いつから魔力がないと錯覚していた!?

犬丸まお

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連載

だから、普段穏やかな奴を怒らせたらダメなんだって

 「サフィラス様、大丈夫ですか?」
「もちろん」
 テーブルクロスや、カフェテラスを飾る装飾品が入っている大箱を抱える俺を、アウローラが心配そうに見守っている。
 いや、いや、俺だって男ですからね。この程度のもの、サクッと運べなくてなんとする。少しは頼りになるところを見せないと。
 いよいよ明日に迫った交流会。
 ちなみに参加は自由。興味のある学生が自由に交流する。
 クラウィスたちの希望もあって、堅苦しいものじゃなく、カフェテラスで軽く飲食しながら親睦を深める催しになった。互いの国の名物料理なんかが出るみたいで、今からワクワクしてる。一体どんな料理が出てくるんだろうな。
 そんな感じなので、準備もそれぞれのクラスからやりたい人が手伝っているって感じ。時間がある学生が入れ替わり立ち替わりしていて、決まったメンバーじゃない。なんともゆるい感じだが、それも学生らしくていいと思う。
 もちろん俺も、パーシヴァルと一緒に手伝いに参加している。
「階段ですわ。お足元、お気をつけください」
「了解」
 階段に一歩踏み出そうとした時だ。突然、背後から俺に迫ってくる強風を感じたので、同じ威力の風をぶつけて相殺する。鈍い衝撃音が周囲に響き渡り、廊下を歩いていた学生が何事かと足を止めた。
「きゃっ……」
 周囲に散った風でふわりと広がった制服のスカートを、アウローラとリリアナが慌てて抑える。他にも、スカートを押さえているご令嬢が何人か。
 ありゃ、しまった。周囲に被害が及んでしまった。
「ごめん、大丈夫だった?」
「え、ええ……驚いただけですわ。一体何が起きたのですか?」
「なんだろう? 急に強風が吹いてきたみたいだけど」
 風が来た辺りに視線を向けたけれど、すでにそこには誰もいない。
 階段を降りようとしているところに、さっきの風が直撃したら普通の人なら転がり落ちている。それに俺はともかく、もしかしたら隣を歩いていたアウローラを巻き込んでいたかもしれない。
 もしアウローラに何かあったら、当然王太子殿下は黙っていないだろう。普段は年上の余裕を見せて涼しい顔をしているけど、あれは間違いなくアウローラにぞっこんだ。
 まぁ、わかるよ。アウローラは王太子妃としてこれ以上ないほど優秀だし、しかも聖女。それに心根が優しいもんな。王太子殿下じゃなくたって惚れるだろう。
 いや、第二王子みたいなのもいたな。好みは人それぞれってことか。
 それにしても、本当にあいつらは、自分たちがどれだけ危ない事をやらかしているのか、全くわかっていない。
「とりあえず、行こう。みんなが待ってるよ」
「……ええ、そうですわね」
 アウローラはもの言いたげな表情を浮かべたけれど、それ以上何か言うことはなかった。

 カフェテリアではほとんど準備が終わっていて、残すところは俺が運んできた箱の中身を飾りつけるだけになっていた。先にカフェテリアに来ていたパーシヴァルが、俺の手から箱を取り上げる。
「重かっただろう」
「これくらい大した事ないって。さぁ、みんなで手分けして最後の仕上げだね」
 テーブルにクロスをかけ、メニューカードを置く。それから紙で作った飾りで柱や壁を飾る。
 クラスや学年の垣根を超えてみんなで協力する姿は、これぞ学生って感じじゃないか? 俺はこういう学院生活を求めていたんだよ!
