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連載
俺たちは、自由の風
登録用紙に名前をサインして、ナイフで指先をちょいと切ってから血判を押す。これで、冒険者登録は終了。
この用紙に記載された情報は血を含め冒険者カードに刻印されるのだが、これは別名血の登録とも言われている。
ちょっと気の弱い者だと、この指先を切ることに尻込みしてしまって登録できないなんて話も稀にある。そもそも、そんな奴は冒険者には向いてないと思うけど。
「では、こちらが冒険者カードになります。再発行の際は大銀貨5枚の手数料をいただくことになりますので、紛失にはご注意ください」
「はい」
受付嬢から受け取った銀色の冒険者カードに、思わずニンマリとする。
これからはこのカードが俺の身分証になる。冒険者の登録をしていれば、俺の身元は一応ギルドが保証してくれるのだ。その代わり、犯罪を起こしたり、いつぞやの冒険者みたいに悪さをするとその情報はカードに記録として残されるので、選べる仕事が減るし、あまりにもひどい場合は登録を抹消されたりする。一度抹消されると、よっぽどのことが無い限り再登録は認められない。
高額報酬の依頼っていうのは、大体貴族や国からのものだから、あまり評判の悪い冒険者は引き受けることができない。ギルドも信用商売だからな。いい加減な奴には任せられないってことだ。
ちなみにだが、このカードは偽造できないし、ましてや他人のカードを使ったりはできないようになっている。どんなに上手く偽造しても、血までは誤魔化せない。万が一落としたり無くしたりしても、とりあえずは安心ってわけだ。ただし、受付嬢も言っていたが、登録するときは無料のカードも再発行には結構な手数料がかかるので、無くさないに越したことはないけどね。
こうしてカードを手にした俺は、今日から冒険者として依頼を受けることができる。
遺跡に関しては冒険者であろうとなかろうと誰でも入れるが、素人が簡単に手を出していいものではない。
なにしろ危険だらけだ。とはいえ価値のある魔法具や魔法書が眠っているので、遺跡踏破を目指す者は少なくないが、命を落とす者もそれなりにいる。
遺跡で手に入れた貴重な品々は、ギルドに持ち込めば適正な価格で買い取ってくれる。個人的にどこかに売り払ってもいいけど、ギルドに任せれば面倒な手間はないので、俺は自分が欲しい物以外はギルドに任せていた。
兎にも角にも、ようやく冒険者登録ができた。なんだか感慨深いや。
パーシヴァルも受け取ったカードをじっと見つめている。うん、うん、わかる。わかるよ。俺も初めてカードを手にした時は、嬉しさと、冒険の旅への期待で胸が一杯になった。
「それから、お二人のパーティは自由の風でよろしいですね?」
「はい!」
俺は胸を張って答える。
受付嬢は、パーティ名を書く欄に『自由の風』と記入した。
俺とパーシヴァルは、今この時を以て冒険者パーティ『自由の風』となった。この名前はパーシヴァルが考えてくれたものだ。
世界のどこへでも、北へ南へ、東へ西へ。自由に吹き抜けてゆく風。
風見鶏も悪くなかったけど、自由の風は同じくらいにいい名前だ。
「やぁ、来たな。期待の新人」
「あ、スヴェンさん!」
ここのギルドマスターのスヴェンさんだ。以前挨拶した時と変わらず、凄腕冒険者の貫禄は健在だな。
「君たちが登録に来るのを待っていたよ。どうだ、少し依頼を受けていくか?」
「……どうする?」
ちらりとパーシヴァルに視線を向ける。本当はちょっとそわそわしてたんだ。
「そうだな。今日中に片がつく案件なら問題ないんじゃないか」
