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第一章
(4)※軽い性的描写アリ
しおりを挟む手の振動で目が覚めた。
メッセージが一件届いています、ぼうっと点滅する手の甲の文字列に「読んで」と声を発する。
「夢を確認しました。大変良い状態で修正なく発表致しました。
反響が楽しみですね。 パン」
担当からの連絡だった。
パンという男と直接会ったことはない。
最初は個人で売っていたが、身の安全の為に仲介業者の担当を置くようになって一年ほどだ。
メッセージの声からは軽いイメージを受けるが、卒なく仕事をこなし距離を詰めてこない対応はやりやすかった。
私の夢への世間からの評価は「同化しやすい」だ。
髪を人差し指でくるくると巻く。自分の夢への評価はあまり見ないようにしている。
夢を買うやつにろくなやつはいないし、彼らは何故か夢の持ち主へ好奇心を向ける。
驚くような人間像を勝手に描き、それが真実になっていることもよくあることだ。
暇なのだろう。
夢の確認の為、記憶媒体を作動させると高い電子音が一音鳴り、目の前に映像が広がる。
今回の夢はあまり売れないだろう。
―――――――――
ぼやけた目に白いベッドが映る。時刻は既に正午を過ぎていた。
屋根裏部屋を改装したここは窓が広く部屋は狭い。
路面電車の線路が窓の端から端までくっきりと映り、ひとつの絵のようだった。
風に揺れる木々は青い。
太陽に照らされた道路は懐かしい色をしていて郷愁に浸る気分だが、どの光景か思い出せない。
ただ、漠然と心の中の砂時計を感じる。さらさらとゆっくりと、砂が落ちる。
ベッドから降りて窓に身体を預け、目線を下にずらす。
スーツ姿の人達が笑顔をくっきりと浮かべ抱擁を交わしていた。この民家で集まりがあるのだろう。
テラスではたくさんの人がグラスを手に会話を楽しんでいる。
視線をずらすと、右からゆっくりと歩いてくる背が曲がった老女が見えた。全身を黒に包んだ老女はまっすぐ前を向いて時間をかけて一歩一歩足を動かしている。
左からは自転車を押してやってきた赤毛の少女、その両隣には二人の少年。
老女と少女と少年たち、皆同じトラムを待っているのだろう。
少女から自転車を借りた少年が停留所の周りを嬉しそうに何度も周っている。
君はこの町を「何もない町」と、躊躇いもなく言うけど、良い街だよ。
緑が青々として綺麗だ。
停留所の奥には公園がある。
「林檎の木があるんだ」と、懐かしそうに笑った君はとても可愛い。
この町の林檎は小ぶりで、片手で包めてしまう。
ぼんやりと外の景色を見ていると声が届いた。
「起きてるの?」
「うん、起きてるよ。」
薄いシーツから顔だけをこちらに向けた君と目が合う。トラムが汽笛を鳴らす音が後ろから聞こえた。
冷蔵庫からオレンジ色のボトルを出す。
まぬけな音をたてて開いたそれは一気に弾け泡がぼとぼとと絨毯にシミをつくる。
ここに着いて冷やしたばかりなので表面だけ冷たく、中身はぬるい。
プラスチックの安っぽいグラスになみなみと注いだ。
「こっちに来てよ」
甘えた声で言う君はずっとベッドの中だ。白いシーツにくるまって、夏なのに少し寒そうにしてる。
グラスを渡して乾杯をすると、それはすぐになくなった。
ずい、と飲み干したグラスだけを君が寄越す。
少し冷えてきたボトルを冷蔵庫から取り出し、泡をグラスに注いでいくと中からきらきらした砂が湧いてきた。
「とろうか?」
そう聞いても君は嬉しそうに「美味しそう」といって一気に飲み干してしまう。
君が飲み込んだ輝く砂は君の喉元を光らせてそのまま君の奥のほうへ。
とろけるような甘い目を向けて君はまたグラスを寄越す。
「一緒に飲もうよ」「飲んでるよ、」
君のペースが速いだけで、ちゃんと飲んでるよ。
冷える前になくなってしまった泡はどこか不服そうだ。
「こっちに来てよ」また君はいう。
西日が部屋に散らばる。
二人でシーツにくるまってみたはいいが、妙に居心地が悪い。
足の位置が悪いのか、腕の位置が悪いのか。
握っていた手を放してみると、君は途端に興味を失ったように背中を向けてきた。
「まだ怒ってるの?」機嫌をとるように猫なで声で顔を近づけて唇をつけた。
「今日、唇柔らかいね。」「君もね」
触れあった足が冷たい。「お水とって」
ベッドから出て、よく冷えた水を手渡した。
部屋の中央に配置された赤い絨毯が柔らかい棘のように足を押し返してくる。
君はじっとこちらを見て、まるで獲物を狙う動物みたいだ。
「おいでよ」少しずれて場所を空けた君を見て、用意された場所にもぐりこむ。
手を握って、首元に唇をよせる。これは自分のものだ。きっと噛んでも、跡をつけても君は怒らない。
世界で一番私を受け入れてくれる身体だ。でも君に痛いことはしないし優しくする。
ずっと安心してもらえるようにしないと。
君は私の髪を薬指に絡めてくるくる、くるくるまわす。少し鬱陶しい。
何回もなぞったラインをまたなぞる。
この行為は快楽を得る為の行為ではなく、君と繋がりたいという気持ちを確かめる為の行為だ。
そして君が受け入れる為の行為だ。
何度か息を吐いて、深く息を吸い込む。
「終わった?」口元だけ笑った顔で君が聞いてくる。
にっこりと笑った顔を見せると、君は一目散にシャワーを浴びにいった。
「こっちにおいで」君を呼ぶ。
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