いつから魔力がないと錯覚していた!?

犬丸まお

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閑話 その時のパーシヴァル その2

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 北の城壁塔なる地下に放り込まれた俺は、散々殴られた後、手足を鎖で拘束され壁に磔にされた。抵抗する気力を削ぐつもりだったのだろうが、その程度で折れるような柔な心も体もしていない。
 文字通り手も足も出ない状態にされはしたが、ケルサスにはヴァンダーウォールから同行した騎士が何かあった時のために潜んでいる。このまま俺たちからの連絡が途絶えれば、彼らはすぐに動いてくれるだろうが、父たちに状況が伝わるまでにまだ時間は掛かるだろう。
 ぐったりとしたサフィラスを、シュテルンクルストの騎士が乱暴に運んでゆく様が、はっきりと脳裏に焼き付いている。怒りと、己の不甲斐なさに、焼け付くような怒りが湧き上がった。
「くそっ……!」
 力任せに鎖を引くも、耳障りな音が響いただけで当然びくともしない。
 サフィラスから貰った護りは、大事な時にしっかりと働いてくれたというのに。俺の力が及ばないばかりに、戦乙女が作ってくれた好機を活かすことができなかった。だが、今それを嘆くことに意味はない。俺の心を乱し、冷静さを失わせることもあの男王太子の狙いだろう。嘆いている暇があるなら、この状況をどう切り抜けるかを考えなければ。
 俺は息を深く吸って頭を落ち着かせる。
 サフィラス奪還のために、直ちにヴァンダーウォールが動いたとしても、相手は王族。この国の王太子だ。すぐにどうにかできるとも思えない。それどころか、俺たちを人質として利用することも考えられる。
 なんとかこの状況を好転させたいが、まずは魔力が回復しなければ始まらない。
 懐の戦乙女の誓いは、あれほど熱かったのが嘘のように冷たくなり沈黙している。シュテルンクルストの連中が、精霊を召喚したのはサフィラスだと思い込んでいることが幸いして護りを奪われることはなかったが、魔力が回復したところで、再びこの魔法具が発動するかはわからない。だが、今はこれに一縷の望みをかける。 
 今に至ってよく考えれば、茶に何かを仕込むことなど簡単なことだった。
 ずっと引っかかってはいた。なぜ、あれほど茶を入れ替えるのか。茶会で数種類の茶を振る舞うことはよくあることだ。だが、それにしてもその回数は多いように思えた。その違和感を何故無視してしまったのか。
 おそらく、薬はポットの注ぎ口に塗られていたのだろう。注がれる茶とともに、薬はサフィラスのカップに流れ込む。だから、最初にお茶を注ぐのは必ずサフィラスだった。
 格上の相手から勧められているのに、一口も口をつけなければ失礼になる。警戒しているサフィラスがカップに注がれた茶を一口しか飲まなくとも、それを数度繰り返せば体は確実に薬の影響を受ける。そんな単純な仕掛けに、まんまと引っかかってしまった。
 俺のベリサリオの直感は、安穏と生活している間に随分と錆びついたものだ。
 それにしても、ここには随分と濃い魔気が漂っている。一体この地下に何があるというんだ? まさか、深淵の上に城を建てたわけでもないだろう。これだけの魔気となれば、それなりの大きさの深淵のはずだ。

