いつから魔力がないと錯覚していた!?

犬丸まお

文字の大きさ
105 / 175
連載

閑話 その時のパーシヴァル その2

 北の城壁塔なる地下に放り込まれた俺は、散々殴られた後、手足を鎖で拘束され壁に磔にされた。抵抗する気力を削ぐつもりだったのだろうが、その程度で折れるような柔な心も体もしていない。
 文字通り手も足も出ない状態にされはしたが、ケルサスにはヴァンダーウォールから同行した騎士が何かあった時のために潜んでいる。このまま俺たちからの連絡が途絶えれば、彼らはすぐに動いてくれるだろうが、父たちに状況が伝わるまでにまだ時間は掛かるだろう。
 ぐったりとしたサフィラスを、シュテルンクルストの騎士が乱暴に運んでゆく様が、はっきりと脳裏に焼き付いている。怒りと、己の不甲斐なさに、焼け付くような怒りが湧き上がった。
「くそっ……!」
 力任せに鎖を引くも、耳障りな音が響いただけで当然びくともしない。
 サフィラスから貰った護りは、大事な時にしっかりと働いてくれたというのに。俺の力が及ばないばかりに、戦乙女が作ってくれた好機を活かすことができなかった。だが、今それを嘆くことに意味はない。俺の心を乱し、冷静さを失わせることもあの男王太子の狙いだろう。嘆いている暇があるなら、この状況をどう切り抜けるかを考えなければ。
 俺は息を深く吸って頭を落ち着かせる。
 サフィラス奪還のために、直ちにヴァンダーウォールが動いたとしても、相手は王族。この国の王太子だ。すぐにどうにかできるとも思えない。それどころか、俺たちを人質として利用することも考えられる。
 なんとかこの状況を好転させたいが、まずは魔力が回復しなければ始まらない。
 懐の戦乙女の誓いは、あれほど熱かったのが嘘のように冷たくなり沈黙している。シュテルンクルストの連中が、精霊を召喚したのはサフィラスだと思い込んでいることが幸いして護りを奪われることはなかったが、魔力が回復したところで、再びこの魔法具が発動するかはわからない。だが、今はこれに一縷の望みをかける。 
 今に至ってよく考えれば、茶に何かを仕込むことなど簡単なことだった。
 ずっと引っかかってはいた。なぜ、あれほど茶を入れ替えるのか。茶会で数種類の茶を振る舞うことはよくあることだ。だが、それにしてもその回数は多いように思えた。その違和感を何故無視してしまったのか。
 おそらく、薬はポットの注ぎ口に塗られていたのだろう。注がれる茶とともに、薬はサフィラスのカップに流れ込む。だから、最初にお茶を注ぐのは必ずサフィラスだった。
 格上の相手から勧められているのに、一口も口をつけなければ失礼になる。警戒しているサフィラスがカップに注がれた茶を一口しか飲まなくとも、それを数度繰り返せば体は確実に薬の影響を受ける。そんな単純な仕掛けに、まんまと引っかかってしまった。
 俺のベリサリオの直感は、安穏と生活している間に随分と錆びついたものだ。
 それにしても、ここには随分と濃い魔気が漂っている。一体この地下に何があるというんだ? まさか、深淵の上に城を建てたわけでもないだろう。これだけの魔気となれば、それなりの大きさの深淵のはずだ。

「気分はいかがかな? ベリサリオ卿」
 足音が聞こえてきたので警戒していれば、現れたのはシュテルンクルストの騎士を二人引き連れたサフィラスの兄だった。いや、元兄と言うべきか。
 ケルサスでサフィラスがこの男の姿を見ていた。その登場に今更驚きはしない。祖国での居場所を失い、この国に逃げ込んだのだろうが、そんなことはもはやどうでもいい。
「……どうして、あなたがその杖と指輪を持っている?」
 いかにも見せつけるようにサフィラスの杖を腰に下げ、盟友の証を指にはめていることに嫌悪感を抱く。
 サフィラスが素直に杖と指輪を渡すはずがない。まだ意識がないままなのか、それとも抵抗できない状況に置かれているのか……
「ああ、これか。はもう王太子殿下の愛玩奴隷だ。杖も指輪も必要ない。だから、代わりに私が有効に使ってやっているのだ。今頃はあれにふさわしい首輪を与えられているだろうさ」
「……」
 おそらく隷属の首輪のことだろう。あの魔法具はサフィラスには効かない。
 だが……万が一、サフィラスの魔法を封じることができる新たな魔法具だとしたら……
 じわりと不安が湧き上がる。
「それよりも、ベリサリオ卿。貴殿は私に下賜されることになった」
「下賜だと?」
「そうとも。私はこのシュテルンクルスト王国の王宮付き魔法使いとして迎えられた。シュテルンクルストは間も無く、この大陸を統べる大国となる。その大国の魔法使いである優秀な私の騎士になれるのだから、光栄に思うがいい」
 あの男が言っていた居場所と言うのは、このことだったのか。
 この国で何故、ここまでサフィラスが軽んじられるのかその謎が解けた。いくら家名がないからと言っても、ソルモンターナの公爵家や辺境伯家の庇護下にあるサフィラスを侮り過ぎている。
 だが、伯爵や元兄がこの企みに絡んでいたのならば納得だ。伯爵家の人々は、血が繋がっていながらも、長い間サフィラスを物のように扱ってきた。彼から縁を切られたというのに、今でもその考えを改めることが出来ていない。何も見えておらず、何も理解しようとはしない。本当に愚かな者たちだ。
「……馬鹿げた話だ。俺がの騎士になどなるわけがないだろう」
「なぜ? 私の方があれよりもずっと優秀だ。辺境伯家の出とはいえ、所詮は三男でしかないお前を、この私が特別に取り立ててやろうと言ってるんだぞ」
 本当にこの男はサフィラスと血が繋がっているんだろうか? 顔の作りに僅かに似ているところがないともいえないが、その性根の悪さが表情に現れてもはや醜悪でさえある。
「そもそも俺はあの王太子の所有物ではない。下賜などと、おかしなことを言う。そうでなくとも、に仕えるくらいなら、死ぬ方がよっぽどましだな」
 俺は何があろうとサフィラスと共に生きると決めている。その俺が、サフィラスを虐げてきたこの男の騎士になるなどと、笑止の沙汰だ。
「なっ! ……後悔するなよ!」
 サフィラスの元兄は、激昂して牢の鉄格子を思い切り蹴飛ばすと、地上へと戻って行った。杖も指輪も必ず取り戻す。あれはサフィラスのものだ。
 今、サフィラスはあの王太子の元にいるのだろうか? あの男は意識のないサフィラスに何をするかわからない。明らかに、で、サフィラスを見ていた。己の欲を満たすために、躊躇いなくサフィラスの尊厳を奪う可能性もある。そして、それはいとも容易く心を折ることができる方法だ。
「……サフィラス……どうか、無事でいてくれ」

