いつから魔力がないと錯覚していた!?

犬丸まお

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家族になろうよ

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 時が流れるのは早いもので、俺たちは無事に第3学年に進級した。
 そして、パーシヴァルが誕生日を迎える4の月にいよいよ神殿で伴侶の誓いを立てる。
 アデライン夫人が元母に俺たちの婚姻のことを知らせようとしてくれたけれど、丁重にお断りした。血の繋がりはあれど、俺にはもう関係のない人だ。今年学院に入学したアクィラには、俺の口から直接伝えた。久々に会ったアクィラは思ったより元気そうだった。ガブリエルさんに魔法を教わっているそうなので、きっとアクィラはいい魔法使いになるだろう。
 誓いの場には、辺境伯夫妻とお兄さんたちが立ち会ってくれることになっている。アウローラも友人として是非立ち合いたいと言ってくれたんだけど、実は彼女も彼女で今とても忙しい立場だ。アウローラは間も無く、王太子殿下の婚約者として正式に発表される。
「とても残念ですわ」
「未来の王太子妃がおいそれと王都を離れるわけにはいかないよ。それに女神像の前で誓って書類にサインするだけだから、わざわざ見に来るほどのことじゃないと思うけど」
 伴侶の誓いと言っても、神殿で書類にサインするだけなので特別な準備も必要ない気楽なものだ。わざわざアウローラに足を運んでもらうほどのこともない。
「それでもです……友人として、お二人の幸せを見届けるのことはとても大切なことですもの」
 アウローラは心底残念そうな表情を浮かべる。
 俺の転移があればヴァンダーウォールと王都の往復なんて一瞬だ。だけど、王族に名を連ねることになるアウローラが移動するとなると、それなりに面倒な手続きとか色々あるだろう。俺がいれば護衛は少人数でも問題はないだろうけど、事務的なことはどうにもならない。
 やんごとなき立場になるとちょっと友人を祝って来ます、といかないのだから辛いところだ。
 自分も忙しくて大変だというのに、俺たちのことを友人と言って気にかけてくれるその気持ちだけで十分だよ。
 


 「サフィ、もしよければ一緒にお茶にいたしましょう」
 神殿での誓いを控えパーシヴァルと一緒にヴァンダーウォールに戻って来ていた俺は、アデライン夫人に声をかけられた。パーシヴァルがヴァンダーウォール卿のところに行っているので、手持ち無沙汰だった俺は二つ返事で招待に応じる。
「喜んで!」
 丁度小腹が空いていたところだったので、美味しいお茶とお菓子は大歓迎さ!
 
