いつから魔力がないと錯覚していた!?

犬丸まお

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え? 俺が留学? 何それ?

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「サフィラスさん、学院長がお呼びです。すぐに学院長室に行ってください」

「え?」

 突然学院事務の人がクラスにやってきて、俺にそう言った。全く覚えのない呼び出しに首を傾げる。

「サフィラス、今度は一体何をやったんだ?」

 クラスメイトがそっと囁く。
 今度はって、それじゃまるで俺がいつも呼び出される様なことをしてるみたいじゃないか。失礼な。それに最近の俺は随分と大人しく過ごしていて、呼び出される様なことは何もしていないぞ。
 思い当たる節がないまま、俺は学院長室に向かう。

「失礼します。サフィラスです」

「お入りなさい」

 学院長の許可を得て扉を開ければ、そこには公爵閣下もいらっしゃった。いや、本当に一体何事?

「突然呼び出してすまないね」

 閣下はにこやかに声を掛けてきたけどこの方はいつもこんな感じだから、いい事なのか悪い事なのか判断できないな。

「いえ。もしかして、俺なんかやらかしましたか?」

「いいえ、違います。今日来てもらったのは、貴方に留学の話が来ているからです」

「は? 留学?」

 留学とはこれいかに? 俺はますます首を傾げた。特別いい成績でもないのに、一体どういう経緯でそんな話になったんだ。

「シュテルンクストの王太子から、是非とも優秀な魔法使いであるサフィラス君に王都の学園に来ていただき、学生たちとの交流をお願いしたい、との申し出があったのだよ」

「シュテルンクスト……」

 シュテルンクストはソルモンターナに次ぐ領土の大きさを誇る国だ。ただ、この国とはだいぶ文化が違う。なにしろいまだに奴隷制度が残っているし、その上国王が少々野心家との噂だ。俺とあまり相性は良くなさそうな国ではある。
 俺は奴隷制度はクソだと思っているし、何より平和で楽しい国が好きだからな。
 遥か遠い国なら、そんな処もいまだにあるんだ、で済むが、厄介なことにそのシュテルンクストとソルモンターナは領土が一部接している。その境界を護ってきたのがヴァンダーウォールってわけだけど。どれだけこちらに攻め込もうとも、堅固な砦を崩すことはできないと戦の歴史の中で理解したのだろうか。現在は互いに友好的な付き合いをしているように見えるけれど、向こうの腹の内までは分からない。
 そんな国がソルモンターナの留学生を迎えたいとはねぇ……俺は留学なんて全く興味ないけど。

「留学を通して両国の友好を深めたいそうだが、こちらの推薦する学生ではなく、わざわざサフィラス君を指名してきた。サフィラス君はどうやら、シュテルンクストの王太子に目をつけられてしまったようだね」

「はぁ」

 なんとも気の抜けた返事を返してしまったのは仕方がないと思う。目をつけられるようなことをした覚えが全くないんだけど。その王太子、一体どこで俺を見てたんだ?

「王太子は先日の夜会に参加されていてね。当初は我が娘が目的だったらしいようなのだが……あの騒動の中でのサフィラス君の立ち回りは、一介の学生の域を遥かに超えていた。魔法使いとしての有能さもさることながら、その目を引く容姿もだ。彼の国の殿下はサフィラス君を手に入れて、将来側に侍らせようと考えているのだろう。古往今来、美しく強力な魔法使いは権力の象徴だ。サフィラス君ならば、その象徴の役割を十分に務めることができると考えたんだろう」

 おいおい、侍らすって。魔法使いを一体なんだと思っているんだ。思わず眉間に皺を寄せてしまった。
 なるほどそういう意図がある留学のお誘いだったか。第二王子との婚約を白紙にしたアウローラが王太子妃候補だって事はまだ公になっていないから、あわよくばと思っていたんだろうけど。ところがお目当てのアウローラは王太子殿下と並んでいる。流石に王太子妃になるかも知れないアウローラにちょっかいを出すほど愚かな真似はできない。目論見は外れたけれど、他に使えそうな奴を見つけたからそっちでもいいかってところか。俺はこけたところの火打石かよ。
 シュテルンクストの王太子がどんな奴かは知らないが、間違いなく仲良くはなれない。