 思い返せば俺の学院生活はトラブルばっかりだったけど、最終学年になってようやく学生らしく過ごせている。
 ……まぁ、一部小さいトラブルはあるけど。
 ちなみにだが、鍛練場での一件があってから、エディタの人気は大暴落している。
 なにしろあの日は見学者が多かった。エディタたちのやり方に疑問を感じた学生は多かったらしい。特にがっかりしたのは、エディタに憧れていた第一学年のご令嬢たち。
 騎士にあるまじき卑怯なやり方は、麗しの女性騎士に憧れた乙女心を幻滅させるに十分だった。
 獣人に対して悪感情を持っている学生が多ければ、エディタたちの作戦は上手くいったかもしれないが、実情はそうじゃない。情勢が読めていないのも、なんだかなといった感じだ。
 対してフィンレーは、卑怯な手で酷い目に遭わされた留学生という同情から、彼に声をかける学生が増えた。元々人懐っこい性格をしているフィンレーは、そんなきっかけからどんどん友人の輪を広げている。
 この学院に入学した当初、俺が掲げていた友達百人とスコプルス山でサンドウィッチを食べよう! が、今すぐにでも実現しそうだ。
「……フィンレー、なんて恐ろしい」
「何が恐ろしいんだ?」
 俺の呟きが聞こえたのか、パーシヴァルが首を傾げる。
「うん、クラウィスの慧眼に恐れ入っていたところだよ」
「ああ……フィンレーか」
 少し離れた場所で、友人に囲まれながら作業をしているフィンレーとシャーロット嬢に視線を向ける。おそらく、クラウィスはフィンレーのあの人を惹きつける魅力が、将来自分の支えになると思って側近候補にしたんだろう。
 親しみやすさはあるけれど、馴れ馴れしいのとは違う。それに、なんとなく憎めないのだ。するっと人の懐の中に入りこむ手管は、さすがとしか言いようながい。
「サフィラスにそこまで評価してもらえるなんて嬉しいよ」
 交流会の準備には、クラウィスとリベラも積極的に参加している。二人は料理のメニューを書いたり、紙で飾りを作ったりしてくれた。
「先日は、フィンレーのために力を貸してくれてありがとう」
 クラウィスが俺に小さく頭を下げた。
「いや……あれは、フィンレーのためっていうか、どっちかっていうと、俺の気をすませるためだったというか……」
 ほぼ私怨だったといっていい。
 エディタたちは悪い意味で注目を集めてしまったから、すでに居心地の悪い思いをしているだろうし、それに、俺たちはあと一年も経たずに卒業だ。今度問題を起こしたら、もう挽回はできない。
 さすがにおとなしくするしかだろう。
「二人はこの留学が決して楽しいことだけではないと知っていて、それでも俺についてきてくれたんだ」
 苦労の多い道とわかっていてもなお、共に歩いてくれる仲間がいるっていうのは心強いものだ。もちろんそこには、クラウィスの人望もあるだろう。
「頼もしい仲間だね」
「……ああ、本当に頼もしい仲間だ」
 仲間という言葉に、クラウィスは実に眩しい笑顔を浮かべた。

「随分素敵になったね」 
「ああ。学院のカフェテラスとは思えない」
 準備が整ったカフェテラスは、ちょっとしたパーティルームのようだ。みんなも満足げに頷く。
「みなさん、今日は遅くまでありがとうございます。明日もよろしくお願いいたします」
 役員会の挨拶で、今日の作業は終了だ。みんな、ゾロゾロとカフェテリアを後にする。だいぶ遅い時間になってしまったので、俺とパーシヴァルはアウローラを公爵家の馬車まで送る。もちろんリリアナも護衛騎士もいるんだけど、ここは紳士として送らなきゃだよね。
「サフィラス様、先日のお話聞きましたわ」
「ああー……」
 鍛練場での騒動はやっぱりアウローラの耳にも入っていたか。
「パーシヴァル様もご一緒だったようですし、解決されたと聞きましたけれど、あまり無理はなさらないでくださいませ」
「無理はしていないんだけど、どうにも黙っていられなかったからさ。心配かけてごめんね」
「いいえ、無事ならばそれでいいのです。ともかく、お怪我がなくて何よりでした……ですが、件の方々があまり問題を起こすようでしたら、学院の方で厳重に注意を促す必要も出てくるかもしれませんわね……」
 アウローラはそう言ってチラリと俺に視線を向けた。
 やっぱり、階段でのことを気にしてたんだ。それにしても、学院が彼らに厳重注意を促すことになったら、当然学院を統括している王太子殿下の耳にも入るだろうねぇ……
「サフィラス様、パーシヴァル様。送ってくださって、ありがとうございます。それでは、また明日」