「さあどうぞ、好きなだけ召し上がって」
 アデライン夫人にそう言われたものの、目移りしてしまってどこから手をつけようか迷う。今日はまたいつもにまして豪勢で、種類豊富なお菓子がテーブル狭しと並べられているのだ。
「今日はチェラゾスのタルトがおすすめよ。シロップに漬けたチェラゾスがとても美味しいの」
 俺が迷っていれば、アデライン夫人がお勧めを教えてくれた。
 よし、ならばチェラゾスのタルトを最初に頂こう。早速大粒で艶々のチェラゾスがいくつも乗っているタルトを取り分けてもらう。
「ん!」
 うまっ!
 一口食べて、そのおいしさに感動した。チェラゾスが甘いシロップをたっぷりと含んでいるし、卵の風味が豊かなカスタードクリームはなめらかすぎる。何だこれ、美味しすぎるだろう。
 素晴らしいタルトに夢中になっていたけれど、ふっと今日のお茶会はいつもと空気が違うことに気がついた。いつもなら学園の様子や魔法、時には魔獣の森の話で盛り上がるんだけど、アデライン夫人はお茶を飲むだけで何も話さない。だからと言って重苦しい雰囲気ってわけじゃない。纏う空気は穏やかなので、深刻な事があったわけじゃなさそうだ。
 ま、何か大変な事が起きていたら、呑気にお茶なんかしていないよな。静かにお茶を飲みたい時もあるだろうと思いながら、テーブルに並ぶお菓子の数々に手を伸ばす。相変わらずどれもこれも美味しい。すっかりお気に入りになったマコロは、季節によって挟んであるクリームが変わるからいつ食べても飽きないよ。
「サフィ、あなたもいよいよ我が家の一員となるのね」
 アデライン夫人がしみじみと呟くので、俺はお菓子を食べる手を止めて背筋を伸ばす。
 改めて言われるとその通りだ。パーシヴァルの伴侶になるって自覚はあったけれど、ベリサリオ家の一員になるってことを意識したことはなかった。
 王国防衛の要として、王家からも一目置かれているベリサリオ家。比べるのも烏滸がましいが、同じ貴族でも俺の元実家とは雲泥の差だ。
「わたくしたちは皆、随分と前からサフィを本当の息子のように思っていたわ。だから、この日が来るのを心待ちにしていたのよ」
 俺もすでに実家のように思ってます。パーシヴァルと婚約する前から俺の身の回りのことにまで気にかけてくれて、
どれだけありがたかったか。
「そう言ってもらえるのは、とてもありがたいです」
「それでね、」
 アデライン夫人はそこで言葉を切ると、少しだけ緊張した気配を漂わせた。何だろうな? 何か問題もあるんだろうか? 俺は少し身構える。
「もし、サフィさえ良ければ、わたくしたちのことは父や母、兄と呼んで欲しいの。もちろん、嫌ならこれまでと同じで構わないわ」
 何だ、そんなことか。
 わざわざ改まらなくても、そんなことぐらいいくらでも……いや、母上っていうのはちょっと気恥ずかしいな。俺は母上って柄じゃないし。なにしろ、俺が母上なんて言葉を使っていたのは幼い頃だけだ。今となっては、元オルドリッジ伯爵夫人よりも前世の母の方がよっぽど身近に感じている。
 だけど、貴族のご婦人に母さんってのはちょっとどうだろう?
「そんなに深く考えなくてもいいのよ。呼び方はどうあれ、わたくしたちが家族であることには変わりはないのですからね」
 俺が考え込んだので、父母と呼ぶことに抵抗があると勘違いしたのだろう。それは俺の複雑な家庭環境を慮ってのことだと思う。
 パーシヴァルの伴侶になって俺の名前がベリサリオになるのであれば、当然ベリサリオ家の人たちは俺にとっての父で母で兄だ。
「えっと……母さん、でもいいですか? 母上っていうのは、ちょっと慣れなくて……」
「ええ、ええ、もちろんよ。サフィの呼びやすいように呼んでちょうだい」
 アデライン夫人が期待の眼差しを俺に向けている。これは、今すぐにでも呼んでほしいって事だよな。日をあけると、俺も照れ臭さが勝って機会を逃しかねない……よし、腹を括ろう。
「……か、母さん?」
「はい、サフィ」
 俺が母と呼べばアデライン夫人が嬉しそうに微笑む。途端にサロンがくすぐったい雰囲気に包まれた。壁際に控えていたスザンナさんも、使用人の人たちも微笑んでいる。
 どうにも照れ臭くてそわそわと落ち着かない気持ちになっているところに、パーシヴァルがやってきた。いいタイミングだよ、パーシヴァル!
「俺もご一緒させてください」
「もちろんよ、パーシィ」
 パーシヴァルが俺の隣に座ると、すぐにお茶が運ばれてくる。
「チェラゾスのタルトが美味しいよ」
「そうか、ではそれを頂こう」
 パーシヴァルが参加して、いつものお茶会の空気に戻った。お茶を飲みながら神殿での手順だとか、今後の予定を確認する。
 パーシヴァルが来てくれなかったら、照れ臭さでサロンを飛び出してしまうところだった。
 それにしても、お兄さんたちはともかく、ヴァンダーウォール卿を父さんと呼ぶのか? これはまた、なかなか難しいなぁ……



 春らしく穏やかに晴れた今日。
 俺とパーシヴァルは、ヴァンダーウォール軍の正装を身に纏って女神像の前に立つ。
 例によってアデライン夫人が衣装を用意しようとしていたけど、パーシヴァルがなんとか止めてくれた。俺はいつもの服でも制服でもいいですと言ったんだけど、さすがにそれはちょっと……とみんなに首を横に振られた。それならばヴァンダーウォール軍の隊服にして、マントを新調すればいいんじゃないかとお兄さんたちが助言してくれて、それならばと、アデライン夫人も譲歩してくれたのだ。
「あなたがた2人は、喜びも悲しみも、希望も試練も、すべてを分かち合いながら、互いの手を握り続けることを運命の女神に誓いますか?」
「はい」
「はい」
 誓いの言葉を受け俺たちが互いに視線を交わし合うと、天井付近にあるステンドグラスの窓から光が差し込み女神像を白く輝かせた。神官長が少し驚いたように女神像を見上げる。
 まるで女神の祝福のような光景になってしまったが、誓ってこれは俺の仕込みではない。本当に偶然だ。
「……では、2人の署名をこちらに」
 俺とパーシヴァルは、婚姻を証明する書類に名前を書き入れる。
「今此処に2人の婚姻は成立しました。あなた方が笑顔を互いの力とし、悲しみの時は互いを支え、互いを愛し、尊敬し、末長く共に人生を築いて行くことを願っています」
 祝いの言葉をくれた神官長に礼をして壇上から降りると、ベリサリオ家のみんなが笑顔で待ち構えていて、ようやく本当の家族になったと喜んでくれた。

 パーシヴァルと出会ってから2年。今日俺は彼の伴侶となったのだ。
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