【本編完結】ヘーゼロッテ・ファミリア! ~公爵令嬢は家族3人から命を狙われている~

縁代まと

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お祖父様攻略編

第65話 いざ、尋常に健全な恋愛アピー……ル?

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「突然の訪問になってしまい申し訳ありません。本日は……僕、レネ・アルバボロスとヘルガ・ヘーゼロッテが交際していることを伝えるため、ご挨拶に来ました」

 来客用の一室にて。
 お父様は寝耳に水という顔をしていた。
 例えではなく本当に寝ている人の耳に水を注いだらこんな顔をするんだろうな、と納得してしまうような表情だ。

 一方お姉様も知らされた瞬間は同じような表情をしていて、ああお父様とそっくりだなと思っていたものの、こちらはすぐに表情を改めると今にもレネに食って掛かりそうな雰囲気を醸し出していた。
 それでもすぐにはなにも言わなかったのは、すぐそばでロジェッタ夫人ときゃっきゃっとはしゃいでいるお母様が心底嬉しそうだったからだ。

 お母様たちは私とレネが初めて会った頃から「こうなったらいいわね!」と陰ながら応援していたと告白してくれた。
 少し察してはいたけれど、死を回避するための諸々の作戦を進める際に助かったことも多いので、お節介だと怒る気持ちはない。

 むしろお母様たちの心の糧になれたなら幸いだわ、うん、そういうことにしておきましょう。

「ヘルガもレネ君もごめんなさい、驚いたでしょう? でも凄く嬉しくて、早くみんなに知らせたかったのよ」
「うふふ、これはメリッサの夢のひとつだったのよ。我が息子ながら天晴れだわ」
「……」
「……」

 ああ、お父様もお姉様もなにも言えなくなってる。

 お母様たちはふたりが反対するとは微塵も思っていない。
 ――それだけ家族が『祝福してくれる』と信じてくれているのは、私も嬉しかった。もう少し踏むべき段階があったとは思うけれど。
 小さく咳払いをしたレネはお父様たちの前に歩み出て頭を下げる。

「改めて、正式なご挨拶が遅れてすみません。お伝えするタイミングについてヘルガと話し合っていたんですが……母の行動力には驚かされるばかりです」
「そ、れは……そうだね、メリッサにそっくりな行動力だ。まあ元気なのはいいことじゃないか」

 動揺しているのかお父様の発言が若干おかしい。
 そこで後ろでお母様たちが「むかしモタモタしている間に家のほうで結婚を決められた友人がいたのよ」「そうそう」「だからこういうことは善は急げよね!」と話しているのが聞こえた。
 なるほど、この力技ともいえる行動はお母様たちが喜び勇んで暴走したことだけが理由じゃないのね。

 ……それにしたってやっぱりもう少し踏むべき段階があったと思うけれど!

「そ、それで、君はヘルガとおおおつおつおおおお付き合いをしている、と」
「はい」
「……一体いつから?」

 お父様の目がちょっと怖くなる。
 例えるなら夜間に獲物を狙う肉食獣の目だ。
 これは深掘りと共に険悪なムードになるかもしれない。するとお祖父様への心象も悪くなる可能性があるので、ここはひとまず私が間に入ることにした。

「お、お父様、恥ずかしいのでそういう話はまだ秘密にさせてくれませんか?」
「ヘルガ……しかしどこの馬の、……いや、身元が保証されている人間とはいえ安全な男かどうかは僕が見極めないと」

 どこの馬の骨かわからない奴って言おうとした?
 うーん、お父様とレネはアニエラの件で良い関係を築けていたけれど、さすがに今は警戒心が丸出しすぎるわね。
 このままだと喜んでるお母様たちの存在だけじゃストッパーにならなくなるかも。

 誰か助け舟を出してくれる人は、と視線を走らせてみたものの、部屋にはお茶の準備をしてくれた侍女しかいない。
 そんな侍女も話を聞きながら密かに冷や汗を流していた。
 助け舟を求めるのは酷なことね。

 そこへお姉様の声が割り込む。
 もしかして見かねたお姉様が助け舟を? と一瞬期待したものの――

「お父様、見極めるなら私もしっかりと見ます!」

 ――お父様への助け舟だった。そ、それはそうよね。

 これは根掘り葉掘りどころかなにもない土の底まで掘り返して訊かれそうだ。
 やや前のめりになりながら「話し合っていたということは密かに密会をしていたのか?」「それとも文通?」「ヘルガのどこを好きになったんだ」「相手の良いところを沢山挙げられてこそ良い夫たりえるわ。言いなさい!」とズンズン詰め寄るふたりの息は未だかつてないほど合っていた。

 しかも結婚すること前提なの!? と驚いたものの、貴族間での親公認の交際ならそれだけ重く受け止められても仕方ない。
 むしろ遊びですって軽いノリのほうがふたりは激昂しそう。

 そう衝撃的な言葉に思わず考え込んだ隙に、レネはレネで真剣に考え込んで答えようとしていた。際限なくなるからやめてやめて……!
 あと普通に恥ずかしいというか照れるわ!