「うん、また明日ね」
 護衛騎士に囲まれたアウローラの乗った馬車を見送って、俺たちも寮に戻る。誘拐事件があってから、アウローラの周辺はガッチガチに固められた。あんなこと、二度もあったらたまらないからな。
「学生同士の交流で終わらせたサフィラスの温情が、彼らに伝わっていればいいんだが」
 パーシヴァルがポツリと呟く。
 エディタは全然懲りていないようだけど。背後から狙われたことは、パーシヴァルには黙っておこう。そもそも、あの程度のことは何かされたうちに入らないし。
「それはどうだろ……あ!」
「どうした?」
「ごめん、カフェテリアに忘れ物した。取ってくるから、先に寮に戻っていて」
 帳面をうっかりカフェテリアに忘れてきてしまった。明日もそれなりに忙しいだろうし、ドタバタして無くしてしまうま前に回収しておきたい。
「いや、俺も一緒に行こう」
「いいの? ありがとう」
 俺とパーシヴァルはカフェテリアに戻る。学生はもう誰も残っていないので、廊下には小さな洋燈の明かり点っているだけだ。
「明日、楽しみだね」
「サフィラスは料理が楽しみなのだろう?」
「あはは、バレてた?」
 薄暗い中、二人で歩いていると何かが割れるような大きな音が響いてきた。
「なに、今の音?」
「カフェテリアの方からだな」
 顔を見合わせた俺たちは、カフェテリアに急ぐ。誰かいるのだろう。暗いカフェテリアで、灯りが動いているのが見える。
「誰?」
 魔法で室内全体を明るく照らすと、目に飛び込んできたのは、さっきまで素敵に整えられていたカフェテリアの無惨な様子だった。
 テーブルに置かれていた花瓶が割れて花と水が床に飛び散り、壁や柱を華やかにしていた飾りが落とされ、めちゃくちゃに踏みつけられている。
 そして、今まさにナイフでテーブルクロスを破ろうとしているエディタと不愉快な仲間たちがそこにいた。
 突然明るくなったことに驚いたんだろう。彼れらはまるで魔力を流されたかのように固まって、こちらに顔を向けている。
 「お前ら、何やってるんだ」
 俺の喉から、低い声が漏れた。
 明日のために飾られたカフェテリアは、みんなで協力して整えたものだ。この惨状を見たら、みんなどれだけがっかりするだろうか……
 和気藹々と準備していたみんなの様子を思い出すと、抑えようのない怒りが沸々と湧き上がってくる。
「……あら。私たちはカフェテリアが散らかっていたから、片付けていただけじゃない。ねぇ、みんな?」
 動揺から立ち直ったらしいエディタは、口元に意地の悪い笑みを浮かべて白々しくそう言い放つ。
「ああ、そうさ。その通りだ」
「俺たちは良かれと思ってやったんだ」
 さっきまで悪事が見つかって焦っていた不愉快な仲間たちが、まるで自分たちが正義だと言わんばかりの主張をしだす。
「散らかっていたからだって? これはみんなが協力して準備したものだぞ」
「そんなこと、私たちは知らなかったのよ。仕方がないわ」
 なんだ、こいつ……仕方がないわけないだろうが。
 もうぶっ飛ばしちゃっていいかな?
「お前ら、全員本当に頭が悪いな。仮に知らなかったとして、丁寧に並べられたり飾られているものを散らかっていると思わないだろう。どう見たってこの状況を片付けていると思うやつはいないぞ」
「そんなの、人によって感じ方が違うもの。あなたはそう思っても、私たちはそう思わなかったのよ」
 ああ言えば、こう言う。しかも、子供の言い訳よりもひどい。
「どうやら、私たちの片付けは余計なことだったようね。みんな、行きましょう」
「おい。このまま帰るつもりか」
 当然簡単に逃すつもりのない俺は、エディタの腕を掴んで引き止める。
「触るな!」
 そう怒鳴ったエディタに強く腕を振り払われた。このまま行かせてなるものかと杖に手を伸ばしたけれど、それよりも早くパーシヴァルがエディタの胸ぐらを掴み上げていた。
 太陽の騎士で紳士のパーシヴァルが、だ。
 どんなに腹立たしくとも、一応相手はご令嬢。仮にも女性の胸ぐらを掴むなんて、これにはさすがの俺も我が目を疑った。
「これらは皆で整えたものだと言っただろう。お前たちは、それを台無しにしたんだ」
「なっ……なによ。これくらいで怒るなんて、ちょっと大袈裟じゃない?」
「大袈裟だと?」
「そうよ。大袈裟よ。それにこんな乱暴なことをするなんて、パーシヴァルらしくないわ」
 エディタは胸ぐらを掴んでいるパーシヴァルの腕に手を置くと、上目遣いにちょっと困ったような笑みを浮かべた。
 おっと、ここにきて色仕掛けか?
