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かくしてゾンビは世界に蔓延した
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大八車の左のタイヤの空気が少し抜けている事に気づき、権造は空気入れを手に取った。雲がかかり月明かりはうすく、星もあまり見えなかった。当然ながら街灯も民家も、明かりはついていない。普通の人間なら、こんな夜は出歩かない。さっき一人いたが、案の定ゾンビに噛まれていた。本人は否定していたが、たぶん噛まれている。そいつも鉄パイプでぶん殴って大八車に放り込んである。
大八車の中には、半透明のビニール袋に包まれた死体が何体かあった。死体というのもおかしな話だ。奴らは最初から死んでいる。死んでいたものを再び殺す、やはりおかしな話だ。動かなくするといった方が正確かもしれない。
権造は空気入れでタイヤに空気を押し込み、堅さを確かめた。タイヤはすり切れてほとんど溝がない。予備のタイヤはもう無い。店なんて開いていないだろうし、どこから盗んでくるか、譲ってもらうかするしかない。車のタイヤを大八車に転用できないものだろうか。権造はそんなことを考えながら、大八車と共に歩き始めた。
さして力を入れているようには見えないが大八車は軽々と動き出した。中肉中背、人の良さそうな下がり眉毛、頭は、はげ上がっている。名前は、山本権造と名乗っている。権造の正体は吸血鬼である。
今からおよそ六百年前、室町時代に生まれた。海の近くの村で百姓として生きていた。吸血鬼になったのが、四十代の後半だった所為で、年齢だけの所為ではないが、頭は、はげ上がっていた。もっと若い頃にと、思わなくもないが、この頭、この体型のおかげで、年齢が四十代にも六十代にも見える。女の気をひく心配もないし、十年二十年同じところに住もうが誰も不審がらない。他の吸血鬼は髪を白く染めたり、場所を頻繁に移動したり、苦労をしているようだが、髪を染めようもない権造は、ずいぶん得をしたとも言える。
「なんでこんなことになったのかねぇ」
ゾンビがどこで発生し、どういう経路をたどって世界中に蔓延したのか、正確なところは、わかっていない。権造の感覚では、ぽつぽつと発生し、忘れた頃に一気に増えた。そんな感じである。
ゾンビの感染経路は主に三つ、噛みつきによる感染と水による感染と爆発による感染、他にもあるのかも知れないが、確実にわかっているのはこの三つだ。噛みつきによる感染は、噛みつかれたら感染するというゾンビ映画のそれである。水による感染は、ゾンビの唾液や血液が混ざった水を飲むことによって起こる感染である。三つ目の爆発による感染は、爆発した際の肉片による感染だ。奴らは体内にガスを生産しているようで、火に近づくと爆発する。初期のゾンビなら大丈夫だが、奴らは時間と共に可燃性のガスを体内にため込んでいく。それが引火して爆発する。もちろん銃弾があたっても爆発する。いくつもの国が、ゾンビを銃によって排除するよう試みた。その結果、銃弾の熱、あるいは跳弾の火花で、ガスが丸々たまったゾンビは爆発した。飛んだ肉片は四方に飛び散り、人間に突き刺さり、感染が広がった。
爆発せず、ガスが引火し燃えながら動き回るゾンビもいる。体中から炎を吹き出しながらゾンビは襲いかかってくる。なぜか、燃えたゾンビは足が速くなる。
燃えるゾンビのやっかいなところは火災を広めるところだ。燃えながら、人間を追いかけ回すため、火があちこちに飛ぶ。
消火は困難を極めた。消防隊は燃える死体と戦いながら消火活動をしなければならなかった。
火や煙に巻かれ大勢の人間が死んだ。
だが、ゾンビはしぶとかった。
完全に燃え尽きたゾンビは別だが、生焼け状態になったゾンビは、焼け焦げた肉をぶら下げながら、生きている人間に襲いかかった。
そのため銃による排除をこころみた国は、都市部や住宅地を火災で失い、多くの人間は住むところを失った。住むところを失うということは、立てこもる場所を失うということだ。ゾンビに対して最も有効的な対処方法は、頑丈な建物に立てこもることだ。食糧の問題はあるにしても、立てこもるだけなら高層ビルは理想的な避難場所だ。しかし、ゾンビがまき散らす火災によって。それができなくなった。都市部は軒並み廃墟となった。
銃だけではなく、金属製の鈍器で殴った際、火花が出るケースがあることだ。そのため鈍器の先端部分をゴムか、無ければ布やビニールテープなどで、覆うことが推奨されている。権造が使っている鉄パイプも火花が出ないよう、先端部分をゴムで覆っている。
銃社会ではない日本では、火災による被害は比較的少なかったが、それなりに影響があった。何らかのひょうしに、ゾンビのガスに火がつき燃えることが相次いだ。都市部から逃げようとした車が渋滞を起こし、そこをゾンビが襲った。そこでゾンビによる火災が発生し、都市部からの脱出が困難になり、逃げ遅れた人々がゾンビになっていった。
水由来の感染もやっかいで、当初はわかっていなかった。噛みつかれなければ大丈夫という間違った知識の元、ゾンビ菌かウィルスかわからないが、それが混じった血痕や唾液が川や湖などに流れ、水を汚染した。
