いつから魔力がないと錯覚していた!?

犬丸まお

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33 / 173
3巻

3-1

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   プロローグ


「よっし! いよいよ今日から新学期だ!」

 制服に着替えた俺は、鏡を見ながら手櫛で適当に髪を整えた。気合を入れて部屋を出ようとしたところで、不意にアンナさんとクララベルさんの言葉を思い出す。

「……あー、やっぱりちゃんとするか」

 改めて鏡と向き合って、小瓶を手に取る。レモネのオイルを数滴、掌で髪に揉み込んで櫛でとけば、パサついていた髪がたちまち艶を取り戻した。

「よし、これならアンナさんたちに怒られることはないだろう」

 このレモネのオイルは、ヴァンダーウォールで俺のお世話をしてくれたアンナさんとクララベルさんにお土産として持たされたものだ。毎日しっかりと髪の手入れをしてくださいと言われたものの、正直面倒臭いなと思ってついつい手櫛で済ませていた。
 だけど、身だしなみをちゃんとしておくのは大事かも。気持ちが引き締まるし、何よりレモネの爽やかな香りで、しっかり目が覚める。朝が爽やかだと、一日気持ちよく過ごせるしね。


 俺は学院に入学してから初めて迎えた夏の長期休暇を、パーシヴァルの故郷であるヴァンダーウォールで過ごした。
 長期休暇なんかあっても、勘当された身の俺に帰る家なんてものはない。今後のために時々は遠出でもして行動範囲を広げつつ、学院の寮でのんびり過ごせばいいか、なんて軽く考えていた。何しろ寮にさえいれば、寝床にも食事にも困らない。
 ところが、休みの間は寮にいることはできてもカフェテリアが閉まってしまうらしく、俺のお気楽休暇計画はあっけなく頓挫とんざした。さてどうしようと思いあぐねていたら、パーシヴァルがヴァンダーウォールに来ないかと誘ってくれたのだ。アウローラも声をかけてくれたけれど、美味しいお肉と魔獣の森の誘惑に負けた俺は、一も二もなくパーシヴァルの誘いに乗った。
 久々の旅を楽しみながら向かったヴァンダーウォールでは、ベリサリオ家の皆さんに思いのほか歓迎された。美味しいお肉をご馳走になったり、ヴァンダーウォール最強部隊と魔獣討伐参加を賭けて実践演習をしたり、綺麗な湖で魚釣りも楽しんだ。ムニエっていう魚料理も初めて食べたんだ。
 魔獣の森ではパーシヴァルと共闘してトライコーンを倒し、杖の素材を手に入れた。しかしそれだけでは終わらず、軍の陣営に潜り込んでいた自分勝手な冒険者どものせいで、長兄のテオドールさんが大怪我をしてしまったんだ。一時はどうなるかと思ったけれど、お兄さんの婚約者であるサンドリオンさんの白魔法でなんとか事なきを得た。
 すっかり元気になったお兄さんは、今までと変わらずヴァンダーウォール軍の指揮をとっている。
 そうそう、アデライン夫人のお茶会ではちょっと強烈な個性を持ったお嬢さん、フラヴィアに絡まれたりしたっけ。
 思わぬトラブルもありつつ、俺がヴァンダーウォールで休暇を満喫していたちょうどその時、ワーズティターズで内乱が勃発した。クラウィスとメルキオール王太子殿下が、最も懸念していた事態になってしまったってわけだ。
 大切な友人たちの危機に、俺とパーシヴァルはワーズティターズへと向かった。
 王都は人族を嫌うヘイスティング王兄殿下によって酷い有様だったけれど、それでも獣人全てが人族をいとっているわけではなかった。人族と手を取り合い、共に歩むことを望んでいる獣人たちと制圧された城に乗り込んだ俺は、クラウィスたちと力を合わせて内乱を一日で鎮圧した。
 まだ学院に戻ってきていないクラウィスとリベラは今、国のために頑張っている。
 またみんなと一緒に学べる日が、早く戻ってくるといいな。
 そんな感じで、俺の盛り沢山がすぎる夏季休暇は無事に(?)終わった。おかげさまで、全く休んだ気はしないんだけどね。