 ところが、パーシヴァルは顔を顰めると、乱暴にエディタを突き放した。不愉快な仲間たちが慌てて避けたので、軽く吹っ飛んだエディタはあえなく床に倒れ込む。
 エディタも、まさかパーシヴァルに投げ飛ばされるとは思いもよらなかったんだろう。ぽかんとした顔をして座り込んでいる。
 それにしても、不愉快な仲間たちよ。これでもお前らのリーダーなんだろうから、せめて受け止めてやれって。こいつらの団結も大したことないな。同じ悪事を働くにしても、もっとまともな仲間を集めればいいのに。
「お前に俺らしさを語られたくない。二度と口にするな。不愉快だ」
 そう冷たく言い放つと、エディタが触れたところを手で払う。
 うわぁ、パーシヴァルがキレている。普段からあまり感情的にならないパーシヴァルをこんなに怒らせるなんて。これってある種の才能じゃない?
「……な、何よ……何よ! いい気になるんじゃないわよ!」
 色仕掛けが通用しなかった怒りか、羞恥か。顔を赤くして勢いよく立ち上がったエディタが、突然叫び出す。
 こっちもこっちでキレてるな。だけど、怒りの重さが全く違う。
「思い知らせてやるわ! 女神の理において、我が力を行使する!」
「お、おい! これ以上はまずいって!」
「うるさい! 爆炎よ焼き尽くせ!」
 不愉快な仲間が慌てて止めようとしたけれど、エディタが放った炎の渦は俺たち目掛けて迫ってきた。
 当然のことながら、おとなしく攻撃を受けるわけがない。
 ふいっと腕を払い竜の形に水を出現させると、彼女曰くの爆炎を全て飲み込ませて水圧で押しつぶす。なかなかの炎だったけど、俺を相手にしてこの程度ではね。
 ちなみに、水を竜にしたのはちょっと格好よく見せたかったからさ。
 格好良い杖の振り方を極めたら、次は格好良くて強そうな魔法の放ち方を研究したいと思ってるんだよね。そのうち、炎とか雷でも試してみるかな。
 あっという間に炎を消されてしまったエディタが、俺を射殺さんばかりに睨みつけた。
 いや、そんな顔されてもなぁ……どう考えたって黙って焼かれるわけがないだろう。前もそうだったけど、どうして俺が黙ってやられると思ってるんだ?
 そもそも炎なんか放ったら、カフェテリアが焼けちゃうじゃないか。学院を炎上させたいのかよ。
「……またお前! お前がいるから何もかもうまく行かない! 心底邪魔なのよ!」
 エディタが俺に向かって腕を振り上げた。その手には白く光るものが握られている。さっきテーブルクロスを割いていたナイフだ。
 俺が回避するよりも早く、パーシヴァルがエディタの手首を掴んで止める。
「放しなさいよ! 放せっ! 放せってば! くそっ!」
 エディタが狂ったように暴れるけれど、パーシヴァルはびくともしない。
「君たち! 一体何をやっているんだ!」
 騒ぎを聞きつけたのだろう、見回りの騎士と教師がカフェテリアに駆け込んできた。
 不愉快な仲間たちが慌てふためいて逃げ出そうとしたけれど、もう遅い。
 ナイフを振り上げているエディタと、俺を庇うようにエディタを止めているパーシヴァル。そして、めちゃくちゃになっているカフェテラス。
「あ……」
 ようやく状況を理解したのか、顔色を無くしたエディタの手からナイフが滑り落ちる。
 あーあ……
 これじゃぁ、もう学生同士の交流で押し通すことはできないぞ。
 諦めて大人しくしていればよかったのに。
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