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昼、散髪屋
しおりを挟む白い皿の上にはハッサクがあった。一瞬、坂木啓介は平和だった時代に戻ったような錯覚を覚えた。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
坂木啓介は慌てて答えた。
「庭のやつですか」
「ええ、洋太君が器用に、虫取り網を使って、二階からとってくれたんですよ」
永井京子は、坂木の反応を見てうれしそうに笑った。庭の南側にハッサクの木が生えていた。長い間、手入れをされていなかったせいか、木は方々に伸び高くなり、弱々しく節くれだって上に上に、二階建ての屋根近くまで、のびていた。枝の先端に、まぶしいくらい黄色い実が付いていたが、よじ登るのもあぶないし、ハシゴもない、あったとしても、少しあぶないなと、放置していたものだ。
洋太は、ソファーの上で足をぱたつかせ、すました顔で坂木を見ていた。
「そうか、そんな方法があったか、洋太君は偉いなぁ」
洋太は、待ってましたとばかり笑った。
「それじゃあ、いただきますか」
一切れ取り、皮をむいて口に入れた。果肉のつぶが勢いよくつぶれ、ほのかな甘みと酸味があった。
「うまいね」
満足げに笑うと、一斉に手が伸びてきた。
坂木啓介と永井京子と大川洋太の三人は、家族ではない。この家も三人のものではない。皆それぞれ家族を失い、ここに集まったのだ。
坂木啓介は、年は六十八、短髪の白髪、散髪屋をしており、今もあちこちで出張散髪屋を開いている。
永井京子は、三十代後半、肩までのセミロングをゴム紐でまとめている。色白で笑うと口元のしわがあがる。永井京子の髪も三ヶ月に一度ほど坂木が切っている。
大川洋太は十才、駅の近くで父親と二人歩いていたところを、坂木と出会った。父親はすでに感染しており、正気を失いつつあった。坂木に子供を預け、父親は少し離れたビルに入っていった。
三人はこの家に勝手に住んでいる。持ち主の人がどうなったのかはわからない。庭が広く、家の中をのぞき込めないような高めのブロック塀が頼もしい。坂木と洋太がこの家で暮らし、その後、永井京子が合流した。
ハッサクを食べ終わった後、永井京子は台所で朝ご飯を作った。台所は少し暗い、台所の窓の、格子に、穴が開いたステンレス製の板をかぶせ固定している。通常の格子では、ゾンビが掴んで壊してしまうので、穴の空いたステンレス製の板をかぶせている。こうするとゾンビが握りしめるところが無くなるため、破壊しにくい。穴も開いているため通気性も良いし外も見える。鈴川ステンレス工業と言うところが考え作ったものだ。坂木が頼んで作ってもらった。
電気とガスは共に止まっているため、あまり手の込んだ料理はできない。水に関してはなぜか出ているものの、感染が怖いので、トイレを流すときぐらいにしか使っていない。庭やベランダで雨水をため、濾過し煮沸して使っている。水道は使える地域と使えない地域があるらしく、高い場所にある地域や水道管の老化が激しい地域は使えなくなっているらしい。
京子は台所に七輪を置き乾燥させた木をくべ、フライパンで目玉焼きを焼いている。最近では、卵も手に入る。まれに肉類も手に入れる事ができるが食糧事情が改善されているかというと必ずしもそうではない。あるところにはあるのだが、物流が完全に滞っているため、食料があっても全員に行き渡らない。坂木がいくつかの場所で定期的に散髪屋を開いているため、この家の食糧事情は比較的よかった。
目玉焼きと庭で取れた野菜のサラダ、昨日の夜の残り物のジャガイモの煮っ転がし、一つのテーブルに三人で、ご飯を食べる。坂木にとっては十分すぎるほどの朝ご飯であった。
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