「依頼は向こうの掲示板に貼ってある。引き受ける案件が決まったら、依頼書を受付に出してくれ」
「はい! 行こう、パーシヴァル!」
俺はパーシヴァルの腕を引いて、掲示板に向かう。掲示板の前には、依頼を選んでいる冒険者が数人立っていた。俺たちの先輩だな。彼らが依頼を選び終わるまで待っていると、なぜか掲示板じゃなくて俺にチラチラと視線を向けてくる。しかも、何か言いたそうにしている。
何だ? 俺みたいなひょろっと野郎が冒険者なのがおかしいか? だけど、魔法使いなんてみんな俺とそう変わらないだろう。
何だか居心地が悪いなと思っていたら、彼らの視線を遮るようにパーシヴァルが俺の前に立ってくれた。ありがたい。別に彼らの視線に萎縮するような俺じゃないけど、こんなに意味ありげにジロジロと見られたらさすがに居心地が悪い。
相変わらず俺をチラチラ見ながら受付に向かった冒険者たちと入れ替わって、掲示板の依頼を見る。
「魔獣討伐、素材集め、商隊の護衛……どれがいいかな?」
「サフィラスがいいと思うものを受ければいい。だが、商隊の護衛は、数日がかりの仕事になるな」
「そうだよね……うーん」
正直、どの依頼を受けたとしても俺たちだったら何ら問題ない。でも、パーシヴァルの言うとおり数日もかかってしまう依頼は、俺が良くてもベリサリオ家のみんなが心配する。
それにしても、さすがヴァンダーウォールの冒険者ギルドだ。依頼の難易度がそこそこ高い。初心者が気安く受けられるようなものはなかなかないな。
掲示板に貼ってある依頼を上から順番に見て、下の端っこで目が止まった。依頼書の端が少し傷んでいるので、そこそこ長い間貼られているんだろう。
「害獣避けの柵修繕……うん。これにしよう!」
俺はその依頼を手にとる。
「……その依頼でいいのか?」
「うん。駆け出し冒険者にはぴったりの仕事だよ」
冒険者なんて何でも屋みたいなところがあるからね。それに、こういう雑用的な依頼は駆け出し向けだ。経験も実績もない冒険者が、いきなり大きな仕事なんてできない。小さな依頼をコツコツ引き受けて、経験を積みながら徐々に報酬の大きい依頼を引き受けていく。
なのでこれは、冒険者入門ってところだ。
「これ、お願いします!」
受付嬢に依頼書を渡す。受付嬢は俺が出した依頼書を見て少し驚いた顔をした後、にっこりと微笑んだ。
「この依頼、なかなか引き受けてくださる方がいらっしゃらなくて、ずっと気になっていたんです」
受付嬢はちょっと古くなっている依頼書にギルド印を押す。
小さなギルドならともかく、このヴァンダーウォールのギルドに集まる依頼としてはかなり地味な仕事だもんな。
「それでは、よろしくお願いします」
「任せてください! 行こう、パーシヴァル」
「ああ」
マテオで行ければよかったけど、今日は一緒に来ていないので乗合馬車に乗って依頼者が待つ村に向かう。
依頼者の住んでいる場所は領都から馬車で、順調なら一刻ほどらしいが、今日は天気がいいから問題ないだろう。帰りは転移があるから、ちょっとぐらい遠くても大丈夫。
砦門を抜けた馬車は、長閑な景色の中をガタゴトと走る。安い乗合馬車だからシートが固くてちょっと尻が痛い。俺もすっかり公爵家の馬車に慣れちゃって、尻が贅沢になっているからな。これから徐々に鍛えていこう。
馬車は順調に走り、途中で人を降ろしたり乗せたりしながら小さな村にたどり着いた。
一緒に乗っていた乗客はみんな降りてしまって、この村まで来たのは俺たちだけだった。客がいなくなった馬車はオリエンスに戻らず、まだ先に進むようだ。客もいないのに、どこまで行くんだろ?