「幸いなことに、サフィラス君は我が国の護りの要であるヴァンダーウォール辺境伯家子息の婚約者だ。万が一のことがあれば、辺境伯は黙ってはいないだろう。となれば、辺境伯を敵に回したくない我が国としては、君に無理強いはさせられない。……留学を断る理由としては、これで十分だと思うがね」

 閣下は断ることを前提に話をしている。確かに、普通に考えたら行かない一択だ。相手の思惑が透けて見えすぎていてなんだか面倒臭そうだし、俺になんの得もない。だけど、ちょっとばかり気に掛かっていることが一つ二つある。
 件の夜会での騒動で使われた獣笛と連れてこられた獣人の奴隷は、シュテルンクルストと関係があるんじゃないかと考えている。なにしろいまだに奴隷制度がある国だからね。とはいえ、獣笛は彼の国でもそう簡単に手に入る代物じゃないと思うんだよな。そんなものをファガーソン侯爵はどうやって手に入れたんだろう? って、そこがどうにも頭の隅っこで引っ掛かっていた。そりゃぁ、山ほどお金を積めば手に入らない事はないのかも知れないけど。だとしても、それなりの伝手があったと考えるのが妥当だろう。
 シュテルンクルストに行ったからといって何かわかるとも限らないし、実は全く関係ないかも知れない。そうだったとしても冒険者になればいずれ赴くこともあるだろうから、今のうちに的を置く作業をするつもりで行けばいい。それに、一回行って仕舞えば行き来は瞬き程度のことだ。

「せっかくなので、その留学のお話お受けします」

 俺の答えが意外だったのだろう、公爵閣下がわずかに瞠目した。

「……いいのかね?」

「はい。学生のうちに近隣諸国のことを知るのも大切かと思いまして……ただ、条件があります」

 閣下がいかにも愉快そうな笑みを浮かべる。俺が普通の学生のように、ただ学ぶための留学をするとは思っていないって顔だ。その通りなんですけども。

「ほう? それはなんだね?」

「パーシヴァルと共に留学することです」

 事後承諾みたいな感じになっちゃったけどいいよな。行って危険そうだったら、さっさと逃げ出すってことで許してもらおう。

「それはもちろん構わないとも。すぐに辺境伯家に風隼を飛ばそう」



「……そんなわけでさ、勝手に一緒に行くことにしちゃったんだけど、大丈夫だった?」

 夕食を食べながら留学の話をパーシヴァルに伝えれば、最初こそ驚いた表情を浮かべていたけれど、それは次第に笑みに変わった。
 あれ? 俺、何かおかしなことを言ったかな?

「俺、何かおかしい話した?」

「あ、いや。すまない……サフィラスが俺を忘れずにいてくれたのが嬉しかったんだ」

「? 当たり前だろ。パーシヴァルを忘れるなんてありえないよ」

 俺がパーシヴァルを忘れるだなんてこと、あるわけないのに。
 その時はおかしなことを言うなって思ったんだけど、夜になって寝ようと寝台に潜り込んでからパーシヴァルがあの時何を思って嬉しいと言ったのか、唐突に思い当たってしまった。
 ちょっと前までひとりが当たり前だった俺が、気がつけば常にパーシヴァルと一緒に行動していて、今や二人が当たり前になっている。その当たり前を、パーシヴァルは嬉しいと言ったんだ。
 それに気がついてしまったら、なんとも言いようのないくすぐったさが胸の奥から湧き上がった。

「……っ!」

 寝台から飛び出して走り回りたい気持ちを押さえつけ、枕に顔を押し付けた俺は意味不明の呻き声を上げた。
 いい加減慣れろ、俺!
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