「気分はいかがかな? ベリサリオ卿」
 足音が聞こえてきたので警戒していれば、現れたのはシュテルンクルストの騎士を二人引き連れたサフィラスの兄だった。いや、元兄と言うべきか。
 ケルサスでサフィラスがこの男の姿を見ていた。その登場に今更驚きはしない。祖国での居場所を失い、この国に逃げ込んだのだろうが、そんなことはもはやどうでもいい。
「……どうして、あなたがその杖と指輪を持っている?」
 いかにも見せつけるようにサフィラスの杖を腰に下げ、盟友の証を指にはめていることに嫌悪感を抱く。
 サフィラスが素直に杖と指輪を渡すはずがない。まだ意識がないままなのか、それとも抵抗できない状況に置かれているのか……
「ああ、これか。はもう王太子殿下の愛玩奴隷だ。杖も指輪も必要ない。だから、代わりに私が有効に使ってやっているのだ。今頃はあれにふさわしい首輪を与えられているだろうさ」
「……」
 おそらく隷属の首輪のことだろう。あの魔法具はサフィラスには効かない。
 だが……万が一、サフィラスの魔法を封じることができる新たな魔法具だとしたら……
 じわりと不安が湧き上がる。
「それよりも、ベリサリオ卿。貴殿は私に下賜されることになった」
「下賜だと?」
「そうとも。私はこのシュテルンクルスト王国の王宮付き魔法使いとして迎えられた。シュテルンクルストは間も無く、この大陸を統べる大国となる。その大国の魔法使いである優秀な私の騎士になれるのだから、光栄に思うがいい」
 あの男が言っていた居場所と言うのは、このことだったのか。
 この国で何故、ここまでサフィラスが軽んじられるのかその謎が解けた。いくら家名がないからと言っても、ソルモンターナの公爵家や辺境伯家の庇護下にあるサフィラスを侮り過ぎている。
 だが、伯爵や元兄がこの企みに絡んでいたのならば納得だ。伯爵家の人々は、血が繋がっていながらも、長い間サフィラスを物のように扱ってきた。彼から縁を切られたというのに、今でもその考えを改めることが出来ていない。何も見えておらず、何も理解しようとはしない。本当に愚かな者たちだ。
「……馬鹿げた話だ。俺がの騎士になどなるわけがないだろう」
「なぜ? 私の方があれよりもずっと優秀だ。辺境伯家の出とはいえ、所詮は三男でしかないお前を、この私が特別に取り立ててやろうと言ってるんだぞ」
 本当にこの男はサフィラスと血が繋がっているんだろうか? 顔の作りに僅かに似ているところがないともいえないが、その性根の悪さが表情に現れてもはや醜悪でさえある。
「そもそも俺はあの王太子の所有物ではない。下賜などと、おかしなことを言う。そうでなくとも、に仕えるくらいなら、死ぬ方がよっぽどましだな」
 俺は何があろうとサフィラスと共に生きると決めている。その俺が、サフィラスを虐げてきたこの男の騎士になるなどと、笑止の沙汰だ。
「なっ! ……後悔するなよ!」
 サフィラスの元兄は、激昂して牢の鉄格子を思い切り蹴飛ばすと、地上へと戻って行った。杖も指輪も必ず取り戻す。あれはサフィラスのものだ。
 今、サフィラスはあの王太子の元にいるのだろうか? あの男は意識のないサフィラスに何をするかわからない。明らかに、で、サフィラスを見ていた。己の欲を満たすために、躊躇いなくサフィラスの尊厳を奪う可能性もある。そして、それはいとも容易く心を折ることができる方法だ。
「……サフィラス……どうか、無事でいてくれ」

「パーシヴァル!」

 突然地下に現れたサフィラスが、牢の中に飛び込んできた。 
「サフィラス!?」
 驚いている間に、俺の手足を拘束する枷を魔法で難なく砕く。
 サフィラスの魔法の実力を考えれば、意識さえ取り戻せば自らの力で脱出することは難しくはない。首輪もすでに外してきたのだろう。
 思ったよりも薬の影響を受けていない様子に安堵する。飲んだのは、本当に僅かだったのだろう。
 無事な姿に安堵したのも一瞬。サフィラスの姿に、心の臓が嫌な鼓動を打つ。
 まるで娼館の男娼のような服を身につけているサフィラスは、白い肌のほとんどが露わになり、心許ない下履きが辛うじて陰部を覆っているだけだ。足元を見れば、靴すら履いていない。思わず目を覆いたくなるような姿に、言葉を失う。
「切れてるじゃないか……」
 サフィラスの指が、口元の傷にそっと触れる。ただ俺を気遣ってくれているだけだと言うのに、その姿のせいで妙に艶めかしく見えてしまう。
「くそぅ……アイツら、パーシヴァルをこんな目に合わせやがって」
「俺は大丈夫だ、この程度でどうにかなるような柔な体はしていない。それよりもサフィラス……その姿は……」
「ああ、これ? なんだか気がついたら、こんな格好をさせられてたんだ」
 なんてことのないように言うサフィラスに、急いで脱いだ上着を着せ掛ける。
 嫌な想像に心を乱されるが、いつもと変わらない様子から察するに、おそらくサフィラスの身は清いままだろう。
 だが、こんなにも素肌が晒される姿にされているのだ。何者かがサフィラスの肌に触れただけではなく、背中の傷痕までもを見ている。俺の知らないところでサフィラスに触れたその手を切り落とし、傷を見たその目を潰してやりたい……腹の底で蠢き出した言いようのない感情を押さえ込むために、ぐっと奥歯を噛み締めた。だが、どんなに抑え込んでも、凶暴なその感情が鎮まることはない。
「と、とりあえず、ここを出よう」
 慌ててそう言ったサフィラスが、俺の腕を掴む。暗闇だった視界が突然明るくなり、堪らずに目を眇めれば、そこはすでにヴァンダーウォールの城だった。
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