「あの馬車はどこまでゆくの?」
「この先に街がある。そこで客を乗せて、またオリエンスに戻るんだ」
「そうなんだ」
「さぁ、村長の家にいこう」
依頼者はこの町の村長。柵の修繕は地味な仕事な上に報酬も安い。だから、半年も引き受ける冒険者がいなかったと、受付嬢が言っていた。
俺が冒険者時代では、こういった仕事を引き受けるのは年若い冒険者だった。言い方を変えれば、こんな仕事があるおかげで、12歳の子供でも冒険者として稼ぐことができた。でも、せっかく冒険者になったなら、派手で儲けのいい依頼を受けたいものだ。その結果、冒険者登録が十六歳に引き上げられてしまったみたいだからなぁ。
十軒ほどの小さな村落だったので、村長の家はすぐにわかった。他の家よりもちょっとだけ大きい。
「こんにちは! ギルドから依頼を受けてきました」
ドアをノックしながら声をかけると、中から高齢の男性が出てきた。
怪訝そうな顔をした老人に、パーシヴァルがギルド印の押された依頼書を渡す。
それまで不審者を見るような目をしていた老人が、驚いた表情を浮かべた。
「……依頼を、引き受けてくださったのか」
「はい。どこの柵を直せばいいですか?」
「お、おい! エヴァ! 依頼を引き受けてもらえたぞ!」
「まぁ! まぁ! 本当ですか!」
村長が奥に呼びかけると、村長の奥方らしい婦人がエプロンで手を拭きながらやってきた。
「依頼を引き受けてくださってありがとうございます! ささ、まずは中にお入りになって。お茶を差し上げましょうね」
「いえ、すぐに柵の修繕を始めますので……」
「まぁ、そんなことおっしゃらずに! オリエンスから遠路はるばるきてくださったのですから、少し休憩なさって」
婦人にそこまで言われて断るのも申し訳ないので、俺たちはお茶にお呼ばれすることにした。確かに、ちょっと喉が渇いていたしね。
「さあ、さあ、どうぞ」
婦人はお茶と、手作りのクッキーを俺たちの前に並べる。
「遠慮なくいただきます」
素朴なクッキーを一枚摘んで、口に放り込む。甘味も薄いし、牛酪の香りもない。俺が普段ご馳走になっているクッキーとは全く違う。でも、これはこの村では精一杯のもてなしだ。
それにこのクッキー。よく噛み締めればふすまの旨みが感じられるし、素朴で食べ飽きない。2枚目を食べたところで、クッキーで乾いた口の中をお茶でちょっと潤す。
これは薬草茶だな。独特な香りがあるけど俺は嫌いじゃないな。
「この村も、若いものがみんな街へ出ていってしまって、残っているのは年寄りばかりです。力が必要な柵作りは私らでは手に負えなくてね。古くてあちこち壊れてきている柵だもんで、獣たちは好き勝手畑に入って荒らすのです」
「ご安心ください。俺たちが来たからには、もう獣たちに好き勝手にはさせません。な。パーシヴァル」
「そうだな」
お茶を飲みながら、一通り状況を聞いた俺たちは現場へと向かう。
まずは材料の木材から用意をする必要がある。木材は近くの林から調達だ。
「しかし、お二人で大丈夫ですか? 木を切り出すだけでも結構な重労働ですが」
「ご心配なく。俺たちだけで十分です」
俺の代わりにパーシヴァルが答える。うん、俺は自分の非力を魔法で補えるから問題ない。
「わ……こりゃひどいな」
やがて見えてきた柵に思わず声を上げた。
案内してもらった村の外れにある畑は、獣に荒らされてひどい有様だ。近くに林があるから、そこからやってきて悪さをするんだろう。村長の言う通り、柵は所々朽ちていて、これじゃあ獣が入りたい放題だ。
「この古くなった柵は、一回全部撤去した方がいいね。多分破れている一部を直しても、きっとしばらくしたら他の場所が壊れるよ」
「そうだな……しかし、これは1日では終わらないな」
確かにパーシヴァルの言う通りだ。ちょっと壊れてたところを直すんだと思ってたけど、ここまでひどいとは予想外だったな。畑はそこそこの広さがあるし、切り出した木材の加工もある。