 ☆ ☆ ☆


 朝食を食べようとカフェテリアに向かうと、パーシヴァルが入り口で待っていてくれた。いつも通りの朝だな。

「サフィラス、おはよう」
「おはよう、パーシヴァル!」
「サフィラス様、パーシヴァル様、おはようございます」
「おはよう!」

 カフェテリアに入る前に笑顔満開で挨拶をしてくれたのは、お茶会のご令嬢五人組だ。彼女たちとはクラスは違うけれど、最近では気さくに声をかけ合う仲になった。
 アウローラに聞いたけど、彼女たちはワーズティターズから運んできた怪我人の手当てを率先して手伝ってくれたのだそうだ。結構な重傷者ばかりだったのに、貴族のご令嬢たちがよくぞ勇気を出してくれたと思う。
 あの日治療に関わった学院生は、大なり小なり医術に興味を持ったらしい。学院で学ぶ場を設けてもらえないだろうかと、学院長にかけ合っていると聞いている。淑女の鑑といわれる公爵令嬢のアウローラが先頭に立ち、目を背けたくなるような傷や血にひるむことなく毅然と指示を出し、優しく丁寧に怪我人に接する姿は、多くの学院生、特に令嬢たちの心に強い印象を残したようだ。
 相変わらず女性が活躍することをよしとしない古い考えの学院生もいて、いつかのジョシュアなんとかを筆頭に、陰でコソコソ言っている奴もいるらしいが、あの時一緒にいた友人の何人かは彼と距離を取っていると聞く。実に懸命な判断だと思う。
 変化をいとう気持ちはわからないでもないけど、それを受け入れられない不安を人に押し付けるのはどうなのかってね。


 その招待状が届いたのは、長期休暇明けの浮ついた気配がようやく落ち着いた頃だった。
 燦然さんぜんと輝く太陽を仰ぎ、二頭の獅子が雄々しく立ち上がる紋章。
 わざわざ聞かなくとも、それがどこの家のものか、物知らずの俺でもわかる。
 アウローラが差し出した封筒に刷られた、輝ける沈まぬ太陽の紋章を見て、俺は盛大に顔をしかめた。

「……これは?」
「王太子殿下よりいただきました、王城へのご招待ですわ」
「……いや、なんで?」

 城に呼ばれる理由が全くわからない。わからないので、できることならお断りしたい。
 堅苦しい場は苦手だし、所詮は平民なのにそう何度も王太子殿下に呼び出されるだなんて、めんどくさ……恐れ多い。

「王太子殿下はワーズティターズの一件で、サフィラス様に褒賞を授けたいと仰せですのよ」
「それには、パーシヴァルも呼ばれている?」
「いいえ。今回はサフィラス様だけですわ」
「ワーズティターズでは、パーシヴァルも共に戦ったんだけど」
「パーシヴァル様は後日お呼びするそうです」
「これって、お断りできる?」
「お断りできるとお思いになりますか?」

 アウローラがにっこりと笑う。お断りできるものでしたらお断りなさってみては? と言わんばかりの笑顔だが、断ろうと思えば俺は断ることができる。その後、どこぞへ遁走とんそうしてしまえばいいんだから。
 だけどなぁ、色んなものを捨ててあっさり逃げ出してしまえない程度には、今の生活に居心地のよさを感じている。

「……わかった。ありがたくお受けいたします」

 実に面倒臭いけれど、公爵家の顔を立てるためにも、俺は渋々、本当に渋々、王太子殿下からの招待状を受け取ったのだった。


 その日の夕食の時、王太子殿下から呼び出されていることをパーシヴァルに告げると、なんだか難しい顔をして考え込んでしまった。

「……サフィラス。王家からの褒賞が意に沿わない内容であった場合、その件は一度持ち帰りたいと答えてくれ」
「え? 何? そんな厄介なことになりそうなの?」
「ワーズティターズにまつわる褒賞だと、アウローラ嬢は言ったのだろう?」
「うん。そう言ってた」
「恐らく王家は、サフィラスの魔法使いとしての能力を取り込みたいと考えていると思う」
「ああ、そういう……」

