72 / 100
お祖父様攻略編
第72話 道中、馬車の中にて
しおりを挟む
アシュガルドではデビュタントパーティーで着るドレスは豪華なものが好まれているけれど、それはべつに宝石を散りばめたりリボンなどの装飾品を多く付けたりするだけじゃない。
私のドレスはワインレッドの生地に桃色の細やかなレースで装飾が施されたもの。
そこに使用されている糸はレネの住むアルバボロス公爵領で作られたしなやかな絹のレース糸だった。
この糸は貴族の間でも有名で、見る人が見れば「ああ! これはアルバボロス公爵領の糸だ!」と使用していることがすぐにわかるらしい。
ドレスはボリュームのあるAラインのものにした。
ただし全体的なデザインは大人っぽさを優先し、鎖骨周りのデコルテはシースルー素材を使用している。
ボリュームがある裾にしたのはレネの誕生日パーティーの時と同じように護衛用の影の蛇を潜ませやすくするためだけれど、前にレネにどんなドレスがいいか相談した際に「前にうちのパーティーで見せてくれたのがとても可愛かったから、あんな感じのドレスをもう一度見たいな」とリクエストされたからだ。
……本当はデビュタントパーティー中に仕掛けてくる可能性も考慮して、どんなデザインなら回避しやすいかっていう相談だったんだけれど、特に不都合はなかったから採用したのよね。
それともレネのことだから、それをわかった上でちゃっかり自分の見たいものをリクエストしたのかしら。
といいつつ、恐らく最後に仕掛けてくるとしたら道中が濃厚なのは確かだ。
デビュタントパーティーには王族も参加するから、お祖父様が捨て身にでもならない限り下手なことはできないはずよ。
そして捨て身になる危険性も今まで行動を起こさなかったことを考えると低い気がする。
ただ追い詰められた人間がどう出るかは誰にもわからない。
デビュタントパーティーでの用心はその保険ってことね。
私はドレスの収められたカバンのことを頭の中で思い浮かべつつ馬車に揺られる。
(本当はマーメイドドレスとかにも興味があったけれど……)
店頭に飾られているものを見るとやっぱりボディラインがよく出ていて、これは影の蛇を潜ませるのが難しいなと断念した。
すべてが終わったら100%趣味で選んだドレスを着るのもいいわね。
もちろん今回みたいなデザインのドレスも好きだから、そっちも色々と試してみたいわ。
そんなことをつらつらと考えながら窓の外を見ると青空が広がっていた。
――ドレスを受け取った後、デビュタントパーティーのために移動し始めてもお祖父様は動かなかった。
今は出発してしばらく経ったところ。そして馬車は二台連なっている。
お祖父様は屋敷に残っているけれど、なんとお父様が今回のパーティーに同行すると申し出てくれたのだ。
それはお祖父様の発言から私の身を案じるお父様の気遣いだった。
(……で、表向きの理由も詳細は伏せて『ヘルガが心配だから』だけれど、それが無理なく受け入れられたのは……)
レネもデビュタントパーティーに一般客として参加するとみんなの耳にも入ったからだ。挨拶の際にあんな反応を見せた父親なら心配ではあるだろう、ということね。
その結果、お姉様も「ヘルガがいるのに参加するなんてどういうこと!?」と前のめりになり、自分も婿候補探しという名目で一般参加することにしたようだった。
今は向かいの席で外を眺めている。
お姉様には一応「私が不安そうにしてたから付き添いみたいなものですよ」とフォローを入れておいたけれど、どこまで信じてもらえたかは謎だ。
それにしてもレネも学園で嫁探しだって言われたそうだし、それが目的で来る人はやっぱり多いのね……。
そしてもう一台の馬車にはお父様と――驚くことに、お母様も乗っていた。
本当は仕事があるのだけれど、これだけみんなで動くなら旅行みたいにしましょうよとお母様から提案があったそうだ。
結果、仕事は可能な限り事前に予定を前倒しにして終わらせ、あとは補佐の人間でもこなせるものを中心に残してきたらしい。
加えて「あとついでに王都で提出したい書類もあるの」とお母様は笑っていた。
旅行といっても出来る限りの仕事はこなすお母様は私が思っている以上に仕事人間なのかもしれない。それもカッコいいタイプの。
(ただ家族旅行みたいになったからこそ、どこで泊まってどこで補給をするかって情報も筒抜けになったのよね)
まあこれに関してはヘーゼロッテ家の手配で馬車を出す以上、今みたいな状況になっていなくてもお祖父様に知られていたと思う。
道中も警戒することは確定事項なのでやることは変わらないわ。
途中でレネが合流してくれれば更に頼もしくなる。
今日の午後には合流する予定のはず、と考えているとお姉様が眉を下げた。
「お祖父様も来れたらよかったのに、ってお母様が惜しそうにしてたわね」
「はい」
「でも私、今回の旅にお祖父様が同行しなくてよかったと思ってるの。……その、あなたはショックを受けるかもしれないけれど、……わ……私があなたに良くないことをしようと思った時に背中を押したのはお祖父様だったから」
――お姉様がいま自分からこの件に触れるとは思っていなかった。