 そうあたふたしていると部屋のドアが開き、マクベスに車椅子を押されたお祖父様が現れた。

(これってもしかして最悪のタイミングなんじゃない!?)

 詰め寄っている様子はまだ険悪なムードとは言えないものの良好な関係には見えないし、じっくりと熟考しているせいで即答できなかったレネは優柔不断だと受け取られかねない。
 そして肝心な私はその両者間で慌てている。

 健全な恋愛アピール作戦のために、本当は全員でほのぼのしながら和やかに座って話しているところを見せたかった。
 でもこれは最悪の事態ではなくっても微妙、じつに微妙だわ……!

 なんと声をかけようか迷っていると、いの一番に口を開いたのはお母様だった。

「やっぱり来てくれたんですね! 最近よくヘルガのことを気にかけて頂いていたので、これは報告しないとって思ったんです」
「気にかけてなど……いや、それよりこれは一体なんの集まりだ?」

 その問いにまずはロジェッタ夫人とレネが挨拶をする。

 ……というかお母様、理由を話さずにお祖父様を呼びつけたの!?
 お父様たちの時もそうだった。でもまさかお祖父様にまで同じムーヴをしているとは思わなかったわ。
 実の娘、それも一人娘だとやっぱり強い。

 それはそれとして更に事態が悪化したかも、と思っている私をよそにお母様はにこにこしながら言う。

「うふふ、ここはレネ君たちの口から言ってもらおうと思って。さぁさ、朗報を伝えてあげて」

 そう言ったお母様はせかせかとお祖父様をイスに座るように急かして場を整えた。
 一瞬でさっきまでとは異なる緊張が走る。
 これこそが私たちの主目的だ。だからこそ父親への挨拶より祖父への挨拶のほうが緊張する。いっそのことここで影の黒豹でも呼び出して陰に隠れたいくらいだった。

 それでも平常心を保てたのは隣に座るレネが微笑みかけてくれたからだ。

「イベイタス卿。本日は僕とヘルガの交際を知らせ、ご挨拶するために参りました」
「……なるほど」
「驚かれないのですか?」

 お祖父様はいつもと変わらない目をしている。
 その裏になんらかの感情があったとしてもわからないくらいシンと落ち着いた目だった。
 レネの問いにお祖父様はちらりとお父様とお姉様を見遣る。

「ああして騒げるほど体力もないのでね。……それにデビュタントパーティーの予行練習にと己の誕生パーティーを差し出せるほどだ。よほどヘルガに懸想けそうしているのだろうと予想はついていた」

 お父様たちはお母様とロジェッタ夫人の仲の良さを知っているので、その息子のレネが少しやりすぎても受け入れる土壌があった。
 けれどお祖父様はそこまで娘とその友人のやりとりを注視してきたわけじゃないのか、一歩離れた目線で見て予想できていたらしい。
 ……つまりバレバレだったってことよ!

 ロジェッタ夫人が「この子、小さい頃からヘルガちゃんのことが大好きだったんですよ」と笑みを浮かべている。
 そのせいかレネは少し顔を赤らめて目を伏せていた。心中お察しするわ。

 みんながそんな十人十色の反応を示す中、お祖父様は落ち着いた声音で質問する。

「異論があろうとなかろうと、なにか言うべき立場なのはメリッサかアロウズだけだ。だが敢えて問いたい」

 落ち着いた声音。
 けれど裏を返せばこの場にいる誰よりも冷めた声。
 そんな声でお祖父様は静かに続けた。それは――

「ヘルガは見ての通り小さなままで、決して恵まれた肉体とはいえない。抜きん出た才能も天から与えられた魔法だけ。明るくはあるがアルバボロス家の人間を支える知能があるかどうかは定かではない。……それでもこの子を選ぶのか?」

 ――お祖父様から見た、ヘルガ・ヘーゼロッテの総評だった。
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