 なるほどね。
 そこそこ魔法が使えると認知されてはいても、俺の実力はそれこそ海のものとも山のものとも知れなかったわけだしな。
 要するに、ワーズティターズの内乱を鎮圧したことで、俺の魔法使いとしての力を本格的に認めたってことか。
 当然俺は王家に仕えるつもりはないので、持ち帰るどころかその場で即お断り決定。何を言われるかわからないが、丁寧に辞退すれば不敬とはされないだろう。
 ……されないよね?


 ☆ ☆ ☆


 そして今俺は、王太子殿下の前にかしこまって立っている。
 それほど広くはない謁見室で、壁際にはブルームフィールド公爵閣下とアウローラ、それから殿下の側近らしき人物が数人並んでいる。

「そんなにかしこまらなくてもいいよ、サフィラス君。今日は正式な場ではないからね」

 かしこまらなくてもいいなら、王城ではなく学園のサロンでもよかったのではないだろうか。

「先だってのワーズティターズでの働きについては、非公式だがベネディクト国王陛下及び、クラウィス王太子殿下より感謝の言葉をいただいている。これからワーズティターズ王国と同盟を結ぼうとする我が国にとっても、此度こたびのことは褒賞に値すると考えているのだよ」
「誠に恐れ多いことでございますが、私は褒賞をいただくようなことはしておりません。困っていた友人に、少々手を貸しただけでございます。実際に反乱軍を鎮圧し、ワーズティターズ王国国王陛下を救出したのは、クラウィス王太子殿下と側近のリベラ殿、そして忠義の騎士や兵士の皆様です」

 実際そうだったわけだし。それに、一体どんな迷惑な褒賞を押し付けられるかわからない。絶対に受け取るもんか。

「そうか……察している相手に遠回しに尋ねるのも白々しいだろう。正直に言おう。サフィラス君は王族に名を連ねる気はないかな?」
「……それは、一体どういうことでしょうか?」

 王族に名を連ねるといったら、真っ先に考えられるのは婚姻だ。だけど王家には俺が嫁げるような王子も王女もいないだろう。それともご落胤らくいんとかなんとか、王家の醜聞しゅうぶんが出てきたりするのか?

「第二王子の伴侶として、サフィラス君を我が王家に迎えたい」

 はぁぁ⁉
 第二王子はアウローラとの婚約破棄騒動でパルウム山のふもとに送られたんじゃないのか? そんなやらかし野郎を俺に押し付けることが褒賞だと? そんなもの絶対にいらないぞ。
 王太子殿下の前だけど、うっかり無の表情になってしまった。

「わかっている。そんな顔をしなくてもいい。愚弟を押し付けるつもりはないのだ。誠に残念だが、現在王家の席はあれの隣しかない。だが、あれは余程のことがない限りここに戻ってくることはないから安心してほしい。伴侶といっても、当然その役目を果たす必要はなく、あくまでも形だけだ。我々にとってサフィラス君のような優秀な魔法使いが、ソルモンターナの王家にいてくれるという事実が大事なのだからね。それに、君も何不自由のない生活と、盤石な地位を得られるのだから悪い話ではないと思うが?」

 冗談じゃない。何が盤石だ。腹の底が読めない奴らばかりの中で、いつ足元をすくわれるかわからない……そんなの不自由だらけじゃないか。
 それに形だけとはいえ、あんな不誠実で情けない男の伴侶だなんて不名誉以外の何物でもない。
 パーシヴァルが言っていたのは、こういう状況のことだったのか。当然こんな話、持ち帰るどころかこの場で直ちにお断りである。そもそも持ち帰るつもりなんてなかったけど。