でも、次からは転移で来ればいいから、慌てて作業をする必要はない。せっかく新しく柵を作るなら、猪が体当たりしてもびくともしないしっかりしたものを作ろう。
「じゃあ、今日は材料集めから始めようか。とりあえず、木材がどれだけ必要か見積もりをしよう」
「……そんな細っこい奴らに、柵修理なんかできるのか?」
パーシヴァルと修繕の段取りを確認していると、後ろから不意に声をかけられた。
振り返ると、神経質そうな壮年の男が立っている。
「こ、こら! ダン、せっかくきてくださった方に何てことを言うんだ!」
「だってそうだろう、村長。しかもたった二人で、何ができるってんだ」
うん。まぁ確かにね。
パーシヴァルはともかく、俺はちょっと頼りなく見えるだろう。
「心配ご無用ですよ。数日後には、ここの柵は猪が体当たりしてもびくともしないものになってますから」
俺が自信満々いそういえば、ダンと呼ばれた男は眉間に深い皺を刻んだ。
この用紙に記載された情報は血を含め冒険者カードに刻印されるのだが、これは別名血の登録とも言われている。
ちょっと気の弱い者だと、この指先を切ることに尻込みしてしまって登録できないなんて話も稀にある。そもそも、そんな奴は冒険者には向いてないと思うけど。
「では、こちらが冒険者カードになります。再発行の際は大銀貨5枚の手数料をいただくことになりますので、紛失にはご注意ください」
「はい」
受付嬢から受け取った銀色の冒険者カードに、思わずニンマリとする。
これからはこのカードが俺の身分証になる。冒険者の登録をしていれば、俺の身元は一応ギルドが保証してくれるのだ。その代わり、犯罪を起こしたり、いつぞやの冒険者みたいに悪さをするとその情報はカードに記録として残されるので、選べる仕事が減るし、あまりにもひどい場合は登録を抹消されたりする。一度抹消されると、よっぽどのことが無い限り再登録は認められない。
高額報酬の依頼っていうのは、大体貴族や国からのものだから、あまり評判の悪い冒険者は引き受けることができない。ギルドも信用商売だからな。いい加減な奴には任せられないってことだ。
ちなみにだが、このカードは偽造できないし、ましてや他人のカードを使ったりはできないようになっている。どんなに上手く偽造しても、血までは誤魔化せない。万が一落としたり無くしたりしても、とりあえずは安心ってわけだ。ただし、受付嬢も言っていたが、登録するときは無料のカードも再発行には結構な手数料がかかるので、無くさないに越したことはないけどね。
こうしてカードを手にした俺は、今日から冒険者として依頼を受けることができる。
遺跡に関しては冒険者であろうとなかろうと誰でも入れるが、素人が簡単に手を出していいものではない。
なにしろ危険だらけだ。とはいえ価値のある魔法具や魔法書が眠っているので、遺跡踏破を目指す者は少なくないが、命を落とす者もそれなりにいる。
遺跡で手に入れた貴重な品々は、ギルドに持ち込めば適正な価格で買い取ってくれる。個人的にどこかに売り払ってもいいけど、ギルドに任せれば面倒な手間はないので、俺は自分が欲しい物以外はギルドに任せていた。
兎にも角にも、ようやく冒険者登録ができた。なんだか感慨深いや。
パーシヴァルも受け取ったカードをじっと見つめている。うん、うん、わかる。わかるよ。俺も初めてカードを手にした時は、嬉しさと、冒険の旅への期待で胸が一杯になった。
「それから、お二人のパーティは自由の風でよろしいですね?」
「はい!」
俺は胸を張って答える。
受付嬢は、パーティ名を書く欄に『自由の風』と記入した。
俺とパーシヴァルは、今この時を以て冒険者パーティ『自由の風』となった。この名前はパーシヴァルが考えてくれたものだ。
世界のどこへでも、北へ南へ、東へ西へ。自由に吹き抜けてゆく風。
風見鶏も悪くなかったけど、自由の風は同じくらいにいい名前だ。
「やぁ、来たな。期待の新人」
「あ、スヴェンさん!」