お祖父様が確実にこの場にいない、そして私と二人きりだからかしら。
ならお姉様の古傷を抉ってしまうかもしれないけれど、私はその当時のことを詳しく聞いてみたい。
「お姉様、その時のお祖父様はどんな感じだったんですか?」
そう問うと、お姉様は一度瞼を閉じてからゆっくりと話し始めた。
私のドレスはワインレッドの生地に桃色の細やかなレースで装飾が施されたもの。
そこに使用されている糸はレネの住むアルバボロス公爵領で作られたしなやかな絹のレース糸だった。
この糸は貴族の間でも有名で、見る人が見れば「ああ! これはアルバボロス公爵領の糸だ!」と使用していることがすぐにわかるらしい。
ドレスはボリュームのあるAラインのものにした。
ただし全体的なデザインは大人っぽさを優先し、鎖骨周りのデコルテはシースルー素材を使用している。
ボリュームがある裾にしたのはレネの誕生日パーティーの時と同じように護衛用の影の蛇を潜ませやすくするためだけれど、前にレネにどんなドレスがいいか相談した際に「前にうちのパーティーで見せてくれたのがとても可愛かったから、あんな感じのドレスをもう一度見たいな」とリクエストされたからだ。
……本当はデビュタントパーティー中に仕掛けてくる可能性も考慮して、どんなデザインなら回避しやすいかっていう相談だったんだけれど、特に不都合はなかったから採用したのよね。
それともレネのことだから、それをわかった上でちゃっかり自分の見たいものをリクエストしたのかしら。
といいつつ、恐らく最後に仕掛けてくるとしたら道中が濃厚なのは確かだ。
デビュタントパーティーには王族も参加するから、お祖父様が捨て身にでもならない限り下手なことはできないはずよ。
そして捨て身になる危険性も今まで行動を起こさなかったことを考えると低い気がする。
ただ追い詰められた人間がどう出るかは誰にもわからない。
デビュタントパーティーでの用心はその保険ってことね。
私はドレスの収められたカバンのことを頭の中で思い浮かべつつ馬車に揺られる。
(本当はマーメイドドレスとかにも興味があったけれど……)
店頭に飾られているものを見るとやっぱりボディラインがよく出ていて、これは影の蛇を潜ませるのが難しいなと断念した。
すべてが終わったら100%趣味で選んだドレスを着るのもいいわね。
もちろん今回みたいなデザインのドレスも好きだから、そっちも色々と試してみたいわ。
そんなことをつらつらと考えながら窓の外を見ると青空が広がっていた。
――ドレスを受け取った後、デビュタントパーティーのために移動し始めてもお祖父様は動かなかった。
今は出発してしばらく経ったところ。そして馬車は二台連なっている。
お祖父様は屋敷に残っているけれど、なんとお父様が今回のパーティーに同行すると申し出てくれたのだ。
それはお祖父様の発言から私の身を案じるお父様の気遣いだった。
(……で、表向きの理由も詳細は伏せて『ヘルガが心配だから』だけれど、それが無理なく受け入れられたのは……)
レネもデビュタントパーティーに一般客として参加するとみんなの耳にも入ったからだ。挨拶の際にあんな反応を見せた父親なら心配ではあるだろう、ということね。
その結果、お姉様も「ヘルガがいるのに参加するなんてどういうこと!?」と前のめりになり、自分も婿候補探しという名目で一般参加することにしたようだった。
今は向かいの席で外を眺めている。
お姉様には一応「私が不安そうにしてたから付き添いみたいなものですよ」とフォローを入れておいたけれど、どこまで信じてもらえたかは謎だ。
それにしてもレネも学園で嫁探しだって言われたそうだし、それが目的で来る人はやっぱり多いのね……。
そしてもう一台の馬車にはお父様と――驚くことに、お母様も乗っていた。
本当は仕事があるのだけれど、これだけみんなで動くなら旅行みたいにしましょうよとお母様から提案があったそうだ。
結果、仕事は可能な限り事前に予定を前倒しにして終わらせ、あとは補佐の人間でもこなせるものを中心に残してきたらしい。
加えて「あとついでに王都で提出したい書類もあるの」とお母様は笑っていた。
旅行といっても出来る限りの仕事はこなすお母様は私が思っている以上に仕事人間なのかもしれない。それもカッコいいタイプの。
(ただ家族旅行みたいになったからこそ、どこで泊まってどこで補給をするかって情報も筒抜けになったのよね)
まあこれに関してはヘーゼロッテ家の手配で馬車を出す以上、今みたいな状況になっていなくてもお祖父様に知られていたと思う。
道中も警戒することは確定事項なのでやることは変わらないわ。
途中でレネが合流してくれれば更に頼もしくなる。
今日の午後には合流する予定のはず、と考えているとお姉様が眉を下げた。
「お祖父様も来れたらよかったのに、ってお母様が惜しそうにしてたわね」
「はい」
「でも私、今回の旅にお祖父様が同行しなくてよかったと思ってるの。……その、あなたはショックを受けるかもしれないけれど、……わ……私があなたに良くないことをしようと思った時に背中を押したのはお祖父様だったから」
――お姉様がいま自分からこの件に触れるとは思っていなかった。