「恐れながら王太子殿下。そのお話はお受けできかねます。絶縁したとはいえ、私は魔力なしとしてオルドリッジ伯爵家の恥だった人間です。そのような者が王家に名を連ねれば、それをよく思わない方々から反感を買いかねない。私は王家の禍根の種になるつもりはございません」

 オルドリッジ伯爵の評判はよくない。よくないのに、元とはいえ魔力なしとしいたげられていた息子が王家の仲間入りだなんて、魔法貴族だけではなく魔法師団や騎士団からも「厄介者がさらに調子付く」と不満の声が上がりそうだ。
 これは建前としては十分説得力があると思う。それに、うっかり王家の一員になんかなったら、俺を憎んでいるあの男が何をしでかすかわかったもんじゃない。擦り寄ってくるならまだいいが、俺をおとしめようと余計なことを画策しないとも限らないからな。

「そのようなことをサフィラス君が心配する必要はないよ。それを収めるのは我々王家の役目だ」

 いや、いや、そうじゃない。俺は本気でお断りしてるんだって。
 奨学生なら優秀な成績を収めて、魔法師団に就職とか文官になるのが普通なんだろうが、俺はそれを望んでいない。そんな俺をなんとか国内に留めておきたいって魂胆なんだろうな。
 それにしたって、褒賞が第二王子の伴侶って、一体どんな罰だよ。たとえそれが形だけのものだったとしても絶対にお断りだ。よっぽど地位や名誉がほしい奴なら別だろうが。
 これはもう不敬を承知で、本音をぶちまけるしかないのか。

「……はっきりと申し上げましょう。いくら形だけとはいえ、あの王子の伴侶なんて絶対にお断りです。それに、私はこの力を自分の意思以外で使うつもりはありません。それが王家の意に沿わないというのであれば、仕方がない。私に故国はなかった、ということでしょう」

 キッパリと拒絶すると、側近たちがざわついた。
 ざわつくならお前らがあいつの伴侶になれよ。王家に名を連ねられる千載一遇の機会だぞ。
 お世話になったブルームフィールド公爵閣下には大変申し訳ないが、この話を強引に推し進めるというのなら、これまで閣下から受けた恩は国外から返すことになる。俺の自由が奪われようとしているのだ。これは遁走とんそうに値する事態だといえる。

「メルキオール殿下、これ以上無理をおっしゃるのはよろしくないのではございませんか?」

 俺と側近たちの間に立ち上った不穏な空気を払うように、アウローラの声が響いた。

「……そのようだな、アウローラ。君の言う通りだ。サフィラス君、すまない。褒賞と言いつつあれの伴侶になれなどと、確かに功労者に対し失礼なものであった」

 おや? なんだか急に風向きが変わったぞ。

「いえ……」
「しかし、褒賞を与えたいのは本当なのだよ。たとえそれが、サフィラス君の友を思う心からの行動であっても、我が国にとっては確かに益になることであったのだ。ことさら私においてはね」

 ワーズティターズとの同盟は、王太子殿下が主導して推し進めていたからな。あのまま王兄ヘイスティングが王座についていたら、それなりに批判を受けていただろう。

「では、改めて聞こう。何か望むものはないか?」

 いや、正直何もほしくはない。俺は楽しく学院生活を送って、卒業後は冒険者になりたいだけなんだけど……
 忘れた頃にまた王家とどうのとか言われるのも厄介なので、この話は二度と蒸し返さない約束をしてもらおうか。

「では、恐れながら。私の望みは冒険者になることです。ですから十六になった暁には、ヴァンダーウォールのギルドにて冒険者登録することをお許しいただきたく存じます」

 少なくとも拠点はソルモンターナに置くわけだし、文句はないよね。

「……なるほど、冒険者か……相わかった。その願い、聞き届けよう」

 王太子殿下は少し考えていたけれど、それ以上渋る様子もなく俺の要望に頷いた。
 あれ? 思ったよりあっさりと受け入れられたな。
 ちらりと壁際に視線を向ければ、ブルームフィールド公爵閣下は僅かに微笑んでいた。
 ははーん。最初から俺が褒賞を(と言っていいものかはわからないが)固辞した場合の着地点はこの辺りだったわけか。どうしたって俺に手綱をつけることはできないとわかっていた公爵閣下が、あらかじめ王太子殿下と話をつけていたんだろう。やっぱり閣下は底知れない御仁だな。
 それにしたって、最初に提示した褒賞が酷すぎる。俺はよっぽど伴侶運に恵まれていないんだな。
 だけど、俺に伴侶なんて必要ない。冒険者はひとところに落ち着くなんてできないし、身軽なくらいがちょうどいいのさ。 