水由来の感染は、噛まれたときと違って、同じ水を飲んだ人間すべてが感染するわけではなかった。発症する人間と発症しない人間が現れたため原因の特定に時間がかかった。感染したとしても、水由来の感染の場合は短い場合で一週間、長い場合で一ヶ月と潜伏期間があり、そのおかげて、さらに感染が広がった。有名なミネラルウォーターや炭酸飲料も、ちょぴり汚染されていたらしく、世界各国でゾンビの数は知らぬ間にゆっくりとふくれあがっていった。
かくして、ゾンビは世界中に蔓延した。
大八車の中には、半透明のビニール袋に包まれた死体が何体かあった。死体というのもおかしな話だ。奴らは最初から死んでいる。死んでいたものを再び殺す、やはりおかしな話だ。動かなくするといった方が正確かもしれない。
権造は空気入れでタイヤに空気を押し込み、堅さを確かめた。タイヤはすり切れてほとんど溝がない。予備のタイヤはもう無い。店なんて開いていないだろうし、どこから盗んでくるか、譲ってもらうかするしかない。車のタイヤを大八車に転用できないものだろうか。権造はそんなことを考えながら、大八車と共に歩き始めた。
さして力を入れているようには見えないが大八車は軽々と動き出した。中肉中背、人の良さそうな下がり眉毛、頭は、はげ上がっている。名前は、山本権造と名乗っている。権造の正体は吸血鬼である。
今からおよそ六百年前、室町時代に生まれた。海の近くの村で百姓として生きていた。吸血鬼になったのが、四十代の後半だった所為で、年齢だけの所為ではないが、頭は、はげ上がっていた。もっと若い頃にと、思わなくもないが、この頭、この体型のおかげで、年齢が四十代にも六十代にも見える。女の気をひく心配もないし、十年二十年同じところに住もうが誰も不審がらない。他の吸血鬼は髪を白く染めたり、場所を頻繁に移動したり、苦労をしているようだが、髪を染めようもない権造は、ずいぶん得をしたとも言える。
「なんでこんなことになったのかねぇ」
ゾンビがどこで発生し、どういう経路をたどって世界中に蔓延したのか、正確なところは、わかっていない。権造の感覚では、ぽつぽつと発生し、忘れた頃に一気に増えた。そんな感じである。
ゾンビの感染経路は主に三つ、噛みつきによる感染と水による感染と爆発による感染、他にもあるのかも知れないが、確実にわかっているのはこの三つだ。噛みつきによる感染は、噛みつかれたら感染するというゾンビ映画のそれである。水による感染は、ゾンビの唾液や血液が混ざった水を飲むことによって起こる感染である。三つ目の爆発による感染は、爆発した際の肉片による感染だ。奴らは体内にガスを生産しているようで、火に近づくと爆発する。初期のゾンビなら大丈夫だが、奴らは時間と共に可燃性のガスを体内にため込んでいく。それが引火して爆発する。もちろん銃弾があたっても爆発する。いくつもの国が、ゾンビを銃によって排除するよう試みた。その結果、銃弾の熱、あるいは跳弾の火花で、ガスが丸々たまったゾンビは爆発した。飛んだ肉片は四方に飛び散り、人間に突き刺さり、感染が広がった。
爆発せず、ガスが引火し燃えながら動き回るゾンビもいる。体中から炎を吹き出しながらゾンビは襲いかかってくる。なぜか、燃えたゾンビは足が速くなる。
燃えるゾンビのやっかいなところは火災を広めるところだ。燃えながら、人間を追いかけ回すため、火があちこちに飛ぶ。
消火は困難を極めた。消防隊は燃える死体と戦いながら消火活動をしなければならなかった。
火や煙に巻かれ大勢の人間が死んだ。
だが、ゾンビはしぶとかった。
完全に燃え尽きたゾンビは別だが、生焼け状態になったゾンビは、焼け焦げた肉をぶら下げながら、生きている人間に襲いかかった。
そのため銃による排除をこころみた国は、都市部や住宅地を火災で失い、多くの人間は住むところを失った。住むところを失うということは、立てこもる場所を失うということだ。ゾンビに対して最も有効的な対処方法は、頑丈な建物に立てこもることだ。食糧の問題はあるにしても、立てこもるだけなら高層ビルは理想的な避難場所だ。しかし、ゾンビがまき散らす火災によって。それができなくなった。都市部は軒並み廃墟となった。
銃だけではなく、金属製の鈍器で殴った際、火花が出るケースがあることだ。そのため鈍器の先端部分をゴムか、無ければ布やビニールテープなどで、覆うことが推奨されている。権造が使っている鉄パイプも火花が出ないよう、先端部分をゴムで覆っている。
銃社会ではない日本では、火災による被害は比較的少なかったが、それなりに影響があった。何らかのひょうしに、ゾンビのガスに火がつき燃えることが相次いだ。都市部から逃げようとした車が渋滞を起こし、そこをゾンビが襲った。そこでゾンビによる火災が発生し、都市部からの脱出が困難になり、逃げ遅れた人々がゾンビになっていった。
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水由来の感染は、噛まれたときと違って、同じ水を飲んだ人間すべてが感染するわけではなかった。発症する人間と発症しない人間が現れたため原因の特定に時間がかかった。感染したとしても、水由来の感染の場合は短い場合で一週間、長い場合で一ヶ月と潜伏期間があり、そのおかげて、さらに感染が広がった。有名なミネラルウォーターや炭酸飲料も、ちょぴり汚染されていたらしく、世界各国でゾンビの数は知らぬ間にゆっくりとふくれあがっていった。
かくして、ゾンビは世界中に蔓延した。
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