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昼、散髪の危険性
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軽くストレッチをして、坂木は出かける準備をした。今日は市役所で出張散髪所を開く予定だ。大事な商売道具であるはさみはウエストポーチに入れ、タオルなどは大きめのリュックサックにいれてある。それから阪木の身長ほどの長さの樫の木の棒を持った。坂木は武術の心得が多少ある。剣道の経験はないが、学生時代は空手と柔道をやっていた。散髪屋をやっているおかげで握力にも自信があった。樫の木の棒を槍のように構えて使った。それでゾンビの足を引っかける。ゾンビが足を上げおろす瞬間を狙って、くるぶし辺りを持ち上げるようにすくうと、おもしろいようにひっくり返る。ゾンビはパニックになるのか、足をばたつかせ、辺りを見渡す、そこで頭めがけて棒を叩き込む。一対一ならこれで切り抜けた。相手の人数が多い場合は、とにかく頭を叩いて、隙を見て逃げることを心がけていた。この年にしては強い方だと自負している。
今のところ散髪の所為で感染した人間の話は聞いていないが、ハサミからの感染という可能性もある。一度使ったハサミは、煮沸消毒をおこなう。熱でゾンビの菌が死滅するかどうかわからないが、何もしないよりましだ。カミソリを使ったひげ剃りはしない。
一度、散髪中に、危ない目にあったことがある。二年前のことだ。坂木はいつものように棒を片手に市役所の待合室の一角、元は喫煙所だった場所で散髪屋の営業を始めた。料金は千円、もしくは、食料で仕事を受けた。
その客は最初からどこか様子が変だった。男は、だまって坂木の前の椅子に座った。「どうなさいますか」そう声をかけても返事をしなかった。髪はずいぶん伸びていて、肩の辺りまで来ていた。所々頭にかきむしったような跡がある。これはひどい、なるべく短く切った方が良いだろうと、思いながら、いつものように、白いビニール製のシートを客にかけ、「今日は、どういたしましょうか。少し、短めに切った方がよろしいでしょうね。これから暑くなってきますし、いかがなさいますか」坂木は聞いた。男は、あーとも、うーともつかない返事をした。不審に思いながらも「どうなさいますか」と坂木は客の耳元で聞いた。
その時「危ない! それだめよ!」中年の女が、少し離れた場所で手を盛んにふっていた。何だろうと、体を起こした。かちかちと音がした。客だ。客の男がうつろな目で、盛んに口を開け閉めしている。坂木は慌てて飛び退いた。「ゾンビよー!」中年の女が叫んだ。それを合図か知らないが、客の男が立ち上がり、坂木につかみかかってきた。
噛みつこうとする客の男のあごをつかみ防いだ。坂木の右手には散髪用のハサミがある。一瞬、これで突き刺せばと、考えたが、商売道具でそれはまずいだろうと、背後のソファーにハサミを投げた。客の男は首を左右に振り坂木に食いつこうとした。周りを見ると、ざわざわと数人、遠回りに見ている。どうも、誰も助けてくれないようだな、坂木はそう考えた。
客の男の力は坂木より強かったので押されていた。このまま押し倒されればゾンビの仲間入りになる。坂木は客の首に掛かった白いビニール製のシートをたくし上げ客の顔にかぶせた。突然前が見えなくなり、パニックになったのか客の男は、両の手を激しく振り始めた。坂木は距離をとり、立てかけてあった木の棒を手に取った。背後から近づき、後頭部を一撃した。あばっー、と奇妙な叫び声を上げ、客の男は、手を上下に振り、歩いた。膝裏を狙い、軽く突くとあっけなく男は倒れ、坂木は男の頭を棒で何度も殴りつけた。ようやく動かなくなったところで、「大丈夫かー」と金属バットを持ちヘルメットをかぶった若い男が数人駆けつけた。
「ああ、私はね」
倒れている男を見ながら坂木はいった。
今のところ散髪の所為で感染した人間の話は聞いていないが、ハサミからの感染という可能性もある。一度使ったハサミは、煮沸消毒をおこなう。熱でゾンビの菌が死滅するかどうかわからないが、何もしないよりましだ。カミソリを使ったひげ剃りはしない。
一度、散髪中に、危ない目にあったことがある。二年前のことだ。坂木はいつものように棒を片手に市役所の待合室の一角、元は喫煙所だった場所で散髪屋の営業を始めた。料金は千円、もしくは、食料で仕事を受けた。
その客は最初からどこか様子が変だった。男は、だまって坂木の前の椅子に座った。「どうなさいますか」そう声をかけても返事をしなかった。髪はずいぶん伸びていて、肩の辺りまで来ていた。所々頭にかきむしったような跡がある。これはひどい、なるべく短く切った方が良いだろうと、思いながら、いつものように、白いビニール製のシートを客にかけ、「今日は、どういたしましょうか。少し、短めに切った方がよろしいでしょうね。これから暑くなってきますし、いかがなさいますか」坂木は聞いた。男は、あーとも、うーともつかない返事をした。不審に思いながらも「どうなさいますか」と坂木は客の耳元で聞いた。
その時「危ない! それだめよ!」中年の女が、少し離れた場所で手を盛んにふっていた。何だろうと、体を起こした。かちかちと音がした。客だ。客の男がうつろな目で、盛んに口を開け閉めしている。坂木は慌てて飛び退いた。「ゾンビよー!」中年の女が叫んだ。それを合図か知らないが、客の男が立ち上がり、坂木につかみかかってきた。
噛みつこうとする客の男のあごをつかみ防いだ。坂木の右手には散髪用のハサミがある。一瞬、これで突き刺せばと、考えたが、商売道具でそれはまずいだろうと、背後のソファーにハサミを投げた。客の男は首を左右に振り坂木に食いつこうとした。周りを見ると、ざわざわと数人、遠回りに見ている。どうも、誰も助けてくれないようだな、坂木はそう考えた。
客の男の力は坂木より強かったので押されていた。このまま押し倒されればゾンビの仲間入りになる。坂木は客の首に掛かった白いビニール製のシートをたくし上げ客の顔にかぶせた。突然前が見えなくなり、パニックになったのか客の男は、両の手を激しく振り始めた。坂木は距離をとり、立てかけてあった木の棒を手に取った。背後から近づき、後頭部を一撃した。あばっー、と奇妙な叫び声を上げ、客の男は、手を上下に振り、歩いた。膝裏を狙い、軽く突くとあっけなく男は倒れ、坂木は男の頭を棒で何度も殴りつけた。ようやく動かなくなったところで、「大丈夫かー」と金属バットを持ちヘルメットをかぶった若い男が数人駆けつけた。
「ああ、私はね」
倒れている男を見ながら坂木はいった。
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