   第一章


「よう、サフィラス」

 声をかけてくれたクラスメイトに、軽く手を上げて返す。
 パーシヴァルやアウローラ、お茶会の令嬢たちと交流をしているうちに、少しずつ言葉を交わせる友人が増えてきた。
 どうやら俺は、ようやく友達百人の道を歩み始めたようだ。

「……それで、公爵家から木箱が届いてさ。なんだろって開けてみたら、それが図録だったんだよ」

 公爵家の支援を受けている俺の成績は、当然閣下の元へと伝えられる。
 芸術の不出来は他の教科で穴埋めすれば問題ないだろうと考えていたんだけれど、休暇が明けて早々に、ブルームフィールド公爵家から名画図録という大きくて分厚い本が何冊も寮に届けられた。
 どうやらあの芸術の試験結果は、閣下的に不服だったらしい。
 放課後のカフェテリアにて、先触れもなく寮に届けられた大量の図録についてパーシヴァルにこぼす。

「そりゃぁ、努力はするよ。するけどさ、図録を開くだけで眠くなって、全く覚えられないんだ……」

 俺はテーブルにぐったりと伸びる。大体途中で寝落ちするので、ぐっすり眠った気がしなくてなんだか寝足りない。

「サフィラスは芸術以外では優秀な成績を収めているからな。閣下としては、芸術ももう少し伸ばしてほしいと思っているのだろう。俺にできることならいつでも協力しよう……と、すまない、サフィラス。そろそろ時間だ。その話は別の機会に聞かせてくれ」

 申し訳なさそうな表情を浮かべ、パーシヴァルが席を立つ。彼はこれから剣の稽古だ。

「あ、ごめん。つまんない話に付き合わせたね」
「いいや、サフィラスの話ならいつでも歓迎だ。また後でゆっくり話そう」

 カフェテリアを出ていくパーシヴァルに手を振って見送る。
 本当にパーシヴァルは律儀だな。今日だって俺が浮かない顔をしていたら凄く心配してくれて、忙しいのにわざわざ話を聞いてくれるんだから。

「君、ちょっといいかな?」
「はい?」

 まるでパーシヴァルが立ち去るのを待っていたかのように数人の男子学院生がやってきて、俺に声をかけてきた。
 どうにも友達になろうぜって雰囲気でもないし、俺を取り囲むように立っている感じがするのは気のせいだろうか。しかも、その中心にいる少し癖のある薄い茶色の髪に、若草色の目をした大人しそうに見える人物は、どこかで見た気がするんだよな。

「君、ちょっと図々しいんじゃない? 少しは遠慮してほしいのだけど」

 口を開いたのは中心の人物ではない。その隣にいるご友人だ。

「遠慮って?」
「いつもいつもパーシヴァル様に纏わりついているじゃないか」

 今度は反対隣の友人が口を開いた。一番俺に用事がありそうな奴はまだ一言も喋っていない。

「纏わりつくって、俺はパーシヴァルの友人だから一緒にいるだけだけど? それに、なんで関係ない君たちが俺の行動を制限しようとするわけ?」
「関係なくはない。ナイジェルのご実家ジャーメイン侯爵家が、正式にヴァンダーウォール辺境伯家の三男様に婚約の打診をしたのだからね」