ここのギルドマスターのスヴェンさんだ。以前挨拶した時と変わらず、凄腕冒険者の貫禄は健在だな。
「君たちが登録に来るのを待っていたよ。どうだ、少し依頼を受けていくか?」
「……どうする?」
ちらりとパーシヴァルに視線を向ける。本当はちょっとそわそわしてたんだ。
「そうだな。今日中に片がつく案件なら問題ないんじゃないか」
「依頼は向こうの掲示板に貼ってある。引き受ける案件が決まったら、依頼書を受付に出してくれ」
「はい! 行こう、パーシヴァル!」
俺はパーシヴァルの腕を引いて、掲示板に向かう。掲示板の前には、依頼を選んでいる冒険者が数人立っていた。俺たちの先輩だな。彼らが依頼を選び終わるまで待っていると、なぜか掲示板じゃなくて俺にチラチラと視線を向けてくる。しかも、何か言いたそうにしている。
何だ? 俺みたいなひょろっと野郎が冒険者なのがおかしいか? だけど、魔法使いなんてみんな俺とそう変わらないだろう。
何だか居心地が悪いなと思っていたら、彼らの視線を遮るようにパーシヴァルが俺の前に立ってくれた。ありがたい。別に彼らの視線に萎縮するような俺じゃないけど、こんなに意味ありげにジロジロと見られたらさすがに居心地が悪い。
相変わらず俺をチラチラ見ながら受付に向かった冒険者たちと入れ替わって、掲示板の依頼を見る。
「魔獣討伐、素材集め、商隊の護衛……どれがいいかな?」
「サフィラスがいいと思うものを受ければいい。だが、商隊の護衛は、数日がかりの仕事になるな」
「そうだよね……うーん」
正直、どの依頼を受けたとしても俺たちだったら何ら問題ない。でも、パーシヴァルの言うとおり数日もかかってしまう依頼は、俺が良くてもベリサリオ家のみんなが心配する。
それにしても、さすがヴァンダーウォールの冒険者ギルドだ。依頼の難易度がそこそこ高い。初心者が気安く受けられるようなものはなかなかないな。
掲示板に貼ってある依頼を上から順番に見て、下の端っこで目が止まった。依頼書の端が少し傷んでいるので、そこそこ長い間貼られているんだろう。
「害獣避けの柵修繕……うん。これにしよう!」
俺はその依頼を手にとる。
「……その依頼でいいのか?」
「うん。駆け出し冒険者にはぴったりの仕事だよ」
冒険者なんて何でも屋みたいなところがあるからね。それに、こういう雑用的な依頼は駆け出し向けだ。経験も実績もない冒険者が、いきなり大きな仕事なんてできない。小さな依頼をコツコツ引き受けて、経験を積みながら徐々に報酬の大きい依頼を引き受けていく。
なのでこれは、冒険者入門ってところだ。
「これ、お願いします!」
受付嬢に依頼書を渡す。受付嬢は俺が出した依頼書を見て少し驚いた顔をした後、にっこりと微笑んだ。
「この依頼、なかなか引き受けてくださる方がいらっしゃらなくて、ずっと気になっていたんです」
受付嬢はちょっと古くなっている依頼書にギルド印を押す。
小さなギルドならともかく、このヴァンダーウォールのギルドに集まる依頼としてはかなり地味な仕事だもんな。
「それでは、よろしくお願いします」
「任せてください! 行こう、パーシヴァル」
「ああ」
マテオで行ければよかったけど、今日は一緒に来ていないので乗合馬車に乗って依頼者が待つ村に向かう。
依頼者の住んでいる場所は領都から馬車で、順調なら一刻ほどらしいが、今日は天気がいいから問題ないだろう。帰りは転移があるから、ちょっとぐらい遠くても大丈夫。
砦門を抜けた馬車は、長閑な景色の中をガタゴトと走る。安い乗合馬車だからシートが固くてちょっと尻が痛い。俺もすっかり公爵家の馬車に慣れちゃって、尻が贅沢になっているからな。これから徐々に鍛えていこう。
馬車は順調に走り、途中で人を降ろしたり乗せたりしながら小さな村にたどり着いた。
一緒に乗っていた乗客はみんな降りてしまって、この村まで来たのは俺たちだけだった。客がいなくなった馬車はオリエンスに戻らず、まだ先に進むようだ。客もいないのに、どこまで行くんだろ?