「パーシヴァル!」

 突然地下に現れたサフィラスが、牢の中に飛び込んできた。 
「サフィラス!?」
 驚いている間に、俺の手足を拘束する枷を魔法で難なく砕く。
 サフィラスの魔法の実力を考えれば、意識さえ取り戻せば自らの力で脱出することは難しくはない。首輪もすでに外してきたのだろう。
 思ったよりも薬の影響を受けていない様子に安堵する。飲んだのは、本当に僅かだったのだろう。
 無事な姿に安堵したのも一瞬。サフィラスの姿に、心の臓が嫌な鼓動を打つ。
 まるで娼館の男娼のような服を身につけているサフィラスは、白い肌のほとんどが露わになり、心許ない下履きが辛うじて陰部を覆っているだけだ。足元を見れば、靴すら履いていない。思わず目を覆いたくなるような姿に、言葉を失う。
「切れてるじゃないか……」
 サフィラスの指が、口元の傷にそっと触れる。ただ俺を気遣ってくれているだけだと言うのに、その姿のせいで妙に艶めかしく見えてしまう。
「くそぅ……アイツら、パーシヴァルをこんな目に合わせやがって」
「俺は大丈夫だ、この程度でどうにかなるような柔な体はしていない。それよりもサフィラス……その姿は……」
「ああ、これ? なんだか気がついたら、こんな格好をさせられてたんだ」
 なんてことのないように言うサフィラスに、急いで脱いだ上着を着せ掛ける。
 嫌な想像に心を乱されるが、いつもと変わらない様子から察するに、おそらくサフィラスの身は清いままだろう。
 だが、こんなにも素肌が晒される姿にされているのだ。何者かがサフィラスの肌に触れただけではなく、背中の傷痕までもを見ている。俺の知らないところでサフィラスに触れたその手を切り落とし、傷を見たその目を潰してやりたい……腹の底で蠢き出した言いようのない感情を押さえ込むために、ぐっと奥歯を噛み締めた。だが、どんなに抑え込んでも、凶暴なその感情が鎮まることはない。
「と、とりあえず、ここを出よう」
 慌ててそう言ったサフィラスが、俺の腕を掴む。暗闇だった視界が突然明るくなり、堪らずに目を眇めれば、そこはすでにヴァンダーウォールの城だった。
感想 931

あなたにおすすめの小説

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。 様々な形での応援ありがとうございます!

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます

水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。 家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。 絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。 「大丈夫だ。俺がいる」 彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。 これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。 無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

【完結】マジで婚約破棄される5秒前〜婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ悪役令息は一体どうしろと?〜

明太子
BL
公爵令息ジェーン・アンテノールは初恋の人である婚約者のウィリアム王太子から冷遇されている。 その理由は彼が侯爵令息のリア・グラマシーと恋仲であるため。 ジェーンは婚約者の心が離れていることを寂しく思いながらも卒業パーティーに出席する。 しかし、その場で彼はひょんなことから自身がリアを主人公とした物語(BLゲーム)の悪役だと気付く。 そしてこの後すぐにウィリアムから婚約破棄されることも。 婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ一体どうしろと? シナリオから外れたジェーンの行動は登場人物たちに思わぬ影響を与えていくことに。 ※小説家になろうにも掲載しております。

声を失った悪役令息は北の砦で覚醒する〜無詠唱結界で最強と呼ばれ、冷酷侯爵に囲われました〜

天気
BL
完結に向けて頑張ります 5月中旬頃完結予定です その後は、サイドストーリーをちょこちょこ投稿していこうと思ってます

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。