 今度はまた別の友人が言う。
 なんだかどっかで聞いたような話だ。フラヴィアもパーシヴァルの婚約者だって言っていたけど、パーシヴァルの婚約者に名乗りを上げるのが流行はやっているのかな?
 それにしても、相変わらず周りの奴ばかり喋って、中心の奴は何も言わないな。
 いや、話をしているうちに思い出した。真ん中の黙っている彼は、到達度試験前になぜか俺に足を引っかけてきた奴だ。
 人をすっ転ばそうとはしたくせに、面と向かうと自分では何も言えないのか。それとも、平民とは口を利かない主義なのかな。

「ふーん、それで?」
「……え?」
「だから、それで? そのなんとか侯爵家がヴァンダーウォール辺境伯家に婚約の打診をしたことと、俺になんの関係があるの?」
「これだから平民は困るな。婚約の打診をしたということは、ナイジェルはいずれパーシヴァル様の伴侶になるんだよ。お前のような者が側にいては迷惑なんだけど」
「迷惑だって思うのはそこのナイジェル君だけだろ。パーシヴァルからは別に迷惑だって言われてないから、俺が君たちの言うことを聞く義理はないね」

 俺が言い終わるや否や、ナイジェル君とやらがバンッ! とテーブルを叩いた。一瞬周囲がしんと静まり返って、カフェテリアにいた学院生たちの視線が俺たちに注目する。
 見た目にそぐわず、短気な奴だな。
 全く、この学院に通う貴族って優秀な人物とそうじゃない奴との落差が激しすぎないか? 貴族の家庭教育ってどうなっているんだ? まだ庶民の子供の方が我慢できるぞ。

「いい加減にしろよ。僕の家は侯爵家だ。侯爵家が望んだ婚約をあちらが断るわけがないだろう。伴侶になる僕が、君が目障りだって言っているんだよ」
「でも、それは君個人の事情であって俺には全く関係ないよね?」
「っ! 関係あるんだよっ! 金輪際パーシヴァル様には近づくな!」

 うるさいなぁ。これだけ近いんだから、怒鳴らなくても聞こえるよ。

「やぁ、サフィラス君、お待たせ」

 ナイジェルが怒鳴り散らしているところに、なんとも気が抜けるような穏やかな声が割って入った。
 ナイジェルとやかましい仲間たちの後ろに、紅茶とお菓子が載ったトレイを二つ持ったパーシヴァルの従兄弟、ディランさんが笑顔で立っていた。彼の姿を目にした途端、騒いでいた集団は困惑したように黙り込む。
 さすが三年連続剣術大会優勝者だけあって、ディランさんのことはみんな知っているようだ。それともパーシヴァルの血縁者として知っているのかな。

「ディランさん」
「はい、どうぞ。スコーンでよかった?」

 ディランさんはナイジェルとやかまし隊の間をスッと通り抜けると、トレイの一つを俺の前に置いてさっきまでパーシヴァルが座っていた席に腰を下ろす。
 なんだかよくわからないけれど、俺はここでディランさんとお茶をする予定になっているらしい。とりあえず、ディランさんの話に合わせた方がよさそう。

「はい。ありがとうございます」

 今日のお菓子はスコーンだ。ベリーとペシェとレモネのジャムが添えてある。このジャムは紅茶に入れてもいいんだよな。だけどやっぱり俺は、スコーンにたっぷり乗せて食べるのが好きだ。
 最高の組み合わせに期待したお腹がグゥと鳴る。ディランさんにも聞こえたのか、笑われてしまった。

「そういえば、サフィラス君はアデライン伯母上のお茶会でも、お菓子に夢中だったな」

 アデライン夫人のお茶会という言葉に、ナイジェルはあからさまに反応した。

「はい、甘いものは大好きなので」
「どおりでね。あのお茶会はいつもよりお菓子の種類が多かったからさ。伯母上はサフィラス君のために随分張り切ったんだなぁ……ところで、彼らはサフィラス君の友人?」