「あの馬車はどこまでゆくの?」
「この先に街がある。そこで客を乗せて、またオリエンスに戻るんだ」
「そうなんだ」
「さぁ、村長の家にいこう」
依頼者はこの町の村長。柵の修繕は地味な仕事な上に報酬も安い。だから、半年も引き受ける冒険者がいなかったと、受付嬢が言っていた。
俺が冒険者時代では、こういった仕事を引き受けるのは年若い冒険者だった。言い方を変えれば、こんな仕事があるおかげで、12歳の子供でも冒険者として稼ぐことができた。でも、せっかく冒険者になったなら、派手で儲けのいい依頼を受けたいものだ。その結果、冒険者登録が十六歳に引き上げられてしまったみたいだからなぁ。
十軒ほどの小さな村落だったので、村長の家はすぐにわかった。他の家よりもちょっとだけ大きい。
「こんにちは! ギルドから依頼を受けてきました」
ドアをノックしながら声をかけると、中から高齢の男性が出てきた。
怪訝そうな顔をした老人に、パーシヴァルがギルド印の押された依頼書を渡す。
それまで不審者を見るような目をしていた老人が、驚いた表情を浮かべた。
「……依頼を、引き受けてくださったのか」
「はい。どこの柵を直せばいいですか?」
「お、おい! エヴァ! 依頼を引き受けてもらえたぞ!」
「まぁ! まぁ! 本当ですか!」
村長が奥に呼びかけると、村長の奥方らしい婦人がエプロンで手を拭きながらやってきた。
「依頼を引き受けてくださってありがとうございます! ささ、まずは中にお入りになって。お茶を差し上げましょうね」
「いえ、すぐに柵の修繕を始めますので……」
「まぁ、そんなことおっしゃらずに! オリエンスから遠路はるばるきてくださったのですから、少し休憩なさって」
婦人にそこまで言われて断るのも申し訳ないので、俺たちはお茶にお呼ばれすることにした。確かに、ちょっと喉が渇いていたしね。
「さあ、さあ、どうぞ」
婦人はお茶と、手作りのクッキーを俺たちの前に並べる。
「遠慮なくいただきます」
素朴なクッキーを一枚摘んで、口に放り込む。甘味も薄いし、牛酪の香りもない。俺が普段ご馳走になっているクッキーとは全く違う。でも、これはこの村では精一杯のもてなしだ。
それにこのクッキー。よく噛み締めればふすまの旨みが感じられるし、素朴で食べ飽きない。2枚目を食べたところで、クッキーで乾いた口の中をお茶でちょっと潤す。
これは薬草茶だな。独特な香りがあるけど俺は嫌いじゃないな。
「この村も、若いものがみんな街へ出ていってしまって、残っているのは年寄りばかりです。力が必要な柵作りは私らでは手に負えなくてね。古くてあちこち壊れてきている柵だもんで、獣たちは好き勝手畑に入って荒らすのです」
「ご安心ください。俺たちが来たからには、もう獣たちに好き勝手にはさせません。な。パーシヴァル」
「そうだな」
お茶を飲みながら、一通り状況を聞いた俺たちは現場へと向かう。
まずは材料の木材から用意をする必要がある。木材は近くの林から調達だ。
「しかし、お二人で大丈夫ですか? 木を切り出すだけでも結構な重労働ですが」
「ご心配なく。俺たちだけで十分です」
俺の代わりにパーシヴァルが答える。うん、俺は自分の非力を魔法で補えるから問題ない。
「わ……こりゃひどいな」
やがて見えてきた柵に思わず声を上げた。
案内してもらった村の外れにある畑は、獣に荒らされてひどい有様だ。近くに林があるから、そこからやってきて悪さをするんだろう。村長の言う通り、柵は所々朽ちていて、これじゃあ獣が入りたい放題だ。
「この古くなった柵は、一回全部撤去した方がいいね。多分破れている一部を直しても、きっとしばらくしたら他の場所が壊れるよ」
「そうだな……しかし、これは1日では終わらないな」
確かにパーシヴァルの言う通りだ。ちょっと壊れてたところを直すんだと思ってたけど、ここまでひどいとは予想外だったな。畑はそこそこの広さがあるし、切り出した木材の加工もある。
でも、次からは転移で来ればいいから、慌てて作業をする必要はない。せっかく新しく柵を作るなら、猪が体当たりしてもびくともしないしっかりしたものを作ろう。
「じゃあ、今日は材料集めから始めようか。とりあえず、木材がどれだけ必要か見積もりをしよう」
「……そんな細っこい奴らに、柵修理なんかできるのか?」
パーシヴァルと修繕の段取りを確認していると、後ろから不意に声をかけられた。
振り返ると、神経質そうな壮年の男が立っている。
「こ、こら! ダン、せっかくきてくださった方に何てことを言うんだ!」
「だってそうだろう、村長。しかもたった二人で、何ができるってんだ」
うん。まぁ確かにね。
パーシヴァルはともかく、俺はちょっと頼りなく見えるだろう。
「心配ご無用ですよ。数日後には、ここの柵は猪が体当たりしてもびくともしないものになってますから」
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