が余計にそう錯覚させている可能性はあるけれど、私はたまにウトウトしてはハッと我に返るのを繰り返していた。
 影の動物に意識を移していても精神は人間なので眠くなる時は眠くなる。
 ヘラに入ったまま完全に寝入ると本体に戻されてしまうので我慢しないと。
 そう気合を入れては舟を漕いでいると、突然ドアががちゃりと開いて人が入ってきた。――レネだ。うん、レネだし、ちゃんと一目でわかったけれど……十七歳になった彼は随分と大きくなっていた。

 ちょっと背が伸びたって手紙に書いてあったけど……ちょっと!?
 180あるお父様より少し小さいくらいじゃない!
 ってことは推定175はあるわ。男の子の成長期って恐ろしいわね……私もちゃんと大きくはなったけどまだまだ子供っぽいのに。

(い、いやいや、それは年齢差もあるから当たり前だわ。それより声をかけないと)

 そう口、もとい嘴を開きかけたところでレネの後ろからもう一人現れてぎょっとしながら枕の影に隠れる。
 レネと同い年くらいの金髪の少年だ。随分とずたぼろになっている。見ればレネも服や肌がところどころ汚れていた。

「ハズエル先生も酷いよな~、剣技大会が近いからって特別メニューを十個も追加するなんてさ」
「それだけ熱意があるんだよ、そういう人間は稀有だから大切にしないと」
「真面目だなぁレネは」

 そう愚痴る金髪の少年をドアの前で待たせ、机のひきだしから袋を取り出したレネはそれを少年に握らせる。
 音からして硬貨の入った袋かしら。

「さあ、先日のお礼だよ。良い情報をありがとう、アートゥ」
「おっ、待ってました。これで服を新調できる。あんまり着回してると舐められるからなぁ」
「また良い情報があったら教えてくれ。……もちろん嘘はナシだからね」
「天下のアルバボロスに嘘なんかつかねぇよ。じゃ、また明日な!」

 ドアの閉まる音がした。
 どうやら少年――アートゥは去ったらしい。なら今がチャンス! と枕から顔を出したところで私は固まった。固まるしかなかった。
 おもむろにレネが上着を脱いだのである。
  真横から見てもわかるくらいしっかりと鍛えられた肉体は子供じゃなかった。ほとんど大人の男性だ。
 そんなものを予想外の相手から予想外の近距離で見せられて固まってしまったのは『仕方がないこと』に分類されると思う。

「……? ヘラ? いや――もしかしてヘルガ?」

 ようやく私の存在に気がついたレネがこちらを向き、肉体美と形容しても間違いではない体が正面を向く。
 ――影の動物で初めて披露した声が叫び声にならなかったのは、私の努力の賜物である。
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