 たっぷり間を空けてから、ディランさんはようやくナイジェルたちに関心を向けた。

「いいえ、違います。友達じゃないですよ」

 当然即答である。

「そうか。悪いけど、君たち遠慮してもらえるかな? いつまでもそこに立っていられると落ち着かないからさ」

 ディランさんは、実にいい笑みを浮かべて彼らに言い放つ。自分はパーシヴァルの関係者になる予定だから無関係な俺に邪魔だと言った矢先に、本当のパーシヴァルの関係者から遠慮してくれと言われてしまった。
 ナイジェルと面倒な取り巻きたちは、不満を隠す様子もなく渋々といった体でテーブルから離れていったので、これはまたどこかで絡まれそうな予感がする。
 フラヴィアの一件といい、俺はああいうのに絡まれやすい性質たちなんだろうか。女神の強運は一体どこに行った……?

「ディランさん、助かりました。ありがとうございます」
「あれはジャーメイン侯爵家の次男だよな。パーシィの名前が聞こえたけど、あいつらなんだって?」
「俺なんかがパーシヴァルと一緒にいるのは図々しいらしいですよ」
「なるほど? それはなかなか愉快なことを言うなぁ」
「なんでも、彼の家がヴァンダーウォール辺境伯家に正式な婚約の打診をしたそうで、いずれ自分が伴侶になるんだから、金輪際近づくなって言われました」
「へぇ、そう……ふぅん、なるほどねぇ。それは、そのうち面白いことになるんじゃないかな?」

 ディランさんが人の悪い笑みを浮かべる。爽やかな好青年が台無しだ。

「面白いことですか?」
「そ、面白いこと。でも、サフィラス君は当事者だから、ちょっと覚悟しておいた方がいいかもね」

 ディランさんはそう言うと、片目をパチンと瞑ってみせた。


 そんなことがあってからここ数日、俺は転移で学院内を移動しまくっている。
 ナイジェルとその取り巻き一派がいちいち突っかかってきて、非常に鬱陶うっとうしいのだ。しかも彼らは、パーシヴァルと一緒の時は絶対に近づいてこない。俺が一人になるとすかさず寄ってきてはパーシヴァルから離れろと、全く道理の通らないことを喚き散らす。
 最初こそちょっと面白かったから彼らの相手をしていたけれど、毎回言うことは同じで代わり映えしないので、最近はすっかり食傷気味だ。これ以上関わっても時間の無駄だと判断してからは、彼らの気配を感じたらすぐに転移するようにしている。
 アウローラからは、災難ですわねと同情されてしまった。公爵家から苦情を入れようかと言ってくれたけど、鬱陶うっとうしいだけで特に実害があるわけではない。そんなことでわざわざ閣下の手をわずらわせるのも申し訳なさすぎる。パーシヴァルもナイジェルに抗議をしに行こうとしていたので、放っておいていいと止めた。
 ああいう手合いは余計なことを言うと、自分に都合のいい解釈をして一層面倒臭いことになるのが関の山だ。パーシヴァルが直接話かけたりなんかしたら、あいつらは変な勘違いを起こすに決まっている。
 パーシヴァルは渋い顔をしながら俺にすまないと頭を下げたけど、パーシヴァルが謝ることじゃない。むしろ彼は被害者だ。
 そんな感じの日々を過ごしているうちに、長期休暇が終わって早くもひと月経っていた。休み気分もすっかり抜けて、ようやくいつものペースを取り戻した今日この頃。
 午前の授業が終わり、カフェテリアに向かおうとしていた時だ。教室に学年主任がやって来て俺の名前を呼んだ。


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第三王子直属の近衛騎士団に所属していたセリル・グランツは、とある戦いで毒を受け、その影響で第二性がベータからオメガに変質してしまった。 オメガは騎士団に所属してはならないという法に基づき、騎士団を辞めることを決意するセリル。上司である第三王子・レオンハルトにそのことを告げて騎士団を去るが、特に引き留められるようなことはなかった。 地方貴族である実家に戻ったセリルは、オメガになったことで見合い話を受けざるを得ない立場に。見合いに全く乗り気でないセリルの元に、意外な人物から婚約の申し入れが届く。それはかつての上司、レオンハルトからの婚約の申し入れだった──

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新! Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

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