お祖父様が確実にこの場にいない、そして私と二人きりだからかしら。
ならお姉様の古傷を抉ってしまうかもしれないけれど、私はその当時のことを詳しく聞いてみたい。
「お姉様、その時のお祖父様はどんな感じだったんですか?」
そう問うと、お姉様は一度瞼を閉じてからゆっくりと話し始めた。
0
あなたにおすすめの小説
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします
未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢
十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう
好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ
傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する
今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった
追放令嬢、辺境王国で無双して王宮を揺るがす
yukataka
ファンタジー
王国随一の名門ハーランド公爵家の令嬢エリシアは、第一王子の婚約者でありながら、王宮の陰謀により突然追放される。濡れ衣を着せられ、全てを奪われた彼女は極寒の辺境国家ノルディアへと流される。しかしエリシアには秘密があった――前世の記憶と現代日本の経営知識を持つ転生者だったのだ。荒廃した辺境で、彼女は持ち前の戦略眼と人心掌握術で奇跡の復興を成し遂げる。やがて彼女の手腕は王国全土を震撼させ、自らを追放した者たちに復讐の刃を向ける。だが辺境王ルシアンとの運命的な出会いが、彼女の心に新たな感情を芽生えさせていく。これは、理不尽に奪われた女性が、知略と情熱で世界を変える物語――。
ひきこもり娘は前世の記憶を使って転生した世界で気ままな錬金術士として生きてきます!
966
ファンタジー
「錬金術士様だ!この村にも錬金術士様が来たぞ!」
最低ランク錬金術士エリセフィーナは錬金術士の学校、|王立錬金術学園《アカデミー》を卒業した次の日に最果ての村にある|工房《アトリエ》で一人生活することになる、Fランクという最低ランクで錬金術もまだまだ使えない、モンスター相手に戦闘もできないエリナは消えかけている前世の記憶を頼りに知り合いが一人もいない最果ての村で自分の夢『みんなを幸せにしたい』をかなえるために生活をはじめる。
この物語は、最果ての村『グリムホルン』に来てくれた若き錬金術士であるエリセフィーナを村人は一生懸命支えてサポートしていき、Fランクという最低ランクではあるものの、前世の記憶と|王立錬金術学園《アカデミー》で得た知識、離れて暮らす錬金術の師匠や村でできた新たな仲間たちと一緒に便利なアイテムを作ったり、モンスター盗伐の冒険などをしていく。
錬金術士エリセフィーナは日本からの転生者ではあるものの、記憶が消えかかっていることもあり錬金術や現代知識を使ってチート、無双するような物語ではなく、転生した世界で錬金術を使って1から成長し、仲間と冒険して成功したり、失敗したりしながらも楽しくスローライフをする話です。
転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す
RINFAM
ファンタジー
なんの罰ゲームだ、これ!!!!
あああああ!!!
本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!
そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!
一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!
かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。
年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。
4コマ漫画版もあります。
【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜
Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。
悪役令息の継母に転生したからには、息子を悪役になんてさせません!
水都(みなと)
ファンタジー
伯爵夫人であるロゼッタ・シルヴァリーは夫の死後、ここが前世で読んでいたラノベの世界だと気づく。
ロゼッタはラノベで悪役令息だったリゼルの継母だ。金と地位が目当てで結婚したロゼッタは、夫の連れ子であるリゼルに無関心だった。
しかし、前世ではリゼルは推しキャラ。リゼルが断罪されると思い出したロゼッタは、リゼルが悪役令息にならないよう母として奮闘していく。
★ファンタジー小説大賞エントリー中です。
※完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる