いつから魔力がないと錯覚していた!?

犬丸まお

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魔法が使えない魔法使い

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 「魔法が使えない? ……そ、それは一体どういうことでしょうか?」
 昨日俺を治してくれた公爵家のご令嬢、アウローラ嬢が眉をひそめた。
 だけど、そんな表情も彼女の美しさを少しも損ねることがない。
 そして、こちらも整った顔をしたパーシヴァルが大変深刻な顔をして俺の隣に座っている。
 俺はといえば、部屋に漂うピリついた空気になんとなく申し訳ないような気持ちになっていたので、なるべく小さくなってその場に座っていた。
 ここは学院のサロン。それも高位貴族用だと言う特別室。
 俺たちの他にこの部屋にいるのは、アウローラ嬢の護衛騎士が二人だけ。他に人はいない。
 ここで行われているのは、つまり内緒話だ。

 時は今朝まで遡る。
 昨夜は大怪我を治したばかりでもあるし、ゆっくり体を休めたほうがいいとパーシヴァルに言われて、軽く食事をしたあとは早々にやすんだ。それはもうぐっすりと。
 なので自分自身の記憶をすっかり失っているらしい俺が、色々と教えてもらったのは今朝になってから。けれど、正直なところ、何を聞いてもピンとこなかった。
 もしかしたら少しくらいは思い出すかもと期待したけれど、まぁ、さっぱり何も思い出さなかったね。
 ただ、面白いことに、自分自身のことは忘れちゃったのに、日常的なことは覚えていた。身の回りの物の名前は覚えているし、道具の使い方もわかる。自分の名前よりも道具の名前を覚えているって、それは一体どうなのよと微妙な気持ちになった。
 それはともかく。詰まるところ、自分のことが何もわからなくとも、とりあえずはそれなりの生活ができるということだ。
 何より、俺にはパーシヴァルがいてくれる。彼が俺の伴侶であるというのは、きっと間違いないんだと思う。だって、パーシヴァルの事を何も覚えてないっていうのに、不思議とこの人といれば大丈夫っていう、絶対的な安心感がある。記憶をなくす前の俺は、きっとパーシヴァルに全幅の信頼を寄せていたんだろう。物の名前や日常的な行動と同じように、その感覚は俺の体に刻まれている。
 そんなわけで、現状に不安は全くない。
 大体何も覚えていないと慌てふためいたところで、無くしてしまった記憶が戻るわけでもないし。こうなってしまった以上、なるようにしかならない。リスター先生が言う通りなら、最悪、記憶が戻らないまま生きてゆくことになるかもしれないからな。その可能性も覚悟しておいた方がいいだろう。
 ただ、魔法使いだという俺の実力はちょっと気になるところだったので、どの程度なのか試してみようかと魔法を使おうとしたが、何事も起こらない。念じてみたり、魔法の本の記述通りの詠唱をしてみたりしたけれど、やっぱり魔法は使えなかった。
「ねえ、パーシヴァル。俺って本当に魔法使いだったのかな? 全然魔法使えないんだけど」
「……魔法が使えないだって?」
 パーシヴァルの顔色が変わる。やっぱり魔法が使えないのって、まずいのかな……
「サフィラス。杖を持ってみてくれ」
「杖?」
 差し出された杖に、俺は思わず目を見張る。
 何この芸術品……まさか俺、こんな杖使ってたの?

 そして、今に至るというわけだが。
 結果、杖を持ったところで魔法は使えなかった。金色の光が、杖先からちょっと引くくらい溢れ出ただけだ。その金の光は魔力なんだって。
 この杖先からの魔力垂れ流しは、俺だけができる特技のようなものらしい。
「理由はわからないが、おそらく、記憶を失ったことと無関係ではないと思う。ただ、魔力がなくなったわけではないようだ。杖から溢れる魔力の迸りは、以前と変わりなかった」
「そう……でしたか。ですが、かなり困ったことになりましたわね」
 俺の学院での立場は、パーシヴァルから大体教えてもらっている。
 複雑な事情があって平民となった俺は、魔法の才能を見込まれ公爵家からの後援を受けることになった。そのおかげで貴族の子息令嬢しか入れないこの学院にいるってことだけど、魔法が使えないとなると公爵家から援助を受ける理由がなくなってしまう。それなら学院を辞めるしないかと思っていれば、万が一公爵家の援助がなくなってもパーシヴァルの実家が引き継ぐから、それは問題ないと言ってくれた。どうやら俺はパーシヴァルの家族といい関係を築いているようだ。
 でも、それなら俺が魔法を使えなくても問題ないんじゃないかな?
「俺が魔法を使えないと、何が問題なの?」
「問題というよりは、サフィラスの身が危険なんだ」
「え? なんで?」
「サフィラス様にはお味方が多い反面、学生の立場では対処できない敵も多いのです。これまではサフィラス様の強力な魔法がご自身を守っておりましたが、その魔法が使えないとなりますと……」
「ああ、なるほど。ここぞとばかりに、その敵に狙われるってわけだね」
「ああ、その通りだ。魔法が使えなくなっていることは、周囲に知られない方がいいだろうな」
「ええ、パーシヴァル様のおっしゃる通りです」
 うわー……記憶がなくなるほど頭をぶん殴られた挙句、身の危険が及ぶような敵がいるって?
 俺ってただの学生なんだよね?
「心配することはない。俺がそばにいて必ずサフィラスを守る」
 そう言ったパーシヴァルは、膝に置いた俺の手に大きな掌を重ねた。
「……パーシヴァル」
 向けられている眼差しは真剣そのもので、どこまでも俺を大切に思っているのが伝わってくる。俺はこの人に、とても大切にされていたんだな。
 それなのに俺ときたら、頭を殴られたくらいで彼の名前どころか何もかも忘れてしまうなんて。なんて薄情なやつなんだろう……
「そうですわね。少なくとも今回の襲撃犯が捕捉されるまでは、怪我を理由に個別に授業を受けていただきましょう。記憶を失っていらっしゃることも、あまり知られない方が良いかと思いますので。後は、直近の問題として到達度試験でしょうか。今回は事情も事情ですし……もう少し状況が落ち着いてから受けていただくことを考えても良いかもしれません」
「到達度試験?」
 それは一体なんでしょう?

 そんな秘密の会合があったその後、俺の記憶喪失を知る者が三人加わることになった。
「……記憶喪失だって?」
 音楽室には俺の友人という学生が三人集まっていた。
 痛ましげな顔をしたのは精悍な狼獣人のクラウィス。獣人国の王太子だという。
 友人が王太子って、いくら貴族が通う学院だからって、俺の交友関係は一体どうなっているんだ?
「サフィラスを襲撃した人物はまだ捕まっていないのか?」
 クラウィスの護衛で側近だというリベラは腕を組んで、眉間に深い皺を寄せた。さすが護衛なだけあるな。雰囲気が鋭くて隙がない。彼に本気で睨まれたら震え上がりそうだ。
「ああ。もしかしたらサフィラスは襲撃者を見ていたかもしれないが……」
「サフィラス……本当に……俺のことも忘れてしまったのか?」
「ああ、綺麗さっぱりと、何にも覚えていない」
 赤い髪のギデオンはその場で崩れ落ちた。え? もしかして泣いてる?
 誰もギデオンに声をかけないが、これは放っておいてもいいのか?
 彼らには記憶喪失のことしか伝えていない。信用に足る人物とのことだが、万が一のことを考えて、魔法が使えないことを知る者は極力少ない方がいいだろうって、あらかじめパーシヴァルと決めていた。
 魔法が使えない今がチャンスとばかりに狙われるのはごめん被りたいからね。
「みんなのことを忘れちゃって、ほんとに申し訳ない……」
「いや、そんなことは構わない。それよりも、怪我の方は大丈夫なのか?」
「うん。アウローラ嬢に治してもらって、今は痛くもなんともないよ」
「無理はしないほうがいいと思うが……今日の練習はやめておくか?」
「いや、体の方は本当に大丈夫なんだ。だから、このまま付き合ってくれるととっても助かるよ」
「サフィラスがそう言うなら、俺たちは構わないさ」
 クラウィスとリベラは笑って頷いてくれたが、ギデオンは相変わらず床に突っ伏したまま……本当に大丈夫か?
 学院ではまもなく、学習の進度を確認するために到達度試験なるものが行われるってことなんだけど。
 俺はこんな状況だし、もう少し落ち着いてからでもという話もあったが、パーシヴァルに確かめてもらったところ、学習上における記憶に問題はないようだったので、面倒そうなことはさっさと終わらせることにした。
 ところが、記憶をなくす前の俺は芸術の試験に相当頭を悩ませていたそうだ。みんなはだいぶ遠回しに教えてくれたが、俺の歌唱力にはかなり問題があったとか。
 下手くそなのにわざわざ歌を選ぶなんて、楽器の腕前もお察しだろう。下手中の下手の中で、歌を選ぶしかなかった俺よ……
「サフィラスがいいなら、早速始めよう。まずは曲を覚えてくれ」
「うん。頼むよ」
 パーシヴァルの演奏を何回か聴いて曲を覚えた俺は、早速問題の歌に挑む。鱒が元気に清流を泳ぐ歌だ。
 鱒……鱒かぁ……香草焼き……それとも、燻製? ムニエでもいいな。うん? ムニエってなんだっけ?
 全く余計なことを考えながら歌い終わると、みんなが驚いた顔をして俺をじっと見ていた。
「あ……えーっと、やっぱり、聞くに耐えなかったかな?」
「いや、そうじゃないんだ」
「……すごいな。思わず聞き惚れてしまった」
「それがサフィラスの実力だったのか……まさに精霊の歌声」
 は? 精霊の歌声?
「どういうこと?」
 思わず伴奏のパーシヴァルに視線を向けると、なんとも言いようのない複雑な表情をしていた。
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