番いに嫌われて薬草を煎じるだけの私が、竜王様を救う唯一の希望でした

八尋

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二章

23 付き纏う淀み

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 そこに立っていたのは、イリスの婚約者であるジェラルドだった。彼は、高価そうな絹の服を見せびらかすように着こなし、不機嫌さを隠そうともせずにズカズカと部屋に入ってきた。
「ジェラルド様……どうしてこちらに……」
 イリスは涙を拭い驚いて立ち上がった。王城の、それもヴァルクスが使用している蔵書室に、彼が何の断りもなく入ってくるとは思ってもみなかった。
 
「どうして、だと? 婚約者である俺がお前を訪ねて何が悪い! それより、お前こそ、こんな薄暗い場所でコソコソと何をしている? 化け物のような竜に取り入っていると聞いていたが本当だったのか?」
 ジェラルドは、嘲るような目でイリスを見ている。彼の目には、イリスへの侮蔑と、竜という存在への野次馬的な好奇心、そして何よりも、イリスが自分以外の男と関わっていることへの、歪んだ嫉妬の色が浮かんでいた。
「ジェラルド様、お言葉を慎んでください。私は、ヴァルクス様と陛下の命により、薬草研究のお手伝いをしているだけです」
「ヴァルクス様、だと? ずいぶんと馴れ馴れしいじゃないか。所詮は得体の知れない化け物だろう。それとも何だ、お前はその化け物にでも色目を使って、俺との婚約を破棄して玉の輿にでも乗ろうと企んでいるのか? 貧乏貴族の娘が考えそうなことだな!」
 ジェラルドの暴言はエスカレートしていく。イリスは唇を噛み締め、侮辱に耐えた。こんな男と婚約している自分が情けなかったが、ここでこれ以上騒ぎを起こすわけにはいかない。
 
 その時だった。部屋の奥の書架の影から、静かにヴァルクスが姿を現した。そのアースアイは、氷のように冷たく、ジェラルドに向けられている。
「……私の招いた客人に、無礼なことをしているようだな、人間の若造よ」
 ヴァルクスの声は低く、地を這うような響きを持っていた。その場にいたジェラルドはもちろん、イリスさえも、その声に含まれた静かな怒りに身震いした。
 ジェラルドは、突然現れたヴァルクスの姿と、そのただならぬ雰囲気に一瞬怯んだが、すぐに虚勢を張って言い返した。
 
「貴様が噂の竜か! 俺はバークレイ伯爵家のジェラルドだぞ! こいつの婚約者だ! 俺たちの話に口を出すな!」
「婚約者、か」

 ヴァルクスはジェラルドを一瞥し、その視線はまるで汚物でも見るかのように冷ややかだった。
「その娘はお前を嫌がっているようだが。それとも、人族の男は婚約者に見苦しい見栄と嫉妬を撒き散らすのが当たり前なのか?」
「なっ……! き、貴様に何が分かる! これは俺とイリスの問題だ! 部外者は引っ込んでいろ!」
 ジェラルドは顔を真っ赤にして怒鳴ったが、ヴァルクスの瞳の奥に宿る、底知れない力と冷酷さを見て、本能的な恐怖を感じ始めていた。それは、人間が捕食者を前にした時に感じる、原始的な恐怖に似ていた。

 ヴァルクスは何も言わず、ただジェラルドをじっと見つめた。その視線だけで、ジェラルドは金縛りにあったように動けなくなる。やがてヴァルクスは、ふっと息を吐き、まるで興味を失ったかのように視線を逸らした。

「……イリス、作業に戻れ。このような輩に構っていても時間の無駄だ」
 そして、蔵書室の外にいる衛兵を呼びジェラルドを連れていくように命じる。それは他者を従えることに躊躇のない王だった者の所作で、邪魔者を排除する冷たい威圧感は、ジェラルドを完全に萎縮させるには十分だった。

 ジェラルドは、悔しさと恐怖で顔を歪めながらも、捨て台詞一つ吐けずに、衛兵に促され蔵書室から逃げるように出て行った。

 



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